3-21.核
「ふっふっふー」
そんな、子供が悪戯を思いついた時のような声を上げていた。
完全、完璧の世界。
天界。
その片隅。ともすれば中心とも言える場所で、その声は上がっていた。
切り取ったような空間。ここが誰かのテリトリーであることは一見にしてわかりうる範囲内。
その中に窺えるのは、転がったものを呑み込んでしまいそうに上質な寝具の上に、寝転がっている人影が一つあるのみだ。
他には何者もいない。
まるで、唯一以外の侵入を拒絶しているように。
まるで、ここだけが別世界の空間だというように。
切り取られた場所が、そこにはあった。
コア=ヴィル=シュライン。
序列一位。最強であり、絶対である彼女ははにかんでいた。
これからへの布石を打つのに、充分に楽しんだ後。
今やレンの一部と化した端末が、ぼんやりと彼に溶けていくのを肌で感じながら。
「はは。まあ、そんな大したことじゃないんだけどね。むしろ、些細な取るに足らないイベントだよね」
けど、面白くはあったよね――とコアは続けた。
この壮大なる翼。その中の羽根一枚をちぎって己の分身とし、向こうの世界に放った。
レンやヴィンフォースたちにとって突然の消失、そして出現という一大イベントだった出来事が、コアにとっては、ただそれだけの話だったのである。
否、それだけの話にしかできない。
彼女にとって、コア=ヴィル=シュラインにとって、これは由々しき事態であった。
何をするにしても、釣り合いが取れないのだ。どんなことが起ころうとも、絶対なる彼女にとって、それらは何もかもが些細なこととなってしまう。
それゆえに、コアは『面白い』ということを追求する羽目にならざるを得なかった。
そのために起こした行動がどのような結果になったとしても――コアは知ったことではない。
コア=ヴィル=シュライン。
彼女を一言で表現するのは難しい。
かと言って、文章に起こせば上手く行くのかといえば、それは嘘になる。
彼女を表現する場合、言語では役不足なのだ。
完璧。やら、
完全。やら。
そういう抽象的な、極めたのちに、たどり着くはずの最終形態の言葉でさえ、説明がつくことがないのである。
それは言葉通り完璧と完全の天界において、許されないような存在なのではないかと言いたくなるが、別にヴィンフォースのようにあからさまな異端者というわけではない。しかし、性質はとてもよく似ている。
言うなれば、コアとヴィンフォースは表裏一体の対極に存在している。
どこか歪んだ究極のヴィンフォースに対応するように、正しく整った究極のコア。
それでも、言葉を尽くして強いて表現するとするならば、こんな矛盾した文章ができあがるだろう。
コア=ヴィル=シュラインは、
完璧よりも完璧であり、
完全よりも完全である。
――と、こうなる。
コアの辞書に不可能という文字はない。
できないことなど何もなく、
知らないことなど何もない。
究極的に断じるとすれば、何もかもがコアにとっては歩くのと同じように容易なのである。
これはコア唯一の欠点と言えるだろう。
だから彼女は楽しむだけ。
コアは核であるがゆえに、それ以外に目的を持つことができない。
「そういえば、ヴィンちゃんに会えなかったな。まあ気づかれずにお兄さんを『絶対領域』に引き込むためには仕方なかったんだよね。シナリオ的にヴィンちゃんと接触すると色々とまずそうだしね」
そして、最前にとても面白いものが進行中である。
見応えのある、とあるはぐれ者の復讐譚。一人ぼっちだったはずの彼女は、あろうことか仲間を作る。
一致団結した彼らは、マラリス=エガーデンを倒すことによって、叛逆の狼煙を上げるのだった――。
「はは、先はまだまだ遠いねえ」
コアは意味もなく笑う。これ以上がない到達点の彼女に感情が果たしてあるのかは、甚だ疑問だ。
もしかすると、彼女は全てがどうでもよくて、つまらなくて、だからこそ無理矢理にでも面白い、という概念を作り出したのかもしれない。
とにかく。
叛逆の狼煙を上げた彼らに、コアは少しだけ、細工を施すことにした――無論、妨害などではまったくなくて、エンターテインメント性を持たせるためのものだ。
レンに、与えた。
端末とはいえ、絶対の力を。
とはいえ、コア自身には何の綻びも発生しないほど微細極まりない事象なのだが、それでもレンには余りある奇跡のようなもの。
「ヴィンちゃんは彼に素質があるようだと見抜いたようだけどね。今なら序列のみんなとも、互角以上に戦えるんじゃないかな」
むしろそうでなくては困る。
それでなくては――面白くない。
彼女が求めるのは純粋な奇想天外の物語。
完璧と完全でできているこの世界が、破滅する――それはコアにとって、大層魅力的であった。
だから手助けをした。
彼らが野望を達成できるように――物語を中途で終わらせないために。
「さて」
次はどう動こうか。
盤上に乗るはコアを除いた八個の駒。
「単独ずつって言うのもいいんだけれど、それだと間延びして些かつまらないんだよね」
ふむ……とコアは働きすぎる頭を働かせないで考える。
故意的に、考えないように考える。
空白を作る。そうでもしなければ、今後の顛末が事細かに寸分の狂いなく思い描けてしまう。
物語を読むことにおいて、一番の天敵はネタバレである。
それをされた瞬間に、興は削がれる。読む気もなくなるし、ましてや面白さなど、感じられるわけがない。
そのため、彼女はその挙げればキリがない能力を、意識的にセーブしているのである。
羽根で作られた分身があんなふうに、未成熟で未完成な出で立ちだったのは、コアのそういった心理状況が反映されているようにも思えた。
「となると、一気にドーンっていうのもいいけど……それじゃあ向こうが危ういか。となれば間をとって」
盤上の八個の駒のうち、四つを倒す。
ちょうど、半分のその数は、おあつらえ向きにも叛逆者たちのグループの数と一致していた。
「振り分けは、どうしようかなあ……」
飲食店のメニューを決めあぐねていると言ったふうな気軽さで、コアはゴロゴロとその場で転がった。
心底楽しげだった。
いや、心の底から楽しもうとしていた。
退屈は人を殺すという。
それは天界にあっても同じことのようで、何もない、ということは意外にも心を削っていく。
否、天界に、ではなく、唯一に、と言うべきか。
完璧、完全で収まっている――収まってしまっている彼らなら、退屈は感じていないのかもしれない。満ち足りて、満足なのかもしれない。
しかし収まりきらない場合、意識の仕方はこれでもかというほど異なる。
退屈、退屈、退屈。
完璧で完全であることも退屈。
満ち足りて満足になることはなく、そこの抜けた容器に水を入れるがごとくの空っぽさ。
コア自身、それを自覚している。
自覚できるからこそ、なおタチが悪い。
その点で、コアはヴィンフォースが羨ましかった。
誕生した瞬間に異端者扱いをされ、渦巻く憎悪に身を晒し、また自らも憎悪に憎悪を抱いた堕天使。
彼女は飽きることがない。それに対して意識を傾けることができるのだから。そもそもその必要性すらないコアと比べれば、それは歓迎すべきことだ。
でも。
ヴィンフォースの抱く野望が滞りなく達成されたとして。
一切を晴らした後で。
彼女はいったい、どうするのだろう?
コアのように、永遠にわたる皆無を生き続けるのだろうか……?
「まあ、それはクライマックスでのお楽しみかな」
まだ、その前の段階だ。そんなことを考えても仕方あるまい。
コアは今起こすべき行動を起こすことにした。
九位。
八位。
七位。
六位。
彼らを戦場へ送り出す。




