3-14.一方的暴力
両断された。
綺麗に。鋭利に。滑らかに。
これは、この世のありとあらゆる刃物でもっても作り出すことのできない、まさに完璧の一言が似つかわしい切断であった。
レンはただそれを、眺めていることしかできなかった。
相変わらず、『エア』の構築はできそうになかった。あまりにも衝撃的なことが立て続けに起こるので、レンの脳も思考を放棄し始めているのだ。
レンはへそのあたりから、ちょうど上半身と下半身にきっちりと、わけられていた。
腕はぶら下げていたので、両断の影響を受け手首あたりから先が切り落とされている。
見るだけでグロテスクな有り様。ともすれば吐き気さえ誘うこの光景。
しかし、そうなるためには要素が一つ、足りていなかった。
そう――血がないのだ。
人間には血管が身体中いたるところに通っていて、どこを傷つけても付属するように血液が噴出するのが当然だが、今断裂したレンの断面から、そのようなものが出てくる気配はなかった。
それどころか、よく視認してみると身体の中身すら、見ることはできなかった――内臓がなかった。
空っぽ、というよりかは無理矢理に詰め込んだ、というふうにどこも素材が同じ肉で構成されているだけだった。
レンはそんな、地面へと落ちていく切断された自分の姿を、しっかりと自分の目で確認していた。
離れ離れになった下半身を、ではない。
上半身も下半身も、全てをくまなく、全体像を掴めるほどに細かく、眺めていた。
そして。
「……っ!」
まさに今一閃したコアの真後ろから、レンは自らが授かった黒翼を広げ、思い切り叩きつける。
……そもそも牙琉レンは、いかにも意味ありげに登場したコアを、怪しく思わないわけがなかった。幼女の姿ゆえ、天界からの者なのかは、一考せずにはいられなかったが……ともかくも警戒していたのは事実である。
それ以前に前提からして、レンは妄想に特化した中二病である。常に『かもしれない』は走査して、し切って、用心深く構えるのが彼のポリシーだ。
そのため、屋上に来たあたりからレンは『偽物』を発動し、分身という名の身代わりを、コアと会話させていたのだ。この時には作った幻影が見えないという『偽物』の欠点を、完全に克服していた。
それが功を奏し、今回の不意打ちを可能にしたのである。
コアは完全に、レンを仕留めたと思っているに違いないだろう。何せ、目の前には切断した肢体があるのだ、少なくとも、気が緩むことには違いがない。その点で言えば、レンのこの攻撃は相手の不意をついた、完全な有効打だと言うふうに思える。
とはいえ。
コアには、そんなことは関係がなかった。
「おっと」
その、不意に後ろから声をかけられた時のような、一言だけ。
それだけだった。
レンが打ち据えたと確信し、黒翼はそのままコアの幼い背中を叩いた――そこまでは、レンの思う通りの結果。
だが――それだけ。
少し触っただけでも崩れ落ちてしまいそうなほどに脆く思える幼女の背中は、身体は、
決して、動じることはなかった。
レンが翼を使い慣れていなかったから威力がなかったのではないか、という理由が一番もっともらしいものではある。
が、例えてみるならば、今のレンの一撃は、トラック一台を難なくひしゃげるほどには強力であったと、明記しておこう。
白翼による一閃を終え、その結果できた成果物を眺めている最中の、真後ろからの不意打ちだったはずだ。
防御行動をする暇などなかったし、コア自身は防御をしようなどとは思わなかっただろう。
それで、この結果。
レンはそれを直感で理解すると、どうしようもない恐怖を肌で味わった。
コアはゆっくりと振り向き、レンの位置を把握すると、
「うん。そのくらいはやってくれなきゃ困るんだよね。初撃は殺す気でかかるお約束だからね」
気楽なものだった。
この程度は当たり前のようにやってくれなければ困る。そんな調子で。
それでいて、どう足掻いたところで自分に届くことはないと、確信している。
レンは余裕綽々なコアを見て、そんな印象を抱いた。
傲岸不遜、大胆不敵なのはヴィンフォースと似たようなところを感じるが――
(こいつの場合、絶対的すぎる。なぜかはわからないが、こいつは揺るがない『無敵』だと、そうとしか思えない――)
サッと血の気が引いていくレンを尻目に、コアは状況を楽しむように、レンを見る。
「それにしても『偽物』、か。ヴィンちゃんもまた面白いことするねえ」
くくく、と愉快そうに笑い。
「じゃあそれも、禁止にしようかな」
「……!」
言った刹那。
コアが振り返った方とは別の方向に、レンが出現していた。
ここに来て三人目のレン。
しかし、間違えることはない。
なぜなら両断されたレンと、先ほどまでコアと向かい合っていたレンが、弾ける光とともに、消え失せたからである。
残ったのは現在出現したレンのみ。
このレンこそ――本物だということは、考えるまでもなくわかった。
再度分身していたことが露見されたレンは、最警戒の態度を守りつつ、猛スピードで頭を回す。
(……本当に、どういう原理だ。突如、発動していた俺の『偽物』が、全部破壊されるなんて。能力無効化ならまだわかる。だが、モーションもなしに、何を発動したようでもなく、どうやって『エア』に『偽物』を破ったっていうんだ?)
それだけが、不可解だった。
理不尽な魔術の破壊。
そんなことが、なんのプロセスもなしにできるものなのだろうか?
ともあれレンは、これで『フライ』以外の魔術を、失ってしまった。正確には構築が正常にできないだが、この戦いで言えば、実質的には失ったのと同等だろう。
ひとまず体勢だけは立て直さねばなるまいと、地表を滑るようにして、直線的ではなく複雑な動きになるようにして、コアから距離を取る。
とりあえず、これで様子が窺えるはずだった。
甘すぎた。
「そんなに逃げたら悲しいんだよね」
後ろからポン、と。
肩に、手が置かれた。
見ると、いたはずの場所に、コアはいなかった。
レンは反射的に黒翼を振り回して追い払おうとするが、背後から聞こえるのは「はは」という笑い声だけ。
「ああ、そういえばその翼も」
右耳近くから声がして、
「まさか、ヴィンちゃんからの贈り物?」
次は左耳付近から声がする。
「相当にお兄さんは」
今度は真後ろ。
「大事にされてるみたいだね」
そして――正面。
吐息がかかるほどに近くに、コアが出現していた。
「うあぁ!!」
レンは既に、考えて行動することができなくなっていた。
反射的に、周りに応じて動くだけ。
コアを殴り飛ばそうと、拳を振り上げてアッパーの形を取る。
次の瞬間にはコアは消えていて、その拳は空を切っただけだった。
「まあ、頑張った方なんだよね」
ゴォッッッ! とコアの翼の嶺がレンの身体を叩いた。
いとも簡単にレンの身体は吹き飛び、屋上の柵に思い切り激突した。
「か、は……ッ!」
勢いよく衝突したことで、レンの肺から空気が否応なしに吐き出される。空気とともに口から飛び出た唾液の中には、血液も混じっていた。
レンは屋上へと崩れ落ちる。これほどまでの衝撃なら柵が壊れて宙へ放り出されたとて不思議ではないように思えたが――確認してみると、形が崩れてさえ、いなかった。
さながら、ナルミと戦闘をした際に、彼女の施した保護結界のようだった。
意識が飛びかけたレンは迫り来る殺意を察知し、真っ白な思考のまま本能だけで動く。
真横に転がって続けざまに降りかかる翼を回避、その最中に立ち上がり、受けたダメージを再生。次の攻撃に備えるため、黒翼を引っ込める。これは防御に徹するにあたり、外界と接する面積が小さい方が避けやすいということを考えてのことだ。
しかし。
「立派だね、立派なんだよお兄さん――」
天使は無慈悲だった。
「でも、こっち的には早く戦闘不能になって欲しいんだよね」
言うと同時。
ドゴォォォン……と鈍い打撃音とともに。
レンが天高く舞った。
どうしようもない、一撃だった。




