4-27.中二病
ヴィンフォースはソファイアを精一杯睨みつけた。
ソファイアはそれに気づいた様子もなく、ただ、最後の一撃を振りかざそうと挙げた片腕に力を込める。
万事休す。
まさにその言葉通りの状況に、ヴィンフォースは歯噛みした。
(やるか? 一かバチか――)
堕天使はまだ考えあぐねていた。
この期に及んで、まだ先の温存を考えるとは、思慮深くもあり――同時に愚かとも言えた。
悩んでいる時点で、勝負は決する。
ソファイアの魔の手が、ヴィンフォースに襲いかかる――!!
「――何やってんだよ、お前」
――と。
すぐ近くから聞きなれた、そんな声がしたかと思うと、突如現れた影が衝突し、ソファイアが吹き飛んだ。
その影は、ヴィンフォースのよく知る人物であった。
ぼやけていてよくわからない視界の中、彼女はその人物の名を呼ぶ。
「レ、ン……?」
「そのザマを見るに、どうやら来て正解だったみたいだな」
その顔は呆れていたのか、ほっと安堵していたのか。それは眼では窺えない。
しかし、ヴィンフォースにはここから先はもう大丈夫だろうという安心があった。
そこから来た気の緩みからか、ヴィンフォースの意識はプツン、と電話線でも切ったように途絶えた。
「……さて」
レンの感情は穏やかではなかった。
アコンにそそのかされ、にわかに不安の募ったレンは、最短最速、ヴィンフォースから予め聞いていた廃工場へと向かったのだが……。
行ってみればみたで、えらい状況になっていた。
工場の跡形なんてなくなっていて、あの傲岸不遜、唯我独尊のヴィンフォースが地に伏して、いまいちまだよくわかっていない序列六位のソファイアが上から見下ろしていたのだ。
今にもトドメを刺そうと言わんばかりに。
びっくりしたレンは、うっかり猛タックルをソファイアに決めたわけなのだが、そのあと冷静になって考えてみると異常なことがよくわかる。
レンは一度、ヴィンフォースの力の一部を見たことがある。それだけでも圧倒的であったし、事実、序列の十位を翻弄していた。
だから、完全状態のヴィンフォースが戦えば、それは瞬殺でことが終わると、そう信じ切っていた。
が、ソファイアはそれを封じて立っていた。
やつはどれほどの強さを持っているんだ、とレンは思う。
……実質、ヴィンフォースは一方的な戦闘をしていて、単に運悪くこうなっているのだが、レンには知る由もない。
それに、今回はその認識の方が都合がよかった。
油断をする隙も生まれない。
レンはよろよろと立ち上がる青年を見据えた。
「よお、お前、たしか考えはアコンと一緒っつってなかったか?」
「ゴホッ……そちらから仕掛けて来たのなら、相応の対応をせざるを得まい」
「なるほどな。アコンでもなければ、環境で『傾く』ってわけか」
「フッ……そうだな、余は中立には成りきれんよ」
「そうかよ」
ブォン、とレンはいつの間にか手に持っていた刀で空を斬る。
それが開始の合図となった。
レンは一歩、二歩、力強く踏み込み、刀を斜め上へと斬り上げる。
「――――!」
ソファイアは、片腕を防御のために上げた。
だがそのまま刃物をその身に受けたわけではなく、続けて変化が起こる。
ゴポポポポ、と水が奇怪な音を発して移動したかと思えば、それらは瞬く間にソファイアの身を包んでいく。
即席の水鎧ができるまで、一秒もかからなかった。
ガキィ、とレンの振った刃が水鎧と接触する。水とは思えない感触であったが、おそらく水の性質を弄ることができるのだろうと仮定し理解する。
刀を振り抜いたものの、結局ソファイア自体には傷一つ付けられない。
その結果を確認すると同時に、今度は防御を見据えて引く。
引きながら、『エア』を発動し、アコンには無効化されてしまった鎌鼬を作り出して飛ばす。
ソファイアは横に飛ぶように避けたが、右足首の駆動部に掠める。
水の防壁を斬り裂いて、だ。
「ぐ……ぅ……っ!」
付いてしまった傷に足もとがふらつく。
それを見過ごすレンではない。
どうやら『エア』が通じるらしいと発見したレンは、今度は数を増やし、鎌鼬を飛ばす。
ソファイアは健闘した。
大したことに、重傷を負うことなく、かすり傷だけで済ませた。
先ほどのヴィンフォースのように。
反撃のために鎧から触手のようなものを伸ばし、レンに向かわせたが――それは『エア』で作り出した壁によって防がれる。
(く……よりにもよって弱点をついてくるとはな)
やがてソファイアは膝をつく。
もとより満身創痍だったのだ、そこから元気いっぱいのどこかの中二病が割り込んできて連戦を始めれば、こうなることは必然のことだ。
ソファイアは資源を統括する序列十位だ。
そのため、資源――この場合水を操るのが得意だ。資源に劇物を混ぜ込むことなど容易だし、浄化もまた然りである。
資源は言うなれば万物の源だ、それを操作するとは如何なることなのか、言うまでもあるまい。
有利に運んでいたヴィンフォースも、その資源の力によってやられたのだから。
しかし。
資源の力は、同じ系統の力に弱い。
そう、空気だ。
水と空気は切っても切り離せない関係だ、そして空気は水に影響を与えることができる。
レンがそこまで考えているのかはわからない。
だが、攻撃の選択は決定的だった。
今や鎧の形の維持もままならず、水は地面へと広がる――そこには、真紅の滲みも混じっていた。
もちろん掠った際の切り傷からの出血なのだが。
ダラダラダラダラダラダラと。
ほんのかすり傷のはずなのに、再生する兆しもなく、先ほどからただひたすらに生命活動の源が零れている。
堰を切ったように。
何かを、取り違えてしまったかのように。
「うぬ、何をした……?」
この異常事態を引き起こしたのは、どう考えてもレンしかいなかった。
戸惑いの眼差しでレンを見たソファイアだったが、彼も彼で驚いているようだった。
「ふむ……たしかに効能は本物だった、か……アコンにはこれでもかってほど何も効かないから、てっきりただの寝言だと思っていたんだがな……『相違』、ね」
「な……今、なんと……?」
「あ?」
予想外の反応に、レンはソファイアを見た。
「それは、単なる噂のはずだが……?」
「噂?」
「それは法則を乱す。そう言い伝えられていたゆえ、当時は探し出すのに躍起になっていたが……最終的に、そんなものはないという結論になったのだ」
「ふうん……そんな話が。今後のために、あいつに色々聞くべきかもな」
レンは終わったあと後ろの相棒にすることを決めつつ、ソファイアに向かって言う。
彼にとってはショックを受けること間違いなしの大スクープを。
「とにかく、もともとこれを持ってたのはコアだぜ」
「…………、」
言ってから数十秒固まった。
「……何だと?」
「びっくりした、気を失ったのかと思ったぞ」
「うぬの使った『相違』を、こともあろうかコア様が、持っていたというのか?」
「ああ。意図して使ってるわけじゃないんだがな。どちらかと言うと、植え付けられたというのが正しいし……なんだ、そんなに重大なことなのか?」
「当然、だ……頂点に立つものが、そんなものを保有しているなど……」
「しかし、抑止力として必要じゃねえか? ほら、すぐに鎮圧できるように」
「そもそもそんな状況……ヴィンフォースがいなければなかった」
またヴィンフォースを悪者扱いか、とレンは少し顔を顰める。知り合いが悪く言われているのは、気持ち的にどこか悪い。
だが、それはそれとして、他に気になることがある。
「お前ら、コアのことをそれこそ神みたいな感じで呼んでるが、ありゃあ違うだろ。気まぐれだけで生きてるような、いい加減なやつだぞ」
気まぐれだけで生きてなんかすごい世界に足を自ら突っ込んだいい加減を通り越して狂気の少年、牙琉レンは他人事のように言った。もっとも、彼がそれを自覚しているのかは本人にしかわからないが。
どうやらレンの知っているコアとソファイアの知っているコアにはそれなりな齟齬があるらしく、わけがわからない、というような顔をした。
「あの方はしっかり、やるべきことを全うしているはずだが……?」
「そうなのかもしれないが、それは外面だけで中身は違うってことだ。お前にもあるだろ、裏に隠している感情ってやつくらいは」
「……いいや、ない。おそらくどの者にも裏の思惑なんて下賎なもの、持ち得ないと思うが」
「……マジかよ。お前ら、よく生きてられるな」
感情を隠せないとは、レンにとっては死活問題だ。
そんな世界になってしまったら、おちおち自分の脳内だけで妄想を楽しむことができなくなるではないか。
「まあ、いいか。俺には関係ないだろ。ってなわけで、雑談はここまでだ。お前もそろそろ限界だろ?」
「ああ……そうだ、な。余としては、うぬの話、根掘り葉掘り聞かねば気が済まないのだが……それを許すうぬらでもあるまい」
「別に、このまま殺すわけじゃないけどな。色々と制約があるらしいし。あいつが望むのなら、また話す機会もあるだろうよ」
「ヴィンフォース、か。『呪われた禁忌』――なあ、牙琉レンよ」
ソファイアは最後に、レンを見上げる。
天界にとって部外者の、意味のわからない突飛な乱入で、幕引きとなったが――牙琉レンという、堕天使と関係のある者に、興味がないわけではないないのだ。
とはいえ、それは疑問でしかない。
「なぜ、ヴィンフォースに味方する……? うぬにとっても、あれは日常をいたずらに破壊するイレギュラーだ。うぬの日常だって、もうとっくに壊れているんだろう?」
「まあ……それなりに、な」
「ならばなおのこと、なぜだ。なぜうぬはそこまで頑なに異常を寛容する……?」
と、そこまで疑問を発したところで、ソファイアは糸を切ったように崩れ落ちた。もともと限界が近かった身だ、いつこうなってもおかしくなかった。
が、レンは答える。
「そんなの――」
答えの反面、自分に言い聞かせるように。
何度も言った言葉だった。
だが、少しだけ趣きが異なっていた。
「そんなの――異常ってやつが、好きだからに決まってるだろうが」




