3-25.幕引き
「え……?」
言われてみると、さらにその現実感は増してくる。
なんとなくとして捉えていたその数が、最初と無変であると思えてくる。
目の前でレンが瞬きもしない間に消し飛ばしているのにも関わらず。
そう、倒されたそばからどこかで復活しているような。
出現しているような。
輪廻転生のように。
終わって、また始まる。
永遠のループ。
だがナツメにはまだすぐには信じがたいことだった。
「そ、そんなことが……? でも、今までそんなことは一度だって起きたことがないのに」
「前例がないからといって、前代未聞のことが起こらない、ということはないだろう」
「でも、今年はたまたま数が多かった、みたいなこともあるかもしれないし……」
ここに至っても、今度は信じたくないという願いを込めて、ナツメは最後の可能性を言った。
対してヴィンフォースはバッサリと切り捨てる。
「逃避をするな。では、説得力のある事実を教えてやろう――わたしは異常を感じてから、魔物とやらにマーキングをした。そう概念を抽出したから失敗はない。そして結果――認識できる魔物の数の、変動はなかった」
「……それは」
ナツメは息を呑んでヴィンフォースを見た。
もったいぶる様子もなく、堕天使は導き出される回答を発する。
「そうだ。貴様らが今までやってきたことは全て無駄だと言うことだ――魔物の消滅に合わせてくるように、魔物の誕生が行われているのだからな」
「そんな、じゃあ」
ナツメはこの異常を、即座にレンと邂逅を果たしたもの、コアに原因があると繋げた。
その予想はしかして間違っているとは言えなかった。
ヴィンフォース自身は自分に原因があるのではないかと疑っていたが、彼女はイレギュラーを巻き起こす存在ではあるものの、今までは何ともなかったのだ。
前例がないからといって、前代未聞のことが起こらない、ということはないというのは彼女の言で、だからこそ彼女は自らを疑ったのだが……。
果たしてそうだろうか?
今まで大丈夫だったものが、予兆もなく崩壊を引き起こすものだろうか?
どちらかといえば、無慈悲で容赦なく、理不尽にこの場に現れ消えていった、あの絶対が原因だというのも、中々に真実味のある仮説ではあるだろう。
あるいは、その両方か。
この世界に至るには極まりすぎてしまった、さらに加えて対極に位置している二人が一時でも同じ世界に存在してしまったがゆえの、この異常なのか。
「……どうするの?」
「ふむ」
しかし、原因はどうあれ、起こってしまったものは起こってしまった。
終わらせるには、収束させるしかない。
終息させるしかない。
原因を担っていると思われる堕天使は、そういう方針で動く。
……異端の彼女が異常を終息させるとは、とんだ皮肉であるが。
「レン、ナルミ。こちらへ来い」
どうやら先の声はナツメ以外には聞こえていなかったらしいので(レンは意識を魔術に集中させていたし、撒き餌であるナルミが近くにいたことも手伝って魔物が大混雑し、声が聞ける状況ではなかったのだ)、魔術によって意識に強引に割り込んだ。
それだけで何かがあったと見た有能な中二病とその付随物は最短距離でヴィンフォースの近くへと舞い戻った。
途中で高濃度魔力の場に行き当たって驚いたようだったが、この二人は力業で押し切った。
「なに、ここ?」
それでも疑問は感じたようで、ナルミはヴィンフォースに問うた。
「魔力の壁だ」
説明するのも手間なので、至極簡潔に言った。
「無敵ゾーンかよ……。まあそれはともかく。どうしたんだよヴィン、いきなり集合かけて」
それを拾うこともなく受け流して、レンは早速本題に入った。
やはり話はこのくらいのスピードでなければな、と改めてレンの長所を確認したヴィンフォースは今まさに現在進行形で起こっている異常を話した。
「……数が、減ってないだって?」
「そんなことあるの?」
「事実なのだから仕方あるまい。とかく、貴様らの出番はここで終わりだ」
腕を組み、ヴィンフォースは断言した。
「出番が終わりって……できることならそうしたいところだが、見ろよ。あれがなくならない限り暇は出ないぞ。しかもそれが無限増殖してるんだろ?」
レンはしかし、現状を指しながら否定する。倒しても倒せないから諦めろ、と言外に言われているような気がしたレンは首を傾げて聞いた。
「うむ。だから、貴様らの出番はない」
それにヴィンフォースはよくわからない答えの繰り返しで答えた。
貴様らの出番はない、という主語からヴィンフォースが動こうとしていることは、一同にはそれとなく感じ取れたものの、どうやって? という疑問は払拭できない。
倒してもすぐに復活するというサイクル。
いったいこれをどう打倒するというのか。
ヴィンフォースの腕は確かでも、無限コンティニューする敵に対して何をしても意味がないのではないか。
その疑問の答えは、存外早く出た。
「退いていろ」
そうして一同を己の後ろにやった堕天使は、絶妙な魔力操作によって、知覚範囲を広げる。
影響力を広げる。
その規模は、優に龍焔ヶ丘高校を覆い尽くすほどだった。
そんな彼女の強大さを示すように、漆黒の黒より黒い黒髪が風もなくたなびく。
ふわりと浮かび上がったそれはそれぞれに美妙な波を描いて彼女の存在を浮き立たせる。
堕天使。
その象徴である黒翼も、禍々しい光輪も出ていないのにも関わらず、彼女が否応なしにそう見えるのは彼女の異端が誰の目にも明らかであるからか。
レン、ナツメ、ナルミは目の前の光景に息を呑む。
それほどまでに圧倒的な現象が起こっていると、例外なく直感していた。
やがて。
「ふん」
その、一言で。
何もかもが、反論の余地もなく収束した。
一点に。
終息した。
「…………、」
「まあ、こんなものか。以前の教訓があるから力はセーブしておいたが、事足りたようだな」
完成したのは一つの、飴玉にも似た球体。それがヴィンフォースの鼻先にあった。
残ったのはそれだけ。
魔物だとか、そういう存在なんてものはもう感じられない。
ただわかるのは、その球体の中には破格のエネルギーが詰まっているということだけ。
ヴィンフォースはそれを臆面もなく摘んで、
パクリ、と。
口内に入れた。
その時に唇に触れた指先が、魅惑的な雰囲気を醸し出す。
やがて茫然としている三人を振り返ると、
「どうした、終わったぞ?」
と、首を傾げた。
それからかなりの時間が経ってから、やっと三人の凍結は解けた。
「ちょ、? お前今何を?」
やはりというべきか、真っ先に口を開くことができたのはレンだった。
「何をも何も、魔術でもなんでもない、ただの魔力操作だが」
「嘘言うな、あの大群を一息であのくらいに集めるってどういう原理だよ」
レンに理解できたのはどうやら魔物を飴玉サイズに圧縮したようだということだったが、そこに至るプロセスがさっぱりだった。
ヴィンフォースに力が満ちていくのはわかったが、それがどうなって……?
「だから、ただの魔力操作だ。わたしは壁を作った時のように魔力を魔物を囲えるほどにに伸ばした。それを、一点に圧縮した。それだけの話だ」
「そんな、簡単なことなのか?」
「その通りだ。ま、この程度はレンにもできるだろうが、迅速に対応するにはわたしが適任だったという話だ」
「そう、だったのか……」
もっと大層なものを予想していたレンはどこか拍子抜けした感じだった。
それでもそれを、容易くやってのけたことに関しては戦慄せずにはいられない。
「ナツメを真似て、体内に取り込むことをしてみたのだが、これも上手くいった。これで実質わたしが使った魔力はゼロどころか、お釣りが返ってきた」
ヴィンフォースの行動は同時にこんな実験も兼ねていた。
レンは舌を巻いた。
一部たりとも無駄を排斥したヴィンフォースの行動はどう見ても称賛すべきことだ。
同時に、改めて堕天使の底知れなさを知らしめることにもなったが。
……しかし、ともあれ、あまりにも呆気ない幕引きながらも、終了したのは事実だ。
ゆえに、いつまでもここで時間を浪費する必要もない。
「……じゃ、帰ろっか」
こんなナルミの一言によって。
龍焔ヶ丘高校の文化祭にまつわる一件は、予想外の邂逅と報酬、そして畏怖と不快を残して、終結したのであった。




