6.違和感のエマージェンス
だが、逆に言えば特別変わったことはその点だけだった。
授業を受け終えたレンとヴィンフォースは、夕焼けの中徒歩で家に帰っていた。家とは一駅の距離があるが、かといって歩けない距離ではない。状況の整理、今後の方針を話し合うことが必要だということを鑑みて、歩いているあいだに済ませてしまおうという魂胆だった。
「やはり、クサかったのは新谷ナツメだな」
「同感だ」
つまるところ結局、今日イレギュラーな動きをしたのはナツメだけだった。
「ところでレン、今日見た限り貴様は交友関係というものが皆無のようだったが」
「う」
一人だということに負い目を感じているわけではない。むしろ一人の気楽さだとか、自由度を知ってしまっているから一人の方がいいと思うまでの始末だが、他人からそのことを指摘されるのはなんかこう、悪さをしているのを見られてしまったというか、そういう気分になってしまうのだ。
「……そっちの方が都合がいいだろ」
レンは強引に話を断ち切って、
「で、どう思うんだよ、新谷のこと」
「ふむ。……わたしの印象操作は絶対だ。特に、人間には弾くことは完璧に不可能だとわたしは自信を持って言おう。だが、な」
ヒントを散りばめた上で、レンが理解しているようなのを窺ってから、
「あいつは最初、わたしと貴様が許嫁であるという設定を忘れていた。それがどういうことを意味するのか」
ヴィンフォースは何を強調して可能性を否定したか。
「……すなわち、人間ではないと?」
「そこまで断定はできない。印象操作を無効化できる程度のレベルではある、くらいにしかわたしには明言できない」
「きな臭いな」
「ああ。かなり、な」
「……まあ、あの分なら突然襲ってくるとかはなさそうだけどな」
「注意を怠るなよ」
「わかってるよ」
それならいいが、とヴィンフォースは眩しそうに額に庇を作って夕焼けを眺める。
「もっとも、わたしの手にかかれば瞬殺だろうがな」
そして余計な一言をいった。
たしかに、天界をぶっ壊そうと画策するくらいなのだから、このくらいの気概はあって当然のような気もするが、それはさすがに過大評価のしすぎでは、とも疑ってしまう。
とはいえ、今のところ敵が出てきたわけでもなし、彼女の戦闘力がいかほどかは未知数である。
大まかな実力が掴めるまで、つまらない口出しをするのはやめておくか、というふうにレンが考えていると、話題を切り替えるようにしてヴィンフォースは口を開く。
「情報も少ない事だしそちらは置いておこう。今わたしたちが話すべき議題は大きな目標の方にある」
「その通りだけど、天界を壊すっつってもお前、そんな膨大な力持ってるのか?」
「いいや。それなら一人でとっくに壊しているさ」
物騒なことをサラッと言いのけて、
「堕天したことで通常の天使より強化されたのは事実だがな。脳筋では成し遂げられないということだ。ここを使わんとな」
脳が入っているところを指しながらヴィンフォースは微笑みを浮かべる。憎き天使どもを蹂躙する姿でも想像したのだろうか。
「目標は大いに結構だし俺はお前についていくことを決めているけど、そこにたどり着くまでのプランとか考えてるのか?」
「前も言った通り、こちら側の世界で少しずつ狩っていく。そういえば、天界の概要とかは話がまだだったな。作戦に関わる重要なことだから話しておくか」
沈黙してヴィンを見続けるレンを了承したと見なし、堕天使は元いた忌むべき故郷のことを語る。
「天界に存在する天使どもの数はざっと一万程度だ。一万というのを基準として大きく変動することはない。周期的に天使は消滅し、つまり寿命を迎えて、相対的にまた生産されるからな」
倒すべき数が多すぎる気もしたが、七十億というわけのわからん数字の人口がある今の地球を見てみれば、それはちっぽけなのかもしれない。
「おい、それだと倒したそばから新しいのが産まれるってことにならないか?」
これに堕天使は意外そうな顔をした。
「殺す前提なのだな。大きな器量を持っているようでなにより。だが心配には及ばん、摘むと新たな芽が芽吹くのなら、抵抗できない程度に捕獲するまでだ」
といって、ヴィンフォースの手もとにはいつの間にかルービックキューブのような立方体の物体が握られていた。
「弱った相手をこの封印装置に閉じ込めてやれば捕獲できる」
真面目な話中に大変申し訳ないが、レンはこの時、某人気ゲームの大タイトルを思い浮かべてしまったことは想像にかたくない。
「そんなわけで、無限に湧き出てくる問題は解消だ。これに一万のヤツらを捕獲し誰もいなくなった天界をぶち壊すか、ある程度いったら壊しに行くか、それは正直その時にならないとわからないが、とにかく当分はこのスタンスで行くことを確認してくれ」
「弱らせて捕獲、か。前々から思ってたが、ヴィンってずいぶん平和的だよな。俺が契約する時口うるさく注意してきたし」
「勘違いするな。残念だが、わたしはもう天使のような慈悲は持ち合わせていなくてな」
抱かれた印象が嫌だったのか、ヴィンフォースはレンの前に出て宣言する。
ひどく、暗い瞳で。
「天界をぶち壊したあと、転生の道を絶ったあと、わたしは心置き無く一人残らず根こそぎ皆殺しにするつもりだ」
ゾワリ、と。
静かな迫力に、レンは背筋が震えるのを自覚した。
これこそが堕天使、ヴィンフォース=シュバルゲンの本質なのだと、本能的にそう思った。
だからこそ、レンはそれを、
心からの憧憬の目で見ていた。
世界から離反する。その要素だけ見れば、二人は似ていた。ヴィンフォースが天界を憎み、復讐を決意したように、レンも世界の全てを嫌っていた。
共通点。
それが彼の共鳴を誘い、同時に信仰の対象であったこの世界ではないものが、彼をさらに惹き付ける。
「……そうかよ。それはご苦労なこったな」
「労う必要はない。わたしがそうしたいからこそのことなのだから。だがな、さしあたってそういう方針で行くにしても、是非ともレンの耳に入れておきたい情報がある」
区切りをつけるように、息を継いでから、
「それ以外は問題なく攻略は可能なのだが、十人だけ、一筋縄ではいかないヤツらがいる」
初めて、堕天使が一目置いているような声を出した。
☾✣→✲
「ふんふふんふーん♪」
鼻で歌う透明な声が鳴り響く。
自称あなたの幼なじみ、新谷ナツメはアスファルトの上を歩いては立ち止まり、少し考え込んだ。
「うーん、実際どっちだったんだろう」
かと思えば進む一歩を踏み出している。止まるのが落ち着かない、忙しいヤツなのである。
命題を口にしたことで方向性を明確にした彼女は、歩きながら思考する。
(いきなりおかしくなったと思って近づいてはみたけれど、変化という変化はなかったよね。ああ、でも気になったことはあったか。ヴィンフォースちゃん、だったっけ。あの子のことは初めて見たのになぜかしれっと学校に溶け込んでいた。こっちの方がおかしいか。でもまあ、印象操作ってタネはわかってるし気にすることではないのかも)
ついに口が寂しく感じ始めた彼女は、荷物からチョコが詰まったスティックの菓子を取り出し口にくわえる。
「まあ彼女が常人なわけはないよね」
噛んで中身のチョコを堪能しながら、ナツメはそう結論づけた。
(でも今日一番感じたのは二人の結びつきかな。何かで縛り合うような。切っても切れない鎖で繋がれているような。そんな錯覚。常人ではなさそうな人間離れしたあの子に、今日になって突然変わった彼。飛躍するかもしれないけれど、つまりはあの二人がどちらも人間ではない、またはなくなったのかな……?)
そこまで進んで、うーん、と唸った。
「でもなあ、ヴィンフォースちゃんは巧妙に隠してるんだよなあ。それこそ未知数。もしかしなくてもあたしより強いのかも」
口をもぐもぐ動かしながら、冷静かつ客観的に、彼らの強さについての判断を下した。
新谷ナツメはあまり戦いを好まない。どちらかといえば平和主義で、みんなが笑って過ごせていればそれでいいと満足する種類の存在だ。
だから、おそらく。
レンとヴィンフォース、両者と衝突することはないだろう、とも確信していた。
「というか、その場合はできるだけ、あたしが逃げるよね。この力は、人間を救済するために振るうって決めたもの。万が一にも、争いごとの暴力として、使用してはいけない」
『救済のための暴力としては使っていいんだけどねーナツメちゃん♪』
突然。
空気の振動ではない、意思を直接脳に入れられたような無邪気な声が聞こえた。
「……なによ。あたしはあたしの信条に従ってことを為すだけなんだから間違ってはない。いきなり茶々を入れないでくれるかな?」
いつも能天気であるナツメにしては、語気が強くなった。
急に入ってきた介入者に独り言を聞かれていたのではないか、という疑念からかもしれない。あるいは、自分のこれと決めた美学でもある方針を、馬鹿にしたように皮肉っぽく言われたからか。
意思によって介入してきた声は、なおも会話を繋げる。
『おー怖い怖い。怒ると本当におっかないんだからやめてよね。……ところで。その言い方から察するにナツメちゃんは突然現れた歪みについては無干渉で貫くってことでいいのかな?』
へらへらと、声だけの誰かが訊ねる。
「だったらなに。あたしの勝手でしょ」
心なしか乱雑な口調になっているのは、ポリシーや行動原理、諸々に総合的に見てみて、どうしても向こう側とは反りが合わないからかもしれない。
『いんや。ただの確認。ダブルブッキングなんかになったら手間が増えるからさ』
くくく、と声は笑いながら、
『獲物を狩る時に邪魔されちゃったら萎えちゃうじゃん? それはもう、殺しそうになっちゃうくらい』
はっきりと、言い放った。
ナツメの心には色んな感情が去来したが、声の主がどこから見ているか知れないので外へ出すのははばかられた。
代わりに、無感情な無表情で言う。
「……そう。あなたは戦いに行くんだね」
『そういうこと。ガッカリしないでね? これは平穏と安定と安寧のために必要なことなんだから』
「別に止めはしないけれど」
ナツメは新たなスティック菓子を口に突っ込み、カリカリいい音を立てて咀嚼した。
そして、通信が切れたところを見計らって、こう呟くのだった。
「……たぶん、勝てはしないよ」
✲→☾✤
「えっと、それってウリエルだとかガブリエルだとかの七大天使みたいなヤツか? 十人ってことだから人数は違いそうだけど」
天使、そして警戒すべき力を持っている存在といえば、そういう知識を無駄に貯蔵しているレンの頭に浮かぶのはこれだった。
ヴィンフォースは、逆にポカンとしていた。
堕天使でありながら、そのような言葉に心当たりなどない、というように。
「わたしが言ったのは、序列十位の天使たちのことなのだが……。なんだ七大天使って。ウリエル? ガブリエル?」
今度はレンが驚く番だった。
「知らないのか? 天界といえば天使で、天使といえば七大天使に行くんだが。さすがに名前くらいは聞いたことあるだろ」
「知らんな。これでも天界にいる天使の役職、地位、ステータスなどの知識は全て頭に入っているのだが、聞いたことがないな、その名は」
そんなことが有り得るのか。
いや、実際に有り得ているのだからその通りなのだろうが、そうなると齟齬が生じてくる。
今やそこら中に知れ渡ったウリエルやガブリエルを初めとした天使というのは、天界には存在しないらしい。それだけなら全ては人間が作り出したただの虚像だったのだ、とそこで話はおしまいだが、ヴィンフォースを見ても明らかなように、実際に天使はいた。
では、伝承で伝わってきたそれらはいったいどこに存在するのだろう。天使が実在することは証明されたのだから、虚構ということはあるまい。
レンは手早くスマートフォンを取り出し『天使』というワードで検索し、それをヴィンに見せた。
「こういう感じのなんだけど」
ヴィンフォースはどちらかというとスマートフォンそのものに興味を示したようだったが、それでも一通り目を通す。
目が通し終わるとレンに返し、内容を噛み砕くように顎に手を添えた。
「……ふむ。理解した。ここで言われている天使とはつまり、人間に信仰され、崇められる存在なのだな。だがやはり、こんなものは天界には存在しない」
だいたいの見当であり憶測になるが、と前置きしてからヴィンフォースは自己の意見を表明する。
「そもそも、だ。天界とこの世界は全くの別物。位が違うしな。普通はわたしという例外を除いて天界を出る、なんてことをしでかす輩はいない。つまるところ、この世界と天界は関係がない」
「でも、それならなんで天使の知識が伝えられてるんだよ」
「そこだ。ここからは完全にわたしの私見となるが、言ってしまえばこの世界の中に座があるのではないだろうか」
そこでヴィンフォースは言葉を止めてレンを見、おかしいことはないかとアイコンタクトする。レンは頷いて先を促した。
「つまり、何も天使が天界にいるだけではない、この世界に存在しているのではないか、ということだよ」
頭の混乱する話であった。
構わず、堕天使はズラズラと言葉を並べ立てていく。
「発端はわからんが、天使の信仰に至る出来事があったのだろう。勘違いだったとしても関係ない。それは瞬く間に人間の間に知れ渡っていき、崇められて認識される。そこからは簡単だろう。収束した信仰というエネルギーが認知度によって具現化されたと考えれば、何もおかしいことはないはずだ。初めに信仰され出現が後という順番になるが」
結局どういうことなのか。
こういう非現実的な話に対して把握力のあるレンでも数秒の時間を要した。
「……それは、この世界にはすでに天使が存在してるっていうことか?」
「まあ、理論的には。天界だけに天使がいるなんて誰も決めていないだろう。一つ天界の天使と異なるのは人間が作り出した、というところだろうが。純度100%の天使たるわたしよりは格段にグレードダウンしているだろうな」
だから地べたを這う蟻のように、気にする必要のない些細なことだろう、と傲慢なんだか実際にその通りなんだかわからないことを堕天使は言う。
と、そこで「脱線したな」とその長い髪をふるふる揺らしながら本筋を思い出す。
「それより序列十位の天使についてだ。これ以外については無視しても構わないのだが、こちらは対策を立てる必要がある。……む。おいレン」
「あ? なんだよ」
「失礼」
一言断りを入れて。
堕天使はレンの肩を下に向かってググッと押した。
今でこそ自然に見えるが、レンは地面から数ミリ浮いている状態だ。
そこに押さえつけるような力を加えたらどうなるか。
当然、地に足が触れる。
当たり前で、一般人にとっては触れない時間の方が少ないが、今のレンにとっては違う意味を持ってくる。
直後、全身の筋肉という筋肉、神経までもが脱力する。彼は『歩く』及び『立つ』という動作を堕天使との契約によってこの世界から奪われているのだった。
拒まれるように。彼は前かがみに地面に伏した。
レンはこの唐突な嫌がらせじみた行動に文句の一つや二つぶつけてやろうかと思ったが、すぐにそんな衝動は過ぎ去ってしまう。
なぜなら。
レンのすぐ上を、風を切る音とともに何かが通り抜けたからだ。
そのあとで。
ぶわり、とレンの全身から冷や汗が噴き出した。
今の感じ。あれは当たっていたら胴体が二つになっていた。そう感じさせるほどの出来事だった。
即死。自分に降りかかろうとした物事を、レンの頭はその二文字でもって表した。
一方で。
「こんな襲撃にも反応できないのか。困った相棒だな」
気楽なものだった。
まるで、小さい子がアスレチックに悪戦苦闘しているところに仕方なく救いの手を差し伸べる保護者のような穏やかな声。
これが強者の余裕か。
レンは地面から離れて体勢を立て直した。
「…………、」
目の前にはぶかぶかのコートを羽織り、フードを深く被った正体不明がいた。
「ふん、そんな動きで不意討ちができるとでも錯覚したか。その実力、何年かけて鍛錬したとしてもわたしの域には到達できないだろう」
嘲るように断言してから、
ヴィンフォースが消えた。
レンの隣にはもう誰もおらず、風だけが空虚になった空間を突き抜けていく。
それを目撃したレンも正体不明も一瞬何が起こったのかわからなくなった。
目で追えない速度で移動したのか、はたまたテレポートで座標移動したのか。
レンがそう考察し始めたところで、場が動く。
「やはり下級か」
代わりに。
正体不明の真後ろで、いつの間にか出現していた漆黒の堕天使が、もう行動を起こしていた。
「……!!」
完全な死角からの攻撃に、正体不明は後ろに誰かがいるということに気づくので精一杯であった。
堕天使は容赦しない。
ゴキゴキゴキゴキ!! と、骨が折れる特有の鈍い音を立てながら、正体不明が横から掬われるように真上に蹴り上げられた。
「カ……ハッ!」
無事であるはずがない。
今の音、衝撃から察するにあばら骨はおろか、背骨も粉々に折れていることだろう。臓器がシャッフルされていてもおかしくはない。
だが。それでも。
むざむざ落ちればさらなる追撃が待っているとでも思ったのか、正体不明は無理矢理にでも身体を動かして落下地点を変更させる。骨はことごとく粉砕され、もはや動かすとかそういう次元ではないはずなのに、だ。
近くの屋根に墜落した正体不明は、次いで全力で足を踏みしめ、逃げるように跳ぶ。
若干の重心の偏りはあったものの、怪我を感じさせない動きであった。
ということは、だ。
圧倒的な力を見せつけた堕天使は思案するように襲撃者が逃げ帰るのを見つめていた。
やがて、姿が見えなくなると、ハァッと勢いのある息をはいてから、
「いつまでボーッと突っ立っているつもりだ、レン」
と、先ほどから微動だにしていないレンの方を見る。
「あ、ああ……」
頷いて、ひとまずは堕天使の方へ近づいていく。
ヴィンフォースは相棒の間抜けな姿に嘆息しながら、
「……大変言いにくいのだが」
「なんだよ」
「貴様、弱すぎるぞ。あの程度の攻撃、いなして反撃を食らわせるのは普通だ」
下された辛口な評価に、レンも唇を噛む。
その通りなのだ。ヴィンフォースが避けさせなければ、確実にやられていた。しかも即死、というものが眼前に突きつけられ急に怖気づいてしまった。
レンは油断していた。それだけでは済まされない。
生半可な気持ちで、戦うというものを侮っていた。
そんな甘い考えを断ち切るように、辛辣な相棒からの宣告が来る。
「正直、今のままの貴様はわたしにとって、復讐にとって、足でまといでしかない」
グサリと来る言葉であった。
レンは体温が、ふっと冷めていくのを感じた。
仲間からの戦力外通告。ここまで失意のどん底に突き落とす出来事はないだろう。
このまま殺され、捨て置かれるのでは、とまで考えてしまう。
カタカタと、全身が震え始めた。
「俺、は……」
「そこまで怯えるなよ。現状の確認だ。貴様の立ち位置はまだまだ下だった、というな。腐っても元は人間。実戦経験もないのだから弱くて当然だ」
堕天使にしては珍しく、気遣わしげな視線だった。
もしかしたら、契約をし、翼を与え、魔術まで与えたレンが、純粋な堕天使である自分と同レベルだと考えてしまっていたことを申し訳なく思っているのかもしれない。
「だから、予定を変更する。レン、貴様を鍛え育て上げるのが優先だ。ちょうどいいタイミングでもあったな」
「……特訓でもするのか?」
自分の無力さを再確認したレンはおそるおそる聞く。
「まあ、似たようなものだが。強くなるためには、実戦経験を積むのが手っ取り早いだろう」
ここで堕天使はニヤリと笑い、嵐のような存在が去っていった方を向き、続ける。
「貴様一人であれを倒すがいい。それがわたしの相棒たる貴様の第一歩だ」
生徒に課題を出す先生のような気軽さで、腕を組んだ堕天使は歌うようにそう口にした。