4-6.関係性
「……ヴィンさんは、お兄ちゃんのことが好きなんですか?」
レンの部屋。
ベッドに隣同士で座りあったあと、ルンが唐突にこう切り出した。
これにはさすがのヴィンフォースも面食らった。
「……藪から棒になんだ」
そう言ってルンの方を見たが、ルンの方は目をキラキラと輝かせて答えを待っている。
有無を言わせぬ視線に、ヴィンフォースは内心ため息をついた。
「……ああ、そうだな。つまりは好いていることに変わりはない」
ほとんど言わされたようなセリフであったが、案外現実との齟齬は少ないような気もする。
レンのことについては、ヴィンフォースも大いに関心はあるし、興味を引かれる要素も多い。
そもそも元を正せば、レンが瀕死のヴィンフォースを認識した、その時からもうヴィンフォースはレンの虜であったと言って差し支えない――それが好意からなのか好奇心からなのかは、彼女にも知りかねたが。
レンには、惹かれていた。
ただこの曖昧であやふやな世界に甘んじている、その歯車の一つに過ぎなかった彼が、自分から足を踏み出した――否、踏み外したが実のところの正解なのかもしれない――躊躇いもなく。
別に、ヴィンフォースのように、世界を憎んで憎んで、心の底から嫌っている、ようなふうではなかった。
それなのに彼は、即断即決だった。
むしろヴィンフォース自身から注意を促したほどなのだ。
しかし、それすらもレンは一概に受け止め、なお即答で、異常と関わりを持とうとした。
ヴィンフォースには、天界というつまらない世界で生きてきた堕天使から見れば、これは不思議で不思議で仕方のないことだった。
往々にして、誰も彼もは、現状の維持を好む。ルーチンワークのように決まり切った動作に飽き飽きしていたとしても、変化が欲しいと思っていても、結局不変を求めているのだ。それが知性を持つ者の摂理である。
しかし――レンは。
あのどうしようもない、治る気配などないに等しいロマンティシズムの中二病は、それに真っ向から対立している。
彼は、現状の変化を心より渇望していた。
妄想止まりではなく、現実に、常日頃から虚構を求めていた。
摂理から――本能から、反している。
だから堕天使は、彼を好んだ。
有象無象とはどこかベクトルが違う――そんな共通点を感じたのだ。
「……ふう。良かったです」
ヴィンフォースの返答を聞いて、ルンはほっ、とほっこり息をついた。
「この質問に、何か意味があったのか?」
半ば言わざるを得ない状況だっただろう、という皮肉を込めての一言だった。これではただのヤラセである。
まあ、事実的には嘘を言っているわけでもないので、その限りでもないのだろうが。
ヴィンフォース的には、なぜこんなことを聞いたのかが疑問だった。
ルンは「う」と思わず出てしまったような声を出してから、何かを言おうか言うまいか、躊躇いがちにヴィンフォースを見たが、隠しおおせるわけもないと諦めたのか、決まりが悪そうな苦笑いをした。
「……若干、心配だったんですよ」
「何がだ?」
「いや、あの、お兄ちゃんが愛想尽かされてないかなって」
「……?」
そもそも愛想を作ったこともないし、愛想を振り撒いた覚えもないのだが……とヴィンフォースは冷静に考えてしまっていたが、ルンが言ったのはそういう愛想のことではなかった。
「ほら、ヴィンさん、お兄ちゃんのことを選んでくれたじゃないですか。でも、今まで黙ってきましたけれど、良く考えればお兄ちゃんにそんな魅力なんてないんじゃないのかな、なんてふと思ってしまったんです。そうしたらヴィンさんに聞かずにはいられなくて。ヴィンさんならもっと高スペックな優良物件を、ほいほいと見つけられそうですし、捨てられてしまうのではないかと心配に」
「……わかった。とにかくくれぐれも、それはレンには言うなよ」
思わぬ妹のストレートで辛辣な容赦など存在しない告白に、ヴィンフォースの方が気を使ってしまった。
人のことを思いやる堕天使。
事実を並べてみると、とんだシュールな状況である。
「心配には及ばない。レンを蔑ろにすることは、今のところわたしの予定にはない」
はあ、よかった――と、心の底から安堵したルンの一言。
たしかに変わったやつだとは自分も思うが、いったい何をすればここまで妹に思われるのか、かえって気になってきたヴィンフォースだった。ルンにとってはレンのことを考えての発言に違いないが、その中には意図もせぬトゲがささくれ立っている。
例えばこんなふうに。
「でも――なんでですか?」
「なんで、とは?」
「だって、お兄ちゃん、あんなんですよ? どこのどの要素に、ヴィンさんは着目していいな、と思ったんですか? ぜひぜひ聞かせてください。いやいや、本当に、心配なんですよお兄ちゃんが。この不相応にもほどがあるペアリングで、上手くやって行けるんでしょうか?」
……兄妹というのはお互いのことをこう思うものなのだろうが、あまり特別意識は持たないのが筋というものに思えるが、さすがに、ここまで卑下することはないんじゃないか、とヴィンフォースはそれこそ堕天使の身に相応しくなく考えた。
レンが、素直に気の毒である。
それゆえに、できるだけレンの名誉を損ねないように、と堕天使らしからなさすぎる、もはや天使と名乗れと言いたくなるような配慮をして、丁寧に諭すように言う。
「ルンには、あれが取るに足らないただの冴えない男だと思っているのかもしれないが、違うぞ――レンは、結構しっかりしたやつだ。気遣いはまあできるし、奇想天外な思考回路はわたしは見ていて飽きない。話をするのにも理解は早くて助かるし。別に、あいつで足りないのならわたしがどうにかするさ。だから心配には及ばない。率直に喜んでくれていればそれでいい」
「そう……ですか?」
「ああ。それ以前に、レンに及ばぬところがあったのならわたしがスパルタでどうにかする」
「たしかに、それならお兄ちゃんにもできそうです」
くすりとルンは笑う。ヴィンフォースが冗談めかして言ったのだと思ったのだろう。
もっとも、ヴィンフォース自身、冗談ではなくそのつもりなのだが。
それに、これから彼に飛び込んでもらう騒動のことを思えば、スパルタで行かざるを得ないだろう。
というか、心配に及ぶ。
だがそれは、レンが選択した道だ、止めることは誰にもできないだろう。
それでも少しだけ、今回の機会でレンの妹が、兄の身を案じているのだと知れると、ほのかに予防線は張っておきたかった。
「……わたしがレンといるせいで、何か不利益になることがあいつに起こっても、ルンはそれを許せるのか?」
「……あの。それはどういう」
「もしかしたらの話だ。例えば険しい道を踏み外してレンを道連れにしてしまった、だとか」
「なんです、その縁起でもない例は……。――でも、わたしは許せますよ。全然、後腐れなく。ヴィンさんはそれくらい信用に足りて、安心してお兄ちゃんを任せられます。それで万が一何かが起こってしまっても、わたしは何も言いません」
ルンは言い切った。
その信頼は、偽りのものなのかもしれないと疑わずに。
それがいいことなのか悪いことなのかは、誰にも知ることができないが。
ヴィンフォースはそのことに、しかしながらあまり感じるところはなく、
「……そうか」
と相槌を打った。このあたりの感情の動じなさは、堕天使さながらだと言っていいだろう。
「それじゃあ、わたしはもう部屋に戻りますね」
「それがいいだろう。また明日、だな」
「はい!」
ルンは元気よく頷くと、軽い足取りでレンの部屋から出ていった。憑き物が落ちたような、案ずることが払拭されたような清々しい顔だった。
「……さて」
寝るか、とヴィンフォースはこてり、と糸が切れた人形のように、座っていたベッドに寝転がった。
そのまま瞳を閉じて、睡眠に入ろうとしたヴィンフォースだったが、その前に階下の方からガチャリ、とドアの開く音がした。
「レンだろうが、まあベッドは早い者勝ちということで遠慮なく満喫させてもらおう」
そうして、今度こそヴィンフォースはスイッチを押すほど容易に意識を切った。




