4-16.到着
その数十秒後、レンも山にたどり着いていた。『フライ』『エア』の重ねがけのスピードはそれほど速いのである。
ということで、アコンと同様ヴィンフォースとはすぐに合流できる算段だったのだが……。
道に迷った。
この場合、森に遭難した、か?
「ここどこだ……?」
絶賛困惑中である。
さっきまでの、戦闘状態だったならいったいヴィンフォースがどこにいるのか、気づくのは容易だっただろう。
だが、アコンのおかげでその態勢は解かれてしまっている。
そのせいで、何も道しるべがない状態なのだ。
もう一度飛んで、上から探すという選択肢もあったが、レンは一蹴した。木の影で見えるわけがない。
レンが見誤っていたのは、森って案外難しいということである。きっと見つかる、なんて舐めたことを考えている場合ではなかった。
「どうするかねこれ……」
一度立ち止まる。迷った時の一番の対処法はその場から動かないことだと聞く。
頭を捻って考える。
何かいい方法はないだろうか。理想的なのはヴィンフォースの方からこちらを見つけてくれることだが――
「ああ、そっか」
解決案が出た。
この閃きの早さはレンならではと言えるだろう。問題解決能力が高い。昨今の人間に求められる能力である。……といっても、レンの思考回路は当てにならないだろうが。
とにかくレンは思いついたことを実行すべく、深呼吸で気を落ち着かせ、瞳を閉じて己の内側に集中する。
道しるべがないのなら、こちら側から道しるべを出せば、向こうが来てくれるだろう。
ということで、レンは魔力を放出し、身に纏わせた。
「よし……後は待つだけだな!」
……助けに来たはずが助けを求めることになってしまっていることについては、間違っても考えないようにしておいた。
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「……うーん、やっぱりそうなるよね。うちも無駄だってことは知ってたけれど」
ある意味予想通りのヴィンフォースの答えに、アコンはそんな反応を示した。
このことを聞くのは通過儀礼の様式を成すためだけだと言うように。
「まあ、それをどうこう言うつもりは、さらさらにして全くないわけだけれど、うちがその筋に関わることも一生ないんだろうけれど、さ」
軽い口調で、面白がるようにヴィンフォースに言葉を向ける。
無干渉でいなければいけないアコンにとっては、中立の立場として天界との和解を求めていたものの、当事者が拒否するのなら止められないことを理解している。
だから強引に意見を変えさせるようなことはしない。それは中立と中庸を司る彼女にとって、一番あってはいけないことである。
その代わり、客観的な疑問を客観的に伝えることは、逆に彼女のあるべき姿である。
アコンは首を傾げて聞いた。
「あのさ、もしヴィンフォースちゃんの思惑が全て達成できた後で、復讐心がこの上なく満たされた後で、ヴィンフォースちゃんはどうするつもりなの?」
それはコアも一度考えたことだ。
ヴィンフォースはただ天界に復讐する――ぶち壊しにするためにこの世界に出てきたようなものだ。迫害される日々から逃げるという意図ももちろん無きにしも非ずだが、実質的には復讐、ただそれだけの目的で出てきたと言っても過言ではない。
だからこそ、一つの大きな野望しか持たず、他のことなどどうでもいいと思っているようなヴィンフォースに関して、アコンは疑問だった。
もしその野望がどうあれ完結したら、どうするのか。
「決まっている。やりたいようにするさ」
対して、ヴィンフォースはなんてこともないように即答した。
「具体的なこと、何にも決まってないじゃん」
「ふん。そんなことはその時が来たら考える」
「はは、ヴィンフォースちゃんらしいや」
アコンは笑った。
そう、ヴィンフォースはこういうやつなのである。
先々のことを考えて、あれが終わったらこれをやる、なんて予定は立てない。
彼女にあるのは一つのラインだ。後のことは考えない。そんな思考をしたら、余計なことに心を割くことになり、成功率が下がるからだ。
自分へのご褒美、そんなものはない。
将来の希望、そんなものもあるわけない。
堕天使はやるべきことをするだけだ。
根本的なところは何も変わっていないことをヴィンフォースから感じ取ったアコンは、それでも変化し始めていそうなことに着目する。
「なんとなく、ビジョンは見えなくもないけどね。……彼にはどことなく、惹かれるものがある気がするよ」
「…………、貴様、その口ぶりはまさか、レンに会ったのか?」
澄ました顔であったヴィンフォースが、ここに来てピクリ、と少し反応を見せた。
その反応を面白く思いながら、アコンは大らかな笑みで答える。
「うん。昨日の夜ね。ヴィンフォースちゃんが外に見当たらなかったから、代わりに会ったんだけど……もしかして知らされてないの?」
「全くの初耳なのだが……」
渋い顔をするヴィンフォース。
あの相棒は、なんてことを黙ってくれていたのか。
これは後で問い詰める必要があるようだ、と今日これからの予定を頭に書き込んだ。
アコンは人知れず嗜虐的な顔をした。
「あれれー、なんで密接な関係のはずなのにレンくんから事情を聞いてないんだろうなー? これはまさか、うちみたいなお姉さんが好みだったから後ろめたく感じて黙っちゃったんじゃないのかなあ?」
「…………、」
いや、レンにそんなことがありえるわけがない。そういう好みのタイプ的な話とは全く無縁な男のはずだ。現に、ヴィンフォースと一緒にいてもドギマギしたことなど一度もないし、昨日だって裸体を見られたのに何の感慨も持っていないような顔をしていやがったではないか。
しかし、だ。
客観的な憶測を言うアコンに言われると、可能性がないわけでもないように思えてくるのも事実である。彼が極度のお姉さん好きで、それ以外には魅力を見いだせない残念系だったとしたら……。
「馬鹿馬鹿しい」
と、一瞬のうちにそこまで考えていたヴィンフォースだが、そんな考えを全てとっぱらってアコンの言い分を切り捨てた。
「まあ、情報を伏せられていたのは癪だが、考えてみればわたしがレンと話す機会が昨日からほとんどなかったからな。致し方ないのだろう」
「あははー、なんだか自分への言い訳のように聞こえなくもないけれど」
「殴るぞ貴様」
おっと、怖い怖い、とヴィンフォースから距離を取るアコン。
しかし、結構感情は豊かになったのかもしれない、とアコンは考える。
「まあ、彼のおかげなんだろうね」
「……そうだ、なぜわたしはこんなやつと普通に会話してるんだ。貴様の不戦記録も打ち壊してやるか」
トン、と体重を預けていた木から背を離すと、ヴィンフォースの右眼に白く紋様が描かれる。
「あっはっは。残念だけれどそんなことは起こりえないよ。うちがどういう存在なのか、ヴィンフォースちゃんならわかるでしょ?」
「……チッ。ならばとっとと失せるがいい」
「はいはーい。――あ、そうだ」
忌々しげなヴィンフォースに従って背を向け、どこかに歩き出したアコンが思い出したように足を止める。
レンの時もそうだが、アコンというものは去り際に一言残すのが癖らしい。
「うちは平常通り、中途半端な立ち位置をずっとキープするつもりなんだけれど。他の子たちについては、今衝突しちゃったように、原則動かないっていう保証はできないかな」
「そんなことはわかっている。というか、貴様が割り入らなければわたしの完勝で事は済んでいたはずなのだがな」
「ごめんごめん。それについては、レンくんが揺れていたみたいだったから邪魔しちゃった」
「……またレンか」
「あらら、癪に障っちゃうかな。どうやらヴィンフォースちゃんはかなり彼にご執心のようだね――」
まあいいや、それじゃ――と、アコンはやはり軽い足取りで木々の向こうへと姿を消した。
それを認めると、ヴィンフォースはふう、とらしくもなく気を抜くようなため息をついた。
アコンと話すのは疲れる。何を内に秘めているのかも知れないし、何も秘めていないのかもしれない。そういった謎具合は、自ずと話している側に心労を与える。あの無遠慮の権化と言えるレンだって、アコンとの会話には苦労していた。
と、その時。
近く、と言えるのか、微妙な遠さで突如存在感を露骨すぎるほどに持ち始めた生命体があった。
「この魔力は……」
よく感じ取っているものだった。
「あいつは何をしてるんだ」
その警戒感のなさに呆れながらも、ヴィンフォースは馴染みのあるその気配のもとへと歩き出した。




