3-13.正体
「本当に、場所は同じなのに怖いほど人がいないな……」
屋上の扉を開けつつ、レンは呟く。
ここまでの道中、当然校舎の中を歩くわけなのだが、異変は外だけではなかった。
装飾された廊下、教室はそのままに、人だけが忽然と姿を消していた。さっきまでの賑わいを知っているがゆえに、さらに不気味な光景だった。
幼女コアは突然起こった不可解な現象に怯えでもしているのか、特に何もしゃべらず、レンについていくだけだった。
だがどちらにしろ、最終地点に彼らは到着した。
「屋上から見る、ねえ……」
落下防止用の柵に手を置き、レンは眼下に広がる景色を眺めた。
その、天使化によって強化された目を細め、望遠鏡のごとく視力でもって、見える範囲全てをくまなく確認する。
結果はレンが抱いていた通りだった。
「やっぱり……。この世界には俺たち以外、誰もいないみたいだな」
この世から消え失せてしまったような。
コピーされた世界に、放り込まれたような。
その、意味は全く違ってくるどちらもの感覚を、実際に確認したレンに与える。
「ってことは、どうすればいいんだよね?」
涙目で、震える声で幼女コアはレンに訊ねた。
レンはどうするべきか、考えてから――その白い頭に手をやり、ファサファサと撫でた。
「まあ、こうなってしまえば対応はだいたい絞られてくるわけだ。だから安心しろ、コア」
それに安心したのか、コアは涙を引っ込めて、いくらか落ち着いたようだった。
そのまま、ぺたんとその場にしゃがみこみながら、レンに聞く。
「お兄さん、これからどうするの?」
「どうするっつってもな……」
言って、レンは『エア』を発動した。コアと出会う前にしようとしたように、突風を空に向かって放つ。
しばらくしても空気が障壁に衝突しないとことを認識したレンは、どうやらこれが及んでいるのは範囲ではなく、世界だと知って、
「……救助を待つ」
そう言い、柵に体重を預けた。
ヴィンフォースなら――規格外にもほどがあるあいつなら、あるいはここまで来ることができるかもしれない。
そう思ったわけではない。
レンはもとより、救助が来るなぞとは思いすらしていなかった。
伊達に、手放しで誰かを頼るようなことはしない。
(どうせ、せいぜい一人で頑張れとか、そんなことを思ってるんだろうなあいつは。俺が攫われた、って言い方が正しいのかわからないが、そうなったところで、必死になるやつじゃない。だから俺はひとまずは、自分で何とかすることを考えねばいけない)
そういう思考回路だった。
過程は全く異なるものの、助けに来ることができないという共通点から言えば、概ねその通りだった。
さて、これからどう行動するか、そうレンが考えていると、コアがポツリと発言する。
「……お兄さんのお名前は?」
レンは首を巡らせて、コアを見る。コアは退屈を紛らわすというような、大して興味なさげな顔をしていた。
「……牙琉レンだ」
「そうなんだ。格好いい名前だね」
「どうだかな。ところでお前の名前。コア、だけじゃないんだろ?」
「うん。コア=ヴィル=シュライン。あんまり格好よくないよね、核なんて」
「そうか? 俺は俺よりそっちの方がいいと思うが」
そうかな、とコアは首を傾げた。
特に話のネタを持ち合わせていない、というか話す機会なんて最近まで皆無だったので何を話したらいいのかもわからないコミュニケーション能力なしの少年、牙琉レンは沈黙する。基本的に彼は話を振られないとしゃべらない人間だ。そもそも幼女と何を話したらいいかなど、レンにわかるわけがない。
それに耐えられなかったのか、再びコアが、話を開始する。
「それじゃあ、レンお兄さんはなんで今、風を起こしたの?」
「…………、別に俺は風を起こすことなんてできないが」
「ふーん、そうなんだ」
レンは『エア』によって突風を起こしたものの、だからといって必ず音がするわけではない。逆にコアが傍にいる手前、妙な仕草を起こしてはいけないと、意図的に隠蔽しての発動だったのだが、どうやらコアにはそれがわかってしまったらしい。
咄嗟に嘘をついたものの、わざわざ確認作業をしたコアを誤魔化せたとは思えなかった。
だから、レンは次なる行動に打って出る。
「なあ、コア」
「なに、レンお兄さん」
「お前――何をした?」
目の前の白い幼女に対しての、ただの脈絡のない問いかけ。しかし、もし心当たりがあるならば、反応を返すような、そんな言葉。
その言葉に、コアは無邪気に笑って答える。
「なんのこと?」
レンは目を細めた。
「とぼけるなよ。これがお前の仕業であろうことは、誰でもわかる。いい加減、正体を現せよこのペテン師が」
威圧するために、語気を強めて言った。
ここまで確信のあるように発言しているものの、レンにとって、目の前の白い幼女が犯人である可能性は半々だと考えていた。
犯人でない可能性は先の通りだが、犯人である可能性、これは消去法としか言えまい。
二人いる。事件がある。一人がこの犯人でなければ、もう一人が犯人である。この、単純明快な暴論による答えの導き出しだ。
とはいえ、結果的に言うのならば、この程度の発想の飛躍はむしろ、僥倖だったと言えるだろう。
「……あはは。レンお兄さん、慎重に事を進めすぎだよ。そう、少しでも思ったのなら、その瞬間に首を撥ねておくのが手っ取り早いのに」
「……やっぱりか」
心の中で的中していたことに安堵しつつ――実のところ、こんな強い言い方では、向こうが幼女らしく泣き出すのではないかとヒヤヒヤしていた――コアから距離を取る。
「それにしても――お前、いったい何者なんだ? まさか天界の、やつなのか?」
「その通り、その通りだよお兄さん。こっちは正真正銘、天界生まれ天界育ちの純正天使だよ」
ニヤリ、と。
先ほどまでしていた幼女の仮面はなくなり、あまりにも不釣り合いな妖艶な笑みを、コアは浮かべた。
だが、レンにはまだ疑問だった。完全と完璧からなる天界の住人だとするのなら、ここまで未成熟、未完成な姿はおかしいのではないか、という疑念だ。
しかしながら、彼にそんなことをゆっくり考える時間はない。
天界の者だとわかれば即行動に移すのみ。
レンは半ば反射的に、『エア』で空気の槍を作り出し、勢いよくコアに飛ばした。
それなのに、コアは動じる様子もなく、
「あは」
と右手を差し出しただけだった。
その右手と、空気の槍がぶつかったかと思うと、
霧散した。
結界を張られたという感覚はない。
今のは、
(槍がひとりでにぶっ壊れた……?)
相殺、ではなく。
無効化、のような。
いや、これは――破壊、と言うべきなのかもしれない。
とにかく隙を作るのはまずい、とレンは続けて竜巻を脳内で構築する。
――が。
「……な」
竜巻が、起こらない。
バリィィィイイイン……と構築したはずの現象が、発動に移し外界へと影響をもたらそうとしたところで、木っ端微塵に破壊されたのだ。
レンの使う魔術における、イメージのそのものの破壊。
これは現象の無効化よりも、タチが悪い。
再三に渡り『エア』の発動を試みるが、構築したものを形にする段階で、必ず妨害が入り、実現することができない。
「なんだ、これは……」
初めての感覚に、レンは意図もせず怯んでしまう。
怯むことで、そこに間隙が生まれる。
果たしてそこを見逃すものが、どこにいるだろうか。
「おしまい」
いつしかコアは様子を変えていた。
その幼い白い姿はそのままに、純白の翼を背中にたたえている。いや、純白というとナルミの持つ翼との語弊があるかもしれない。
少しでも何かと混じれば、すぐに極彩色になってしまうような、そんな透き通る白。
その翼を残像が残るほどの速さで横に一閃し、
「ばいばい、お兄さん」
遅れて。
レンの身体が、真っ二つに両断された。




