3-2.思わぬ収穫
と、いうレンの意思に反して、ナツメは中々帰ってこなかった。
「レン、わたしたちは今何待ちだ?」
「新谷なんだけど……帰ってくる気配ないな」
ナツメの出ていった戸口を見ながら、レンは残念そうに言った。これでは、何もやってない役立たずのレッテルを貼られるかもしれない。いや、既に貼られているかもしれない。
そんな時、思いもよらなかった助けの手が差し伸べられる。
「……二人とも、終わった?」
近くで作業をしていた女子の一人が、レンたちに話しかけてきたのだ。
この機を逃すわけにはいかないと、レンは元気よく応答する。
「うん。滞りなく」
「まあわたしの手にかかれば造作もないことだったな」
「それはよかった。じゃあ、次はこの色塗りして。結構細かいところがあるんだけど……」
「大丈夫、全然平気だから」
「大船に乗ったつもりで待っているといい」
「そう? ありがとう、お願いね」
そうして女子は作業に戻って行った。
とりあえず目の前に仕事があることに安堵しつつ、レンはヴィンフォースに目配せをして早速取りかかった。
そんな、微笑ましい様子を見て、今まさに帰ってきたナツメはホッと息をついた。
ナツメがレンと本格的に関わり始めたのは天使化が主な原因だが、それ以前からレン自体については気になってはいた。彼には、一人だけ別次元にでも存在しているような、そんな隔離感があったのだ。
それは本人が望んでやっているふうでもあったから、口出しするまでには至らなかったのだが……会話ができていたあたり、どうやら、本当に故意的に人との距離を置いていたらしい。
「なんでそんなことをするのか、あたしにはよくわからないけどね」
それに関しては確信を持って言える。
レンとナツメでは、価値観やらの考え方が違いすぎるのだ。
ナツメは学校中一人でいるなんて万に一つもありえないことだ。
これを機に人間関係の良さを知ってもらえたらいいな、とナツメは思いながら、教室には入らず踵を返した。
向かったのは、生徒会室。
ノックもろくにせずに、中に入る。
「ナルミちゃん、手伝いに来た……よ?」
クラスがなんの問題もなく順調に進んでいたので、自分は忙しそうにしているナルミの手助けをしようと赴いたのだが。
相変わらず校則を違反しているのではなかろうかという気崩しスタイルで、柔らかそうな生徒会長の椅子に座ってウトウトと船を漕いでいた。
生徒会にはメンバーがおらず、生徒会長だけがここにいる。これこそナルミが生徒会を私物と言った由縁なのだが、その分会長にかかる負担は大きくなる。
はずなのだが、目の前の生徒会長、裏の顔天使は、仕事なんてなんのそのという感じで居眠りにふけっている。
(うーん、この状況はやりづらいな……。こんな時に寝てるなんて、引っぱたいて起こしたい気分だけど、もしかしたら忙しすぎた疲れが今出てるのかもしれないんだよなあ……)
人を気遣う心のある者は、往々にして行動が取りにくいものである。
が。
「まあいっか。ナルミちゃんのことだし」
気遣わなくても平気な者に対してだけは、遠慮せずに行動できる。
ナルミの近くまで寄ったナツメは、腕を振り上げてから下ろし、スパコーン、という音を立てて頭をぶっ叩いた。
「んぬぁ!?」
睡眠時を襲われたショックからか、ナルミはビクッと飛び上がり、瞬時に部屋の隅へと移動した。頭上に天使の輪を浮かばせ、白い翼を広げてまさに臨戦態勢である。
「どれだけビックリしたの……」
やがて呆れてため息をつくナツメに気づくと、「なんだナツメちゃんか」と出してしまっていた天使の証を引っ込めた。
「もし来たのがあたしじゃなくて一般の生徒だったらどうするつもりだったの……?」
「殺ってたね」
「殺っちゃダメでしょ」
「冗談だよ。だってそもそもこんな起こし方、ナツメちゃん以外しないもん」
「わからないよ。牙琉くんやらヴィンフォースちゃんやらは絶対こうするね」
「それは言えてるけど、見せても平気だし」
気をつけてよね、睡眠時は人一倍敏感になってるんだから、となぜか起こされた身で文句をいうナルミだった。
色々と言いたかったナツメだったが、そこは頑張って堪えた。こちらが我慢しなければ、天使は子供のごとく次から次へと文句を言ってくるに違いない。
「……んで、ナツメちゃん、なんか用?」
「用、というかね……仕事が大変そうだったらヘルプしてあげようかなって思ってたんだけど」
「え、ほんと?」
「でも、要らなかったみたいだね。生徒会長様は居眠りまで始めちゃう暇っぷりだもんね」
「ああ、ちょっと待って!」
さてクラスに戻ろう、と扉に向かい始めたナツメを、ナルミは呼び止めた。
「今のはただの休憩時間。手伝ってくれるならお言葉に甘えるよ」
休憩時間というのはぜったいに嘘だな、とナツメは目を細めた。あのまま行けば、きっと帰る時まで寝ていたことだろう。
さすがにそれは口に出さず、ナツメはナルミに聞いた。
「そうは言っても、作業するようなことなくない?」
「これが色々とあるんだよねえ。主に紙との格闘が」
と言ってナルミは机から大束の紙を取り出した。
「はあ……なんで他のメンバー募集しなかったの? こういう時に困るじゃん」
その前に、生徒会という組織は去年まで、会長副会長、書記会計その他諸々でグループ行動していたのだが、ナルミが会長になるや否や、生徒会長の権限で一人にしてしまったのだ。
ナツメにはなんでそんなことをするのか、わけがわからなかったが、どうやら原因は彼女の生態にあるらしい。
「だって、どんなひょんなことからでも天使バレしたら洒落にならないじゃん」
「ええー、それって普通に気をつければ大丈夫じゃあ」
「そんなことないよ。メンバーがいたら今さっきみたいに本物天使になっちゃう」
「そういうところが不用心なんだよ……」
結局のところはナルミの自己管理下手が原因ということだ。
ナツメも実態は吸血鬼だが、人前で真の姿を見せたことは今まで一度もない。一般に信じられている吸血鬼の食事は血と言われているが、ナツメは人間と変わらない食事で事足りている。血といえばたまに家にストックされている血液を飲むくらいだ。
一緒に書類の整理をしながら、ナルミはナツメに聞いた。
「でさあ、私の見たことない侵略者ってやつ。実際勝てたらしいけど、どうなの、私たちでなんとかなりそう?」
話題に出るのはやはり直近のマラリスについてだ。
うーん、とナツメは思い悩むようにしながら答えた。
「運が良かった、っていう言葉が一番合うような感じだったよ。きっと何かの偶然一つでも足りなかったら負けてた」
「へえ、ナツメちゃんがそう言うのか。どんなものか見てみたかったところだけど、私の運が悪かったね。また一瞬だけ、魔力が衝突するのは感じ取ったけれど」
「前もだけど、ナルミちゃんの感知能力すごいね。結界が張られてたらしいのに」
「まあ一定以上の出力だと、どんな結界でも反応ら漏れ出ちゃうものなんだよ」
「ふうん……」
「それにしてもこの調子じゃあヴィンフォースちやんの協力は欠かせないってことだね。倒したそれって最弱なんでしょ?」
「うん、そう、なんだけど。ヴィンフォースちゃんが脅威じゃないのなら、排除しなくてもいいかなあ、なんて思ってきたんだよね」
「私としてもそれが一番いいけどね。万一ってのもあるから」
こういうところでは吸血鬼のナツメより、天使のナルミの方がキッチリとしていた。私情を挟まずに、義務は果たす。
それならそうと、ナツメには共有すべき点があることに気づいた。
「そうだ。向こうの侵略者っていうのは、魔力がそのまま活動力と繋がってるっぽいんだよ。だからね――」
このことは、魔力を吸収できる能力のあるナツメが一番天界のものに強く相性がいいという事実を示していた。
まさに必殺。確定で大打撃を与えられる天界キラー。
とっておきの切り札。
ヴィンフォースにそう思われていることなど、自分は雑魚な吸血鬼にしかすぎないと考えているナツメは知らない。




