4-15.割入り
「砲丸投げだって?」
「うん。まあ聞かないでもできるよね。さっきの飛び方『エア』で補強してたでしょ?」
「…………、」
一目で技を看過されてしまったことにレンは黙った。
そもそも、入念に入念を重ねて『偽物』で姿を消していたはずなのだが……この中立はそれを易々と見破り、何を使っているのかも見破った上で声をかけてきたわけだ。
やはりただものではないと、レンはアコンの警戒レベルを急上昇させた。
しかし、見破られたことを隠そうとするだけ無駄である。
だからレンは、動揺を隠して普通に答えた。
「で。砲丸投げに『エア』、結局何がしたいんだ?」
「投げてちょうだい。うちを」
「はあ?」
レンは素っ頓狂な声を出してしまった。
投げるとは?
「だってお前……翼持ってるんだから飛んだ方が速くねえか?」
「それもいいんだけれど……それだと目立っちゃうんだよね。それならレンくんに超スピードで投げてもらえば誰の目にも止まることはないかなと」
「俺任せかよ……」
存分にこき使われている気しかしなかった。
が、どうこう言っていられないというのも事実である。
レンは不承不承、
「それじゃあ適当に投げるから、軌道は自分で調整しろよ」
と、片手の掌を天空へやって、ぶん投げる態勢を整える。
「わかってるわかってる。それじゃあよろしくね」
その掌の上に、器用にも飛び乗るアコン。ご丁寧にも、いつ脱いだのか、着地をする頃には裸足になっていた。
その生の感触を文字通り肌で感じながら、しかし極度に拗らせ切った中二病らしくそのことを意にも返さず、最終確認する。
「本当に上手くいくんだろうな?」
「うん。うちを信じてよ」
「……ちっ」
言いたいことというか、怪しいところは多々あるのだが、是非もない。
ぶん投げたあと、自分もあとに続こう、こいつがクロだった場合はその時考えればいい、と一人決断を下して、レンは実行に移す。
片足を引いて踏みばり、腕力のみならず足腰全てをフル活用して、『投げる』という行動を取るにあたりできうる最大のエネルギーを作り出す。
そして、放出。
反動を使って、力任せにアコンを遠くの山目掛けて投げ飛ばす。
通常ならばここで投げるというフェーズは終わり、軌道を見守るだけだが、まだ終わらない。
レンは直後に『エア』による突風を、それこそ台風レベルの凄まじいものを、周囲に影響を与えないように配慮しながらアコンの辿る道になぞるように、筒状に起こす。
あっという間に、アコンの姿は見えなくなった。というよりは、木々の間に入り込んで窺えなくなった。
「……よし、こんくらいでいいだろ」
それを見届けて、レンも再び『フライ』『エア』『偽物』の今できることを全て用いて、アコンを飛ばした方角に続いた。
アコンはレンが行ったところで状況の打破はできないと言ったが。
いったい何が起こっているのかくらいは、自分の目で確認しなければならない。
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そんなわけで。
華麗に図ったように参上したアコンは、果たして偶然によって、戦いの終盤ギリギリのところで登場したのだった。
……というか、フライト最中には死にそうになった。
「んぎゃあああああああああー!? 何この怖すぎる風速移動!? やっぱり自分で飛んで行った方が良かったんだけどおおおおおおおおおおおおお!!」
レンに頼んだことを滅茶苦茶後悔していた。
中立に中庸。悪くいえば中途半端でどっちつかずなポジションにいるアコンは、何に関してもそれほど急ぐ必要のない役職であるから、こういうことに全然慣れていなかった。
が、ある地点を超えてから、ただならぬ気配を感じ取る。
「おおう……かなり深刻なことになってるよ……」
ぶつかる殺気と殺気。もう殺し合いは勃発中である。
だが、だからこそ、その地点に向かうことは容易だった――アコンは体勢を変えながら滑空し、進路を変更した。
そして到着。
まさに降臨。
「はいはーい、ちょっと邪魔するよ」
もう最後の攻防が繰り広げられようとしていたところで、幸運にも入り込むことができた。決着がついていたら大事である。
逆にそこまでエスカレートしたしょうがない彼女らに、ため息をつきながらも腹いせをするようにアコンは言い放った。
「全くもう、気が早いんだから。自分らは火がついたら爆発するしか能のない爆薬かな?」
そうして、左右にいる対立の中に割り込んだ。
中立だという彼女の立場をこれでもかと示しているように。
「……っ?」
一方――ヴィンフォースは、疑問が先行したような顔をした。
殺試合に突然水を差されたこと、その割にはどちらの味方をするでもなく、不意打ちをかまそうとするわけでもなく、ただ止めるだけに降臨したように見えること、いきなり吐かれた暴言のようなもののこと――それらでは、ない。
彼女が疑問を持ったのは、その当人自身である。
アコン=キース。
その存在が目の前に現れたことに対しての純粋な疑問、及び驚愕。
ヴィンフォースを支配していたのはそのような感情だった。
そうしてできた空白の時間を逃すまいと、ルリとリルの二人は息を合わせ畳み掛ける――
「駄目に決まってるでしょ」
ことはしなかった。
アコンの制止の声で、二人の動きは停止する。
あくまで二人はアコンより下位の存在であり、この戦闘も言ってしまえば独断専行なので、駄目だと言われたらもう身動きは取ることはできない。
「あれほど今はまだ動かないと言ったのに――まったく。何してくれてるんだか」
「でも――」
「――脅威にはいち早く対処するべき」
「はああ。だからといって何も言わずにすることはないじゃない。まあいいや、引いてよ」
しっし、と追い払うように手を振るアコンに、ルリとリルはいまいち腑に落ちない様子であったが、やはり上の言うことには逆らえないのか、渋々といった感じで鏡合わせのような動きで去っていった。
「……さて」
ルリとリルが、完全に撤退したのを待って、アコンはヴィンフォースに向き直った。
「よっ、ヴィンフォースちゃん。アコンお姉さんとの再開は久しぶりだよね?」
「ああ、久方ぶりだ。暦の一割も過ぎていないがな」
腕を組んで、敵意なく返すヴィンフォース。
天界にいた時と変わりない態度に、アコンの頬は自然緩む。実際、今となったヴィンフォースが天界だけの憎悪のみで生きていて、それに関わったものは誰彼構わず根こそぎ皆殺し、みたいなスタンスであってもおかしくはないと考えていたアコンはただただホッとするのみだった。
とはいえ。
そうであったところで、アコンには関係のないことである。
それに、彼女が戦うことは前にも後にも皆無なのだから。
ともかく。
それならそれで、うちの動く甲斐もあるってものか――とアコンは思う。
「それじゃあ、お互いに積もる話もあるだろうし、少しだけ時間をもらおうかな」
「ああ、いいだろう。今の決着がつけられなかったから、まだ余裕は余っているしな」
ヴィンフォースはどこかしこに生えている木、その一つに背中を預け、アコンと目を合わせる。
アコンは脱力したまま、手を軽く振って話を始める。
「それじゃあ要件からね。ヴィンフォースちゃん、天界と和解」
「断る」
言い切る前に、ピシャリとヴィンフォースは切り伏せた。
アコンはぷく、と年不相応に頬を膨らませ、若干子供の我侭じみた口調で、
「いいじゃん。ヴィンフォースちゃんにとって、ここっていうのは快適でしょう? それならもう天界のことなんて綺麗さっぱり忘れて、こっちで気ままに過ごす選択肢もあると思うんだけれど」
「それがわたしの中で一番ありえない、ありえてはいけない結末だ。それだけは聞けないな。何せ――」
ヴィンフォースは言う。
友人に言うような、気軽な調子で。
それでいて、変えることのできない強固で確固な、揺るがない基盤を。
「わたしは天界を滅ぼすために生まれたと言っても過言ではないのだからな」




