4-25.悪運
「これで二人目、か。ナルミたちがよくやれば、四人目まで進展があるな」
建物に生まれた、夜で暗くなっているにも関わらず境界がはっきりわかる、闇そのものの空間。
『暗黒世界』。
堂々とこの究極級を使うのはかなりリスキーな真似だが、その点、ヴィンフォースは前回の反省を活かしていた。
そう、現象の規模の縮小。これにより、ヴィンフォースが割く魔力リソースはかなり減少する。
考えても見ると、これは当たり前のことで、前回『暗黒世界』を使った時の状況は、百名ほどを一気に呑み込まないといけなかった。となると当然規模も莫大なものとなり、魔力不足になるのは避けられないことだった。
逆に、それほどの規模で発動しなければ、究極級でも問題ない。
もちろん、これはヴィンフォースの器量だからできることだ。通常ならば、期せずとも膨大な魔術が展開されてしまう。
まさか究極級が来るとは思ってもみなかっただろうソファイアは、不意打ちの要素もあった強力な攻撃をもろに受けてしまった。
「……ふむ。印象に残っていなかったのはその通りの意味だったか」
あまりの呆気なさにヴィンフォースは息をつきつつ、よくもまあこれで六位を名乗れたものだと疑問を持つ。
「しかし――まあ、こんなところでぐずぐずしていないでさっさと済ませるか。あの二人にやつらは辛いところがあるだろうしな」
と言いつつ、ヴィンフォースはどこかから例の封印器具を取り出した。
拡張し、ルービックキューブのような大きさ形にすると、一歩を踏み出す。
あとはこれを闇に触れさせれば終了だ。
まだ戦闘中であろうナルミやナツメ、それにレンのことが気になるヴィンフォースは此度の戦闘を勝利で終える。
はずだった。
「……やるな。さすがは堕天使だ」
――と。
闇に囚われ、一生陽の目を見ることなく、ただ死ぬ時を待つだけに思われたソファイアの声がしたのだ。
次の瞬間、水でコーティングされている地面のある地点が沸騰でもしているのかというように泡立ち始めた。
すると刹那、水が形を持ち始め――身体の形になると、弾け飛んだ。
それはヴィンフォースを狙っての攻撃だった。
「……ふん」
堕天使はこともなげに、『エア』による防御を成功させる。
しかし……内心、戸惑いを隠せない。
その、弾け飛んだ水の中から。
「うむ、上手くいって何よりだ。この世界の構成は向こうとは違うからな。心配もしていたが」
暗黒から出てこれるはずのないソファイアが立っていた。
『暗黒世界』の力には信頼を置いているヴィンフォースには、わけがわからなかった。
いかに簡易版とはいえ、破られることはありえない、はずだった。
「いやはや、運が『良かった』。万が一の成功を掴むことができたのだからな」
「……ちっ」
納得がいった。
決して認めたくはないが、納得がいった。
どうやら極限に確率が低い脱出を遂行し、上手くいったということらしい。
しかし、ソファイアの運が『良かった』わけではない。
ヴィンフォースの運が『悪かった』のだ。
(……くそ。何なんだこの不都合主義は。ちょっとやそっとでは終わらせないと言わんばかりじゃないか)
ギリッ、とヴィンフォースは奥歯を噛む。
なんとなくだが、気づいてはいるのだ。
いや、気づいているというのは初めからだが。
目に見えないものに不愉快さを滲ませながら、堕天使は延長戦を始める。
白爆発。
一定の範囲に敷き詰められたそれが、ソファイアに襲いかかる。
が、ソファイアもそれでくたばってしまうほどヤワではない。
翼をはためかせると、常識では考えられないような軌道を描き、そのことごとくを避ける。
「甘いな」
ヴィンフォースとて、そのくらいは想定内である。
だからこそ、工夫を施した。
何も一つの現象をぶつけ合うだけがバトルではない。
ソファイアが白爆発を避け、その間隙に身を投じた瞬間。
本命の白爆発が、ソファイアのすぐ近くで起爆済みだった。
その隙間は偽物だと言わんばかりに。
「な……ッ!」
攻撃を避けるのは容易い。
だが、自分から攻撃に突っ込んだのでは、避けるなどできるはずもない。
爆発はソファイアの身体を叩き、空中へ吹き飛ばす。
「か、は――!」
そのまま詰みまで畳み掛けようと、ヴィンフォースは魔術の準備をする。
左右の瞳に、色の違う線が走る。
それを黙って受け入れるソファイアではない。
満身創痍ながらも、ヴィンフォースの邪魔は欠かさなかった。
湿った地面から、水の針が殺到する。
「……はっ」
今度は迎撃すらしない。次の一撃に込める。
皮一枚、いや、必要最低限の回避しかしなかった。
ザシュッ、という音とともに服が裂け、それに留まらず血も噴き出る。
気にしない。大部分の損傷でなければ、たちまちにして傷は完治する。ヴィンフォースは治癒能力にも特化しているのだ。
そして実行。
蒼く紅い火炎が、海となってあたり一帯を覆った。
否、海という表現には留まらない。
避けようもなく何もかもを燃やす火柱が、全てを呑み込んだ。
……後には灰しか残らなかった。
(……マラリス戦でレンの行った炎の攻撃を真似てみたのだが……これでは使い物にならんな)
土地一帯を焦土と化すものを、易々と使えるはずがない。
使ってしまった後でそんなことを言っても世話がないが。
まだ残り火(とは言うが、火事と言って差し支えない火力である)がパチパチパチと音を立てている中、どこかにいるであろうソファイアを捜す。
今のを、無事で済ませることは不可能のように思えるが、息絶えたということはあるまい。重傷であることは間違いないだろうが、再生能力があることを考えると、ゆっくりと捜す暇はない。
「……ん?」
一発で場所の知れる探索魔術を使おうとした時だった。
突然、視界がぼやぁ、と霞む眩暈がした。
よろよろと、堕天使はたたらを踏んだ。
瞳に手を当て、立ち止まるヴィンフォース。
魔力を一挙に使った反動のように思える症状だが、彼女の魔力量はまだ余りあるし、この程度の魔術行使は当たり前のようにしてきた。
では、この唐突な不調は何なのだろうか。
そう考え、ヴィンフォースは自分の身体を見下ろし、得心がいく。
服はところどころ裂かれて肌を晒し、その肌には血液が付着していた。先ほど水の針を避けた時に掠ったところだ。
傷口はなく、血だけがついているという不思議な構図だが、これで血を失ったのが原因だろうか。
手の甲の血痕を舐め取り、ヴィンフォースはそんなことを考えた。
「もう少し積極的に避ければ良かったか」
どうせ治るなら、とぞんざいに回避したが、よく見るとつけられた傷はかなりの数にのぼっている。
「しかし、出血程度でこんな症状が出るか……?」
そんな疑問は出たものの、それを考えるのは後でもいいだろう。ヴィンフォースは今優先すべきことをするために、今度こそ探索魔術を行使した。
案外、ソファイアは近くにいた。
二十メートルほど先の場所で、うつ伏せになって倒れている。
それを察知すると、ヴィンフォースは『エア』の爆風によって鎮火する。
「思いのほか、手こずってしまったな……」
言いつつ、さっきしまった封印器具を再び取り出す。
――と。
「っ」
また、眩暈がした。
今度はぼやけるだけでなく、視界が回転し、焦点が合わなくなる。
立っていられず、ヴィンフォースはあえなく膝を地面に着いた。
気づけば、身体に力が入らない。大した受け身も取らず、ヴィンフォースはその場に倒れた。
呼吸も荒くなり、熱い吐息が夜の寒さに白く光る。
「……は、……はっ」
尋常ではない異変にヴィンフォースは戸惑う。
その、中で。
堕天使は、ゆっくりと、全身の力で踏ん張って立ち上がるソファイアの姿を確認した。どうやら、身動きの取れない重傷から、立てるほどにまで回復したらしい。
「貴様……何、を」
もう機能を失いつつあるヴィンフォースは、辛うじて言葉を紡ぐ。
ソファイアにも、余裕の表情はない。しかし、その目には決意のこもった光が灯っていた。
「……ふん、……ただでやられるわけにはいかないからな……針に毒を、仕込んだのだ……」
息も絶え絶え、そんなことを言うソファイア。
あの時、最後の悪あがきとばかりに傷をつけたのは、そのような意図あってのことか。
「うぬは治りが早いとはいえ……毒を除去する機構は持ち合わせておらんだろう」
たしかに、毒だとタネ明かしされたところで、堕天使にはどうにもならない。血を抜いて毒もろとも放出するという手はあるが、ヴィンフォースの再生能力ではそれは難しい。回復が早いからこそ、毒が回るのも早い。
性質を逆手に取った、決定的な一手だった。
「とはいえ、余もそろそろ限界だ……最後に、うぬと相討ちで、幕を閉じようぞ……」
だらだらと、ヴィンフォースの傍らまで歩くソファイア。
(くそ……不覚だ。まさかここまで粘られるとは。これではわたしもただでは済まないな)
魔力はまだ残っているが、構築するほどの気力は残っていない。
魔力を暴発させれば一時はしのげるのかもしれないが、後でどうなるかはヴィンフォースもわからない。
(どうする……!?)
一かバチかに賭けるか。
手が届くところまでたどりついたソファイアは、腕を振り上げる。
最後の気力を込めた、終わりの一撃が、ヴィンフォースに迫る。




