4-28.成敗
「さて」
ソファイアの意識も途絶えてしまったところで、レンはヴィンフォースのもとへと近寄った。
寝ているところをうつ伏せにして、頬をペちペちと叩いてみる。
「おい、生きてるかお前」
何度かそうして試してみたものの、ヴィンフォースが意識を取り戻す兆しはなかった。
「うーむ……」
胸が呼吸のリズムで浮き沈みしていることから、まだ生きてはいるようだが……吐息が苦しそうである。
「何があったんだ? 魔術による効果か?」
まずは原因を考えてみる。
ヴィンフォースを地に伏すには、当然魔術が必要になってくるのだろうが、ソファイアは今まさに落ちたところだ。
それに、彼女の再生能力なら、ここまで長引くこともないはずだ。
ということは、倒れている原因は傷ではなく、再生しても治らないもの、この二つの要素のあるものだろう。
「異物を混ぜられた、みたいなことか?」
レンは鋭い視点でそう言うと、無言で廃工場の入り口だったはずの場所に、『エア』で特攻する。
やはりいた。
「やあレンくん」
「来い」
「え、何、いきなり強引すぎるんじゃ……?」
「すぐ終わる」
アコンの手首をガチリと掴み、引きずるようにして持っていくレンだった。
連れていく場所は言うに及ばず。
倒れているヴィンフォースのところだ。
色々と役に立つよな無効化能力って、としみじみ思いながら、持ってきた手首(もちろん身体つき)をヴィンフォースの胸もとに当てる。
アコンは困惑した。
「えっ、あの……レンくん。さも当然のようにやってるけど、これどういう状況? 何、そういう趣味?」
「何がだよ。お前には無理矢理ヴィンフォースを助けてもらっただけだ」
「助けてって……?」
レンはそれには答えずに、ヴィンフォースの呼吸が少し落ち着いたものになったのを見ると、次の現場へと急いだ。
数学のように、実力がイコール勝敗にならないことはこれを見てよくわかった。その分、他人の力を信用することもできなくなってしまうのだが……それほそれだ。レンが一緒にいて、実力が勝敗にならない状況を元に戻せばいいまでだ。
ともあれ、こちらは一応、終息した。
七位、六位は脅威から排除された。
しかし、まだ残っている。
九位と八位が、今天使と吸血鬼と戦っている。
実力的には同じくらいと、ヴィンフォースは言っていたが、それは勝敗がどうなるか、わかったものではないということだ。
このまま放ってはおけない。
果報は寝て待てではなく、掴み取らなければいけない。
レンは彼女らを捜索すべく、天高くに舞い上がった。
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正面。
スピードに乗ってそちらへ向かっているところに、反対の力がどこかに触れるとどうなるだろうか。
答え。
「バイバイお姉さん」
「…………っっっ!!」
運動エネルギーが返ってくる。
それでもなんとか迎え撃とうと、向こうの突き出してくる拳に合わせて腕を振り抜く。
ガバギバガビギィ!! と嫌な音が響き渡る。
無論、ナツメの振り抜いた腕が、目を瞑りたくなるほどに損傷した音だ。
天界の水準の高さなのか、ルリの身体は頑丈である。
しかし気にしない。今のは単なる緊急回避だ。身体の芯に入るよりは、腕一本の方が安い。
不死身の吸血鬼にとっては。
反対の腕。
背中に回していた手で隠していた得物――サバイバルナイフを抜き、そのまま一閃する。
「な」
「はは。実はあたし、種族柄、痛みはあまり感じないんだよね」
ゴキゴキ、と不自然な音を立てる破損した腕をだらんとぶら下げて笑う。
といっても、かなり無理をしたような笑みだった。
「でも、あなたはこういう痛み、慣れてるのかな?」
ブシュ、と。
思い出したようにナイフの描いた傷口が開き、血を吐き出す。
「ぐ、痛――」
「卑怯なのかもしれないけど、ごめん、あたしはこのくらいしないと勝てないよ」
どうせこの傷もすぐに修復されてしまうのだろう。
それならばこの力が抜けている間に畳み掛ける。
ナツメは抱きつくようにして、ルリをホールドし引き寄せる。
そしてお得意の吸血。
結局、どんな攻撃をしても治されてしまうのなら、有効打はこれしかあるまい。
今度はかなりおざなりに、あらゆる力を吸う。時短の意味もあったが、一歩間違えれば相手の全てを吸い尽くしてしまう、危険な行動だった。
まあ、結果から言えば、ルリが吸い尽くされる、なんてことは起こらなかった。
だからといって、ナツメが最終的に微調整して無力化に成功した、というわけでもない。
なぜなら。
「……っ?」
ガクン、とさっきまで逃がさぬようにキャッチしていたはずの身体の感触がなくなった。
いや、気配がごっそりと消えた。
「何が?」
何らかの手段で脱出されたのか、と瞬時に周囲に警戒網を張り巡らせたが、近場にはもういないようだった。
「あれ?」
ナイフを納め、もう一度周囲をきょろきょろと見回すが、やはり見当たらない。
何が起こったのか。
考える前に、正解が頭にくっきりと浮かぶ。
「……! ナルミちゃんが!」
あの予兆のない移動。
あれを見るに、彼女らは互いの場所に瞬間的に飛ぶことができるというわけではないか?
そうとわかれば行動は速い。
神経を尖らせ、馴染みのあるナルミの気配を見つけると、ナツメはなりふり構わず出せる最大スピードでその場所へ向かった。
一方、ナルミがいったいどこにいるのか――その答えは、彼女以外にとって馴染みのある場所だった。
ナルミは一対一に持ち込むにあたり、まず最優先事項として周囲への被害を考えた。
そうなると、心置きなく戦うことのできる、開けた場所が好ましい。
そうして紙一重で攻撃を避け続け、その上で方向性を持たせてたどり着いた場所は――公園だった。
マラリスとの死闘を繰り広げたあの公園である。
こうなると、何かしらの因果を感じずにはいられないが――ナルミ、リルはそのことを知らない。
「ふう……」
ナルミは回避の行動をやめ、切り替えるようにして大地に足を踏みしめる。
(ここならまあ使えるかな。それじゃあ試しに――)
ナルミがいる場所の土が浮く。
それは集積し、いくつかの土塊と化す。
「行くよ」
その言葉とともに、土作りの弾丸がリルのもとへと飛ぶ――さながら、銃弾の速さで。
「こんなの、何のダメージにもならないよ」
リルは半ば呆れも混じった表情で、難なく、最低限の動きで全ての弾を避け切っ――
「知ってた」
ナルミのそんな声が聞こえるか聞こえないか。
リルの意識外から後頭部に打撃が襲う。
瞬間的に脳が揺さぶられ、視界がブレる。
何とか倒れるのだけは回避したリルは、バッ、と後ろを見た。
「へえ。やっぱり頑丈だなあ。こんなふうに鈍器で殴ったら一瞬で気絶ものなのに」
興味深いものを目撃したと、ナルミはリルを見た。
土塊をわざわざ砂を巻き上げて作ったのは、完全なミスディレクションである。視線を誘導し、意識をこちらに向けることで周囲への注意を割く。
で、武士道精神とかそんなのへったくれもない不意打ちで、真後ろから後頭部を射抜いたのだ。
一筋縄で行かないことは誰にでもわかる。
その場合、苦戦を強いられるであろう側に重要になるのは工夫だ。
いかに自分の力を、相手に通用させるか。
それに尽きる。
が、意図に反してリルの素の防御力が高かった。
読み通りなら、これでノックアウトをもらっているはずなのだが。
「さて、どうしようか、な」
リルの身体が跳ねた。
それはリルの意志によるものではない。
空気が突然、トランポリンのような弾力を持ってリルを弾いたのだ。
「……?」
困惑しながらも、全身を強ばらせて宙を舞うリルだったが、避けようがなかった。
別に、強力な攻撃を、ナルミが放ったわけではない。
公園ならどこにでもありそうな蛇口から、リルに向かって流水を打ち水みたくばらまいたのだ。
もちろんダメージは皆無だ。
だが、
「さあ、どのくらいかな」
バヂィ! とその水をたどっていくように、閃光が爆走した。
お得意の電撃。
水は電気を通す。電撃は一直線に進み、水のかかったリルにも直撃する。濡れている分、そして宙に浮いている分放電もされないため、威力は倍増だ。
とはいえ、純粋な水は電気を通さないのだが……それを補ってあまりある火力だったのだろう。ともすれば、蛇口から放出される水に、何かを混入していたのかもしれない。
惨いことに、しばらくの間その高圧電流は流れ続けた。黒煙がプスプスと上がることからも、事の壮絶さは想像に足るだろう。
リルはそのまま落下する――ナルミは手を止めない。
先ほどの土塊弾を幾度となく射出し、どかすか当て、当て続けた。
容赦がない。
しかし、ここでどこか手を抜けば、やられるのはナルミの方である。それはさっき身をもって知った。
ゆえに、戦闘にあたっては手を抜かず、半分死んでいる状態まで追い込まなければいけない。
やがて、ドシャ、という音を立てて地面と接触したリルは、ぴくぴくと身体の末端を痙攣させていた。
今度こそこれで終わりかな、とそれでも電撃の用意は欠かさずリルの安否を知るために近づく。
念のため、二、三度電撃をぶつけ、拘束術式を行使し捕獲。
……重ねて言うが、これは単にナルミが抜け目ないだけである。間違っても、敵を嬲るのが楽しいわけではない。
ここまでことが上手く運ぶとは思わなかったが、完了したものは完了したので、
「……ふう」
と一息つく。
だがこれから、まだ片割れを打倒しにいかねばなるまい。ナツメの吸血能力は有効らしいので、もうすでに決着がついているのかもしれないが、一対一よりは二対一の方が好ましいだろう。
「よし、それじゃあナツメちゃんは」
と、どこにナツメがいるのか、感受性の高いその感覚で感じ取ろうとしていると、
シュン、と唐突に。
気配が出現した。
「な……?」
確認するまでもなく、それはルリだ。
経緯はどうなっているのかわからないが、とにかく二人が揃ってしまった。
ナルミは人知れず汗をかく。
「……やば」




