4-31.終局
ナツメは全速前進でナルミのいる場所に向かっていた。
といっても、地面を駆けて、である。
やはりナツメにとって蝙蝠のような翼は広げるのも嫌なほどなのだ。
戦闘中ならいざ知らず、移動で使うのははばかられた。
しかし、吸血鬼のスピードだ、飛んでいくのと大差ない速さで疾走している。
時間にして十数分。
開けた公園に出た。ナツメにとっては懐かしい、あの公園だ。
思ったより遠くにいて時間を食ってしまったが……ナルミならこの程度の時間、ものともせずに耐え凌ぐことができるだろう。
もう一度不意打ちを決めようと、隠密スキルを行使しながら乗り込んだナツメだったが、
「……あり?」
状況が思ったよりカオスだった。
ナルミは広場の中央あたりに突っ立って、目の前にいるルリとリルを見据えているが、当のルリとリルはそちらを向いておらず、身体ごと後ろを向いて、座り込んでいる。その背中には血が滲んで紅く染まっている。見ているだけでも痛々しい。
そしてその目線の先には、なぜか、この戦いには参戦していないはずの牙琉レンがそこにいた。
「これはどういう……」
一目では判別しがたい成り行きに、ナツメはとりあえずノーマークで安全そうなナルミに近づいた。
「ナルミちゃん、何があったの?」
「え? ああ、ナツメちゃんか。たった今、終わったところだよ」
「……終わったって?」
「戦いがね。牙琉後輩が割り込んできて、あっという間に終わっちゃった」
「牙琉くんが?」
そうしてやっとレンの方向を見ると、ちょうどこちらに歩いてくるところだった。
何食わぬ顔で、さっき戦闘をしたとは思えないほどあっさりとした調子で、
「じゃあ行こうぜ。あいつらを封印しないと」
「あ、うん……」
なんだか首尾が良すぎる展開についていけないながらも、二人はそう頷いた。
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身体の不自由が消え失せた。
だるさも吐き気も過呼吸も綺麗さっぱりと。
ヴィンフォースはうっすらと目を開ける。
「…………、」
意味不明なことにアコンが目の前にいた。
さらに意味不明なことに、そのアコンには今現在胸を触られているようだった。
……傍から見れば、お姉さんが女子高生を押し倒して襲っている図に見えなくもない。
「あ、起きたんだ」
しかしまあ、このような軽さで話しかけてくるので、邪な理由もないのだろう。
それなら、どんな理由があるのか、残念ながらヴィンフォースには思い当たらなかったが。
「発展途上の胸って、なんかいいね。なんとなく手が離せなくて、ずっと触ってたよ」
そして邪な理由だった。それもかなりヤバめの。
黙って見ていたら、寝ている間こんなことをされていたのか、もにもに、とされたので(詳細は略)ヴィンフォースは飛び上がってアコンと距離を置いた。
「貴様がなぜここにいるんだ」
「えー、まあ、強いて言うならレンくんに連行された、かな」
「レンか……やはり不可能だったんだな」
何かしらコアの影響を受けたレンなら、不戦のアコンをあるいは、と考えていたのだが、結局駄目だったらしい。
概念そのものな彼女を『傾かせる』なんてことはできないのだ。
「いやあ……それにしてもいい具合に服が破れてるね。直截的に言うならエロい」
「貴様、そんなキャラだったか……?」
「いつも通りじゃない?」
んー、と首を傾げるアコン。
その様子に毒気を抜かれながら、たしかに今の姿は若干の問題があると、服を創造した。
「ふむ。ならそのレンはどこにいるのだ?」
「そのレンくんはどっか行っちゃった」
「それでは貴様もどこかへ行け」
先ほどのふしだらな行為といい、簡易版『暗黒世界』をぶちかましてやろうかとまで考えた。
無駄だとわかっているからやらないが。
アコンは「冷たいなあ」と傷ついたふうを装って言いつつ、
「むしろうちに感謝して欲しいくらいなんだけれどね。ヴィンフォースちゃんがこうして元気満々なのがいったい誰のおかげだと思ってるのさ」
と、そこまで言われてヴィンフォースはついさっきまで自分がソファイアが仕込んだ毒に苛まれていたことを思い出す。
アコンはあらゆる魔術を無効化できる機能を持っている。中立にあたり、この能力は必須とも言える。
だからソファイアの使用した毒も打ち消すことができたのだろう。
そして今自分がここにいる。
とはいえ。
「誰のおかげかと言われれば、それはレンだろうな。貴様が進んでわたしを助けるわけがない」
「ちぇ、つれないなあ。ありがとうの一つや二つくれてもいいでしょ。働いたのはうちなんだし」
「働いてないだろ。おおかた、レンが強引に貴様の手をわたしに触れさせたのだろう」
「ああうん、正解だよ。何、レンくんとヴィンフォースちゃんってルリリルちゃんみたいに心でも繋がってるの?」
「予測が容易なんだよ」
となると。
当初の状況、アコンに胸を触らせたのは紛れもないレンということになるが……。
「まあ、ヴィンフォースちゃんの柔らかいものを堪能できただけでもご褒美だけどね」
「本当、そんなことで喜ぶやつだったか?」
「いやいや、結構憧れてたんだよ、ヴィンフォースちゃんに触れるの」
「中立で変態とは、なかなかに矛盾していないか?」
「はっはー、そうでもないでしょ。完全なる中立っていう不可能命題を体現してる時点で変態だとうちは思うけれどね。……しかしながら、中立であることは崩さなかったけれど、ヴィンフォースちゃんを助けるように仕向けられちゃったことは本当だし。これは一本取られたね」
「はん。最終的にレンは貴様を誘導し、路線変更するくらいはできた、ということか」
「ふうん、やっぱり不思議だね、彼は――というわけで、うちはまたぶらぶらしてくるよ」
唐突にそう転換すると、アコンは手をひらひらと振って、目的地などなさそうな足取りで歩き去っていった。
「――さて」
状況を整理しよう。
廃工場だったここは、見るも無残な姿へと変わり果てている。特にこのあたりには黒く焦げた残骸と、灰しかない。
紛れもなくヴィンフォースがやったことだが。
「ここが発見される前に戻すべきか……」
そんな予定を口にして、今度は地面に伸びている人影を見つけた。
誰かなど問うまでもなく。
「ソファイアか。レンが満身創痍のやつにトドメを刺したという展開がもっともらしいな」
鮮血が未だ少しずつ外界へ溢れ出ている。衰弱しきっているものの、傷の程度が浅いので失血する前にその分の血を生成して、なんとか一命を取り留めているのだろう。そう考えると、レンは絶妙なことをやってのけたものである。
ともかく、回復しない傷というのが、ヴィンフォースにはかなり新鮮だった。
「これがレンの言っていた……」
ソファイアが動かないことを足先でつついて確かめてから、封印器具を取り出す。予想外のことで、かなり手間取ったが、今度こそ終了である。
圧倒的優位なはずのヴィンフォースが関わると上手くいかないのに、レンが関わると呆気なく終了した。
それにどこか何者かの思惑を感じずにはいられないヴィンフォースは、苛立たしげに一つ舌打ちしてから封印を開始した。
手こずることもなく、すぐに済んだ。
回収、完了だ。
「……あとはあの二人か」
ルリとリルのことを思い浮かべながら、ヴィンフォースは工場を復元した。
といっても、朽ち果てたものの再現だが。
元のものを見て知っていれば、構築するのは容易いことだった。少なくともヴィンフォースにとって一度見たものを再現するのは簡単である。
天使と吸血鬼のコンビが惨敗したか善戦したかはわからないが、ヴィンフォースが加われば勝利は確実なものとなる。
すぐさま現場に向かおうと、脚を折り畳んで準備をするヴィンフォースだったが、そんなことをする必要はなかった。
「おーい、ヴィン」
入口からそんな、今となっては人間という括りに入れていいものか考えてしまう存在になってしまったやつの声がした。
「約二名のお届けものだ」




