2-7.人間もどきのバディ
ギィ、と。
もったいぶるようにして、牙琉家のドアが開かれた。
警戒心を露わに、顔を出したのはレンだ。
レンは来客の姿を確認すると、安心したように一息ついた。
「……なんだ、新谷だったか」
「なにその反応。せっかくお見舞いに来てあげたのに」
どこか軽く見るような物言いに頬を膨らませたナツメだったが、ここで不機嫌になっても意味はないと考えを改める。
「すまん、少し込み入っててな」
「そんなのわかるよ。牙琉くんとヴィンフォースちゃんが学校休むとか尋常じゃないほど込み入ってるでしょ」
「……とにかく、わけは中で話そう」
レンはドアを可動域ギリギリまで開けて、門前に立つナツメに入室を勧めた。
「うん。お邪魔するね」
ナツメは一度入ったことがあるからか、遠慮もそこそこに家の中へと足を踏み入れた。
続けて、レンもドアを閉めつつ、あとに続いた。
「今日は俺の部屋だ」
リビングへ直行しようとしたナツメを呼び止め、レンは階段を指し示した。
「え、部屋?」
「そうだ。何せ話をすべきもう一人がそこにいるんだからな」
「ああ……ヴィンフォースちゃんね」
腑に落ちたように、ナツメは階段を登り始めた。相変わらず、勝手知ったるというような様子だった。
いつからお前の家になったんだよ、とレンは心の中でツッコミを入れつつ、ナツメの後ろについた。
部屋の中には、一目見て、誰もいなかった。
レンは堕天使の臆病さというか注意深さに感心しながら、
「ヴィン。不測の事態じゃないから安心しろ。来たのは新谷だった」
「……そうか。それならよかった」
と、ベッドの中から声を出したヴィンフォースは、のそりのそりと顔を出す。
レンは「適当なところに座ってくれ」とナツメに言い、自分は勉強机の椅子に座った。
ナツメはレンの座った椅子の他に腰掛けるところを一通り探したが、それはベッドくらいのものだった。そしてベッドはヴィンフォースが占領している。
「…………、」
消去法で、ナツメはその場に横座りで座ることとなった。
「……で、どうして二人は今日休んだのかな?」
「昨日色々とあったのと、明日への準備、といったところか」
「……昨日」
ナツメはその単語に、ナルミの提供した情報を思い出した。
一瞬の、膨大な魔力の衝突。
そんなものはヴィンフォースの仕業だろうと、ナツメ自身、薄々勘づいてはいたが、それに関して、この二人には何か差し迫ったものを感じた。
「ああ。わけは話すけど……今日生徒会長は?」
「ナルミちゃん、生徒会は私物とか言ってたけれど、実情としてはかなり忙しかったりするんだよ」
「ふうん、そういうものなのか。まあ、良しとしよう。最初は俺一人でやるつもりだったんだけどな」
「レン。それはさすがに無謀すぎるぞ」
「なんだよ。やってみなくちゃわからんだろ」
レンはムッとして言い返したが、今はそれどころではないと思い直す。
「ともかく、昨日のことだ。ヴィンフォースと俺は突然襲われて――」
そこから、レンは今に至るまでの経緯を抜け落ちなく話した。
もちろん、今のヴィンフォースの容態も、だ。
「……そうだったんだ。もう、二回目の刺客が」
神妙に頷くナツメの意識は、天界からの刺客ではなく、目の前の堕天使へと向いていた。
(ってことは、今なら難なくヴィンフォースちゃんを倒せるってことだよね……? 力を使いすぎてのガス欠か。それを誘うことができれば、あたしが勝てないこともないってことか……)
異端を排除するまたとない絶好のチャンスに、思わず手を動かしかけたが、すんでのところで思いとどまる。
(……いや、衝動的に動いちゃダメだ。先を見据えて行動を起こさないと。仮にここでヴィンフォースちゃんを倒せるとして、今回この世界に来たっていうマラリスを倒せる補償はない。牙琉くんは自分でなんとかしようという心意気だけど、絶対ってわけじゃないもん。それに、二回目で終わる確信もない。それなら、どんなのが来ても必ず拮抗できるであろう対抗馬としてヴィンフォースちゃんは必要だ)
ヴィンフォースがナツメに吹き込んだ、『天界がこちらの世界を乗っ取ろうとしている』という嘘は、ここに来てよく活きていた。
もっとも、ヴィンフォースは味方に後ろから刺されるようなことがないように、計算した上での発言なのだが。
堕天使は他人を信じることなどしないのだ。
……ごく一部の例外を除いて。
「んなわけで、俺は今からヴィンフォースにレベルアップさせてもらおうとしてたところなんだが……そこに新谷が現れたというわけだ」
「そういうことね。じゃああたしはお邪魔か」
大事な会議に水を差してしまったらしいと察したナツメは今日のところは引き上げようと立ち上がろうとしたところで、
「待て」
と、ヴィンフォースに呼び止められる。
「なに?」
「貴様もここに残るがいい。どちらにせよ衝突は明日だ。味方は多い方がいいだろう。それに、これを機にナツメにも強化を図って欲しいからな」
「……あたし?」
「言っただろう。わたしは動けない。だからこれは半ば、レンとナツメ任せの作戦だ。ナルミは合流できなさそうだから今回は貴様ら二人が肝だ」
「……うん。そこまでは、了解、なんだけど」
ナツメは頷きつつ、言いにくそうにポツリと零す。
「実際、あたしたちだけで勝つのは可能なのかなあって。あたしはヴィンフォースちゃんの実力を間近で見たけれど、あれと同レベルの相手なんて、勝てっこない気しかしないんだけど」
「安心しろ。わたしよりは遥かに弱い。とはいえ、苦戦を強いられるのは当然だな。しかし――決して勝てない、とは、一概には言えない。幸い、こちらは相手の傾向を知っていて、向こうは貴様らの情報など皆無だ。どちらが有利なのかは言うまでもあるまい」
確信のこもる口調で、ヴィンフォースは言い切った。
まるで、彼らを信頼しているように。
そして、彼らを勇気づけるように。
堕天使にとっての例外――
「まあ、新谷が味方につけば戦況が一気に変わってくるな。何せ、二対一だ」
「その意気なら、何も言うことはない」
堕天使は、牙琉レンに全幅の信頼を寄せているのだった。
信じているのだ。
レンの立ち位置――元人間で、経験の浅いところから鑑みても、それは過大評価とも言えようものなのに。
それは、危なかった命を助けてくれたことに対する期待感の表れなのかもしれない。
甘い。
言ってしまえば、ヴィンフォースはレンに対してだけ、特別に甘いのだった。
それがあるいは、何らかの根拠があってのことなのかもしれなかった。
「でさ、レベルアップって何? 戦って経験値を獲得しにでも行くの?」
ナツメが首をかしげてそう聞いた。
これにはレンが答える。
「いいや、そういうことじゃなく、新しい技を教えてもらうんだよ」
「新しい技。……ああ、魔術ってやつね」
ナツメ自身、吸血鬼の身体能力でほとんど事足りてしまうため、日頃あまり使う機会はないが、いくつかは習得している。
もっとも、この世界での、話だ。
「たぶん、新谷の言う魔術と俺らが認識してる魔術には齟齬が生じるから説明しておくぞ」
それに気づいたレンは、ナツメに天界式魔術の仕組みを大まかに説明した。
ナツメは難解そうに首を捻る。
「概念を、取り扱う……?」
「例としては、今レンが扱える『フライ』だな。これは自由自在に空を飛び回ることもできるが、対象は他のものにも変更できる。体重を軽くしたり、宙に浮くだけ――それこそ、気づかない程度の高さであってもな。つまりそれが『飛ぶ』という概念内で抽出できるものならば、現象を引き出せる、ということだな」
「ああ……なるほど?」
ナツメはわかったようでわからない、煮え切らない受け答えをした。
「……とにかく、実感してみるのが早いか」
言って、ヴィンフォースはレンに向き直る。
「レン。先ほどの続きと行こうか。複合へのステップアップだ」




