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5-0.過去(2)

 ひとまず、そこまで気にしていたアコンのためにも拘束を解いた。どこか頬を赤く染めて恥ずかしがっていた、というのはレンの見た錯覚だろう。恥ずかしいという感情が彼女にあるとは思えない。


「で、だ。お前の気にかかることってなんだよ」


 ちなみにヴィンフォースとレンは並んでベッドに座り、その前にアコンが足を崩して座っている。

 レンとしては正座をさせて身の潔白のようなものを示して欲しかったのだが、「何それどういう座り方?」とアコンが疑問を呈してきたのでやめておいた。一回教えてやったものの、アコンが座ろうとするとどうしても足を崩してしまうのだった。


「うーんとね」


 アコンはレンの方を見、首を傾げて答える。


「レンくんがソファイアくんに奇襲をかけたことは全然わかったんだけれど、あれはなんだい?」


「しっかり言い切れよ」


「レンくん絶対言わんとすることわかってるくせになあ……まあいいや。そこまで言うならハッキリ言うよ。レンくん――ソファイアくんに何をした?」


「え、だから奇襲を仕掛けたんだよ。お前も予想してたじゃねえか」


「いや、そういうことを聞いてるんじゃなく。あの傷、『治らない』ようになっていたけれど――」


 レンの双眸を真っ直ぐ射抜いて言う。


「レンくん、何者なんだい?」


 これにはさしものレンもたじろいだ。

 凄まれたわけではない。単なる質問をされた、それだけのことだ。

 だがどこか、その言葉には相対するものを縛り付けるような感覚があった。


「何者っつったってな……お前らに比べれば大したやつじゃないぞ。ただの人間だったところにヴィンフォースと出会って、力をもらって今に至るわけで、それでしかないんだが」


「……本当かな。ヴィンフォースちゃん、そんな技持っていなかったと思うけれど。『相違デッドメーカー』なんて」


「……知ってんのか」


 単語を出されて、レンは驚いた。ソファイアにはその名前を告げて思い至らせてしまったが、あの傷からそこまで推測できるとは。


「そりゃあね。あれはバランスを崩す禁断の能力と言っても差し支えがないんだよ。そして、どうしてヴィンフォースちゃんはそんなものを知ってもいないにも関わらず、レンくんが天界の禁断の能力を持っているのか、うちには疑問で仕方なかったわけだ」


「そこまで思い当たってるなら、考えなかったのかよ」


 中立には見抜かれるところまで見抜かれてしまっているようだし、隠す必要もないだろう、とレンは答えを開示する。それでも嫌がらせとばかりに遠回しな説明だった。


「ヴィンが知らないはずの天界のものを、俺が持っている。ここまで来たら可能性は一つしかないだろう」


「レンくんが本当は天界の住人だったという新事実?」


「んなわけあるかよ。世界がひっくり返るようなこと言うんじゃねえよ。それにな、その案だと結局俺が禁断の能力を知ってる時点でおかしいだろ。ヴィンでさえ知らなかったんだから」


「あ、そっか。いやでもひょんなことから知った可能性も」


「かもしれないを次々と口に出すな。……これは俺がちゃんと言わなかった方が悪いけども。とにかく俺はこの世界の住人だよ。非現実が大好きなただの男子高校生だったんだよ」


 一言二言交わすだけで答えが出てくると踏んでいたのだが――アコンが事実を察してピシィ、と効果音が出るものだと信じて疑わなかったのだが、あまりクイズが得意なやつではないらしかった。

 とんだ時間の無駄だ、とレンは後悔しつつ、今度はストレートに言った。

 ソファイアに言ったことと同じ真実を。


「もともと、これを持っていたのはコアだぜ」


「……うん。まああの偉大で絶対な存在なら実際に持っていてもおかしくはないけれど、それが?」


「いや、そのコアからもらったっつー簡単な話だったんだけど……」


「…………、」


 コアもソファイアと同じように固まった。どうやらこの事実の意味を噛み砕くのに、天界の者には相当の時間を必要とするらしい。


「……なるほどねえ」


 しかしさすがはアコンと言ったところか、動揺するでもなく、むしろ腑に落ちたようなふうに頷いた。


「それじゃああの方もヴィンフォースちゃん肯定派ってことなのかな。ヴィンフォースちゃんの野望の成就を手伝うって意思の表れなのかな」


「そんなことはないと思うぞ。あいつ、今のままじゃ呆気なく終結しそうだから接戦を演出するために干渉したって言ってたし」


「まあ、やつはいつもつまらなそうな顔をしていたからな。この展開があるいは面白みがあると感じているのかもしれない」


「ああ、ありそうだなそれは」


 不本意ながら少なからずコアと共通点があるレンは確信を持って頷いた。

 コアが動くのは何もかもが気分次第だ。

 うーむ、とアコンは考えるように唸りながら、


「そういう考え方もある、か。それじゃあうちももうそろそろ身の振り方を決めないとね」


 聞き捨てならないセリフだった。


「事と次第によっては敵対すると?」


「いやいや、だからレンくん、何度も何度も言ってるけれど、うちはあくまで中途半端でしかいられないんだって。ただ唯一、どちらにも『傾かない』存在でいなきゃいけないんだって。間違っても誰かの敵になることはないよ。レンくんたちにも、その敵にとってもね。うちが決めるのはその無干渉の立ち位置だよ」


「全く関係ないところで静観してるとか、フェアなフィールドを作るとかか?」


「まあ、言ってしまえばそんな感じだね。うちにとっては他のことはどうでもいいんだ。何があったところでここでのうのうと生きていくしね」


「肝が充分すぎるほどに据わってるな……そう言えば、前から疑問に思ってたんだが、お前どこで寝泊まりしてるんだ?」


 素朴な疑問だった。そう、彼らと衝突する前の空白の期間、彼らがどのようにして日々を過ごしたのか気になっていたのだ。

 まさか、ヴィンフォースみたいな印象操作じゃあないだろうな――とにわかに不安になりかけたレンだったが、答えはレンを安心させるものだった。


「野宿、かな?」


「なぜ疑問形なんだ」


「うーんと……この際だから白状すると、アパートとかの使ってない部屋を使用させてもらってる」


 それはそれで問題だった。

 普通に法律違反だ。異界のものにそれが通用するのかはわからないが。


「そのことについては、うちも心を痛めているんだよ。毎日感謝しながら健康的な眠りについているよ」


「それなら健康的に眠るなよ。せめて寝不足にでもなっておけよ」


「本当にその通りだな。貴様本当に天界の出か?」


「お前は黙ってなさい」


 これを機に言ってやれと責めるヴィンフォースにもレンは平等だった。というか、やってることのやばさでいえば、ヴィンフォースの方が上かもしれなかった。集団記憶操作など犯罪の匂いしかしない。


「アコン、これからは公園のベンチとか木の上で眠るようにしろよ」


「嫌だよ。ホームレスみたいじゃん」


「実際その通りだろうが!」


「あとそれと、うちの生活にケチをつけないでくれるかな。うちの性質的にアドバイスに従うことって生理的に無理だから」


「ああ……」


 誰かの指図通りにしても、そちらに『傾く』判定なのか、とんだややこしい面倒な性質だな、と完全に他人事で考えたレンは、こんな脱線しきった会話を元に戻そうとする。


「とにかく、お前は『相違デッドメーカー』について聞きに来ただけなんだな? もうお帰りになられるんだな?」


「いいや、それだけじゃない――メインはそっちだけどね。なに、少し検証したくなったんだよ」


 そう言って、アコンは視線をレンから逸らし、隣にいるヴィンフォースに移した。

 今の今まで半ばそっちのけになっていたヴィンフォースに、やっとスポットライトが当たった。


「ヴィンフォースちゃんの過去について――現在に続く過去について。整理しておきたかったんだよ、中立者的にね。それにレンくんだって知りたいでしょ? 聞きたかったけど聞けなかったのか、大筋だけで納得したのかは知らないけれど。ヴィンフォースちゃんがここに至る経緯をさ」


 たしかに。

 出会った当初に、大まかなあらすじのようなものは与えられ、それをもとにそれとなく理解していたレンだったが――なるほど、そう言われてみると聞きたくもなってくる。

 失格紋を押された彼女は迫害され、ついに世界を飛び出し、復讐を決意しました――これでも経緯としてはしっかりと、納得するには充分ではあったが、具体的にどうであったのかは全くわからない。

 彼女の野望の基盤がわからない。

 それではパートナーとしての資格がないにも等しいのではないか。

 そう思う。

 レンも隣のかけがえのない堕天使に向き直って、


「……俺も、聞かなきゃならないとは思っていたんだが――ヴィン、お前は平気か?」


 正面から言われ、ヴィンフォースは嘆息する他なかった。


「その流れ、話さないわけにはいかない空気じゃないか。本人に確認を取っている時点で、半ば強制のようなものだ。……とはいえ、貴様に聞かせるとは言っていないぞアコン」


「あら。うちは除外なの。場外に除外なの。いいじゃん、ヴィンフォースちゃんがお話を脚色をしようとした瞬間にバッサリ切り捨てるだけだから――堕天使初めての信頼できる相棒くんには真実を話しておきたいでしょ?」


 もしプライドが優先してしまったらうちが代わりに伝えるからさ、とアコンはいつも通り軽薄な調子で言い放った。

 それにヴィンフォースは心底不愉快で不快な顔をしたが、最終的には、


「……勝手にしろ」


 と吐き捨てて、諦めたようだった。アコンをどうしても御すことができないのは誰でも同じようだ。

 ともあれヴィンフォースは決意を固めたらしく、腰掛けていたベッドから立ち上がり、勉強机とセットの回転椅子に――本来ならばレンの特等席に座り、その回転機能を使ってレンとアコンを振り返る。

 そうして腕を組み脚を組み、ヴィンフォースは語り始める。


「話してやる。わたしの忌むべき過去を洗いざらいな」


 世界から嫌われた、哀れな存在の物語を。

 ただでさえ黒かった彼女がさらなる黒に染まる、漆黒の物語を。

 今、語り始める。

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