2-16.平常のカムバック
「お兄ちゃん、学校遅刻するよ?」
「俺のことは気にしないでいいから、先に行け!」
「死亡フラグ立ててないで早くしなよ」
牙琉ルンはノックする手を止め、「じゃあ行ってくるからね」と自宅をあとにした。
時刻は八時、今から家を出ても、龍焔ヶ丘高校には間に合わないような時間帯である。
マラリスとの戦闘から――二時間あまり。
帰ってくるやいなや、レンは疲れがどっと出て爆睡を始めてしまった。
それが祟ってレンはついさっき起きたところだ。
バタバタと制服を着替えながら、レンは部屋の片隅にいる己の相棒に目をやった。
相棒の堕天使――ヴィンフォースはサクサクと音を立てながら棒菓子を口にしている。
「おい、お前もなんか動く素振りくらいは見せろよ」
これに不公平を感じたレンはそんなことを言ったが、言ったところで不公平が倍増するだけだった。
うむ、そうだな、わたしも準備しなければ、とヴィンフォースは指を弾く。
指が擦れ合い、接触して音を立てるのにシンクロして、ヴィンフォースの服装が制服へと変わっていた。
ご都合主義の理不尽暴力であった。
「もういいや、こいつはこういうやつだし……。よし、出るか」
レンはカバンを持って家から飛び出す。朝食は兄を思いやる健気な妹、ルンが適当な感じで、弁当とは別に詰めてくれていた。
できた妹だ、いや、できすぎていて怖い妹だ、なんて考えながらレンは走る。正確には走るふりをしながら相応のスピードで『フライ』を行使する。
「わたしは思うんだが、何も法定速度のようなものは守らなくてもいいと思うぞ。せっかく魔術というものを手に入れたのだから、使えるものは有効活用すべきだ」
ヴィンフォースは何も使わず走ってレンを追いかけながら、そんなことを言った。
「そんなことはできねえよ。力を持ってるからこそ、それはみだりには使わないんだ。これは何に関しても主人公の鉄則だ鉄則」
「しかし……本当に間に合わんぞ? いや、わたしはどうあったところで構わないのだが、学校というものは遅刻するかしないかによって、色々変わってくるのだろう?」
「どこから仕入れたんだよそんな情報。まあ俺も遅れたところでって感じだが、できるだけの努力はするつもりだ」
「それにしても……貴様の『フライ』、板につきすぎてむしろ不自然だな。知っている身からすると」
「そのために練習したんだろこのシンクロ芸。最近は俺も無意識になってるから地に足がつけないこと忘れそうになるんだよな」
話しながら、最寄り駅までたどり着いたが、電車を待っている暇はないのでそのまま折れ、線路沿いを走る。
見積もってあと八分。間に合わないこともないはずだ。
「……わたしが転送してやろうか? それなら貴様の良心も傷つかずに済む」
「ここまで来たならもういいだろ。というか転送ってそんな簡単なものなのか? お前魔力の無駄使いはこれから注意していくって言ってたじゃん」
「些細なものならば、わたしは無限に扱えるぞ。もともとの所有量が比じゃないからな」
「とか言いつつ、じゃあなんで普通に走ってんだよ」
「それはまだわたしが回復していないからだ」
「ああ、そうか。完全復活は明後日だったか」
「うむ。それまでわたしは平和な日々を享受させてもらうとするよ」
そのうちに、校門が見えてくる。
まだ開かれた校門に、今日は見知った顔があった。
制服をカジュアルに着た、金髪の少女。何もかも崩しているのに、妙に高貴な雰囲気を漂わせている彼女。
「あ、牙琉後輩にヴィンフォースちゃんじゃないか」
そんな正真正銘、生徒会長の座についている加玖ナルミは遅刻ギリギリの二人に手を振った。
「久々に顔を見た気がするな」
「うん、私も結構そっちのけにされてた気がする」
変な意気投合をしつつ、ナルミもレンたちの登校に同行する。本人いわく「遅刻がいないかの見回りだけど、まあ君たちで終わりだよね☆」とのことだ。生徒会はこんなので大丈夫なのかと他人事ながらも心配になるレンだった。
「……で、事と次第は」
「ナツメちゃんから聞いてるよー。なんか、大変だったみたいだね。私も例外なく大変だったけど」
「ああ、生徒会がなんとかって」
「そうそう。何せ行事が近いからね。とてもじゃないけど抜けられる状況じゃなかったよ。とはいえ、その戦い、私も混ざりたかったなあ」
「ずいぶん簡単に言ってくれるな……かなり苦戦を強いられたんだが」
「たはは。まあ私の初陣はまた次の機会に、ということで」
「たわけ。どうせたかが知れているだろ」
「まあねー」
ナルミは辛辣な言葉を受けたとは思えないほど気軽に言った。身の程なんて腐りきるほど知っているというような、そんな感じだった。
だからこその、能天気さ。
ある意味で、計り知れないと、レンは思った。
「じゃ、私は自分の教室に行くねー♪」
そう言ってナルミは踵を返した。
ここまで来れば、ひとまずは安心である。学校に間に合ったことに、レンは一息ついた。
そして、自分の教室にたどり着き、ドアを開けて中に入ると。
中身が派手な様相になっていた。壁は装飾され、絵が描かれているパネルが立てかけられている。
「これは……」
「あ、おはよう二人とも!」
呼びかける声に振り向くと、そこではナツメが平常通りに笑顔で挨拶をしていた。ついさっきまで戦闘をやっていたとは思えない平常さである。
だが、言ってしまえば今回のマラリス戦なんて言うのは、レンの一人踏ん張りがメインだったので、最後の仕上げをしただけのナツメが疲労していないのは当然とも言える。
「てっきり、遅れてくるか休むかだと思ってたから安心したよ」
「そこまでできるほど俺は肝が据わってない」
「なんだレン。遅刻するのがただ怖かっただけなのか。しょうもない男だ。もう少し気概を持てよ」
てっきり深い理由があるのだと深読みしすぎたヴィンフォースは、拍子抜けしたようにため息をついた。
「うるせえな……俺が俺である限りしょうがないんだよ。昨日のは単にやむを得なかったからだ」
「いやあ、それにしても本当に良かったなあ、ちょうど人手が足りなかったところなんだ」
「人手? 今日は授業じゃないのか?」
「うん。ちょうど今日から授業はないよ」
どういうことだ……? と首を捻るレンに、ナツメは装飾された教室を指さして示しながら言う。
「これだよこれ。この季節といってこれだったらあれしかないでしょ」
「難解な言い方はしないでいいから答えろ」
痺れを切らしたヴィンフォースが割り込んで言ったので、ナツメはつまらなそうにしながらも、素直に事実を述べた。
「もう、一週間とちょっとで文化祭なんだよ」




