2-10.相性とイマジン
「…………、」
マラリス=エガーデンは、黙ってしばらく三人を見下ろしていた。
標的のヴィンフォース以外に見知らぬ二人。まだ、状況を把握するのは難しい。
だが、一つだけわかるのは、今自分の魔術を相殺したのは、ヴィンフォースではなく、紛れもなくヴィンフォースを抱えている方の少年だと言うことだ。
しかし、マラリスは天界での知識しか保有していない。ヴィンフォースの言っていた仲間とやらは、デコイだと、マラリスは考えていた。そうでなくても序列十位の自分にとっては取るに足らない相手だと、考えていた。よって、相手にすべきはヴィンフォースのみだと考えていたのだが……。
概念を取り扱う天界式魔術の、しかも複合を使った。その程度でなければ、自分の技が相殺されるわけはないと、マラリス自身よくわかっていた。
ゆえに、全身に緊張を巡らせつつ、マラリスは初めて、ヴィンフォース以外のものと相対した。
「……何者だ」
マラリスの知識によれば、近頃天界から外に出たものはヴィンフォース、そして彼のしもべたちだけである。何周期も昔に、一度脱走事件があったとは言われているが……少なくとも、目の前の少年は天使ではないように思えた。
対して、少年――牙琉レンは、口の端を歪め言う。
「人間だよ。とある病気を抱えた――な」
「……人間」
マラリスにはわけがわからなかった。
彼は魔力を回復させるため隠密に行動をしていたが、何せ七十億もの個体を保有する惑星である、どこにいても人間というものは目にする。それが人間という名の種族とは思い至っていなかったが、レンの一言によって、人間が今まで見てきた有象無象たちのことを指していることは、容易に知ることができた。
だが――それだと、帳尻が合わない。
人間、マラリスが目にしてきたものたちは、誰もが誰も、虚弱で、救いようのない生き物のように思えて仕方がなかった。
なのに、この人間と名乗った少年は、それらとは異なっていた。
不本意だが、強い――それがマラリスの率直な感想だった。
レンは、抱えていたヴィンフォースを下ろし、いつでも戦えるように態勢を整える。
「おや、どうしたマラリス。随分と気勢が削がれているようだが。まさかこんなもので驚いているのか?」
ヴィンフォースが、心底嘲笑うように言う。
「以前貴様はわたしが仲間を作るのはおかしいと言ったな。しかしそれは勘違いだ。甚だしいな。わたしはな、マラリス――わざわざわたしが出る幕でないと、そう考えているんだよ」
「……っ!」
マラリスの気配が、先程とは比べ物にならぬほどにぐっと強くなる。
良く考えれば、前の接触でヴィンフォース自身が一度力を振るったという時点で、この言は全くの詭弁というのは窺い知れるが、さすがと言ったところか、ヴィンフォースは神経を逆なでする態度でもって、その矛盾をミスディレクションしたのだ。
「だから今回は、この人間、牙琉レンが貴様の相手をする。せいぜい奮闘するんだな」
といって、ヴィンフォースはレンの肩に手を置き、ボソリと一言「任せたぞ」と耳打ちした。
レンにとって、この一連の流れはいい迷惑であった。
「まったく……」
(何火をつけてるんだよこいつは。怒らせることは別に悪いことじゃない、むしろ冷静な判断力を欠かせることによって有利に進められるが、その代わり、行動の何もかもの攻撃力が倍増する。だから相手がどういう動きを取るかわかんないうちからやるのは得策じゃねえんだよ……)
フィクションのバトルの典型例について思いをめぐらせたあと、レンはため息をつく。状況が悪化したわけではないので、これがのちのちにどう働いてくるか、それは意識の外へ追いやっておくことにした。
それとは別に、マラリスの様子から、意図せずともレンの全身にも力が入った。
失敗が許されない戦い。
それが今、始まろうとしている。
それはやはりレンに、高揚感をもたらした。心臓が高鳴っているのは、何も臨戦態勢だから、と言うだけではあるまい。
どこまで行っても戦いは戦いであり、非現実は非現実なのだ。
それらの要素がレンの抱える中二病と直結し、心の安定がなされるとともに、過激なバトルをしたいという意欲さえ、湧いてきていた。
「んじゃまあ――」
レンは肘を曲げ、何か物体を持っているかのように手のひらを真上に向けると、愉快そうに笑んだ。
「先手必勝、開戦だぜ――!!」
その両腕を、大振りで振りながら素早くクロスさせる。
直後。
砂だけではなく、周辺の枯れ葉すらも巻き込む竜巻が発生した。
否――荒れ狂う大気の濁流という方が正しいかもしれない。
今や何よりも強固になった、壁にも似た大気が、マラリスを両側から挟み込むようにして襲いかかる。
正真正銘、レンが昨日習得したばかりの『エア』である。風圧を最大に、見えなくとも一定範囲の空気を圧縮し、破壊力を強化。逃れることができないように、包むような軌道を作り出す。
いとも簡単にやってのけているように見えるが、通常ここまでの微調整は並大抵ではなし得ない。
できることは知っていたヴィンフォースも、これにはもう一度驚かずにはいられない。
(やはり、レンを仲間にしたのは正解だったようだな。これならば、あるいは――)
ヴィンフォースが直々に魔術を施し埋め込んだことでレン自身を媒介として発動できるがゆえに――本人に要求される力は大きい。
自身の中で、現象を完成させなければ、外界に影響をもたらすことができないのだ。わかりやすく言えば、呪文や印などを通して直接的に発動させるのではなく、この次元と重なり合うようにして存在する異次元に現象を起こすことで、副次的にこの次元に効能をもたらす、というカラクリが必要となる。
異なる次元については、捉え方によって様々な種類があるが――レンに限っていえば、それは想像の中の世界である。
頭の中で描く空想を、現実のものとする。レンが行っているプロセスはこの通りである。
そして――レンは、その設計図とも言うべき空想を、実に精巧に、精密に組み上げ、文字通り『完成』させていた。
その結果、レンはこうして細やかな魔術を発動できるわけである。
そもそも、うちに溜め込むタイプの中二病だったのだ、こういった想像をすること自体、得意科目である。
特異的に――得意科目である。
だからこそ、レンにはありすぎるというくらいに魔術の適性があった。
あるいは、ヴィンフォースが発した弱いが強いというのはこのようなことを指していたのかもしれない。
そして。
「……チッ!」
そこまで完成された魔術を目の当たりにしたマラリスは、焦ったように舌打ちをした。
両手を広げ、迫る気体の壁に向ける。
瞬間。
ドゴォ……ッ! という迫力に満ちた音が響き、振動が空気を、地面を、震わせた。
レンはその防御行動を、結界の展開であると理解した。
「なるほど、そういう使い方もできるのか。……いや、そもそもそういう使い方をするものなのか」
渾身の力で放ったつもりだが、それで勝ったと思うレンではない。それほどに自分の力を過信してなどいない。一撃でつく勝負など、神の所業だ。そして何より――つまらない。
序列十位、マラリス=エガーデン。
その肩書きが伊達ではないことを、再認識した。
起源。序列十位の特権であるその能力は、レンの『エア』による暴風を受け止めた。
風が止むのと同時、結界にはピキピキと音を立てて亀裂が入っていき、まもなく破散した。
「危ない危ない。出力をもう少し下げてたらやられるところだったよ」
手をほぐすようにブラブラとさせつつ、マラリスは言った。
その顔に浮かぶのは、余裕。
強者だからこそできる、そんな表情だった。
「……ああ、そうかよ」
レンは、見た目こそ気丈に返したが、内心では冷や汗をかかずにはいられなかった。
圧倒的な格上。それが、今の攻防だけでありありとわかる。
それを受け止めた上で、なおもレンは引かない。
むしろ、歓迎する。
苦戦を強いられた方が――面白い。
「……はは」
いつしかレンは、笑い声まで発していた。
やっと立てたスタートライン。
今度は堕天使の相棒として。
やり直しなど効かない、本番に挑む。
「じゃあやろうか。ボクは容赦なんてしないよ」
「……望むところだ」
そうして。
今、それぞれの思惑をかけた戦いの火蓋が切って落とされた。




