2-15.一筋の光明
「う、うう……」
牙琉レンは失っていた意識を取り戻した。
どうやら歩いている誰かの上にいるらしく、ゆらゆらと身体が揺れる。
目を開けると、目の前には茶とブロンドを混ぜ合わせたような色の、ショートボブの髪があった。
レンはなんとなく自分の置かれている状況を理解し、今すぐにでも飛び降りたくなった。
「ああ、レン、起きたか」
横合いから声をかけられ振り返ると、そこにはヴィンフォースがいた。どことなく元気のなさそうだった体調も幾分か回復したようで、血色が良くなっていた。
「牙琉くん、大丈夫? 力尽きたみたいに倒れたけど」
「あ、ああ……?」
レンの記憶は混濁していた。マラリスに結界で吹っ飛ばされ、全身傷だらけになったところまでは覚えていたが、そこからが曖昧になっていた。
「あいつは……マラリスは、倒したのか」
「うん。牙琉くんのおかげでね」
「そうか……じゃあ、ここから下ろしてくれ」
かなり真剣に今の状態が嫌だった。女子に介抱されているとか、レンのプライド的に一生モノの恥である。
だがナツメはそれを無視し、しばらく歩き続けた。
その間に、ヴィンフォースがレンと問答する。
「レン、身体に力は入るか?」
「は? んなもん……入るに決まってるけど」
手始めに手を開閉したり、腕をブラブラとさせたりして、自らの無事を誇示するようにした。
「む……どういうことか」
「何がだよ」
「どうやらレンは記憶が飛んでいるようだが、貴様は最後、できる限りの力を放出して、マラリスを圧倒してから倒れた。それなら先日のわたし同様の有り様になっているのではないかと、懸念していたのだが……」
マラリスを圧倒して、との言葉にあの状況からそんなことが起こったなんて信じられなかったが、リミッターが外れでもしたのだろう、と記憶が飛んでいることも込みでそう判断した。
「ふうん……じゃあ単に、俺の魔力のリチャージが早いってことじゃないのか?」
「そう、なるのか……?」
ヴィンフォースはにわかには信じがたいながらも、冷静に分析をしてみる。
(たしかに、わたしはレンの魔力保有量を確認している。それがどれほどのものか、わかっていたはずなのだが……とてもじゃないが、あのマラリスとの攻防全てを加算すると、とうにレンの持つ魔力は上限を上回っていたはずだ。それはすなわち、レンが魔力を使用しながらも回復していたという、そういうことなのか?)
それならば、それを活用してしまえば半永久に魔術戦が行えてしまう。
もしかすると、あの膠着状態のまま戦いが続いていたなら、リソース切れで倒れていたのはマラリスになっていたかもしれない……。
「なら、おそらく支障はないな。ナツメ、下ろしていいぞ」
「うん」
ナツメはおぶっていたレンを下ろした。
レンは地面に足が触れる前に、『フライ』でわずかに浮く。これが使えることからも、レンに何ら問題がないということがわかる証拠だった。
「……で、今からどこに向かうんだ?」
「それは当然、帰るに決まっているだろう」
「じゃああたしも、牙琉くん平気そうだからいったん帰るね」
レンが平気だと確認すると、ナツメは手を振って去っていった。
「あー……今何時だ?」
「おおよそ午前六時頃だ」
「そうか……」
レンは自分の格好を見下ろした。
どこもかしこもボロボロで、傷口は塞がってはいるが血もところどころ滲んでいる。
「絶対、ルン起きてるよなあ……」
この状況を見たら、面倒なことになることは必至である。
「む。それなら」
レンの懸念を感じ取ったヴィンフォースは、パチン、と指を鳴らした。
すると、全身を洗浄したかのように、レンの身体全身から汚れが落ちた。
「これならなんともないだろう」
「いや、お前……」
「今のは企業秘密だ。どんな概念かは伏せておく」
「じゃなくて。お前、魔術を使っていいのかよ」
「大丈夫だ。こんなのは些細なこと」
「……なら、いいんだけどさ」
無理しているふうではなかったので、レンは胸を撫で下ろした。
「それにしても……案外勝てるもんなんだな天使って」
「ああ。わたしもここまで上手くいくとは正直思っていなかった。それも二人だけで。わたしは貴様らの評価を上方修正しなければならないだろう。しかし――今回は単純に、運が良かったゆえの結果とも言える」
ヴィンフォースらしからぬ褒め言葉に、レンはしっくり来なかったが、一応「サンキュー」と礼を言った。
それとともに、逆説的な後半部分が気になった。
「運が良かったって?」
「まあ、要因は色々とあるが……まず一つは、相手にするべき敵が単体だったということだな。これが複数だったら、そもそもこの作戦は機能しなかっただろう」
「……それは言えてるな」
今回のマラリスは単独だった。しかも、彼は防御に特化した天使だったため、拮抗した試合を演じることができたものの、もう一人、攻撃に特化した誰かがいたなら、数秒ともたずに終わっていただろう。
その点でいえば、マラリスは誰かと連携することによって力が増大する、サポート型の天使だったと言えよう。後衛で支援するからこそ、その力の真髄を発揮する。
それが、一人で前線に飛び出し、レンと衝突した。
後方支援型のタイプで実力があれほどなら、前線で仕事をするタイプが、どれほどの実力になってしまうのか。
考えるだけでゾッとする話だった。
「まあ、レンは心配しなくていい。何せ、わたしが復活するのだからな」
「あ、そっか」
そもそも、これはヴィンフォースの抱えた問題なのだ。今回役立たずだった当人のことを忘れていた。
そう、たしかにヴィンフォースが復帰するとなると話は変わってくる。力があまりない状態でも、あのマラリスを翻弄したのだ、彼女が序列十位に匹敵するということは疑うまでもあるまい。
そんな彼女は、腕を組んで思案しながら言う。
「しかし……わたしでさえ予想外だっただけに、対応が甘くなってしまったな。ふむ、向こう側からこちらに率先してくる輩もいなくはない、ということか」
「ああそうか、あいつは裏切りじみたことをしてこっちに来たんだったな」
「そうだ。だがまあ、結果的に序列十位の一人を削げたのは僥倖だ」
「あと、九人、か。道のりは長いな」
「……レン」
もう先のことを考え始めているレンに、ヴィンフォースは呼びかける。
「なんだ?」
「これから先、絶対にこの戦いは苛烈する。貴様も今回はなんとか無事だったが、次はこうはいかないぞ。死ぬかもしれない、ということも身をもって知っただろう」
ヴィンフォースは正面からレンを見据える。
何回になるかもわからない、最後通告、だった。
「それでもなお、わたしについてきてくれるか?」
しかし今回は、承諾を得ようとしているような、そんな問い方だった。
「何度言わせるんだ」
対してレンは、呆れ果てたような声を出した。
「俺はもうお前についていくって腹括ってるんだっての。そんなことで、気を使うなよ」
「……ふん、そういうと思っていたさ」
ヴィンフォースも、呆れ果てたようにため息をつく。
そして再確認する。
こいつは一生、自分の相棒だと。
そう、互いに言葉も交わさずに理解した。
「……だが今は、戻るとしよう」
二人は、いつの間にか家についていた。
中に入れば、いつもと同じ日常が待っている。
つかの間かもしれないが、確かにそこにある、日常。
「……そうだな。この上なく休みたい気分だし」
レンは大きく伸びをして、答えた。
そして彼らは帰っていく。
日常に帰るために。
しかし、これはまだまだ序章。
彼らの野望は、はるか先である。
堕天使と中二病。
いったい彼らは、どこにたどり着き何を思うのか。
それはまだ、誰にもわからない。




