3-9.開始
「ふふふ」
愉快に笑う声があった。
子供のようにはしゃぐ、そんな声が。
その声音を裏切らず、声の主は小柄の幼女のような体型だった。
まだ、成長途中で、不完全。過程の最中であるのがわかる矮小な体躯。
その幼女の姿で特筆すべきことと言えば、とにかく色がない、ということだろうか。
そこだけ修正液を零してしまったかのような、
そこだけ色を塗るのを忘れてしまったかのような、
純粋な白さ。
髪も肌も、そして瞳でさえも。
しかし、そこまで白い彼女は、それなのに決して目立つことがなかった。
道を通り過ぎる通行人も、不自然に白い彼女を振り返ることはない。
それは彼女が、超自然的にその場に溶け込んでいるからにほかならない。
調和している。いや、調和し切っている。
それゆえに、誰も彼女を不思議がることはないし、むしろそれが普通で平常通りであるかのような、そんな感情を、彼女のことを見るものには思わせていた。
心の底から楽しそうに鼻歌までさえずりながら、白色は微笑する。
「ふんふん、ちょうど良かったんだよね。お祭りの最中はわいわいしてるから、何が起こったところで不思議なことは何にもない」
見事に装飾されたアーチをくぐり、中へと入った彼女は、周りの風景を流し見しつつ、これからの行動を考えた。
「どうしよっか。まあまずは探さなきゃ話は始まらないんだけど……」
彼女が何も持っていない開いた手を握りしめ、もう一度開くと、どんなトリックか数枚の百円玉が出現する。
どれも本物のようで、本物としか表現しようのないものだ。
「適当に回ってたらいつかは会えるんだよね」
近くにあったたこ焼きの屋台で持っている百円玉を使い、品物を買ってから、彼女は校舎へと足を向ける。
売り子の面々は、その白さには特に気にした様子もなく、幼い子供を見る穏やかな笑みを向けていた。
何もおかしなことはないというように。
彼女は早速買ったたこ焼きを一つ、口に含んでみる。
「……まず」
誰にも、なんとも思われない超然。
不確定がすぎる因子が、この場に紛れ込む。
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「って、シフトって開幕の一時間かよ」
レンは制服の上からエプロンを身につけながら、今日に遅すぎるながら気づいたことを口にしていた。
ヴィンフォースやナツメと同じ時間帯ということを確認しただけで満足してしまい、結局それが何時なのか、確認すらしていなかったのだ。
「まあその分終わったら楽ってことか……」
そう自分に言い聞かせて、レンは気持ちを入れ替える。
レンたちのクラスがやる喫茶店では、喫茶店らしからずお好み焼きや焼きそばがメインのメニューである。そっちの方が作りやすい、というのが主な理由らしいが……。
「そっちの方が失敗した時に大惨事になりそうだよな……」
得体の知れない具材の入った料理になったり、焼きすぎて真っ黒な炭になったり。挙句の果てに大火事になったり。
どれも漫画のような出来事だが、ヴィンフォースならやりかねないとレンは考えた。
「そんじゃ、まだあいつらが着替えてるうちにできることをやるか」
まだ始まるまでは余裕があるが、早くやるに越したことはないだろう。
レンは簡易的に作られた台所で、お好み焼きのためのキャベツを千切りにし始めた。
「え、牙琉君って普通に料理できる人?」
淡々と作業をしていたレンに、ふとこんな声がかかった。
レンが包丁を止め、振り返ると暇を持て余していそうな男子が物珍しそうにレンの手もとを見ていた。たしか、大人しそうで人畜無害そうな人間だった気がする。たしか名前は山田タカシだったか。
一通りの確認を終えたレンは作業に戻りつつ、
「一応、できはする」
「へえ、すごいね。自分でごはん作ったりしてるの?」
「いや、進んで作ることはないな。それらしくやってるのは全部見よう見まねだ」
ごはんを作るシーンなんて飽きるほど見てきたし、ルンの手もとを見ていれば、なんとなくこうすればいいんだな、くらいのことはわかる。
要は飲み込みが早いのである。
切断が終わったキャベツをボウルに放り込みながら、レンは会話を続けることにした。自分から何か言わないと、なんとも言えない中途半端さで、沈黙が訪れる気がしたからだ。
「山田は料理苦手なのか?」
「あ、ごめん、苗字は田山」
「……すまん」
レンは今まで山田タカシだった認識を田山タカシに修正した。
気まずい空気が流れるように思えたが、田山がしゃべることによってそれは回避される。
「そうだね、クッキーらへんなら作れるけど、ちゃんとした料理はできないかな」
「クッキーって……ずいぶん女子力が高いな」
「女子力って、料理の上手さなんじゃないの?」
「それは嫁力じゃないか?」
「あっ、たしかにそうだ!」
そんな取り留めのない会話を取り交わしていると、更衣室のカーテンが取り払われた。
「お待たせしたね!」
ナツメの快活な声とともに着替え終わった女子たちが外へと出る。
「……ああそう」
特に感慨も持たずに、レンは次にお好み焼きのもとを溶かし始めた。
一方田山及びその場に居合わせた男子たちは、女子たちの格好に釘付けになっていた。
中でも注目の的はヴィンフォースだろう。
制服ではない、喫茶店に合った服装。メイド服をゴスロリ風に改良したもので、黒と白の色彩が、同じく黒と白でできているヴィンフォースにこれでもかとマッチしている。頭には白いレースのカチューシャを装着し、スカートはふわりと長く膝下まで隠している。そこから除く真っ黒なタイツは細いフォルムに曲線美を与えている。
何もかもが、完璧、完全に完成されていた。
だが、いくら完成されていたところで、レンには興味が皆無だった。
本当に女子に関心のない、救えない中二病野郎にどう可愛く着飾っても、色気で迫ったところで、意味はないのだ。
そして集中した視線なんて知ったことではないヴィンフォースは、着々と準備を進めるレンに近づいていく。
「おおレン、やっているな。どれ、わたしも加勢してやろう」
「やめろお前が加わったらどうなるのかわかったもんじゃねえ」
「それは一度試してみてから言うことだ」
ふん、と鼻で笑ったヴィンフォースはレンの制止に構わずコンロの火をつけ、上に載せたフライパンに油を引いた。
「ヴィン、マジで爆破オチとかやめろよ……」
「まあ、見ているがいいさ」
洒落にならない展開を危惧して少し距離を取るレン。
ヴィンフォースはまるで手慣れているような手つきで、フライパンの上に手をやり、どのくらい温まったのかを確認している。
「……それじゃあみんな、開店前にもうひと仕事しようか!」
そんな勤労な二人を目の当たりにして、音頭を取るようにナツメが大きな声を発する。
それに呼応して、
「「「おお!」」」
という声が息を揃えて放たれた。
龍焔ヶ丘高校、文化祭。
今ここに、スタートである。




