4-14.因子
時は少し遡る。
詳細には牙琉レンとアコン=キースが邂逅した直後。
屋上に降り立ったレンに、アコンは気軽に、
「やあレンくん――そんなに急いで、どこに行くつもりなのかな?」
と聞いた。
レンはそんな決まり切ったことを何も知らないかのように聞いてくるアコンに、嫌悪感を多々感じる。
そのために、返答はかなりぶきっちょなものになった。
「てめえの仲間が戦いをおっぱじめやがったからその加勢に行くんだよ。何にも知らないみてえな顔しやがって」
中立だとか中庸だとか、そんなアコンの言い分は、レンの中で全て偽のことだと決めつけられていた――思慮深いレンは、アコンとのこの邂逅を、ヴィンフォースに協力させないための時間稼ぎであると考えていたのだ。
だが、そんなレンの考えなど意にも返さず、アコンは意外そうに首を傾げるだけであった。
さながら。
何も知らなかった、というふうに。
「え……ちょっと待ってよ、レンくん。戦いが――始まったって?」
「てめえらが仕掛けてきたくせに、よくもまあそんなぬけぬけとしていられる」
「いやいや、ストップストップ。うちへの疑い止めて。だって、うちと一緒に来た三人には、いきなりそういうことをしないようきっちり言ってあるはずなんだけど」
「現実に起こってんだよ。とぼけるな」
「あーもー!」
あらぬ疑いで我慢の限界を迎えたアコンは、仰向けに、無防備に後ろに倒れた。
「うちのことは好きにしていいから、状況を説明してくれないかな!?」
身体を若干反って、そのお姉さん体型に似つかわしい豊満な胸を強調しながら、アコンはやけ気味な調子で言う。
その色仕掛けの対象がレンという時点で残念と言う他ないのだが……それでもレンは、自分の身を投げ打ってまでアコンが時間稼ぎをしようとしているとは思えなかった。というか、それならば単純に戦闘に発展させれば良さそうにも思える。
プライドもへったくれもなくなったアコンに近づいて、冷たい目で見下ろしながら、
「……で、俺が話したらお前はどうするっていうんだよ」
「もちろん――仲裁するよ。中に割って入って収めるよ」
と、いうのは建前でしかなく、いざ現場に突入したら、向こう側を手伝い始めるという推察もできるのだが――天界の住人で、ヴィンフォースを多少なりともよく思っていないのならなおさらだ。もっとも彼女はヴィンフォースのことは悪く思っていないと自称しているが。
決して言動にほだされたわけではない。
ないのだが――考えうる選択肢の中で、これが一番の最善手と思えるのである。
無視してヴィンフォースのところに飛んでいくよりも。
彼女に任せれば丸く収まってしまうというような、そんな予感があった。
「……おそらく、お前の下、ルリとリル……だったか。そいつらとヴィンフォースが戦っている」
少なくともソファイアではないだろうと、レンは考えた。やつは奇襲を仕掛けるたまではない。それは話してみて、間近で見てみてよくわかった。
となると消去法で、又聞きの又聞きで聞いた二人が浮上したのである。
むくりと起き上がったアコンはあちゃー、といたたまれない様子で頭を掻く。
「それは……ごめんとしか言えないね。これはうちの失態だと言っても差し支えがないほどには醜態だ」
「の、割には焦る素振りもないが……お前が黒幕って説も捨てたもんじゃないぞ。人畜無害そうな顔しやがって」
「いやあ……これで標準だからなんとも言えないね。うちはそういう存在なんだ――物事にシリアスになれない。否、なるわけにはいかない。そうしたらどちらかに『傾く』のと同義だからね」
「『傾く』……それは中立と中庸を束ねるお前にはあるまじきことだってことか」
「その通り。ましてや天界っていうのはとことん徹底して極めようとするから、一分の、いや、一厘の不具合も許されない。だから今回、天界の側にもつくわけにはいかないし、ヴィンフォースちゃん側にもつくわけにはいかない。コア様はこのことを絶対にわかってたと思うのだけれど――わかっててうちを飛ばしたのだと思うけれど、どういうことなんだろうね」
まあどうでもいいけど――とアコンは最後に付け足した。
そうなのだ。
アコンにとって、結果や結末は関係がない。
重要なのは、彼女がその原因にどのくらい影響しなかったか、関与しなかったかだ。それだけが、アコン=キースの唯一の存在意義である。
だからこそ、個人的にアコンは今回の遠征の意図が、よくわからなかった。
天界的にはヴィンフォースという異分子でかつ堕天した愚か者を何がなんでも始末しておきたいはずなのに、おおよそその作戦に加担できないであろうアコンというカードを切ったのが、全くもって理解不能だった。
「……何か、壮大な計画でも練ってやがるんだろ」
ぶっきらぼうにレンは答えた。
言うには言ったものの、レンにはなんとなく――なんとなくだが、理由はわかっていた。
レンはその考えた方に理解があるし、本人もそのようなことを言っていた。
面白いから。
それだけで――それだけ。
以上も以下もない。
そういうことなのだろうと、コアの唯一の理解者になり得るのかもしれない中二病は結論を下した。
それならば、間違いようもなくアコンはシロなのだろう――同時にそう直感する。
騙しに騙して――嘘に嘘を重ねて、裏を取って不意打ちで、卑怯な手段を用いて勝とうとする要員を、コアが寄越すわけがない。
それでは――あまりにも面白くない。
中立と中庸の第三勢力とは、向こうもよくやってくれる、とレンは舌を巻いた。
それは内心で留めておきながら、レンは態度を変えることはなく、真っ直ぐアコンを見据えて問う。
「それなら。お前が仕向けたわけでは全くなく、予想外の事態で、お前が本当に『傾く』ことのない存在って言うんだったら――これからどうするつもりなんだ」
「もちろん、止めるよ」
アコンは即答した。
ただごく当然なことを言い退けるように。
実際、彼女にとって仲裁とは使命のようなものであるから、この答えはごく当然のことなのだが。
「けれど。出鼻をくじくようで申し訳ないんだけれど――レンくんが到着したところで、きっとどうにもならないよ。そもそもレンくんはヴィンフォースちゃん側に傾いている人だし、戦闘を終息させることはままならないだろうね」
「じゃあ、どうすればいいって言うんだよ」
自分の実力不足を、レンは痛感していた。文字通り、痛いほど。
コアに力を譲渡されたものの、使いこなすというのにはまだまだ未熟だった。力を存分に使うという経験値が圧倒的に不足しているのである。バランス調整とはよく言ったものだが、馴染むまでには時間がかかるものなのだ。いきなり飛び級をするなんて芸当は、レンにはできないのであった。
それを知っているから、レンは逆に尋ねた。
お前には何か打開策でもあるのか、と。
「もちろん」
待ってました、と言わんばかりににっこりにこやかに、アコンは微笑んだ。
「最短最速で収める方法がね。いやはや、偶然も面白いイタズラをするものだね」
まるでもとからこうなることが決定されていたようだ――と、アコンは見えないものを見据えて言った。
どこか遠回しなアコンの言い方に、さしものレンも急かさざるを得ない。
「早く、その案を聞かせろよ。今にもヴィンと襲撃者は戦ってるんだろ?」
「はいはい、わかったわかった」
言って、アコンはぴょんと飛び上がり、屋上のフェンスの上に降り立つ。
それから、レンくんはこっちこっち、と手招きをして、レンをアコンのいる後方に呼ぶ。
それに従ったレンだったが、アコンがこの時点で何をしようとしているのか、よくわからなかった。
「何をする気だ?」
「レンくん」
それには答えず、アコンは代わりとばかりに質問を返す。
「レンくんは、砲丸投げって得意かな?」




