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其は誰が為の叛逆者 〜To break the world〜  作者: 貴乃翔
戻ってきた日常、そして潜む影
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3-26.猶予

 帰ってくると、リビングには妹、ルンの姿があった。


「おかえり、お兄ちゃんにヴィンさん」


「ああ。後始末で色々と遅くなった」


 時刻は八時にさしかかろうかという時だった。

 ルンはもちろん、兄が今日文化祭であったことを知っている。というか、遊びに行っていた。

 幸か不幸か、レンたちに会うことはついぞなかったが、祭りの後というのはとにかく面倒な作業がつきものだ。

 このくらいに帰ってくるのは妥当だろう、と判断したルンは二人に「ごはんできてるよ」と言ってから、


「でも。どのくらいに帰ってくるかくらいは知らせてくれてもいいじゃん」


「……すまん、携帯の電池が切れてた」


 レンは言い訳気味に画面が真っ黒のスマートフォンをルンに見せた。家を出る時から、もう電池切れだったのだ。

 これにはルンも呆れる他ない。


「はあ。ドジだねお兄ちゃんは。そんなんでヴィンさんと釣り合いが取れるのかなあ」


「それは俺を舐めすぎだぞルン。俺は必要ないと思って携帯の充電を疎かにしたんだ。必要ならしっかりやるさ」


「本当かなあ……」


「なに、心配はいらない。何もかもわたしで事足りさせればいいのだからな」


「ヴィンさんなら安心ですけど……まあいいか。そういうわけでわたしはお風呂入ってきます」


 その間、ごはんをどうぞ――と言い残し、ルンは浴室へと向かっていった。


「ふむ。それでは夕餉と行こうではないか」


「お前は食うもの変わらないけどな……」


 ルンは基本的に働き者の有能使用人と言っても差し支えないほどにできた、レンを見てからは想像のつかない妹である。

 今宵も腕によりをかけた料理がテーブルに載っている。のは一人分であり、もう一人の分はと言えば棒菓子が五本、何かの儀式のように椅子の前に並べられている。


「なんだかなあ……」


 レンは毎回、この光景を見る度になんとも言えない気持ちになるのだが、それは彼だけらしく、当然のようにヴィンフォースは棒菓子の並べられた席に座り、一本を手に取って早速口にし始めた。


「うむ。やはりこれが一番だな」


 満足げにひとつ頷いて、サクサクサクサクと小気味いい音を立てる。

 それになんだか毒気を抜かれながら、レンも着席して食事へとありつく。

 その途中。


「……で、だ」


「なんだレン」


「つい先日最弱が来たと思ったら今日最強が来て、てんやわんやのうちに今日が終わろうとしてるんだが……ヴィン、何か思いつくことはあるか?」


「思いつくこと、とは?」


「これからの向こうの動向だよ。最強――コアはよくわからんやつだったが、仕掛けてこない、なんてことはないだろ」


「そうだな。ここまで来た以上、向こうも相応に腰を上げ始めるだろうな。ま、仕掛けてこないのならこちらから仕掛けるまでだが」


 早くも一本目を完食したヴィンフォースは軽く目を瞑ってそう言った。若干混線しているであろう頭の情報を整理しているのかもしれない。

 レンはその様子を窺いつつ、白飯を口に運ぶ。


「……コアは当分来ないだろうな。おそらく貴様に会ったのもただの偵察のうちなんだろう。その代わり、近々大波が来るとわたしは予想する。偵察が終われば次は攻撃に移るのみだからな」


「……でもさ」


 と、ここでレンは口を挟んだ。

 天界から新たな刺客が襲いくると言われ生じた、純粋な疑問のためだ。


「そんなにやつらは好戦的なのか? マラリスは部下をお前に倒されたからっていうもっともらしい理由があったけど、序列十位というグループではそういう私情が動くのってないんじゃないのか?」


 思えばコアはレンとの会話で、マラリスのことを口に零していた。

 あの口調はいかにもどうでも良さげな感じであった。最弱、やら馬鹿、やら言いたい放題だった。

 あれが、マラリスがやられたから戦力をこちらに投入してくるとは、どう考えても思えなかった。

 とはいえ。

 コアの理念――面白さを追求する彼女が楽しむために、こちらに攻撃を仕掛けてくると考えれば、ありえない話ではないか。


「無論、やつらは私情では動かないが、序列十位が一人でも消えるというのは異常事態だ。となれば原因であろうわたしを叩きに来る――と、説明するとすればこんな具合か」


「まあ、どちらにしろ警戒するに越したことはないってことか」


「そういうことだ」


 ヴィンフォースは頷いて、二本目の包装を外す。

 どうやら話すべきことは話し終わったようだ。

 そう納得したレンだったが、しかし、これだけは聞いておきたいと最後にヴィンフォースに尋ねた。


「……次、来るとしたらいつ頃だ?」


「ふむ。近々というのはわたしにも予想できたのだが、詳細はわからん。わたしにも限度がある。マラリスの時だって、わたしは予測できていなかった」


「ああ、たしかにそうだ……」


 正確に言えば、彼女が予測不可だったのはその時だけで、マラリスがいつ再戦を仕掛けてくるだとかは図ったように予想通りだった。

 いや、もう一つ、予測不可能だったことがあるが、これは数に入れるべきだろうか。

 コアの末端――端末の出現。

 彼女は、そういう可能だとか不可能だとかの枠組みにすら入れてはいけない存在のような気がする。

 近々――明日であり一週間後かもしれない、あやふやな時期設定を是としたレンは、今度こそ、食事に集中した。

 ――明日からは気を引き締めていかなければ。

 そんな決意を、胸に秘めながら。



 若干早食いめに食事を終えたレンが部屋に戻ろうと廊下に出ると、時を同じくしてルンが脱衣場から出てきた。

 バスタオル一枚を巻いた姿だった。

 それを見咎めたレンは階段へ向かう足を止め、自由な妹に注意する。


「そんな格好してると、確定で風邪ひくぞ。着替えを持って来るのを忘れたなら持ってくるから、もう一回風呂に入って待ってろ」


「え、ああ、いや、違うの。まあ、持ってくるのを忘れたのは違わないんだけど……ほら、兄妹にも色々と不可侵ってあるじゃない?」


「なんだよ。こういうのはお言葉に甘えるべきだろ」


「そうなんだろうけど、あの……」


 心底言いにくそうに、どこか居心地が悪そうに、レンをチラチラ窺い見ると、ボソリと零す。


「あの、下着を持ってくるのはいくらお兄ちゃんでも……」


「ああ、そういうことか」


 レンは赤面する様子など微塵も見せずに頷いた。羞恥心という概念がこの少年にはないように思える。

 それでも中二病はそこまで無神経ではない。

 同じく女性であるヴィンフォースに取らせようと、リビングに目を向けたのだが――まだまだ夜はこれからだというのに、ソファですやすやと睡眠中だった。


「自由すぎかよ。……まあそれなら、俺が取ってくるしかないか……」


「なんでそういう結論になるの!」


 今にも階段へ踏み出そうとしたレンの機先を制するように、ルンが動き出した。

 レンの前に割り込み、先に行かせないようにする。さながら、背中にいるレンを庇うような状態だった。


「あ」


 それで手を広げていたのと、走るというモーションが響いたのか、巻いていたタオルがひらりと地に落ちた。

 羞恥でルンの方は瞬く間に真っ赤になっていくものの、対してレンは何の感慨も抱いた風ではない。本当に彼にはそう言った感情が欠如しているらしい。妹、という身近な存在だから、というのもあるだろうが。

 レンはむしろ心配していた。


「早く服着ないと寒いだろ。やっぱり俺が持ってくるからもう一回風呂に入ってこいよ」


「だ、大丈夫だからっ! そ、そういえばシャンプー切らしてたからコンビニで買ってきてよ。よろしくっ!」


 早口でまくし立てると、逃げるように慌てた様子でルンは階段を駆け上がった。


「……おう……?」


 首を傾げながら、それでも依頼されたことを承ったレンは、玄関へ足を向けた。



 コンビニは、牙琉家からは歩いて数分のところにある。もちろん頻繁によく使う。

 そんな使い慣れたコンビニで使い慣れたシャンプーを買うのには、ほとんど時間を要しなかった。

 レンはやることを終え、コンビニから外に出る。

 外はもう闇に包まれていた。

 十月ももう終わり、十一月に入るのだから、それも当然のことだろう。

 しかし、先まで明るかったコンビニにいて、いざ外に出てみると、その暗さに驚いたりするわけだ。


「ま、目が慣れるまでの話なんだがな……」


 なんて軽く笑って、レンが暗闇に一歩踏み出そうとした。

 その時、

 唐突に。


「やあこんにちは。こんなところで出会うなんて奇遇だね堕天使のお仲間さん」


 と。

 真後ろから。

 内容と合致しないほど底抜けに陽気な声が投げかけられた。


 明日から、なんて生易しいものではなかった。

 レンは油断していた。今まで立て続けにこんなことが起こるなど、予想だにしていなかった。

 前例がないからといって、前代未聞のことが起こらないということはない――とはヴィンフォースの言葉だが、なるほど、これはたしかに的を射ていた。

 前例があるからといって、それが守られる保証はどこにもないのである。

 レンは後悔を滲ませながら、全身を強ばらせる。

 総力戦は、もう既に始まっている――。

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