4-17.合流
「あ、来た来た」
待っていたら本当に来た。
黒は結構目立たないと思いきや、遠くから見てもよくわかる。ただの黒ならいざ知らず、漆黒というのは地味にはならずに目立つものらしい。
ヴィンフォースはてくてくとこちらに歩み寄ってくる。
レンは当初のヴィンフォースに加勢するためにここな来たという目的を思い出しながら、結局俺は必要なかったみたいだな、と結論を下した。もしかすると、アコンが本当に手を打ってくれたのかもしれない。
というかこれなら、家で待機していれば良かったのでは……?
「うわ、戦犯かましてるのかもな俺」
レンはため息をついた。
格好よく(と自負している)、家にいるヴィンフォースが『偽物』だと見破ったものの、これでは何をしているのかわからない。
「まあ、いいか。ヴィンと合流できたんならそれで」
そう割り切ることにした。
考えていくと、自己嫌悪に陥りかねない。
少しはヴィンフォースの肝の座り方を見習うべきだ。
と、そんなこんなでヴィンフォースはレンの目前までたどり着いた。
「よお、帰ろうぜ」
「貴様……念の為に言っておくが、それ自殺行為だからな」
「この魔力を身につけるやつか?」
「そうだ。ここにいる、ということを、これでもかと見せびらかしている」
「いや、でもこれしか方法なかったし」
「貴様なあ……」
ヴィンフォースが呆れ顔を通り越して諦め顔になっている。
いつからこいつは用意周到から大胆不敵になったのやら。何もかもの可能性を精査する素振りがなくなっている。
まさか、アコンと会ったのが原因か……?
いや、さすがにそれはないだろう、と堕天使は首を振った。ああ言われたのがかなり響いているらしかった。
「そうだ。聞きたかったんだが、あの『偽物』はお前が作ったんだよな?」
「自宅にいるやつか?」
「そうそう。お前とあれ、思考とか共有してたりするのか?」
「いいや。あれはあくまで独立体だ。わたしのような考え方こそすれ、別物だよ」
「ふーん……分身とかできるんなら戦い方も増えそうだな」
レンは一人思案した。やはり、概念を扱う魔術というのは奥が深い。同じ『偽物』でも、幻覚、複製、分身と、可能性は無限大のようだ。
そんなレンを、ヴィンフォースはすうっ、と眺めながら、
「……で、レン。何かわたしに言うことはないか?」
「ん、ああ。すまん、助けに行けなくて」
ずっこけそうになった。
たしかに、レンがここにいる時点で、分身から何かしらを聞いて飛んできたのだろうが……堕天使の力量なら、問題なく倒す一歩手前まで追い詰めることができたのだが。
しかし、それでも聞きつけて駆けつけてくれる分には嬉しいのだが……ヴィンフォースが聞きたいのはそういうことではないのである。
「いや、もうそれはいい。もとより貴様の協力など仰いでいない。わたしが聞きたいのは、わたしに報告すべきことがないのか、ということだ」
「ああ、うん。たしかにあるな。時系列的にタイミングがなかったんだけど」
ほっ、とヴィンフォースは心の内だけで息をついた。
これで何もないと言った暁にはびりびりに破き捨てていたところだ。
「……む。どこから話したもんか」
レンは何かを告げようとして、止まり、顎に手を添える。
昨日からの密度が濃すぎて、少し整理した方がいいように思える。
時系列で順番づけるのではなく、情報をラベルで並べ替えてみると――
「序列十位の、九位、八位、七位、六位の四名が今この世界に君臨してるらしい」
「……ふむ。四名、か」
「ああそうだ。聞きそびれてたけど、アコンはどうした?」
「……貴様、その呼び方といい、アコンと妙に親しげじゃないか」
ヴィンフォースがジト目になってレンを見た。アコンの不愉快な言い分を思い出してしまったのだ。
だがそんな気持ちが中二病野郎のレンには知る由もない。というか、彼にそういうことを要求してはいけない。
だからこの視線も、レンには不可思議なことでしかなかった。
「なんだよ。あいつが止められるとか言うからぶん投げたんだけど」
「……何だと?」
「なんでそんな不機嫌なふうになるんだよ。お前が戦闘中だって言うから頑張って駆けつけたんだろうが」
実際にはアコンをぶん投げて寄越して、決着がつきそうな戦いに水を差したのだが。
しかも本人は森に準遭難したのだが。
ほとんどいらないありがた迷惑だったのだが。
「……貴様は本当に余計なことをしてくれたよな」
ヴィンフォースはとてもとても深い深いため息を、溜めに溜めてから、空気を全て一気に噴出した。
ここで殴りに行かないところというか、ここでイライラに任せて『暗黒世界』を撃ち放たないところは、ヴィンフォースの大人さが窺えた。
堕天使だけど大人だった。
「はあ。仕方ないから今回は免除してやるが、何かがあったらまずわたしに相談しろ」
「……わかったよ。わかったけど、お前もお前だろ。今回勝手に戦いに赴きやがって」
「ぐ」
この切り返しには詰まらずにはいられない。
たしかに、レンに黙ってドンパチやっていたのは事実なのである。
「だがなあ、貴様の妹を巻き込まないようにするにはあれしかなかっただろう」
「……ん。まあそうだな」
レンは納得した。
なんだかんだで、人を巻き込みたくないのはヴィンフォースも同じなのである。そうでなければわざわざルンの傍に『偽物』を置くまい。勝手に離脱して、そこらの住宅街で破壊の嵐を巻き込むのが、本来の堕天使の在り方なのだろうが、ヴィンフォースはヴィンフォースである。
筋書きは悪役、しかし本質は結構正義を貫いてる憎めないどころか好感が持てるやつ。レンが一番憧れるダークヒーローの立ち位置にヴィンフォースはいるのだろう。
と、レンは勝手に思っている。
「……俺が言い出したことでなんだが、言い合いはここらにしておこうぜ。それよりも今は最前考えなきゃいけないことがあるし」
「わたしは端から言い合いをしているわけではないのだがな」
ふん、と嘆息をするヴィンフォース。
それを見て見ぬふりで、いや、受け止めてのことなのかもしれないが、レンは単刀直入に聞く。
「で……実際、お前が戦ってたのは誰だ? 俺的な見当を言えば、ルリとリルだろうと思うんだが」
どんぴしゃりと当てられ、ヴィンフォースは少しだけ目を見張る。
アコンの口から、彼女がレンに接触していたことは知れたが、四名の順位を知っているかのようにしゃべっていたあたり、まさか全員と会っているのだろうか。
「……正解だ。わたしは二対一を仕掛けられ、後もう少しで返り討ち、今回の戦いはこれにて閉幕というところで、貴様が飛ばしたというアコンがやってきたというわけだ」
「俺は戦闘シーンを見てないからなんとも言えないが、二対一って、そう易々と勝てるもんなのか?」
前回に一度、本調子でもないのに力を振り絞って、刹那の間マラリスを翻弄したことがあるが、二人となると、そうも簡単にはいかないだろうとレンは考えた。
対してヴィンフォースははっ、と鼻で笑う。
「わたしを誰だと思っている。天下無双の堕天使だぞ」
「……その傲岸不遜さは格好いいと思うこともないわけじゃないが、後々絶対に因果応報するパターンな気がしてならないんだよ」
物語に登場する大体の最強っぽいキャラは大半の確率で弱体化か、インフレの加速でもっと強いやつが出てくるか、その強さまで追いすがられて敗北するかの三択に限る。それも全て負けるパターンだ。
まあ、そのあとさらに最強になって帰ってきたり、結局負けなしで終わる、なんてことも多々あるわけなのだが、ヴィンフォースはどちらかというと前者のような気がした。
「そこは俺やら新谷やら生徒会長やらで頑張ってフォローするしかないか。それでこそダブルソー、だったか、チームの出番だ」
そういえばこの団体名、名付いてからこの方使ったことがないな、作る必要なかったんじゃないのか――なんて適当なことを思いつつ、一応戦闘面については安心か、と考えてレンはもう一つ、気になっていたことを聞いた。
此度の人員についてだ。
「アコンって、結局のところ、どういう立ち位置なんだ?」
「貴様も聞いているだろう。やつはどっちつかずの中途半端だ。こちらには何の影響もない」
「本当か? やっぱり俺にはまだ裏があるんじゃないかと思うんだが」
「レンの言わんとすることは理解できる。やつの底知れなさには同感だ。が、しかし、それでもやつは中立でしかいられん。底は知れないが、やつはやつでかなりの制約の中にいる。それに――」
といって、ヴィンフォースは昔に思いを馳せた。
苦難と苦痛しか存在しなかったあのふざけたクソったれの世界でのことを。
誰からも認められなかった。
誰からも忌み嫌われた。
だが。
「やつだけは、わたしのことを何とも思っていなかったからな。忌むわけでも、肯定するわけでもない。そういうやつだったから、天界基準でやつがどんなことを考えているのかを測るのは野暮なんだよ」
ゆるゆると首を振るヴィンフォース。
そう、アコンはあくまでヴィンフォースに対しても他人と同様、『普通』だったのだ。
あるいは、『傾く』ことがなかった。
ともすれば、どこまで行っても中立に甘んじる彼女こそが、一番のイレギュラーなのかもしれない。
それならば、とレンは頷いた。
「……そうか。先住民のお前が言うんならその認識でいいな。排除対象、というよりは戦争対象ならアコンは除外してもいい、と。それじゃあ、どうするヴィン。これから、どう動く?」
「決まっている」
聞くまでもあるまい、とヴィンフォースは笑んだ。
邪悪に。
邪悪に邪悪に邪悪に。
影の濃い、暗い笑みを浮かべながらも、その顔が醜いと思える節はなく、ただただ美しかった。
完璧で完全かつ、
歪んで異端。
そんな混在してはいけない矛盾が実現したことで、このような摩訶不思議な表情ができるのかもしれない。
ともかく彼女はこう言った。
心底楽しく愉しそうに、喜んでいるようで悦んでいるように。
堪らない恍惚とした顔で。
「ついに仕上げも近づいてきた。手始めにここにいるやつらを、一人残らず跡形残さず消し飛ばし破壊し絶やして滅ぼしてやる」
宣言した。
「戦争――開始だ」




