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其は誰が為の叛逆者 〜To break the world〜  作者: 貴乃翔
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4-13.仲裁

 森の中を目にも止まらぬ速さで動く影が三つあった。

 影が通り過ぎるたびに木の葉は揺らめき、かさかさと音を立てる。十一月にもなっているので、葉はほとんどが枯れている。そのため木が揺らめく度に、枯れ葉がはらはらと落ちていく。

 そんな侘びも寂びもある秋の暮れの光景。

 小気味よく、くしゃくしゃと枯れ葉が踏み潰される音が断続的に森林の中に響く。

 その切羽詰まったような音は、何かがこの森で起こっていることを否が応でも感じさせた。

 直後、衝突音。

 急接近した一つが、もう一つを吹き飛ばす。

 だが、それを図ったかのように残りの影が、吹き飛ばした影に飛びかかる。

 ……が、飛びかかってくるのなど、全て計算の範囲内であった影は弾き返した。

 攻防を見る限り、彼らは二対一で戦っている。

 にも関わらず、押しているのが一人の方と言うのは実力差ゆえなのか。


「……ふん」


 そうして。

 一度戦況が落ち着いたところで、一人の方の影――ヴィンフォース=シュバルゲンは鼻を鳴らす。


「はっきり言って無駄だな。貴様らではわたしに勝てん」


「…………、」

「…………、」


 沈黙する二人――ルリ=リリールとリル=リリール。

 たしかに、今の攻防を見ても――戦闘開始からここまで見てきても、分は完全にヴィンフォースの方にある。

 それが彼女の元々のスペックなのか、堕天したがゆえの強さなのか、ルリとリルはわからない。

 天界での彼女の様子はと言えば、物言わぬ顔で異端に対する罵詈雑言を受け流し、取っ組み合いになったところで特に抵抗もせず、受けるダメージを最小限に抑えることだけを目標にやり過ごしていた。そのため、戦闘能力云々に関することは、全く測定不可能だったと言っていい。

 マラリスを倒したのはヴィンフォースではない――その言を、ヴィンフォースではマラリスを倒せなかったといいように解釈していた二人は、アコンの言う通り、ヴィンフォースから近しいものを引き剥がすことに専念していた。

 それはアコンの思惑とは少々、いや、随分異なってしまうのだが――それはともかくとして。

 ナツメやナルミとの交渉を終えてから、改善点が見えた彼女らは、考えながら街を歩いていると、幸運なのか不幸なのか、ヴィンフォースが一般人と歩いていたのである。

 一人なのが好都合だった――それとは別に、堕天使が一般人と歩いていたという事実が、天使的には大幅にアウトだった。

 これでは一般人が危ないと危惧した同一の二人は、殺意をこれ見よがしにぶつけるなど試行をして、なんとか人気のない場所、この山の中まで引き込むことができたというわけだ。

 それから、もちろん堕天使のことなど一分も許すことのないルリとリルが、一般人を逃がしたことに満足するわけがなく、そのまま仕掛けて今に至る。

 彼女らはアイコンタクトすら取らず、


(どうする――)

(――どうする)


 と思考をともにする。

 正面からの力勝負、力対力では、たとえ二人でかかっても敵わないことは今まさに実感した。

 だがそれならそれで、やりようがなくなるわけではない。

 二人がゆえの、ツーマンセルがゆえの、二人で一人であるがゆえに、やりようはある。

 いくらでも。

 持て余してしまうくらい。

 それほどに、この同一は搦手を保有していた。戦略はそれが有効なのか無効なのかに関わらず、人数に比例している。幅も増えるし強さも増加する。

 ……まあ、その分意思の統一の困難やら他人との認識の齟齬、疑心暗鬼、裏切りなど――人数のための穴も増えていくわけなのだが。

 しかし――二人ならばどうだろう。

 それもただのタッグではなく、アイコンタクトもなしで思考が共有できるほどに通じた、ある意味では一人と言ってさえ差し支えのないダブル。

 ましてや標的はただ一つ。

 有利度で言えば、数倍もの利が彼女らにはあった。


(それなら――)

(――畳み掛ける)


 動く。

 示し合わせたかのように、初動をシンクロさせ、ルリとリルはヴィンフォースに、弧を描いて接近する。

 鏡を重ねて見る時のように、その光景にはどこか不思議さ、どころか気持ちの悪さを感じさせる力がある。その視覚的混乱も、彼女らの得意とする戦法である。

 しかも二人の動きは対称でも対応しているわけでもなく、統一性のない運動だ――それでいて感嘆すべきなのは、どちらか一方に注目をした瞬間に、もう一方が認識から外れるという、絶妙なまでの位置取りだ。

 二人がかりで一人を倒しに行くといえば、足した力を個人にぶつける手法がまず頭に浮かぶが、実際のところ、いかに敵に反応させないか、というのがこの二人が戦闘において用いる常套手段である。

 力だけならトップクラスを誇るヴィンフォースに取るには、合格の戦い方だ。事実、ヴィンフォースはその手法を取られた時に苛立ったように舌打ちをしていたし、どうするべきか考えあぐねている有り様だった。

 選択肢の正解――それはそのまま成功に直結する。

 二人の悲願、ヴィンフォースの退治が完遂されるのも時間の問題である――それほどまでにルリとリルの戦い方は、それこそ文字通りに完璧であったし、隙がなかった。

 しかし。

 しかし――だ。

 バキィ! と、直後、何かが折れる音がした。

 枝が折れる音、と言えば納得されてしまいそうに呆気のない音であったが、無論そんなことはない。

 木々はそよいで木枯らしを目で感じさせるのみだ。それはもちろん木枯らしでなく、二人が高速移動したために起こった風なのだろうが。


「――ぐ、ぅぅ……っ」

「――か、は――っ」


 一瞬の交錯。

 そのあとに残ったのは枯れ葉に崩れ落ちる二人と、

 堂々と仁王立ちをしている堕天使であった。

 インパクトの瞬間。

 たしかに、視覚だけでなく様々な感覚で捉えられないように巧妙に仕込まれた上での同時攻撃であったものの、それならそれで対応もできる。

 力負けしている中での正面衝突ならば、為す術もない。

 だがしかし、それ以外の戦闘ならば、対策など山ほど存在するし、対策の対策も、またその対策だってやりようがある。

 この場合、ヴィンフォースが取った行動は単純なものである。

 力任せ。

 この一点に尽きた。

 それでも推測に次ぐ推測からの行動である。

 まず、彼女らの動き出しが同時だったことから、フィニッシュも同時であろうという、そんな推測。示し合わせずにこうなのだから、最終的にも綺麗に収まってしまうだろうとの確信があった。

 完璧と完全の弊害である。

 考えうる最高のパフォーマンスを、失敗することもなく勝手に実行してくれるので、ただそれを迎え撃つだけでよかった。これがナツメとナルミのタッグであったなら、少しは戸惑っていたことだろう。

 その目処が立っていたから、ヴィンフォースは対処を一方――今回はルリだ――に集中した。

 鋭い蹴りを、下斜めから鋭く突き上げてくるところを、少しだけ衝撃を逸らしつつ、踵をルリの脚の付け根に叩き込んで破壊し、攻撃の中止及び戦闘続行不可に追い込んだ。

 残るもう一人――リルについては、ヴィンフォースは完全にノーマークでいた。

 それがあまりにも意図的だったので、リルは警戒感を隠せなかったが、案の定、である。

 認識できないのなら、認識できないところに隈なく攻撃をぶち込めばいい。

 力任せに。

 というわけでヴィンフォースは『エア』を――当然ながら、レンとは格違いの強度である――空からの鉄槌のように容赦なく、最高密度と最高質量の暴力を振り下ろしたのである。

 そして、地べたには腰のあたりを抑えるルリと、言葉すら発せないリルが這いつくばっている。

 部分的に天使化しているレンを見てもわかる通り、天界の住人の再生能力は凄まじいものだが、痛みだけは誤魔化せない。

 彼らの戦闘能力の高さで忘れがちにはなるが、天界に戦争など起こったことはないし、小競り合いすら起こらない。

 序列十位の面々が存在しているのはただ生まれながらにしてその使命を課せられただけのことであって、戦いに特化こそしているが、実戦に赴くのはこれが初めてのことである。

 ゆえに、彼女らが痛みに耐えかねるのは無理もない話だ。腰骨の破壊や全身骨折など刹那のうちに回復しているというのに、彼女らは未だに苦悶の表情を浮かべている。


「……さて」


 少々歯応えがないが、仕上げといこう――と服にしまってある封印用の礼装を意識しながら、どう無力化してから封印するものか、とヴィンフォースは思案を始めた。

 だが、ここで終わるほど二人もヤワではない。

 ここで呆気なく倒れることなどありえない。

 痛みを引きずりながら、同一の二つは即座に後方へと退った。

 腐っても序列十位。そしてマラリスよりも強い二人である。

 そんなことは堕天使にとって、些細なことでしかないが。

 自分の絶対的優位は揺らがない。

 奇跡ではどうにもならない実力差。

 だからここは、尻尾を巻いて逃げていくのが関の山だろうと考えていたヴィンフォースは、しかし見誤った。

 この九位と八位には退く意思など、端から存在していなかった。

 ぐぐ、と踏み込んで。

 出し惜しみなく、二人で出せる限界を引き出す準備をする。


(後のことは構わない――)

(今は目の前のこいつを仕留める――!)


 圧倒的な魔力の急上昇をヴィンフォースは感じ取った。


(……起源オリジン、いや、こやつらの場合は少々特殊な部類に入るか――クラスで表すのなら、超越スーパーはくだらないだろうな)


 ヴィンフォースは冷静にそう判断して、その身に宿したあらゆる魔術から対抗馬を決定し、備える。

 僅かな沈黙。

 その沈黙こそが引き金となって、勝負を決する最後の激突が――


 ――起こらなかった。


 その前に。


「はいはーい、ちょっと邪魔するよ」


 飄々と。

 その間に割り込んできたものがあったからだ。



「全くもう、気が早いんだから。自分らは火がついたら爆発するしか能のない爆薬かな?」

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