2-9.本番のスタート
そして、時は満ちた。
翌日、まだ更けぬうちから、牙琉レンに新谷ナツメ、ヴィンフォース=シュバルゲンはマラリス=エガーデンと初めて会った公園へと出向いていた。
「そういや、よく考えてみたら今日も変わらず学校はあるんだよな……」
「いや牙琉くん、今さらだな」
「なんか最近、色々あったから高校生っていうことを忘れそうになるんだよな」
「本当に今さらだな。貴様はこうなることも織り込み済みで、こちらに足を突っ込んだのだろう?」
「まあ、そうなんだけど」
あの時と同じベンチに背負っていたヴィンフォースを降ろし、その隣に自分が腰掛け、レンは息をついた。定間隔で設置されている電灯が、ほのかにあたりを照らしている。
時刻は一時半。
「……こんな早くに来るのか? 俺はてっきり、今日が終わるくらいのタイミングだと思ってたんだが」
「マラリスの魔力消費度から考えて、今日で回復するのは間違いがない。そして、ヤツのことだから準備が整えばすぐに来る。となれば、このあたりが妥当だ」
「ふうん」
「で、手筈はわかっているな?」
レンの隣に座っているヴィンフォースは、ナツメに確認を取った。
「うん。……でも、初めて相手にするタイプの敵だから不安は残るかな」
「まあ、なるようになる」
腕を組み、ヴィンフォースは静かに頷いた。
「多少無茶をすれば、わたしがやれなくもないからな」
「そりゃ本末転倒だろ。お前を温存するために俺らが動いてるんだから」
「…………。あくまで、そうなることがあれば、の話だ」
「それならいいけど。結構ギリギリまで許容しろよ。ちょっと危なさそうだったから手を出すのはナシだからな」
「ああ。わかっているさ。しかし、レンはどうしてそう茨の道を進もうとする?」
ヴィンフォースからこんな問いが飛んでくるとは思わず、キョトンとしてしまったレンだったが、少々の思考時間を要して、こう答えた。
「そりゃ――その方が面白いから、じゃないか?」
「そうか。レンはそういうやつだったな」
「……なんでよ」
呆れて理解したヴィンフォースとは違い、ナツメは信じられないといった表情で、レンを見た。
「なんで、そんな考え方ができるの。ナルミちゃんと戦ったなら、こっちがどういうものか、わかってるんだよね。牙琉くんは怖くないの?」
「……まあ、ぶっちゃければ、怖さだって俺の中には存在してる」
「じゃあ、なおさらなんで――」
「ずっと、憧れてたんだよ。こういう舞台に。無為な日々じゃなくて、こんな非現実の出来事に」
「…………、」
ナツメにとっては、わけがわからない理屈だった。
吸血鬼という人外として、仕事でナツメも少なからず戦闘経験がある。それらは吸血鬼の地位からすれば簡単で、呆気ないものだったのだが、そんな余裕の心持ちは先日、吹き飛ぶことになった。
そう、ヴィンフォースの戦闘である。それを見たナツメは、自分など塵のような存在であることを痛感し、その矛先がこちらへ向けば、瞬く間に消されるであろうことを実感した。
ゆえに彼女が今持っている感情は――恐怖。
得体の知れないものと関わりを持つ、それはナツメにとって恐怖であり、恐怖以外の何ものでもなかった。
それを、この、目の前の少年は。
面白いから――などと、言う。
「頭のネジ外れてるんじゃないのかな。あたしは長らく人間の世界もそうじゃない世界も経験したけど、断然、何もない日常がいいよ。誰に聞いても、きっとそう答えるよ。こっちの方がいいなんて――どうかしてる」
「……かも、しれないな」
レンはナツメの言い分を聞き遂げると、ゆっくりと口を開いた。
「俺は普通じゃないよ。いつでもどこでもこの世界ではないものを望み続けていた、異常な人間だ。中二病――もう治ることはないだろうこの病は、俺の原動力だ。だからこそ俺は――受け入れるんだ。この非現実を。面白いっていう理由、それだけでな」
「……なんで、そんなことができるんだよお」
「諦めろナツメ。どう言ったところで、レンの意思が変わることはない」
なおも引き下がろうとするナツメに、ヴィンフォースが諭すように言った。
結局、明確な理由を知ることができなかったナツメは、視線を逸らした。
しかし、きっと、それだけなのだ。
壮大な大志を持った少年が、そのチャンスを目の当たりにして、掴み取った。
過程はどうあれ内容はどうあれ、それは、少年にとっては、たったこれだけの話なのだ。
中二病――ある種禁忌なそれを患うレンにとっては、これが当然の帰結であり、他の理由など存在しないのだ。
したがって、簡単でシンプルな理由であるからこそ、芯は強い。
「そんなわけだから、俺がやばい目にあっても、心配も何もしなくていい。自業自得だ、なんて笑ってくれたって構わない。俺は俺が決めたことを、やるだけだから」
「……それはフリかな。大丈夫大丈夫って言っといて実は気にして欲しいっていうアピールかな」
「いや、そんな意図はなかったんだが」
「いいよ。存分に笑ってあげる」
ナツメは振り返り、レンの方を見た。
その顔には、どこか吹っ切ったような、笑顔が浮かんでいた。
「で、そうしたあとで、助けに行くよ。あたしは誰にも優しい幼なじみ的存在、新谷ナツメでいなくちゃいけないからね」
「……なんだそりゃ。キャラ付けがなんか強引だよな、お前」
「女の子には色々あるんだよ」
はあ、と首を傾げるレンに、ナツメは可笑しそうに微笑む。
それを見届けて、一区切りついたと感じたヴィンフォースは口を開いて呼びかけた。
「レン、ナツメ、準備はいいか?」
「ああ」
「うん」
レンは立ち上がり、ナツメは居住まいを正して、頷いた。
「わたしたちをピンポイントで襲ってきたあたり、向こうに居場所は特定されているだろうが、完璧に呼び込むためにわたしの魔力を少し放出する。おそらく、その瞬間からマラリスはここに飛び込んでくるだろう。気を抜くなよ」
「言われなくても」
「わかってるよ」
「……よろしい。では、始めるぞ。臨戦態勢を整えろ」
レンとナツメの身体に緊張が走ったところでヴィンフォースは目を閉じ、瞑想する。
瞬間、ヴィンフォースの存在感が桁違いに増したのを、二人は肌で感じ取る。
圧倒的な威圧感。
そして、程なくして変化は訪れた。
遠くから、星のようなものがキラと煌めいたかと思えば、それが、帯を引いてヴィンフォースたちのいる公園へと猛スピードで迫ったのだ。
レンはそれが前回の光の矢だと気づいた。
理解を済ませると、すぐに行動を起こす。ヴィンフォースを抱え、予想着弾点から逃れたのだ。ナツメも同じようにして、その場から立ち退いた。
ほんの挨拶がわり。
そう言わんばかりの一撃は、軌道を変更することなく、誰もいなくなった地面に突き刺さった。
光の矢はその後爆発し、決して小さくないクレーターを作るに至った。
加えて、砂煙。
爆発に際し巻き上げられた砂は、あっという間に公園内の敷地を覆い尽くした。
この前と同じ手法。
しかし。
「対策は……ある!」
レンが叫ぶと同時、公園一帯に、真下への下降気流が起こる。突風のレベルであるその風は、空中に停滞しようとした砂粒を、容赦なく地面に叩きつけた。
「……な」
そのような驚いた声が、公園中央の空中で発せられた。
それは、仕掛けた砂煙を打ち消されたことに対する驚きではないだろう。
打ち消したのが、ヴィンフォースではない。そのことに、驚いているのだ。
初撃、マラリスの有利な場作りを阻止したレンは、会心の手応えを感じながら、相対する敵をしかと見た。
そして。
開戦を告げる号声を上げる。
「お前の敵はこの俺だ、マラリス=エガーデン!!」




