5.束の間のノーマルデイ
「起きてお兄ちゃん」
揺さぶりとともに発されたこの声によって、牙琉レンはまだ重たいまぶたを押し上げた。
「……うあ、ルンか」
「ルンだけど。今日は平日って知ってる?」
牙琉ルンは手もとに提げた大きな紙袋をレンの前に掲げる。その膨らみ具合といい、中には衣服類が入っているようだった。
「そうか、昨日に引き続き、今日も相変わらず学校だった」
昨日の一日、正確には放課後からの密度が濃すぎて疲労が溜まりに溜まっているレンは、逃避気味にぶつりとそんなことを口走る。
「何あたりまえのこと言ってるの。怪我のショックで少し頭おかしくなった?」
しっかりと聞かれていた。
それはいいのだが、とにかくレンは動くのが億劫だった。
今日はサボろうかな、などと不十分な睡眠のせいで重くなっている頭で考えていると、
「お母さんの作ったお弁当も持ってきたから。それに、ヴィンさんを一人で行かせるつもりなの?」
と、レンの思考を先読みしたような的確な言葉があった。
「わたしはそれでもいいがな。所詮そこまでの人間だったというだけのこと」
そんな声がレンの妹であるルンの真後ろから聞こえてきた。
「ダメだよお兄ちゃん、学校行かないと!」
あまりにも自然すぎるこの会話に、レンは控えめにため息をついた。
「わかったよ、行くから着替えはそこ置いといてくれ」
「よかった。荷物とお弁当も一緒に置いておくから忘れないようにね」
「はいよ」
ルンはベッドの下に紙袋と学生カバン、その上に弁当箱を置くとひらひら手を振って病室を出ていく。
レンは寝惚けまなこな眼を擦り、
「……で、なんでお前は出てかないんだ」
と不満げに言った。
しれっと当然のようにそこに存在していた堕天使は「仕方がないだろう」と前置きしてから、
「わたしは牙琉家の居候であり、レンの許嫁ということになっているのだから」
「はあ。一番納得がいかない話だよ」
うんざりしたようにレンは大きなあくびを一つ。
どうやらこの堕天使にとって印象操作なぞ朝飯前らしく、いつの間にやら自分をそういう立ち位置で固定しているようだった。
そういえば母さんの第一声から居候だと言っていたからあの時から既に印象操作は終わってたのか、なんてレンはどうでもいいことを考えた。
「着替えるから外で待ってろよ」
「なんだ、まさかこの超絶怒涛の絶世の美女を前にして着替えるのが恥ずかしいのか?」
ニヤニヤとおちょくってくるヴィンフォースにレンはため息をつく。決して外見には出さないが中身が結構な重症であるレンにはそんな恥じらいやピュアな一面などないのだ。
だから代わりに。
「じゃあいいや」
すんなりと諦めて、制服の入った紙袋を手に取り、中からワイシャツを取り出す。
上を脱ごうと手をかけたところでヴィンフォースは興醒めしたふうになり、
「しょうがない、ロビーで待っている。釣れないしつまらんやつだ」
「お前に言われたくねえよ」
「け、まあ実際、貴様はもうわたしの虜なのだがな」
という捨て台詞を吐きながら、どこまでも強気な堕天使は病室を出ていった。
レンはそのセリフについて少し考えたあと、
「……その通りだよ畜生」
そう悪態をついてから、着替える手を再度動かし始めた。
しっかりと制服に着替えてから、昨日(今日も含む)びっちり叩き込まれた浮きながらの歩行術を駆使して怪しまれないようにロビーに出たレンは、そこで退院の手続きを済ませてから相棒とともに病院を出た。
「ところで、貴様の学校はどこなんだ?」
今さらなことを聞いてきたヴィンを、レンはジト目でじいと見つめた。
「……お前、その服装でよく言えるな?」
ヴィンは昨日のような真っ黒で中二病的装いでもそのあとの私服的服装でもなかった。
紛れもなく、レンの通う学校の女子制服である。
「貴様が目覚めなくて暇だったから外を散歩していたら、ちょうどレンの今着ている制服と同じものを着たやつを見つけてな。これは一緒に歩いていた女の服のコピーだ」
「コピー作れるとかお前ずるくね? というか、ちょっとヴィン、お邪魔しちゃいけないところを見ちゃったんじゃないのか」
「天使ならば当然のこと。それに問題ない、ベタベタしたり接吻しているところは目撃したが、わたしはしっかり隠密に気を配っていたからな」
問題ありありでありまくりな人間の常識なぞ知ったこっちゃない堕天使は誇らしげに言う。その理由が人のプライベートを悟られずに盗み見たというのだから苦笑いしかできない。
「もういいや……。お前はそういう非常識キャラってことで納得しておこう……」
閑話休題。
脱線した話題を軌道修正するべく、レンは向かっている目的地についての情報を少々。
「俺が通ってるのは、龍焔ヶ丘高校だ。偏差値もそこそこ、環境もそこそこ、不自由はないが基本的なルールはしっかりある、そんな学校だ。ちなみにここから電車で一駅乗るぞ」
レンは意図的に伏せたが、この学校を選んだ理由は当然のごとくである。
名前がカッコイイ。ただそれだけ。
もっともそんなことをこの揚げ足堕天使の前で言うわけにはいかないので、レンは話を逸らす。
「ほら、駅ついたぞ」
といって自動改札機にICカードをかざす。ピピッという音で開くゲートをくぐって、後ろから続く足音がないことに気づく。
「……どうした、ヴィン」
「わたし、それは持っていないぞ」
とレンの持っているカードを指さして言う。
「じゃあこれもまたコピーすれば」
「外見だけならまだしも複雑な中身を組み上げるのは面倒だ。なに、貴様の信号を辿れば向こうで合流できるだろ」
ヴィンフォースは振り返って、改札口から遠ざかっていった。
「あいつ、俺が向かうのとは逆に歩いてったけど大丈夫か……?」
どうせ、堕天使的理不尽パワーでもってなんとかするのだろう、とレンは半ば決めつけにかかって、ちょうど来た電車に乗車した。
……直後、電車を追いかける軌道で音速の滑空があった。
一駅傍の改札をくぐると、澄まし顔のヴィンフォースが目に入った。さっきまで高速移動していたとは思えないほどの平常さである。
「随分遅いな、電車とやらは」
「当たり前だろお前の馬鹿みたいな基準をこの世界に当てはめるんじゃねえ」
ツッコミを入れ、レンは学校へと足を向ける。ここから徒歩で約五分。栄えているとも過疎っているとも言えぬ微妙な立地に、件の龍焔ヶ丘高校は存在している。
と、ここでレンがもっと早く気づくべきことに気づいた。
「……そういえば、お前しれっと制服とか着ちゃってるけど、学校についてくるわけ?」
確認しておくが、レンとヴィンフォースの関係は契約を交わした者同士である。逆に言えばそれだけ。
契約というのは、交わした両者にそれなりな結びつけを発揮するが、何もかもベタベタ引っ付くことを強制されるほど強くはない。
裏切らない。契約はこの一点において別格の強制力を発動するだけである。
したがって、別にヴィンフォースがレンと昼夜行動をともにする必要もまたないはずなのだが……。
「言っただろう。まずはこの世界の把握から始めると。貴様の通う学校とやらに行けば、人間の行動、建築物を調査できるし、思い立ったその時に相談もできる。つまり一石二鳥なわけだ」
「そうかよ」
とか建前を述べてはいるが、実は内心ウキウキしちゃってんじゃないのかコイツは、なんてことを思ったが圧倒的ジェントルマン牙琉レンは男の包容力でもって黙っておくことにした。
とかいう会話を交わしていると、あっという間に名前のカッコイイ学校へ到着である。
下駄箱で靴を履き替え、校舎に足を踏み入れる。という手筈だったが、浮いたままでは履き替えにくいと気づくレン。
人目につかないように悪戦苦闘ののち、転がり回ってなんとか上靴にシューズチェンジすると、何事もなかったかのように人の流れに合流した。
そして当然のようにヴィンフォースが隣にいる。身につけているのが上靴になっているあたり、簡単なものであればコピーは容易であるらしい。
ふと。
「なあ、ヴィン、今さらなんだが」
「案ずるな。問題はオールクリア。ノープロブレムだ」
質問を言う前に先回りされた。
どちらにしろ、ヴィンの回答が的を射たものなのかは、すぐに明らかになる。
レンが教室のドアを開け、いつもの日常だ、という感慨も何もない感想を抱いて中に入った時のことだった。
先に開示しておくが、レンは友達と呼べるような仲間はいない。だが、それはイコール孤立しているとなるには少々早合点がすぎる。
会話をする程度には友好関係はあるのだ。
だから、親切なクラスメイトがクラスメイトの登校に挨拶してくるのも不自然ではなかった。
しかし。
「おはよう、牙琉くん、ヴィンフォースちゃん」
と。
どう考えてもありえない人名がレンのあとに続いたのだ。
そういうことか、とレンは一人舌を巻く。
「おはよう」
必然のことであるようにヴィンフォースは挨拶を返し、スタスタと教室の中まで入っていくのに、レンも続く。
そしてもう一つ。
レンは席替えの折、幸運にも窓側最後列を獲得していたのだが、ヴィンフォースは迷う素振りなくその隣に腰掛けたのだ。もちろん、昨日までレンの隣はいけ好かない男子の野郎だったのに、である。
「……もうお前が頭おかしすぎて俺はどうにかなりそうだよ」
不可思議な現象は出会った当初から続きっぱなしだったのでさすがに驚きはしなかった。それに、堕天使が何をやったのかはだいたいの予測がついている。が、ここまでコントロールできすぎると空恐ろしくなってくる。
(俺の家族にも施していた印象操作、不特定多数にも同様の効果がもたらせるようだな。なるほど、『前から居た』という設定か。こういうのでありがちなご都合主義の転校生的演出はないようだが、こういうメタ要素があった方がいいのかもな……)
感心しながらちゃっかりと楽しんでいるレンは窓の外を眺めながら思考の穴へ落ちていく。これはもう彼のルーチンワークとも化している行動だ。特に親しい間柄もいないのでとにかく暇を持て余すレンは窓の外の風景をぼーっと目に入れながら妄想をむくむくと成長させていくのだ。
しかしながら、彼の『日常』は既に、料理が載っていたちゃぶ台をひっくり返してしまったように、取り返しのつかないほどに崩壊している。
「難しい顔してどうした。天使を出し抜く方法を考えているのならわたしと共有しろ」
きっかけである張本人から、針のようにダイレクトに耳に刺さる言葉によって思考は中断を余儀なくされた。
「そんなのじゃない。少し、俺を取り巻く環境の変化を整理していただけだ」
言いながらヴィンフォースを振り返ったあたりで気づく。
……生あたたかい視線が、こちらに向いている。
無論、ヴィンのことではない。彼女がそういう目をするのは万が一にもありえないのである。
さっき挨拶をしてきたクラスメイトを筆頭に、何人か。羨んだりほっこりした眼差しをして見ているのだ。
(俺は極力人と関わらないように最低限の会話しかしてこなかったのになんで注目を集める?)
消去法で行けば目の前の見た目は完全完璧少女に原因があることになるのだが、それにしては視線がヴィンフォース個人ではない気がする。
何やらこそこそと話をしていた。
気になって仕方がないレンは思いっきり耳を澄ませる。
その意志によって魔術が誘発したのか、部分的な天使化によって五感が研ぎ澄まされたのか、思いの外かなりクリアにその会話が聞き取れた。
あんまり聞きたくなかった。
「あの二人、付き合ってるんだろ? いいよなあ」
「もう結婚とか前提なんだってさー」
「まあ、なんか、お似合いだよね。息が合いそう」
頭を殴られたような頭痛。
顔を顰めつつ、レンはヴィンに聞いた。
「お前、印象操作って思い込ませた設定はなんだ前置きはいいからすぐに吐け」
「とても単純なものだぞ。わたしが以前から在籍しているということ、そしてレンの家族にもした居候だということと許嫁ということ」
ああそうか。あの設定を引き継いでいるのか。それなら仕方あるまい。
そんなわけがあるか。
「そもそも許嫁ってなんだよ。病院ではスルーしたけどわざわざそんな設定入れ込まなくてもよかっただろ」
「これから貴様と行動する時間が多くなるだろうから、変な疑惑を持たれる前に先手を打っておこうという算段だが」
「そっちの方が疑惑持たれるだろ。近年許嫁なんてワード、物語の中でしか聞かねえよ」
む、とヴィンフォースはピクリと眉を上げて「そんなはずはない」なんて否定した。
「参考資料には目を通しておいたのだ。男に許嫁がいるのはおかしくないことなのではないのか?」
参考資料と許嫁。レンの頭の中で何かが繋がった気がした。
それは最近、彼が愛読している書物のことを言っているのではないか。ちょうど、内容が親が勝手に取り決めまくった婚約者の中から一人を選出するというものだし。
レンは信じたくないというニュアンスで口を開く。
「まさか、お前、俺の部屋に……」
「ああ、入ったが。寝ている時間には一通り参考資料にも目を通しておいた。どうした、何か悪いことでもあるか?」
ということはつまり、目の前にいる堕天使は現実世界のことをレンとその家族、通行人やら風景、それからレンの部屋の書物で知ったわけか。
ところどころ言動が色々とあざとかったりウザかったりしたのは、彼女が読んだ参考資料に起因するものか。
(なんてこった、ヴィンのこの人格は俺が作ったようなもんじゃねえか……)
それを知ったところで後の祭りである。
レンは深く呼吸を繰り返して落ち着いてから、
「くたばれ」
「唐突にどうした」
「なんでもねえよ」
堕天使の人格形成に悪影響を及ぼしたとかもう知ったこっちゃないと、拗ねるように窓の外に目を移した。
昼休憩。
誰もが喜ぶ心休まる時間にレンはムスッと不機嫌な顔をしていた。
「あー今日は通常時の五倍は疲れるな」
妹の持ってきてくれた弁当箱を開封しながらそういえば出会いからここまで傍に付きっきりの堕天使を皮肉った。
「そのくらい勉強が疲れたのかそうかそうか。わたしの場合、学問が低位すぎて一周まわって混乱したぞ」
そんなことは意に介さずにサラッと堕天使が全人類を皮肉り返してきた。彼女も昼の時間に合わせて何かを持ってきたようで、カバン(いつの間に?)に手を突っ込み、ゴソゴソ音を立てて取り出そうとしていた。
出てきたのは、昨日病院で悪くはないと言った十円程度の棒菓子五本。
「…………、」
小計五十円の日本で一番安上がりなお昼ご飯を眺め、天使って安上がりなのな、と再度思ってしまったことは否めない。
食費に優しい堕天使ヴィンフォースは棒を垂直に机に打ち付けて綺麗に開封するというどこで身につけたのか知れない芸当を見せつつ、
「色々な味があって飽きないなこれ」
とか言っちゃっていた。正直不健康だしたぶんレンが目の前で広げて口に入れている弁当の方が美味いのはたしかなはずなのだが、指摘したら弁当が一瞬にして空になりそうなのであえて言わないことにしておいた存外賢いレンであった。
「一緒して、いいかな?」
そんな声があった。
二年生の二学期、それも十月という半ばにそんな許可を申し出るなんて変なやつもいたもんだ、とレンは箸を動かす。
「あ、あのー……牙琉くん?」
まさかの自分を呼ぶ声に、思わずビクリとしながらレンは顔を上げる。
少女がいた。ショートボブにしている茶とブロンドを混ぜ合わせたような色の髪の毛、クリリとした目はどこか幼さを感じさせると同時に可憐さを引き出している。身長はあまり高くなく、スレンダーな体つき。
年齢は低く見えるが人間の中では稀に見る美少女だった。もっとも、人間を離れてしまった完全さを完成させているヴィンフォースには遠く及ばないが。
もちろんレンとこの美少女のあいだに交流などない。
「……誰?」
だから失礼とは思いながらも、こうとしか声をかけられなかった。
「おっと、名前すら把握されてなかった」
言葉とは裏腹にガッカリした様子はなく、少女はレンの前の席を反転させて彼と向き合う体勢を取る。
「じゃ、もっかい初対面の体で始めようか」
自然にいつものことのようにレンの机に弁当箱を置きながら、少女は言葉を紡ぐ。
「あたしは新谷ナツメ。よろしく、牙琉レンくん」
「俺の名前を知ってる時点で初対面ではないな」
「あ、そうだった」
てへ、と額に手の甲をぶつけるというあざとさ満載の仕草をするナツメ。
だがしかし、世界を嫌ってる系の軽く人間を失格しているどこぞの中二病には全く効果がないのだった! そもそも、この世ならざるものヴィンフォースと関わっている時点でかなりの耐性がついている。
そんな失格男子レンはナツメの仕草を黙殺して疑問を発する。
「新谷ナツメといえば聞いたことあるような気はするけど……なんで俺のところに?」
「名前を聞いた気がする程度って本当に他人のこと無関心だよね」
少し傷ついたというふうにナツメは唇を尖らせる。
「別に、特別な意味はないんだよ。なんとなく気になって来てみただけ」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ」
その確認を終えてさっきの通り昼食をとるレンの心内は、しかし穏やかではなかった。
別に、いきなり美少女に急接近されてどぎまぎしちゃっているわけではない。ヴィンフォースとのくだりからわかるように、彼の感性はもうそういう域を出てしまっている。
どちらかといえば、『なぜ』の方。そこに焦点がいく。
(なんなんだよコイツは。俺は今まで誰とも食事をともにしたことはないぞ。もはや近づいてはいけない雰囲気くらいは醸し出していたはず……)
誰かが聞いたら哀れに思うこと必至だが、レンにとっては誇るべき記録である。己の世界に浸るもの、それは孤独でなければならない。とかいう格好つけが大半の座右の銘を持っているくらいだ。
(しかも、やっぱりこの時期に接触してくるやつがあるか。一学期の初めならまだしも、今はもう下半期に入ってるんだし。ヴィンが『もともとこの学校にいた』という認識のもとに介入してきたのがこのイレギュラーを呼んだと言えばそれらしいが、そもそもそれならヴィンの方に行くはずだろう)
目の前の小柄美少女は、大人しめな動作でお上品に箸を使い食べ物を口に運んでいく。
レンは疑心暗鬼になりながら、決してそれを面に出さないよう細心の注意を払った。
すると。
「楽しそうだな貴様ら」
折り返しである三本目に突入していたヴィンが、レンとナツメのあいだにずいっと入ってくる。
「うん、楽しいよ!」
あっさりと肯定され堕天使はたじろいだが、直後には威厳を取り戻していた。
「あまり人のものを取らないで欲しいものだ」
「取る……?」
「俺はお前のものじゃねえよ」
「あ、そっか」
レンが細かいことに口を出したところで思いついたようにナツメは手を打ち合わせた。
「二人、婚約者なんだっけ。でも大丈夫、あたしは今日友達になりに来ただけだから」
「ふん、芝居がかった真似を」
噛みつかんばかりのヴィンを、レンが掴んでなんとか抑える。なぜここまでムキになっているのか。堕天使になったおかげで沸点が低くなってるのかもな、とレンは勝手に思った。
「仲良くしたいのは本当だよ。もうそろそろ文化祭だし、結束力高めたいもん」
文面から察するに、この新谷ナツメなる少女、交友関係がとにかく広いみんな共通のお友達のような存在らしい。
「あなたの幼なじみ新谷ナツメです、っていう自己紹介ができるくらいにはね」
「それはまた、いい野望をお持ちで」
「……ふん」
不本意なようだったが、ヴィンフォースは四本目の菓子の開封に移った。噛みつかないということは多少なりとも心を許した証拠か。
レンはそのことに驚きを覚えつつも、このグイグイ人に踏み込んでいくことこそが新谷ナツメの為人なのだろうと納得して黙々と昼食を食べ進めた。