4-30.実験
「お兄さんは」
「何者なの?」
目を離さずに、ルリとリルはレンに尋ねる。
そう問われるとは考えてもみなかったレンは頭をかきながら、
「あれ、アコンが知ってたんだからてっきりわかってるのかと思ってたんだが」
「ということは」
「あなたも敵」
「そうだよ。というか、こんな見た目だったのか。中学生くらい、ねえ。これがあるべき姿か」
レンは二人を観察した。最近はナイスバディのお姉さんというあまりにも極端なキャラクターを見すぎて、その中間の彼女らがちょっとしっくり来ないのであった。
「何、気持ち悪い」
「死ねばいいのに」
おかげで、こんな罵声を浴びさせられてしまった。
レンは罵られて快感を覚えるほど器用な性癖を所持していないので、普通に傷ついて顔を曇らせた。
メンタルがガラス並のレンだった。
とにかく、と立ち直れなくなる前にレンは何とか気持ちを切り替えることにした。
「早くやろうぜ――そっちだってあまり余裕はないんだろ」
「余裕がないと感じ始めた方がいいのはあなただよ」
「今からあなたは私たちに呆気なくやられて、私たちはヴィンフォースを倒さないとならないんだから」
「……ずいぶんとまあ、先見のあるやつらだな」
一転、空気が張り詰めた。
殺気、敵意、害意。
そのような感情が、場を塗り替える。
「一つ、言い忘れてたが」
今にも一触即発の雰囲気に水を差すタイミングで、言ってしまえば空気の読めないタイミングで、レンは九位と八位に呟く。
「勝負ってのは始まる前から始まってるんだぜ」
意味深なことを言って。
レンは駆け出した。
ルリとリルも、それに呼応する。
否――呼応することはできなかった。
彼女らの真後ろ。
それぞれの背中に指先を向けた、レンの姿があった。
彼女らは気づかない。目の前のレンをどう料理したものか、それを考えあぐねているようだった。
少し、考えた方がよかった。
目に見えているものが真実だとは限らないと。
「バン」
言って、レンは『エア』で集め濃縮した高圧縮の空気弾をほぼゼロ距離で放った。
威力は銃弾を優に超えていた。
その弾丸は着弾すると、彼女らの頑丈に思えた身体に、まるで柔肌のようにめり込んでいく。
やがて、大して時間もかけずに身体の中を進んだ弾丸は貫通して外へ飛び出た。
「やば」
やらかしてしまった、とレンは遅ばせながら後悔し、『エア』を解除する。解除された空気は膨張して周囲のものと同化した。
そこまでの過程があって。
ルリとリル――九位と八位はレンをゆっくりと振り向いた。
さっきまで、ナルミと話し、彼女らとも話していたレンは、蒸発したように、蜃気楼のように消え去っていた。
「そ、れは……」
「『偽物』、だって……?」
どくどくと、穴の空いた場所から血が滲み出す。
口からも吐血し、みるみるうちに力が抜けていくのが彼女らには実感としてわかった。
こんな、たった一センチ程度の銃創だけで。
その事実に思い当たった同一は、疑問だけがふつふつと浮かんできた。
そう。
「……なぜ……」
「回復しない……?」
この程度、数秒と経たずに完治であろうに。
血は出続ける。
どこか間違ってしまったとしか、言えない現象だった。
この意味不明なものにどこか緊急信号を発した彼女らは『一心同体』を発動する。
ナルミの読みは、概ね正しかった。彼女らがなぜ全快していたのかと言えば、体力を二人で一つのものとしているからに他ならない。
一つ違うのは、それでは全快するのはおかしいということだ。一人がダウンした場合、もう一人の体力を半分にして同じにしたとしても、それでは全快とは言いがたい。
感覚、体力、あらゆるものの分配、共有以外にも、もう一つ、彼女らにはエクストラスキルがある。
それは情報のトレースだ。
ゾンビのように復活していたあの現象は、それで説明が可能となる。まだ元気な方の体力情報を、そのまま瀕死の方にコピーペーストすればいいだけなのだから。さっきの満身創痍同士での回復は、この応用だ。一人の方に分配し、トレース、そしてもう一度分配、トレース、と続けていけばいいのだから。
しかし。
そんな、ある意味無敵な彼女らにとっての天敵が目の前にいた。
彼女らの穴は二つ。
一つは、お互いが同時に、再起不能にされてしまうと、分配したところで回復が難しい。
もう一つは、分配したところで回復しない場合、の二通りだ。
そのため、『一心同体』をいくら発動したところで、力を分配しトレースしたところで、なくなったものは元に戻らなかった。
「ぐ……」「……っ」
その二つを今、軽々とやってのけたレンだった。『相違』を持っていたのは、単にコアの零したギフトのようなものだったが、本当に効果があるのなら、使う他にあるまい。
それに、ルリとリルが警戒して一箇所に集まったのも幸いした。レンは手間をかけることなく一撃を決めることができたのだから。
タネを明かせば、最初からこの場に認識されていたのは『偽物』の幻影の方だった。本物は影を潜めて、悠々と公園に降り立っていた。
彼にはもうそのあたりの心構えができてしまっていた。それはほとんどアコンの神出鬼没な登場に起因しているのだろうが。
そうして『偽物』で会話を交わし、敵の性質を把握したところで、戦略はできあがっていたようなものだ。レンの妄想力、もとい構築力の甲斐あってか、幻影だということに全く気づかれなかったことも後押しした。
そして先ほど、『相違』が実際に自分に付与されていることを踏まえ、まずは様子見で一手、攻撃を喰らわせたのだが――想像以上の成果が出た。
(なるほど、血を出させるほどなら、治らないらしいな。この場合、『エア』で作った弾で攻撃した、という事実が重要なのか?)
とはいえ、まだ詳しい効能はよくわからない。
しかしとにかく、『相違』で傷を付けるだけでも致命的であることはわかった。
放っておいても傷は治らず、失血によって衰弱するだろう。
こうなってくると、逆になぜコアがこんな反則にもほどがある能力を持っていたのかが気にかかってくる。
あそこまでの絶対なら、もはやどんな手札を持っていたところで、違和感はないが。
(ふむ……そう言えば、結局のところ、あいつはどんな立ち位置なんだ? 俺らと敵対する気でいるが、自分が手を出すとあまりに呆気ないからこんなことをしてるのか、あるいは――)
その思考はかき消された。
文字通り。
最後の足掻きと言わんばかりの、同一の一撃によって。
ルリとリルの放った拳はレンの身体を通過し、余っている力を全て発散した。
……が。
「さすがに無防備で考え事をするほど落ちぶれちゃいない」
やはりバトル展開における知識のあるレンの方が上手だった。レンはそこから十歩のところで腕を組んでなお立っていた。
勝ったように見えるやつが気を抜いて考え事をしているところに、瀕死のやつが襲いかかるなんてことは、使い古されていると思ってしまうほど見たことがあるレンは、そんな初歩的なミスなど起こさない。
つまるところ、いついかなる時も用心が重要なのである。
「く……そ、あなたは、いったい」
「何が楽しくて、私たちに仇なすの……」
今ので残っていた気力もあらかた使ってしまった彼女らは、腰が抜けたようにへなへなと膝をつき、その場に座り込んだ。
それを見下ろしながら、レンは言う。
「何が、じゃない。楽しいから、それだけだ」
この世で一番身勝手な、最も忌むべき理由を。
ともすればヴィンフォースよりもタチの悪い、存在しない方が良いこと。
例えば、あの超越しすぎてしまった天使のような。
「俺は――楽しければいいんだ。面白ければいいんだ。それ以外のことはこだわる必要がない」




