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其は誰が為の叛逆者 〜To break the world〜  作者: 貴乃翔
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4-20.不戦

「ふうん、面白いことになったなあ」


 ふらふらと、夜の街を歩く者がいた。

 特に理由もなく、ただぶらついているだけの『傾かない』存在が。

 そんな彼女ではあるが、何も堕天使の動向に完全に無関心というわけではない。

 今まさに二つの場所で開幕したことを、彼女は感じ取っていた。


「……ま、結果なんてどっちかにしかならないだろうし――引き分けなんて、起こりえないだろうし。うちとしてはどっちにしろ流されるだけでいいんだけど……ね」


 さて、これからどうしたものか、とアコンは思考を始める。別に中立の位置が保てれば他には何も望むべくもないのだが、もし今回負けて、天界から新たに人員が送られて来る場合、彼女の立ち位置が危うい気がする。

 ひょっとすると、ひょっとすれば、加勢しなかったという理由で叛逆者扱いかもしれない。


「いやいやさすがにそんなことは……は……あるのかもしれないな……」


 何だか天界のシステムに理不尽を感じ始めるアコンだった。ヴィンフォースに言わせれば、まさに今さらだろうが。

 自分の使命を全うしているだけなのに、それを非難される。


「キツイなあ……ヴィンフォースちゃんはこんな気持ちだったのか。だからといって味方をする気はないけれど」


 それに、アコンはそういう性質なのだといって、寛容に認められるのかもしれない。

 それはそれで、ヴィンフォースと絡めるとやるせないが。


「勝った場合には……ってあれ? コア様何にも言ってないような?」


 敵情、作戦などを伝えられ、そのままこの世界に飛ばされた序列四名だが……たしかに、事前情報はこれでもかと聞いたものの、作戦遂行後のことは何も教えてもらっていないことに気がつく。


「コア様が引き戻してくれるってことでいいのかな?」


 それとも作戦遂行後など端から考慮に入れていないのか――と考えて、それはさすがに……いや、どうなのだろうか……と思い悩む。


「その場合、うちたちが送り込まれたっていう事実の理由が大々的に塗り変わるんだけれど……」


 ふむ、とアコンは立ち止まって考え込む。

 このような思考に到れるのは、アコンがアコンであるがゆえのことである。

 中立、中庸、ど真ん中である彼女だからこそ、客観的に物事を見ることができる。

 他の序列十位、いや、天界の誰もがコアの言ったことには疑問を覚えない。今の思考だって、さすがにそれはないだろう、で打ち切られていたことだろう。


「うーん……」


 しかしアコンは特殊である。ふと疑問を感じれば、盲目的に振り切らず、論理的に考えることができる。


(となると敗北が前提で送り出されたってことだから、コア様の目論みってどういう――?)


 とはいえ今は。

 今からは、考える必要もなかった。

 なぜなら、



「こんなところにいやがったのかよ、アコン」



 と、後ろから声が投げかけられたからである。

 聴覚のみでそれが誰かを把握したアコンは焦ることなく、あくまで自分のペースで振り向く。


「こんな時間に何か用かな――レンくん。夜這いに来るにはまだまだ早いよ?」


「ほざけ」


 牙琉レンは迷いのない目でアコンを突き刺しながら、歩く。

 もう一つ、幕が始まろうとしていた。

 まさかあれでもう自分にはどんな影響も及ぼされることがないと信じていたアコンにとっては、少々意外だった。

 そう――とはいっても、少々である。

 頭のどこかではこういう展開も描かれていたのだろう。

 アコンは首を傾げて、


「あれ。レンくん、うちはどの味方にもならないって言わなかったっけ。それでいて、争う必要もないんじゃなったっけ?」


「……そうだな」


 レンはアコンより十歩のところで立ち止まる。


「お前の言ったことがその通りだとしたら、本当に無害な存在なのかもしれない。別にこれに意味なんてなくて、ただの無益な争いになるのかもしれない。でもな」


 アコンを眺め、言う。

 その顔に険しいものはない。むしろ気を抜いている感じの、出で立ちだった。

 軽く笑いまでしながら、レンははっきり述べた。


「だけどやっぱり、そういうやつがいると、俺は疑わずにはいられないんだよ。何か裏があるんじゃないかってな。いや、裏があるに違いないと確信を持ってしまうんだ。性格的に」


 だいたい、そうして余裕をかましている敵なのか味方なのかわからない存在に、ロクなやつはいない。最終的に一番すごい野望を持ってたり、最終局面でしゃしゃり出てきて立ちはだかったり、後々邪魔になってくることは言うに及ばず知っている。物語的には面白い展開なのだろうが、あいにくとレンは知っていながらそのままテンプレートを通るなんてことはできない。

 できるだけテンプレに厳しく、メタでいく。

 目に映った可能性はとりあえず潰しておく。

 そういうスタンスである。


「はっはは、理不尽極まりない物言いだ」


 アコンはそれでも平素と変わることがない。あっけらかんとした、実に軽々しい口調である。

 ……きっと、彼女が変わることはないのだろう。これまでも、これからも。それ以前に、変化が彼女には許されていない。

 いつの間にか、レンの右手には日本刀が握られていた。鞘は元からない。

 真剣はリアルで目の当たりにしたことのないレンが、自分に詰まった情報と想像力で形どったものにしては、よくできている。肉など簡単に切り落とせそうだった。

 目の前の、中立の天使でさえ。


「んー、どうやらレンくんはこれからうちと戦おうという魂胆らしいけれど」


 その凶器を、アコンは一瞥しただけで特に驚いたふうもなくレンに話しかける。

 言っても良いものか、考えあぐねるようにしながら。

 レンはそれを、緊張状態から話を逸らすためのポーズと取って、いつでも一閃できるよう、両手で持って斜めに傾けた中段の構えを取ったが、果たして。

 彼女は、当然のことを言った。



「言っておくけれど、うちは戦わないよ?」



 レンはしばし沈黙して、アコンがどういう意図でこのセリフを言ったのか考える。

 が、わからなかった。

 普通、凶器を出されて、構えられて、いつでも準備がオーケーで、相手が殺気むんむんであった場合。

 おそらく人間なら、立ち向かうか逃げるか、その二者択一が行われる。それ以外の選択肢として恐怖のあまり身動きが取れなくなる、などがあるだろうが、いずれにせよ、相手の雰囲気を取っての受動的な反応が、通常は行われるはずだ。

 だが、ここまで来て。

 恐怖するでもなく戦闘や逃走の準備するでもない。

 単なる不戦宣言。

 それをやってのけた。

 これでは殺してくださいと言っているようなものである。


「それは、どういう意味だ」


 そんな疑問が口をついて出ていた。


「意味も何も、意向を表明したまでだけれど。ああ、レンくんはこう言って欲しいのかな」


 やれやれ、と手を横に挙げ、呆れたように首を振りながら、一言。



「その程度、うちは回避する必要どころか、何の行動を起こす必要すらないってことだよ。なぜならレンくんは弱いから」



 レンは動く。

 なぜか、唐突にアコンが恐ろしい化け物のように思えてきた。

 今ここで仕留めなければ、取り返しのつかないことになる、みたいな。

 そんな直感的なことを察知した。

 まさか自分がそんなありきたりな直感を生み出すことになるとは、と思いながらも、『フライ』で座標を移動し刀のリーチに届くところまで近づき、横一閃に薙ぐ。

 その動作には秒とかからない。

 初動を感じ取ってから反応するなど、無理だった。

 それがわかっていたので、接触時、神経を逆撫でするような、柔肌を斬る感覚に備えたレンだったが――


「はははっ」


 斬る寸前、そんな愉快げな笑い声が聞こえて――

 一刀両断した。

 右の腰から入っていった刀は、しっかりと胴体を横切り、左の腰から抜けていく。

 それは確定的で決定的で、勝負あったとも言うべき一太刀であったが、


「はぁ……?」


 レンはこれでもかと目を大きくする。

 斬った感覚が皆無なのである。どころか、刃が接触した感覚すら感じ取れない。

 目の前にはこの現象の揺らがない証拠がある。


「うん、最終的な結果はわかっていても、ヒヤヒヤするものはヒヤヒヤするね――ほら、言ったでしょ?」


 そんな軽口を叩くアコンは当然のごとく五体満足である。上半身と下半身を真っ二つになどなっていない。

 そして、アコンには何も行動を取るすべも、取る気もなかった。したがって、彼女が回避行動及び迎撃行動を行った事実はない。

 レンも、以前のように寸止めで止めたわけではない。しっかりと、握った柄は右から左へと抜けている。

 となれば、異常があるとするなら一つ。

 その、武器だ。

 アコンに接触した部分が、消え失せていた。正確には、彼女が触れたそばから蒸発するように霧散した。

 この結果をこれ見よがしに見せつけたアコンは、飄々と、いい加減に笑み言う。



「――だから、うちは戦わないんだって」

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