4-21.天使×天使?
やっぱり不利だった。
「おっと……ぉ!」
路上を吹き飛ばされる。
空中で態勢を立て直し、なんとか転ぶのを避ける。
そのモーションでスカートははためくわ、はだけさせているブレザーはさらに着崩されるわでかなりすごい格好になっているが、ナルミは気にしない。どちらかといえば、気にする必要がない。
ここもまだちょっとした住宅街ではあるものの、ナルミは事前に結界の構築を済ませておいた。これでここ一帯の住人が外に出てくることはない。
「まあ、助けも当然求められないわけだけど。こればっかりは私たちで何とかしないとね……ッ!」
休みなく迫る追撃を飛び退って回避する。
――が。
「やっぱり難しいよ」
「私たち二人を一人では」
今さっき避けた前方からの声と、
すぐ後方からの声がした。
「――!」
反射的に身体を捻りながら回し蹴りを試みる。見えていなくとも、範囲内にいればヒットする。
しかし、威力のある蹴りは空を切った。
直後、懐に飛び込まれていた。
ナルミは腕を十字にクロスさせ、防御の体勢を取ったが、そこにさらなる攻撃が、背中に走る。
「ぐ、ぅ……っ!」
板挟みになる衝撃に、内臓が揺さぶられる。一気に吐き気が喉元にまで込み上げる。
それを堪えて。
これならばゼロ距離、外すことはない。
ナルミは自分の周りに得意の電撃魔術を発動し、放電する。
当然、まさに攻撃中であったルリとリルは防御のことなど考えていなかった。それ以前にナルミに触れてしまっている二人は、避雷針となるように、放電された電気を一身に浴びた。
「な」「に?」
ナルミはその一瞬の隙を逃さない。
身体をしならせ回転し、今度こそ回し蹴りを実行する。
今回は両方ともヒットした。胴体にクリーンヒットしたルリとリルは左右対称的に、家を囲む塀に衝突する。結界が張ってあるので、粉々に砕け散ることはない。だからこそ、その分のダメージも、ルリとリルの体内に炸裂する。
声にならない呻きが空気を揺らす。
「ん……?」
そこで気づく。
空気を揺らす呻きに変化が見られたからだ。
対称的に、二方向に分散した――させたと思われたルリとリルの二人だったが、瞬きもしないうちに、一箇所に集まっていた。
予備動作や予兆は全くなかったのに、だ。
移動したわけではなく、転移したような。
どういう能力だろう、とナルミは思考する。
天界の輩は、この世界とは違った法則の魔術を使うようだったが……。
(ともかく、今ので機は逃しちゃったなあ。向こうが察知してなのかはわからないけど。惜しいー)
と、片方が叩きつけられ、さっきまでいたはずのポイントを一瞥して思案した。
計算通りなら、これで一機脱落のはずだった。
なぜそんな確信的だったのかと言えば、それは今ナルミが一人でいる理由に起因する。
ナルミはああ言ったが、もちろん一人で二人に立ち向かおうなど、端から考えていなかった。
そう――ナツメと二人で相手をするつもりだった。
が、どうやらヴィンフォースの情報筋によれば、ナツメのスキルである吸血は、対天使の一撃必殺の切り札なりうるということだった。ナツメが吸うのは血だけではなく、魔力から存在力まで、実に多数のものなのだ。
超絶便利なスキルである。
というわけで、その吸血能力を活かすため、表面上はナルミが一人で相手をし、隙を見てナツメが一撃必殺を喰らわせる手筈となった。
見抜かれてしまえばそれまでだが、ファーストコンタクトでルリとリルは、ナルミのことを『今日は一人なの?』『あの子が見当たらないけど』という言質を取っている。さすがに裏の裏をかいて、あえてナルミ一人であるかのように振舞っているという説は、おそらくないはずだ。根拠として、マラリスに最後まで気づかれることがなかったという実績がある。
ナツメは今もどこかで、実に巧妙な隠密スキルによって身を隠しているはずだ。
……吸血鬼のスキルが何かと便利すぎる気がするのは、ナルミの勘違いだろうか。
ともかく。
ナルミは全力でもって、ルリとリルをナツメが吸血可能な状況にまで持っていかなくてはならない。
(初めての交戦でこれは、圧倒的にハードじゃないかなあ……)
だいたい、相手の力がどれほどかもわかっていない。マラリス戦には居合わせなかったし、ヴィンフォースの実力も見たことがない。ナルミにとって、これで天界の力は初見なのである。
それがなぜだか阿呆らしくて笑みが零れた。
次は二人一丸となって、突っ込んでくるようだった――もしかすると、ナルミなら力技で押せるかもしれないと踏んだのだろう。
それなら、その力を利用する。
一瞬で距離を縮め、同時に渾身の一撃を放つルリとリル。それを受ければひとたまりもないことはナルミも直感した。もしかすれば肉体が肉片となって弾け飛ぶかもしれない。
無論、もろに喰らうナルミではない――トリックのなさそうな正面からの堂々とした一撃なら、避けられた。それはかなり間一髪のところだったが。
それはもちろんわざとである。最初から回避行動を取ってしまえば、その回避行動を逆手に取られた攻撃がなされるであろうと読んだ結果だ。事実、予兆を見せてしまえば、ナルミは終わっていた。
終了、していた。
その点でナルミの取った行動は正解である――正解以上だ。
ギリギリで避けたのには、他にも理由がある。
「よっ……!」
力の側面をなぞり、方向を転換する。
相手の力を利用する、合気道の要領で。
勢い余った力を上に向けさせる。
ルリとリルにとって、これは予想外だったようで、二人は完全に呆気に取られていた。
天界出身である彼女らは体術というものを知らない。まあ、それは必要がないからに過ぎないのだが――戦うとすれば力任せにしていればいいし、魔術を使えばいい。そもそも、諍いなど滅多に起こらない。
そう、力ならあるが、それがあまりにも強力すぎて技術を知らないのだ。知る必要がないのだ。
それが今回の間隙を生む。
そこを。
ナルミは畳み掛ける。
勢いが逸らされ、若干姿勢が上向きになっているルリとリルに、腕一本につき一人巻き込むようにして飛び込んだ。
それに加えて、二人の間を抜け、足を広げるとさらに腕を動かして引っ掛ける。
二人は現在、勢いを損ねないまま体勢を崩した状態だ。何かに衝突したならいざ知らず、精力込めて放った一撃は、易々と引っ込めることはできない。
実に容易く、ナルミの思う通り、技をかけられた二人はナルミの下敷きになるようにすっ転ぶ。
惨いことに、ナルミはその際しっかり後頭部を強打するようにした。
「がっ」「ぎ」
そんな間の抜けた声を発すルリとリルに構わず、再度、念入れとばかりに電撃を入れる。
しかしそれだけで意識が刈り取れるのだったら苦労はしない。レンとは一度戦ったことがあるからわかる。再生能力も半端ではなかったはずだ。
だから詰まるところ、この勝ち負けはナツメが吸血に成功するか否かに懸かっているわけではあるのだが……。
出せうるレベルの最上級の電流を流しながら、ナルミはチラリと意識をどこかに向けた。
(この体勢じゃあ吸うのには無理があるか。できるだけ後ろからの方がいいんだろうし。となると、どうしようか……)
次なる一幕の段取りを高速で練り始めたナルミだったが、
「これはどうしたらいいんだろう?」
「どこまでやったものか、微妙だね」
との声とともに。
ゴッ! と両者の足がナルミに殺到した。
それを直前でなんとか察知したナルミは同じ方向に飛ぶことで威力を分散する。
彼我の距離は五メートルほどに伸びる。
その反撃行動に紛れもない余裕が含まれていたことに対して、ナルミは少し焦った。
若干、まずいかもしれない。
「あちゃー……まさか、まだ本気じゃありませんってやつじゃないよね?」
「本気?」
「これが?」
シンクロして首を傾げる同一。
そして言う。
こんなこともわからないのか、と言うように。
「まさか、どうしたらお姉さんが死なないかを考えて」
「頑張って力をセーブして、骨を折って手加減してあげてるんだよ」




