4-5.友好
彼女らが辿り着いたのは、いつぞやの公園だった。
マラリスと相見えた因縁深い土地。
「それじゃあひとまず」
「その子を寝かせようか」
ルリとリルはナツメの背負うナルミを指し、それから近くのベンチを指す。
ナツメはそれに従い、ベンチの上に気を失ったナルミを横たえた。
「……で、話って、なんなの?」
ナルミがただ気を失っているのだと、何か作為的にやられたのではないことを確認してから、ナツメは振り返りざまにそう尋ねた。
九位と八位。そう彼女らは言った。
戦力差は見るまでもない。実際、彼女らの出すオーラは尋常ではないと、ナツメは肌でひたと感じていた。ヴィンフォースの戦闘を目の当たりにしたかのような迫力が、ぞわりと心を撫でていく。
マラリスの時はレンが先陣を切ってくれたからよかった。相対するまでもなく、不意打ちの吸血でケリがつけることができたので、あまり脅威を感じることはなかった。
正面から目の当たりにすると、ここまでのものなのか。
ナツメはごくりと喉を鳴らす。
しかしそれならば、だからこそ気を強く持たなければ、飲み込まれるだけになってしまう。
「おかしいな、ここまで剣呑になる雰囲気だったっけ」
「突然過ぎて、少しびっくりしちゃった?」
ルリとリルは、シンクロした動きで首を傾げて言う。
「まあ」「いっか」
二人の同一は適当な調子でそう言うと、ナツメを一直線に見つめ、言った。
「私たちの要求は」
「ただ一つ」
「「ヴィンフォースとの協力を解消して欲しい」」
その要求を突きつけられてのナツメの反応はといえば、
「……へ?」
なんて言う間抜けた声だった。
未知との接触、言ってしまえば宇宙人との邂逅に、少なからず驚きっぱなしなナツメではあったのだが、予想を裏切られてしまった。
重要なことだが、ナツメやナルミは、天界の者がこの世界を侵略しに来ていると思っている。他でもないヴィンフォースが仕組んだことではあるが、客観的に見るとあながち間違ったことは言っていない。
そのため、この話があるというのは、この圧倒的不利な状況を使って、何か身代金的なものを強要されるとばかり思っていたのだが……。
「ヴィンフォース、ちゃんと……?」
予想外の単語が出てきた。
たしかにヴィンフォースが追放されたのにさらなる追撃を加えようとして、侵略が始まろうとしていたことは知っているが……ヴィンフォースとの協力体制を解け、というのは結局的に侵略を簡略化しようとしているように思えた。
もちろん、合意するわけにはいかない。ナツメたちの側にとってヴィンフォースは切り札だ。易々と手放すことなどできない。
代わりに疑問を口にする。
「そんなことを言うためだけに、あたしたちに接触を?」
「その通りだよ」
「私たちにとっては重要なこと」
無邪気な顔で、二人は言う。
「……そうしたら、あたしたちにメリットでも?」
疑念の顔で、ナツメは尋ねた。
その問いかけの意図を理解しかねたようにルリとリルは首を傾げた。
「それはもちろん」
「メリットしかないよ」
「……なんで?」
逆にその反応は、ナツメにとってもわけがわからなかった。
「なんでって、そんなこと言うまでもなく」
「ヴィンフォースさえ倒せれば、もう言うことなんてないもの」
「ヴィンフォースちゃんを、倒す?」
「当然、そのために私たちが来たのだから」
「あいつが先に喧嘩を売ってきたからね」
「追放――自分から出ていって満足すればよかったものを」
「とことんあいつは異常をもたらしてくる」
そこで、ルリとリルは不快感で顔を顰めた。
ナツメにとっては、少し前提がズレたような結果になった。
ヴィンフォースがナツメに言った、ヴィンフォースを抹殺するついでにこちら側の世界の侵略まで謀っているという推測は的を外していて――彼らは、ただヴィンフォースを消したいがために、ここに来たということなのだろうか?
それならば、別にこんなクラスの違う彼らにおいそれと首を突っ込む必要がないということになる。ナツメやナルミが義務としているのは、この世界の秩序なのであって、他の世界の事情は、本来知ったことではないのだ。
違う世界の住人がこちらに来て、それを追った違う世界の住人がその後始末をしてくれる。この世界の裏方としては、そこまでありがたい提案はなかった。
「だから――再度、お願いする」
「協力体制を解除、してくれる?」
このまま、すぐに手を取ってナツメは堕天使の復讐の物語から降りることは容易だった。
しかし。
実際にそれを実行するのははばかられた。
それをするのには、あまりにも性急がすぎる――この発言の真偽はすぐには見極めることはできないし、これはナルミやレンと相談して決めるが吉だろう。
そう考えて、ナツメは、
「……ごめん」
と一言発した。
心底意味がわからない、という顔を、ルリとリルは一様にした。
「受けてくれていれば事はスムーズに、円滑かつ潤滑に、みんながハッピーになる方向で進んでいたのに、なぜ?」
「ヴィンフォースはあるまじきはぐれ者で、庇う理由なんてないはずなのに、なぜ?」
言葉足らずにやってしまった、という後悔がナツメによぎる。二人は期待を裏切られたような顔をしていて、無表情だが、いつ爆発するのか知れなかった。
頼み事を断ることを、友好的にするためには、それ相応の理由を提示しなければ、相手は納得してくれない。
今さらながら気づいたナツメは慌てて補足説明に入る。
「いいや。そういうことじゃないんだよ。ただ――」
少し声を張ることによって注意を引き、興味を引いて、言う。
できるだけ、臆病風に吹かれているのが一目瞭然になるように。
自らを卑下するように卑屈に笑って、ナツメは続ける。
「うん。あたし自体がそれを受け入れるのにはやぶさかじゃないんだ。やってられるかー、って感じだったし。でも、考えても見て欲しいんだ――ヴィンフォースちゃんがこれを知ったら、どう思う? そしてバレたあたしはどうなると思う?」
これには、ルリとリルも考えざるを得ない。
これが魅力的な、受ける以外には考えられない提案であると考えて提示した彼女らであったものの、思わぬところに穴があった。
そう、ヴィンフォースの動向。
彼女は決して、戦うことだけに全精力を注いでいるわけでもあるまい。
裏切り者の処罰。
それが存在した場合、この提案はナツメたちにとってマイナスでしかない。
「なるほど、それは考慮してなかったよ」
「仕方がないね、済まなかったね」
ぺこり、と息を合わせたかのように示し合わせもなくお辞儀が一致した。
この二人を見ていると――一つのはずなのに二つある錯覚を覚えるこの二人を見ていると、感覚がおかしくなってくる。
一人で二人。
二人で一人。
そのような表現がしっくりくる。
と、考えていくと混乱するのは間違いがなかったので、ナツメはあまり彼女らを見過ぎないように注意した。
「そうだね、それを検討していなかった」
「これは要相談の案件だ」
ルリとリルは、お互いに向かい合って問題点を確認し合った。
どう考えても一心同体の彼女らが、わざわざ確認することなのかと疑問だが、それは必要な儀礼なのだろう。
ナツメはそう考えて、内心胸を撫で下ろしていた。
……どうやら、上手いこと説得できたようだ。ここから戦闘に発展する確率は限りなく少ないだろう。
ナツメが彼女らにした補足説明はパッと思いついた後付けのものではあったが、適当につけた理由そのものだったのだが、とはいえ、改めて考えてみると。
ヴィンフォースが怖くなった。
マラリスとの一件で、ナツメはヴィンフォースとは友好な信頼関係を築けたように思えたのだが……実際に、だ。
ルリとリルの提案に乗っていたらどうなっていたのか。
……大まかに、なんとなくではあるものの、想像くらいはできた。
ただただ、空恐ろしかった。
きっと、ヴィンフォースは容赦も何もなく、断罪するだろう。
自らの敵、と見なし。
こうなってくると、ヴィンフォースとの関係には、少なからず強迫観念があるように思える。
たった一人、一度堕天使の命を救った中二病は例外だろうが。
それでも、ナツメはヴィンフォースを信じたかった。
だからこその、保留だ。
しかし――この完全に巻き込まれる形で入り込んだ堕天使の復讐譚から降りたいという意思は、彼女にもある。
なので、みすみすこの機会を逃したくない、という気持ちで、ナツメは言った。
「それじゃあ――もう一度、日を改めてってことかな」
「そうだね」
「そうなる」
双子のような二人は、ナツメに振り向き頷く。
でも、どちらにせよ心配するには及ばないよ、とルリとリルは口を揃えて言う。
「そもそも、敵対しない限りここの世界の人たちと関わるつもりは毛頭ないし」
「天使柄、というのもおかしいけれど、できるだけ事は穏便に済ませたいんだ」
「……へえ」
素直にナツメは感心した。
荒っぽいマラリスしか見たことがないナツメは、天界の住人は周囲など厭わない性格なのだという偏見を持っていたが、どうやらそれは違うらしい。
考えてみれば、マラリスもあの戦いで、たった一つの器物も破損していないのだった。……地面はそれなりに凸凹になってしまったものの、それを均すのは容易だった。
ともすれば、あのヴィンフォースの語った、迫害というのが想像だにできないのだが、果たしてその真偽とは――
(いや、いくらなんでも考えすぎだな。あったから、ヴィンフォースちゃんはこっちに来たわけだし。それに――この二人が、真実を語っているとも限らないよね)
そうなのだ。
どの情報が真で、どの情報が偽なのか。
錯綜している今、見極めるのは難しい。
それも踏まえてとにかく今は、ゆっくり考えたい気分だった。
「それじゃあ、あたしは失礼するよ。時間も時間だし、ナルミちゃんを送っていかなきゃ」
横たわっているナルミに近づきながら、ナツメは二人に言った。
「そう、それならその子にも、私たちの意向をお話して欲しいな」
「賛成か反対かはともかく、私たちがそういうスタンスだと、伝えて欲しい」
「……うん、わかった」
ナルミを背負う。いくら吸血鬼とはいえ、身体機能的には何も問題ないとはいえ、自分の上に何かがのしかかっているという感覚は、気分的に疲れる。
まあそれこそ、吸血鬼パワーですぐに送り届けるか、とナツメは脳内でナルミの家までのルートを検索する。
と、準備が済む頃合いを見計らったのか、
「それじゃあ、さようなら」
「また後日にね」
そのような別れの言葉を告げると、ルリとリルは正面衝突するのではないかと懸念する程にすれすれでクロスした。
それは何度も続いて、どちらがルリでどちらがリルなのかわからなくなり、どちらを目で追えばいいのかもわからなくなっていると――
その場から相似であり同一は、忽然と姿を消していた。
「……どうしようかな、これ」
ナツメはそう嘯いて、ため息を一つつくと、ひとまずナルミを送り届けようと、吸血鬼の力をフルに使って飛び上がった。




