4-12真相
「……ふむ」
すうっ、とヴィンフォースは腑に落ちたような顔をした。
どうやら、真実の方を当てられてしまったらしい。
レンはそれを見る暇もなく、もはや抱きついている姿勢でもう一度ヴィンフォースに問う。
「早く、ヴィンの居所を教えろ。お前、『偽物』だろ。本物はどこだ?」
しかし、完璧なはずだった計画を、こうも簡単に見破られると、ヴィンフォースとしては少し悔しかったりする。
だから、できるだけ平静を装って、
「ほう、なぜそう思うんだ?」
と聞く。
真実を知っているレンは今にも飛び出したくて仕方がないようだったが、焦れったさを堪えて、ヴィンフォースをホールドした状態を解除した。
とはいえ、馬乗りのようなものになっているので絵面的には若干アウトである。
が、そんなことを気にしている場合ではないことは、レンもヴィンフォースもよくわかっていた。
レンは堕天使を睨むようにして答えを返す。
「……確かに、お前はヴィンそのものだ。どこからどう見ても、頭からつま先まで見てみても、お前はヴィンだ。まるで本物をそっくりそのまま模倣したようだ。が、ヴィン、少し詰めが甘かったな」
そう、たしかに見た目だけをみるならば、目の前のヴィンフォースはやはりヴィンフォースそのものなのだ。
だが違う。
中身が、質量が違う。
ヴィンフォース=シュバルゲンという存在は、外見だけで定まらない。
奥から溢れ出すものが足りない。
レンは偽物を糾弾する。
「お前は――本物ほど、闇のような暗黒のような漆黒じゃない。といっても、ヴィンを複製するなんて芸当は誰にも不可能だろうから『偽物』には無理な相談だな。外見だけなら誤魔化せても、俺はいつも傍にいたんだぞ? 間違えるわけはないだろ」
「……ふん、そうか」
そこまで聞くと、ヴィンフォースは諦めたように瞳を閉じた。偽物をすぐに見破られてしまうほどに、レンは自分のことを知り尽くしているらしいことを、嬉しむべきなのか悔いるべきなのか、判別しかねている表情でもあった。
レンは再度尋ねる。
「――で、だ。本物はどこにいる?」
「……わたしが漏らすと思うか?」
「思うに決まってるだろ。俺はお前と運命をともにするって、最初から覚悟してたんだ、今さら巻き込みたくないとか甘ったれたこと言ってんじゃねえよ」
レンには薄々、ヴィンフォースの身に何があったのか勘づいていた。
というより、そういったことがなければ、ヴィンフォースも『偽物』を使うまい。
だからこの決意の言葉は――ヴィンフォースへの叱咤は、堕天使の心を動かすには十分だった。
笑う――愉快に。
つくづくこの男は、自ら好んで茨の道へ進もうとする。それが可笑しくて、堕天使は笑った。
それは彼が意図して飛び込んだものなのか、世界が彼に厳しくしているのかは測れない。
が、その勇猛果敢さは賞賛に値するだろう。
その勇敢さは愚かさや危うさを孕んでいたが――その反面、揺るがない強さを表してもいた。
「はあ」
呆れ果てた表情で――呆れ笑いをしながらため息をつく。
どうせ、何をしたところでこの救いようのない中二病は手段を尽くして割り込んでくるだろう。
それなら、ここで潔く諦め、大いに巻き込んでやろう。
そう思って。
「あそこの山だ」
と、ヴィンフォースは仰向けに寝ていたベッドから起き上がり、窓からの景色、遠くに見える山を指さして言った。
これに対してのレンの反応といえば、
「……え?」
ただ困惑していた。
いや――レンが考えていた通り、ヴィンフォースが戦闘しているのならば、あの誰もいなさそうな山が戦場になっているのには多少納得が行く――彼らはこの世界に干渉するのをなるだけ避ける傾向がある。
マラリスも、ド派手に荒らした印象こそあるものの、結界をしっかり張っていたし――感受性の高いナルミでさえ、一瞬しか気配を感じ取れなかったほどだ――、変形させた地面も、修復するには容易く、元に戻らないことはなかった。
それならば、彼らは特撮のように家々をぶっ壊し撒き散らし、災害のような大迫力バトルは行わないはずだ。
まあ、それなら理解が追いつくのだが――なにぶん、距離がおかしかった。
ここからの目測でも、ただの景色としての山である――いったい、ここから何キロメートルの場所にあるのか。
「嘘じゃあ、ないよな?」
一応、レンは相棒の堕天使に確認を取る。
「うむ。わたしが嘘をついたことなどあったか?」
シニカルに笑う堕天使。
レンとしては、堂々とナツメやナルミに脚色した経緯を話しているだろ、お前嘘だらけだろ、くらいは余裕で言い放ちたかったが、今はそのような暇はない。
事は一刻を争うのだ。
目の前の堕天使、そのオリジナルが手こずる姿など、想像だにできなかったが、万が一ということがある。
万が一にある時点で、傍観できるわけがない。
「……わかった」
素早く身を翻して、レンは部屋の出口に移動した。
そこで顔の半分だけ振り返り、言い置きをする。
「お前は――偽ヴィンは、ルンが不審に思わないように振る舞っておいてくれ。俺は――本物のお前を助けに行く」
そうして部屋を飛び出す。
最短距離で玄関へたどり着き、靴を履き――とはいえ、『フライ』を使えるレンにとって履く必要は皆無なのだが――外へ飛び出そうとしたところで、
「えっ、お兄ちゃんどこいくの!?」
と、ドアの開閉音を聞いたルンが、リビングから顔を出した。
それにレンは「悪い、ちょっと出てくる」とだけ言い残して、振り切るようにして、猛スピードで外に出た。
方向は真っ直ぐ、ヴィンフォースの指した山の方角だ。
『フライ』で直接飛んでいくという手法は、休日である今日には望ましくないことである。超常現象を目撃されれば、明日のニュースの見出しに載りかねない。
だが、レンが最速最短で移動するためには、『フライ』、そして『エア』のブーストで一直線しか方法はない。しかしそうすると、いくら速く移動して虚像しか見えないほどであっても、少なくとも未確認飛行物体として目撃されるのは避けられない。
それなら正直に走るしかないと思い至らずをえないが、レンのレパートリーはそれだけではない。
そう、もう一つ、彼には手段がある。
レンは外に出た瞬間に最短最速を選び、『フライ』で立ち並ぶ家屋より高く浮かび上がると、そのまま『エア』によって高速で遠目に見える山へ突進する。
その姿は誰の目にも止まることはない。
『偽物』によりレンの姿をないことにしているのだ。こんなぶっつけ本番で誰にも勘づかれることのないステルスを実行できているレンの想像力及び構築力は卓越している。
さすがは妄想だけにステータスを振った内向的中二病である――当然のように容易く現象を引き起こしているが、実際のところ、普通の人間では成功し得ない。ナツメやナルミも、天界式魔術の発動には困難を要するに違いない。
病的なまでの中二病――それが理想的な魔術行使を可能にしているのである。
ともかく、このスピードで行けば、数分とかからず到着するはずだ――
はずである。
はずで――あった。
「あれ? レンくんじゃない」
ビルの屋上――すれすれを飛行していたレンの軌道上にあった屋上から、そんな気楽な声が投げかけられた。
無視して向かうこともできたはずである。
だがしかし、無視することはできなかった。
というか、身体が勝手に反応した。
不意打ちに声をかけられたことからなのか、『偽物』も、『エア』によるブーストも解いてしまった。
心では速く現場へ直行したいと思いながらも、レンは屋上に着地した。
「やあレンくん――そんなに急いで、どこに行くつもりなのかな?」
声の主は、首を傾げてそんなことを聞いた。
なぜここにいるのか理解が難しい存在。
中立にして中庸の統括者――アコン=キースがそこにいた。




