3-23.大猟
「やっぱり、ここまで埒が明かないと、億劫になってくるよね……」
ナルミは縦回転でかかと落としを決め、その円周上の敵を薙ぎ払ってから、ポツリと零した。
もはや毎年恒例となっているこの行事(?)だったが、ナルミはあまり要領のいい子ではない。
最小の消費で最大の討伐、なんて器用なことができるはずもなく、このあたりから疲れてきてしまう。
疲れると言っても、それは精神的なことが大半だ。終わりの見えない作業をすれば、誰でもこうなる。
燃費が悪いというか、なんというか。それはナルミも自覚していることだった。
「まあ、どんなに疲れたところで、支障はないんだけどさ」
すぐに集まってくる魔物を、大振りの翼で消し去る。
簡単に倒せるというのは、ある意味快感なことではあるし、こうして一気に何体も巻き添えにするのは、気持ちいいったらありゃしないのだが……。
それはそれ。これはこれである。
包装用のプチプチをなんとなく潰すのは楽しくても、目の前にプチプチを山積みにされて潰すのは、なんかちょっと違うだろう。
簡単に言えば、そういう感覚をナルミは味わっているのである。
「それにしても、やるなあ」
ちょっと気を紛らわす意味で、ナルミは周囲を窺う。
嫌というほど大量の魔物。それで戦意喪失しかねないほど無数の集合だったが、その中にも目立つものがある。
屋上の、ナツメが戦っているのとは反対側。
そこで瞬く間に魔物が消滅していた。
一秒も経たず何百と。
「というより、ずるいなあ」
力を譲渡されたとか何とか。そういった細かいことを考えるつもりはないが、この世界のものではない力で、技術で、破格の性能を発揮してくれやがっている。
「…………、」
少しの嫉妬と、羨望を持ったあと。
疲れた身体。終わりが見えない戦い。
はたと思いついて。
即座に彼女は行動に起こした。
その、レンのもとへと、特攻していった。
「……!?」
戸惑った空気がナルミにも伝わった。三人で範囲を分担して、戦っていたようなものなのに、いきなり自らのテリトリーに入ってこられたのである。無理もないだろう。
しかも、レンの使役する剣の一つが、ナルミのいる方向に殺到していた。
「……あ」
なんという圧倒的間の悪さ。
ちっ、特攻するのは少し危なかったか、と悪びれもせず後悔するナルミだが、剣は猛スピードで彼女に迫る。
というか、そんなことを理解する間もなく、接触した。
一遍の狂いもなく、直線に走っていた剣と、ナルミは既に触れ合っていた。
「ふぬぬぬぬ」
が、後に出てきたものは真っ赤な血や悲惨な死体ではなく、こんな踏ん張る声だった。
間一髪の危機一髪で、ナルミは正面衝突を免れていた。
手のひらと手のひらで、剣のしのぎを挟み。
真剣白刃取りのような様相で。
日本刀ではなく洋風の剣なので、その光景は滑稽なふうに映るが、彼女は紛れもなく本気である。
本気で、死ぬところだったのである。
「……危なっ!」
何とか勢いを殺すことができたナルミは、取った剣を放り捨てて、はあ、と安堵のため息とともに胸をなで下ろした。
「味方の攻撃に誤爆して死亡、なんて格好悪すぎるよ……」
ともかく、一命を取り留めた彼女は止めた動きを再始動させる。
今度こそ剣の軌道上に入ることはないように、細心の注意を払いながら。
ピタリ、とレンの真後ろに背中をつけて立った。
もちろんレンがこのことを感知しないわけがなく。
「おい、危ないだろ!」
「それはこっちのセリフだよぉ。ほんとマジでガチで真剣に本気で死にそうだったんだから」
「自業自得だろうが!」
涙たらたらのナルミを、レンは容赦なく正論のもっともな四字熟語でぶった斬る。
だが、予兆もなくいきなり飛び込んできたのだ。何か理由があるに違いない。深読み派のレンは、そう判断を下す。
「……なんでいきなり来たんだよ」
「だって疲れたからさ、牙琉後輩を盾に休もうと思って」
「やっぱり自業自得以外の何ものでもないな」
深読みするまでもなかった。ましてや自分に任せて楽をしようとしていた。
「よし、殺るか」
「待って待って待って! 今度は日本刀を作って振り下ろそうとしないで!」
真剣白刃取りを焼き直ししようとするレンに、ナルミは悲鳴を上げて小さくなった。
けれど……とナルミは考える。
こうして自分と話すことも、注意を向けることも、加えて殺そうともしているレンだが、先と変わらずに、彼の周りでは一挙に大量の魔物が消え去っている。
百本に届きそうな数の武器の操作。その一個一個が意思を持っているように動き、最適な動きで魔物を倒している。
けれど自動化されていない。魔物を感知し次第飛んでいくなんてプログラムは組み込まれていない。ナルミにはそれがわかった。
機械的な動作ではなく、これは動物的な動作である、と。
レンは一つ一つの武器を、自らの意識で、一つの頭で行使している。
それは想像だにできないほど困難を極めるはずだ。頭の中でいくつもの物を考慮して、同時に動かせるなんて、スーパーコンピュータじみている。
なのに、こんなどうでもいいことにも対応している。
ここから導き出せる結論。
まさか。
ここまでのことをして、余力が、有り余っているとでも言うのだろうか?
……化け物じみている。
人間だった欠片など、微塵も感じさせない。
彼はもう――引き返すことはできない。
ナルミはそう直感した。
その思惑など知ったことではないレンは、目を瞑ったまま、振り返らずに尋ねた。
「……近くに来たんなら聞きたいんだが、魔物は大体どのくらいの数がいるんだ?」
「私が聞きたいよ。数万くらいじゃない?」
「お前も把握してないのか……」
大雑把なナルミの回答に、レンは肩を竦めた。
とりあえずいっぱいいるということはわかっていたが、結構頑張っても中々終わりが見えず事情を知っていそうなナルミに聞いてこの反応。
嘆息せざるを得ない。
「じゃあ、傾向的に、今まではどのくらいだったんだ?」
「だいたい十万くらい?」
「くらいって」
「でも逆に聞くけどさ、牙琉後輩。一から数を数えるとして、一万の位に達したことある?」
「……ない」
「そういうことだよ。だから私はおよその数しか答えられないってこと」
この意見にはレンも同意するしかない。たしかに数を数える時、百の位あたりでいつの間にかやめている。それは人間にとっての限界なのかもしれなかった。ただ数えるのにこんなに時間を費やしてはならない、と本能が訴えるのだ。
「そう考えると、私も、ナツメちゃんも、頑張ってたよね。その十万もの軍勢を毎年のように蹴散らしてたんだから」
もっとも、ナツメちゃんには吸収能力があるから、プラマイゼロで、苦労するのは実質私だけなんだけど、とナルミは悩ましげに続けた。
どちらにせよ、二人にとってその討伐会は夕刻から翌昼まで休みなしで続けてやっと終わる、地獄のようなイベントだったが。
「それもまあ、今回ばかりは早く終わりそうだけどね」
「そうなのか? 一向に終わる気配がないんだが」
「そりゃ、まだ始まってから時間経ってないからだよ。断言しておくとすれば、日をまたぐ前には終わるね」
「それは気が遠くなる事実を……」
まだ夜の帳が落ちようかという頃である。終わりが見えるのはありがたいことだが、ゴールが遠くてもやる気を削がれるのは事実である。
「それでいい方なんだから、むしろ喜んだ方がいいんじゃない?」
「それじゃあお前も仕事しろよ」
レンとしてはこの仕事をしない生徒会長をどうにか処理したいところだが、それに意識を割くくらいなら討伐に集中した方がよっぽど効率的なのである。
そう考えたレンは武器の数を二倍に増量させた。
「これで真夜中になる前に終わるな」
「ひゅーひゅー、さすがは牙琉後輩だー」
「やかましい」
レンはちゃっかりサボっているナルミを心の底から鬱陶しく思いながらも、そこら中に蔓延る魔物を手当たり次第に討伐していくのだった。




