4-29.逆転
ナルミは焦った。
ルリとリルは一緒にしてはいけないと本能が呼びかけていたからだ。
そのために工夫を凝らし、一対一までもつれこんだというのに……その努力が突然打ち破られた。
ルリが来たということは、ナツメはどうなったのだろう。
一瞬、最低の想定が頭をよぎるが、今はそんなことを考えている暇はない。
しかしどうやら、ルリもルリで、俊敏な動きをすることはなかった。弱々しく緊急離脱したような塩梅だ。
それなら、とナルミは思考時間を数秒で切り上げて、ルリとの戦闘に移る。
「なるほど、二人の間には何かのパイプが繋がっているようだね」
先ほど同様に土塊を作り出し、弾丸のように射出する。
だがしかし、それをモロに受けるほどに衰弱はしていなかった。高く飛び上がり、立体的な避け方をしつつ、ナルミへと近づく。
立体的な避け方に、ナルミは舌を巻く。
(あれを飛んで避けるとはね……初見だったら平面で避けるだろうに。まるで布石を打っているのを知っているみたいじゃん)
これが単なるまぐれなのか、周知の上でのことなのか。
ナルミは後者だと考えた。
二人のシンクロ性を目の当たりにすれば、その結論はすぐに出る。
(二人は感覚を共有している、みたいな)
そう推測して、向かってくるルリを迎え撃つため、電撃を飛ばす。
空中なら、身をよじっても、翼で逃げても当たる可能性が高い。
というナルミの思惑に反して、ルリは急な動きを見せた。
ガクン、と地面に垂直に落ちたのだ。
電撃は掠めることもなく、天へと向かっていった。
そして、超低空飛行のまま、猛スピードでルリが襲いかかる。
が、
「甘いよ」
真っ向から反撃するためにナルミもスピードをつけてそう言った。
直後。
「え……?」
さらにガクン、とルリが地面に落下した。
この場合は落下させられた、と言うべきか。
とにかく超低空飛行をしていたルリは、地面に激突し、自分のスピードでギャリギャリと身体を削る。
皮膚がえぐられ、血が溢れ出す。
それ自体、再生能力のあるルリにとっては何ともない傷なのだが、意識に空白は生まれる。
見逃すわけがなかった。
上に跳ね上げて、リルと同じようなことを、容赦なく、抜かりなく実行する。
こうしてナルミとナツメは勝利を掴み取った。
それで今回は終わりだ。
しかし。
それは成功しなかった。
「『一心同体』――」
聞こえるか聞こえないか、微妙な声量でそう呟いたかと思うと、ルリの隣にリルが出現していた。拘束術式は意味がなかった。おそらく、完全なテレポートなのだろう。拘束術式はテレポートには対応できない。
鏡合わせのように触れ合った二人は互いに押し合い、その反作用で左右に分散する。ナルミの放った土塊は誰もいない虚空を突っ切っていった。
「それなんだよね」
一気に自分が不利な状況へ持ち込まれているのを肌で感じつつ、ナルミは目の前のことに集中する。
先ほど、ナツメが吸血した直後もそうだが、戦闘不能だったはずなのに、なぜか動けているのである。
どういう仕組みなのか。ナルミに思い当たるのは二人になった瞬間に、それが起こっているということだ。
力の受け渡しをしているのか?
だがそれならば、こうして二人とも全快の動きをしているのはおかしい。ただの足し算ではなくなっている。
ともかく、電磁フィールドを作り出し、鉄を選りすぐって壁を構築する。
これならば生身で近づくことはできまい。
まさにその通りだった。
一度に二人を捉えることのできない絶妙な立ち位置にポジショニングした彼女らは、肉弾戦をしようとはしなかった。
二人して、ナルミに向けて掌を差し出しただけだった。
果たして。
「ぐ、ぅ……っ!」
ナルミはその場にうずくまった。
まずい。
迂闊にも、その可能性を考えていなかった。
さっきから肉弾戦しかしていないが、遠距離攻撃の手段を持っていないわけでもないだろうに。
おそらく今受けたのは魔力の砲弾だろう、とナルミは混乱している頭で無理矢理考えた。
それなら、距離的制約も無視可能だし、鉄の壁など意味がない。魔力はそのままナルミに届く。
みぞおちと後頭部。
重要な場所に被弾してしまった。
ぐわんぐわんと脳が揺れる。
それでも緊張状態だけは保った。
まだやられるわけにはいかない。
いや、負けることはできない。ナルミはこの世界の均衡を守る存在でなくてはいけないのだから。
「…………、」
これ以上なく集中する。
チャンスがあるとすれば、次の一瞬だ。
理不尽なほどの二人だが、穴がないわけではあるまい。
奥の手をさらけ出すのも致し方ないと、諦める。
そうして、厳戒態勢で構えていると、
「結構やばそうだったな」
そんな、この場には聞こえることのなかった少年の声がして。
場が一気に転覆した。
「――――、」
声も出せぬまま、ナルミの死角に位置していたルリがきりもみ回転して宙を舞い、落下して地を削った。
それだけにとどまらない。
ナルミの正面のリルも、そこだけ重力が増加したかのように、引き寄せられるようにして倒れる。
そこまでの現象を引き起こしてから。
「よっと」
と、元凶がナルミの隣に着地を決めた。
「これはどういう状況だ?」
牙琉レンである。
それにナルミは意外感を隠せないが、それでいてどこか安心を得ながら、嘆息する。
「見ての通り、戦闘中だったんだけれど。割り込んでくれちゃって。別に私、追い詰められてるわけじゃなかったんだけどな」
「よく言うな。お前、負けの兆ししかなかったじゃねえか」
この最初から期待してなかったみたいな物言いにはさしものナルミも頬をプクと膨らませる。
「キミね。それはないよ。これは本当に。バトルの行き先を見守れずにちょっかいを出してきて、その言い方は気に食わないな」
「おおう、なんだよその食ってかかる感じは……」
「わかりやすく言うと、いったい何様のつもりじゃってことだよ」
「よくわからんが、とにかく怒ってるんだな。すまん」
そのニュアンスだけは感じ取れたレンは即座に謝罪した。ここまで率直に言われると、文句が言いにくいものである。
ちなみに物語の中のキャラクターの心情読解は得意のくせに、人の感情の機微には疎いレンは例のごとく、なぜ怒られているのかはわかっていない。
……レンの思慮を深くするのは無理である。バカは死んでも治らないと言うが、レンにとって人の心情読解のできなさはそのような病気と同列に数えていいだろう。
「……で、キミ、ここにいるってことはそっち、首尾よく終わったってとこなの?」
「ああ。……いや、全てが上手く行ったのかは、俺にもよくわかんないけど、まあ今回も俺たちの勝利ってことで間違いはないだろうな」
「?」
なんだかあやふやなレンの物言いに、疑問を感じたナルミだが、今はこんな会話をしている場合ではない。
「待って。キミ、いとも簡単にあの二人を倒したみたいになってるけど、そうは行かないんだよ」
「ああ?」
どこか急いているようにも見えるナルミに、今度はレンが首を傾げる。
「どういう仕組みか、まだ私は理解してないんだけど――二人は繋がっていて、力の分配とかできたりするみたいなんだよ」
「ふうん、双子というか、瓜二つのやつにありがちな能力だな。でもそれが?」
「それがって……まだ戦いは終わってないってことだよ」
言ったと同時に。
まるでナルミの発言の後付けをするように、いつの間にかルリとリルは一箇所に集合していて、ナルミとレンのことを視線で射抜いていた。
「ん……たしかに、不可思議な能力だな」
(ふむ……傷をつけたら血が止まらなくなったが、打撃は治るのか……? それとも、間接的なダメージだから、効果範囲外なのか)
レンは同一のように瓜二つの彼女らを改めて見て、お得意のこじつけ思考で現象の説明を図る。
それから。
虚空に刀――アコンに切断未遂したのと同じ型だ――を出現させ、構えつつレンは言う。
どこか楽しそうに。
「それじゃあ、試させてもらうぞ――お前らの身体でな」




