4-32.ピリオド
滞りなく、ルリとリルの封印も完了した。
「ふむ。今回も何とかなったようだな」
三つの封印器具を満足そうにポケットに入れて、ヴィンフォースは言った。
「とはいえ……まだ五位から一位までいるのだがな」
誰にも聞こえないような小声でそう呟いて付け足した。やる気を削ぐようなことは言わないヴィンフォースだった。
ともかくこれで約半分である。約が付くのはアコンを討伐対象に含めていないからだ。
あのようなふわふわしたやつを送り込んできたのは謎以外の何者でもないが……ヴィンフォースにとって、この事実はプラス面の方が大きい。
「うーん、私たちとしてはいまいち釈然としないよね」
「なんでだ? 今回も丸く収まって万々歳じゃないのか?」
「いやいや。キミのことを言ってるんだよ。全部かっさらっちゃったじゃない。しかも、何あれ」
ムスッとした調子でレンのことを見るナルミ。
レンとしては危ないところを助けた認識なので、なぜ自分が責められているふうなのか、よくわからなかった。
「私たちが何回かダウンまで持ち込んで駄目だったのを、いとも簡単に一発で、なんてどういう神経してるのさ」
「あー、あれは運が良かったとしか言い様がない。位置条件が完璧だったってことと、付与効果が強かった、ってのもあるか」
ずいずいと迫るナルミから逃げるように目を逸らし、レンは言った。
ナツメはそのセリフの中に、気になることと符合するものを見つけた。
「あのさ、牙琉くん。最後、というか、ここに持ってくるまでそうだったけど、あの子たちはなんで傷が治らなかったの? それが付与効果ってやつ?」
「まあ、そんなところだ」
「とにかく」
話の流れを断ち切るように、ヴィンフォースが強引に割り込む。すると廃工場に沈黙が降りた。
考えてみれば、廃工場に女子高生三人と男子高生一人集まっているというビジュアルはどこか怪しいものがある。犯罪の匂いが漂っている。
もっとも、集まっている彼らは純粋な人間という枠からは外れてしまっているのだが。
「今日はもう遅い。色々話すべきことがあるのだろうが、それは明日集まってでいいか?」
疲労困憊のナルミとナツメはうんうん、と二回も頷いて肯定した。最近立て込みすぎていて蓄積が半端でないのだ。
しかし、空気の読めない少年、牙琉レンはそこで安易に頷かず、一言放つ。
「お前、明日までにやつらが再来する、なんて可能性を破棄していいのかよ」
何言ってるんだお前は、とこの場全員が言おうと口を開きかけたが、この意見は真っ当なことを言っているのでそれははばかられる。
元を正せばこの一件は文化祭から続いている。
レンがコアと邂逅し、魔物大討伐会が前代未聞の展開となったところに休みなく連なっている。
今回の彼らが最初は慎重派だったからよかったものの、過激派だったなら、すぐに戦闘に発展していただろう。
レンとしては、明日というワードがあまりにも緊張感のないようなものに思えてならないのだ。そう油断していたところにアコンと遭遇したことで、若干のトラウマが植え付けられたのかもしれない。
ヴィンフォースもその可能性を指摘されて、なるほどそれはありうるかもしれない、と黙考してから、
「いや……それは限りなく低い可能性だな。レン、貴様は変なところに関連付けてしまっている。魔物の異変はやつらの関知するところではないだろうし、コアが来たのは気まぐれだろう。そう考えると最近の目立ったやつらの動きとしてはマラリスがやってきたことだから、しばらくの間隔が開いているだろう」
「ああ……たしかに」
コアのことを間近で感じた彼にとって、この理論は納得が行きやすかった。あんないい加減なやつが気まぐれ以外でレンに接触するなんてことはありえないだろう。まして、魔物大討伐会なんていうイベントが行われていたなど、彼らの耳には届くはずもあるまい。
「じゃあ……油断はできねえけど数日は安泰な可能性が高いってことか」
「そうだ」
神妙な面持ちでヴィンフォースは頷いた。
「ってことは、今日は帰って寝ていいの?」
ナルミが疲労感を滲み出して尋ねる。
「そこまで脱力してしまうのもどうかと思うが……まあ、今日のところはいいだろう」
「やったー! じゃあナツメちゃん帰ろー」
どれだけ帰りたかったのか、それを聞くやいなやナツメの肩に手を回して、陽気な雰囲気で帰って行った。ナツメは何か言おうとしていたが、結局何も言えずじまいだった。
その影が見えなくなってから、
「それじゃ、俺たちも帰るか」
「うむ、そうだな」
と、レンとヴィンフォースも帰路へつくことにした。
夕飯はもう済んでいるので心配はいらないが、この時間に帰ったのをルンに気づかれた場合、どう言い訳しようかと考えるレンだった。
実は夜に町中を徘徊する趣味があったんだ、よしこれで行こうと妹からの印象をさらに悪化させかねない言い訳を決行することを決めたところで、先ほどからヴィンフォースが横目にチラチラとこちらを窺っていることに気がついた。
「ん、どうしたヴィン」
「……む。やっと気づいたか。何やら思案顔だったから話しかけるのを自重していたのだが、一応、な」
視線は進行方向を真っ直ぐ向いたまま、時折レンを見ながら、そんなことを言った。
「別に平気だけど……一応、なんだ?」
「こんなことを言うのは甚だ屈辱でわたしのプライドがボロボロに崩れ去りかねないことではあるのだが、しかしわたしはそんなこともできないほどに落ちぶれてはいないし幼稚でもない。これでも礼儀は弁えるわたしだからな。堕天使として言わせてもらおう」
ものすごい前置きがあった。
なんだなんだ、とレンはここから先の言葉に身構える。
ヴィンフォースにここまで言わせてから発せられる言葉、さぞ重みのある重々しい何かに違いない。
まさか今日は大丈夫だというのはナルミたちに向けた方便で、実はもう戦いがまた始まっているとかか!?
にわかに不安を積もらせるレンだったが、ヴィンフォースから発せられた言葉は前置きとは正反対にシンプルだった。
「……あり、がとう。おかげで助かった」
最初、何かの暗号だろうかと頭の中に単語を駆け巡らせ、関連のある話題を掘り起こしたが、深刻な意味は出てこなかった。
ということは、そのままの意味に捉えていいのだろうか?
「……お、おう……?」
なにぶん突然のことだったので、受け答えも疑問形になってしまったが。
確認のため、万が一があるんじゃないかという期待よりは不安から、ヴィンフォースのことを窺えば――彼女はいつも通りの澄まし顔でこちらを向いていた。
レンは胸を撫で下ろす。
ここに来てデレられるとたまったものではない。レンはそういう展開は好みではないし、恋愛経験ももちろんのことゼロなのでどう対応すればいいのかに困ってしまう。
だがこの様子ではその心配はないようだった。単に、面と向かって言いにくいことを言うのに躊躇していただけらしかった。
それにしてもあんな前置きをされてからだと嬉しさの欠片もないよな、とレンは苦笑いしつつ、
「感謝するとか、一番お前らしくないよな」
「知っている。だから言っただろう。わたしは礼儀正しいのだと。恩には礼で返す」
「殊勝な心がけだな。堕天使らしくねえけど。もっとこう、『恩は仇で返してやるよ!』みたいな勢いはないのかよ」
「ふむ……この世界に来てレンと出会うまで、恩を与えられたことがないのでな」
「あ、そう……」
地雷を踏んだ、とレンは後悔した。
しかし――人は他人がいなければ、助けてもらわなければ生きていくことができないが、ヴィンフォースはそんなことなくここまで生き延びて来た。
それは強靭であると褒めたくもなるが、第一に去来するのは寂しさではなかろうか。
今まで孤独で生きてきた彼女。
レンなんかとは比べ物にならないほどにたった一人で、これまで生きてきたのだろう。
そう考えると、なぜそうならなければいけなかったのか、その理由が気になる。
同情でも憐れみでもなく。
視線を並べて、対等になりたかった。
「……まあ」
レンはヴィンフォースの肩に手を置き、先ほどの堕天使と同じように進行方向を向きながら。
「今回は運良く俺が助ける形になったけど、次がどうなるかわからない。これから出てくるやつらのことを考えると、きっと碌でもないことになるんだろうな。そうなったら、その時は俺に恩を返してくれよ」
ヴィンフォースは虚をつかれたようにキョトンとしてレンを見たあと、笑った。
邪悪で美しく、
美しく邪悪なヴィンフォースならではの笑顔だった。
「当たり前だ」




