4-33.観察
「ふーん」
絶対がそこにいた。
彼女だけの領域で、寛ぐようにして横になっている。
「なるほどなるほど」
その顔にたたえるのは微笑。
慈悲深い、慈悲深すぎて蒸発してしまいそうな、そんな笑みだった。
「アコンちゃん、結局こうなっちゃったんだよね。まあ、そうなることも承知で送ったわけだけど」
一連の流れは全て見ていた。
それは絶対の存在にあるリソースをそちらに向けてしまえば造作のないことだった。基本的に何でもできてしまう彼女である。それでも少しやりやすかったのは、身体の一部を取り込んでいるレンの気配が辿りやすかったというのはあるかもしれない。それと同時に、彼らに小型カメラのようなものを付けて送り出していたので、リアルタイムで情報は伝わっていた。残念ながら性質上、アコンに付けることはかなわなかったが。
コア=ヴィル=シュライン。
彼女はこの結果を見ても何と思うこともなかった。
当然だ。むしろ、こちらが負けてもらわないといけなかった。
せっかく楽しい復讐劇が行われているのに、半ばで終わってしまうほどにつまらないものはない。
何でもできてしまう彼女にとって、つまらないという感情は敵である。
退屈は人を殺し、そしてコアまで殺してしまう。
超越しすぎた自分が悪いのではと思うこともある。完璧と完全の世界に、それ以上の存在として生まれたのが駄目だったのではないかと。
そう考えると自殺してもう一度やり直した方がいいのでは、と思わなかったでもない。この天界では輪廻転生など当然の法則なのだ。何かエラーの恐れがある自分が存在するより、また生まれ変わって普通になればいいのではないか、と。そう思った。
しかし――今のコアがあるように、ついぞコアが自決を図ることはなかった。
その理由はと言えば、失格紋の漆黒の存在が大きかったと言っていい。
ヴィンフォース=シュバルゲン。
生まれた瞬間から忌み嫌われた彼女を見るうちに、正確には憎悪で濁り切って漆黒にまでたどりついた彼女の瞳を見て、彼女が覚えたのは疑問だった。
そもそもなぜ、こんな存在が生まれたのか?
完璧と完全を秩序とする天界にとって、ヴィンフォースは不穏因子でしかないにも関わらず、なぜ世界は彼女を生み出したのだ?
となると、どこか、そこに意味を感じ取れるような気はしないか?
破壊衝動の塊のヴィンフォースと、超越し終えたコア。
対になるような、それでいて、若干天界のルールからは逸脱している彼女らは。
果たしてどのような意味を持っているのか。
コアはそこに答えを見出した。
コアとヴィンフォースは対であって、
また、終となるために生まれてきたのではないのかと。
それならば最後まで見守る他あるまい、とコアは今まで生きてきた。
退屈ばかりであったが。
しかし、彼女ができるだけ趣向を凝らすことによってギリギリ殺されずに済んでいる。
おそらく、今が最高潮だ。
「まあ、ヴィンフォースちゃんがちょっと苦戦しちゃったのはどうかと思うけどね。あと少しで終わっちゃうとこだったし」
いや、でも致し方ないことなのか――とコアは訂正する。
『暗黒世界』は、コアも感動するほどの大技だ。究極級なのだから当然とも言えるが……それにしても。
「どうしてソファちゃんはあそこから脱出できたんだろうねえ。どう考えてもあれはチェックメイトだったんだよね。それを反則で塗りつぶすように……」
いかにヴィンフォースが使用したのが簡易版で、威力を下げていたとしても。あの概念から逃れるのは本来、ソファイアには無理なことなのだ。
ちなみに、コアが手を加えたなどという事実はない。彼女は横合いから茶々を入れるような性格はしていない。
ソファイアは資源の統括をしていた。それにより、水の中を移動することもわけないことで、それを使用して逃れたことは間違いがなく、運良く成功したと言えばそれまでだが……。
「うーむ。なんだろうな、この不快感」
どこか胸に突っかかる気がする。
「まあ、気にしても仕方ないことか――」
ふるふると首を振って、その考えを取っ払う。
コアが『考えよう』とすればすぐに答えは弾き出されるのだろうが、それは無粋な真似だろう。
何より一気に面白みが欠けてしまう。
自ら進んで封じている力を使うことはすなわち自分から退屈を作り出すことに他ならない。
「はは、それにしてもレンお兄さんは傑作だったなあ。さながら、ヒーローみたいだったよね」
自画自賛するように、彼女は誇らしげだった。
颯爽と戦場を駆け、瞬く間に窮地を救っていく姿はヒーローそのものだった。
「実際、彼の真骨頂はもっと凄いんだけどね。凄惨なんだよね」
ふふふ、とコアは慈悲深く笑う。
それはヴィンフォースの邪悪な笑みと表裏一体だった。
対極の。
さて……と一通り感想を呟いたところで、コアは思考を切り替える――これからの出方について、思いを巡らせる。
このまま時間が経っていくと、失敗したのではないかと、やがて他の序列十位が思い当たるだろう。
「今回はちょっと急ぎすぎちゃった感があるからね。少しだけ、休ませてあげようかな――休ませるだけじゃあなくて、最終局面に向けて語り合っても欲しいところだよね」
コアは手を開閉させながら、愉快そうに言った。
休戦。
嵐の前の静けさを、存分に過ごしてもらおうではないか。
そのあとは、終わる。
終わりが始まる。
どんな物語もいつかはピリオドが打たれてしまうように、この復讐譚だっていつかは終わる。そして、それは何も遠いことではないのだ。
「正直、ヴィンフォースちゃんが成功できるか否かっていうのは五分五分って感じなんだけどね」
ふーむ、とコアは唸った。
どちらに転がったところで、コアにとっては観察するに足る物語ではある。
世界をぶち壊す物語になるのか。
志半ばで幕を閉じてしまうのか。
まあ、コアにとってみれば後者の方が面白みがある。
前代未聞でぶっ飛んでいた方が、インパクトが大きい。
「あと。そろそろ、こっちもどうするか決めた方がいいかもだよね……」
が、そういうことを考える以前にコアの前には難題があった。
決めなければいけないが、どちらかを選んだかによって運命が歪んでしまいかねない選択が。
そう。
彼女はどちらに『傾く』のか――最終決戦に向け、それを考えていかねばならない。
だが、彼女の場合、その傾いた方に、大きな影響をもたらしてしまう恐れ――否、決定事項があるのだ。
「ってことはアコンちゃんらしく、『傾かない』なんていう選択肢もあるわけだけれど――うーん、アコンちゃんと違って見逃してくれるわけがないよね、ヴィンちゃんは」
顎に人差し指を当て、魅惑的で完成された動作で悩ましく首を捻る。
幸いにして、時間はある――序列十位の彼らが異変に気づくまでには数日の猶予があるだろう。
それまでに決めればいい――だが。
今まで選択の必要にすら迫られたことのないコアにとって、これ以上の難題もなく。
どうあっても答えは出ない気がした。
「どうしよう、迷うな……困っちゃうよね」
史上初めてコアが頭を抱える貴重な瞬間がそこにはあった。
とはいえ、誰も彼女の領域にはいないので、目撃者はいないのだが。
むー、と呟きながら、絶対は悩んでいた。




