3-22.掃討
たしかに、ナツメたちの言った通り、苦戦を強いられるわけではなかった。
『偽物』で武器の複製を作り、『エア』によって操り使役する。
レンが取ったその手法は間違っていなかった。
武器がエネルギーの塊――魔物を貫くと、それは瞬く間に消え失せた。
何かのはずみで集合してしまったものが、一種の指向性によって独立したものだから、その集合を裂くようにすれば、勝手に消えるらしい――と、レンは解釈した。
その考察は大部分が飛躍と予想によるものだったが、大ハズレとは行かないほどには的を射ていた。
次々と、無限に湧き出る水のような群体をいとも簡単に蹴散らしながら、レンは首を傾げた。
「これ……どのくらいの数いるんだ?」
新谷ナツメは地に足つけて戦っていた。
(すごいな牙琉くん……前もかなりの実力だと思っていたけど、今日言ってたあれでさらに強くなったみたいだね)
吸血鬼の特徴を存分に使い、攻撃に使った分を倒した魔物から吸収するという魔力のリサイクルで永久的な安定感を確立していた彼女は、周りを見る余裕があった。
今、映える空中戦をしているナルミのように、空中を飛ぶことは、ナツメにとって難しいことではない。天使の、のような高貴なものではなく、コウモリのようなものではあるが、翼まで生やすことができる。
それでも彼女がそれをしないのは、やはりビジュアルの問題と、彼女の性格に合わないことが関連している。
ナツメは飛ぶことが嫌いである。
これだけ言えば、ただの高所恐怖症なだけのようにも思える。それはその通りではあるのだが……彼女にもそれなりな理由があるのだ。
昔。
幼少期と言われる時代がナツメにもあった――無論、ナルミも、である。
その時は、幼心ある彼女らは悠々と自由に伸び伸びと、隠すこともせず自らの特異性を発揮していた。親にかけられた加護の甲斐あって、大事には至らなかったが……近所で未確認飛行物体の噂が立つほどには、彼女らはやんちゃだった。
未確認飛行物体の話題になるのは、当然、彼女らがいつも大空を飛び回って遊んでいたからである。
ナツメもその時はまだ乙女心つく前で、見た目など気にせずコウモリのような羽を広げ(もっとも、レンに言わせれば格好いいのは間違いないのだが)、快活に遊んでいた。
軽い追いかけっこをしていた、その最中のことである。
同じく幼かったナルミが、中々ナツメを捕まえることができないことに焦れて、魔術を行使したのである――今も愛用している、電撃魔術だ。
ナツメにとって防御などは容易かったはずなのだが――いかんせん、不意打ちだった。
遊びに魔術を使ってくるなど、誰も予想しまい。
というわけで電撃を直に浴びたナツメは、羽を生やすのもままならず、真下へ重力に従い急落下していったのだった――。
後の出来事は、言わずもがなである。もとより頑丈な吸血鬼、死ぬ事まではなかったが、それでもトラウマを植え付けるには充分だった。
以来、彼女は飛ぶことを忌避し、ナルミとも腐れ縁になったという。
「ああ、同じ作業をしてると自然と過去を思い出しちゃうなあ」
危なげのない動きで攻撃を食らわせ、消滅させながら、ナツメは思い出した苦い思い出に渋い顔をした。
だからぶっちゃけてしまうと、この屋上でさえナツメはあまり好いてはいない。柵から下を見下ろすのもあまりしたくなかった。
そのため彼女は無闇に動くことはせず、寄ってくる敵を片っ端から片付けるのみである。
その中で、ナツメがさっきから気になっているのはレンの動向だった。
あのあと、並々ならぬ気配を感じさせていたレンだったが、彼の力量は予想通り凄まじかった。
ナツメが消し去った魔物の数は三桁にのぼるであろうが、レンはその十倍、四桁は下らないように思えた。
四肢だけを使うナツメと何十個もの武器を使うレン。この手数の違いから、それは当然のことなのだが、しかしそれにしても手際が良すぎる。
最短、最速。
考えうる限り最適な操作で、魔物を消し去っていく。さながら、魔物の方からやられにいっているような錯覚さえ持たせる。
そして暴れ回っているように思えるその武器は、器用にも決してナツメやナルミの攻撃範囲内に入ることはなかった。
(それにしても、これは変貌し過ぎじゃ……?)
レンのもともとの実力も買っていたナツメだったが、変化の仕様に驚きを隠せずにはいられない。
これじゃまるで、根本的に存在が変わってしまっているような。
部分的な天使化、なんて生半可なものでなく。
これはもはや、天使に匹敵している。
天界の天使に接触したことのあるナツメは、そんなことを思った。
今のレンは、ともすればマラリスに引けを取らぬ――否、勝るとも劣らないのではないか。
そんな確信を、ナツメは持ち始めていた。
(本当に無数でキリがないな)
そんな四苦八苦はせずとも頑張っている彼らを眺めながら、ヴィンフォースはそんな感想を抱く。
天界からの訪問者である彼女は、もちろん魔物という存在を知らない。
それでも彼女が魔物の無数さを確認できたのは、曲がりなりにも堕天使の才能のなせる技だろう。
ヴィンフォースはこの短期間に、簡潔の概念から無理矢理に抽出して、魔物を可視化する魔術を完成させていた。
ヴィンフォースにとっても、レンの成長ぶりには目を見張った、そう言いたいところだが、しかし、彼女は対して驚いたふうでもなかった。
ああ、そうか――と、その程度の感慨である。
天界を破壊するなどという大それた野望を打ち立てる堕天使に、このレンのパワーアップは喜んで然るべきなのだろうが、なぜか関心がなかった。
いや、喜ぶなど、目の前で起こる現象に受動的な感情を抱くのではなく、ヴィンフォースはさらに先まで見すえて、レンの実力をどう自らの復讐劇に組み込んでいくか、演算しているのかもしれなかった。
「ただまあ、やはり……」
ヴィンフォースは見た事のあるレンやナツメたちをさておいて、ある一人のことを注視していた。
レンとナツメが消えるなら、消去法であと一人。
加玖ナルミ――この世界の天使であるという彼女を。
一度はレンに負けたことのある彼女ではあるが、ヴィンフォースはそれでナルミが雑魚だというふうには切り捨てなかった。
ヴィンフォースはナルミに初めて会った時から直感していた――この存在は、真実を見せないだろう、と。
レンに『ナルミに勝て』と言ったのは他でもないヴィンフォースだが、しかして彼女は勝てない確率の方が高いと睨んでいた。
その予想に反してレンが勝ったと報告した時には表情を変えずとも少なからず驚いたものだ。
そして、同時に警戒度を引き上げた。
当然、ナルミの、である。
ヴィンフォースの目から見て、彼女が手加減をしていたことは明白だった――思えば、最初の接触、不意の一撃で絶命を図ろうとしたことさえ、ヴィンフォースにはナルミが手心を加えていると睨んでいた。もしあれに当たっていたところで、打撃によって吹き飛ばされるだけだっただろう。見かけだけだ、とヴィンフォースは確信していた。
そうやって、力を隠そうとするものこそが一番危険であることを、ヴィンフォースは知っている。……もっとも、力をあからさまにおおっぴろげにしているこの世で一番危険な輩も、ヴィンフォースは知っているわけだが。
今の今まで、加玖ナルミは本気を出したことがない。それか、本人の知る由もないところで、ストッパーがかかっている。
それがヴィンフォースの下した結論だった。
来たるべきに備えて。
果たしてその時、彼女はいかほどなものに変貌するのか、ヴィンフォースには予想ができなかった。
理想の集積体とも言えるもの。
当初はまったく脅威とは捉えていなかったが、願望の塊であるレンを見てからだと、にわかに不安になってくるヴィンフォースだった。




