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其は誰が為の叛逆者 〜To break the world〜  作者: 貴乃翔
終焉を望むファーストアタック
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2-5.状況把握とワンセルフ

「よいしょ」


 声を発しながら、ヴィンフォースをベッドに横たえる。

 相変わらず、力なく仰向けになるヴィンフォース。

 完全に悪化していた。


「お前……本当に大丈夫なのか?」


「大事ではない。レンは心配性なのか?」


 身体をピクリとも動かさずに言うヴィンフォースに、安心して良いのかわからないレンである。


「……じゃあ、しゃべれるみたいではあるらしいから、色々と質問させてもらうぞ」


 今ではあまりにも情報が少なすぎる。ましてやレンに天界やらの知識はヴィンフォースからの又聞き程度しかない。


「いいだろう」


「まず、お前がマラリスって呼んでたあいつは何者だ? まあ、聞かなくても天界からの襲撃者なんだろうことはわかるけど」


「そこまでわかっているのならわざわざ説明するまでもない」


 肩を竦めるようなことを言って、しかし身体はまったく動いていないという奇妙な光景が広がった。


「マラリス、マラリス=エガーデンは天界のものだが、そんじょそこらの天使ではない。正真正銘、誰もが認めた序列十位だ」


「序列十位っていうと、前ヴィンが話した一筋縄で行かないっていうやつらか?」


「そうだ。少々厄介なやつらのうちの一人。その中でも最弱の天使だ」


「最弱っていうと大したことないように思えるが……それはお前基準の話だろ。実際問題、俺くらいを基準にした場合、どの程度差が開いているんだ?」


「そりゃあ低く見積もっても三倍は下らないが……いや」


 さらりとこれからにおいて問題なことを言いのけるヴィンフォースは、発言の途中で否定した。


「実際、どうなんだろうな……」


「なんでそこで疑問を持ち始めるんだよ。俺どんだけ弱い位置にいるんだ? もうそろそろ現実を教えてくれないと無謀なことを始めるかもしれないぞ。といって現実を受け止めきれずに無謀なことをするかもしれないが」


 ヴィンフォースのもったいぶった物言いに、レンは自虐を吐かずにはいられなかった。劣等生が教わっている教師に、チラッと本当のことを吹き込まれ、それが真実なのか疑心暗鬼になっているような状態なのである。最低を覚悟することによってできるだけ自分を傷つけないようにする自衛の常套手段の一つだ。


「そう卑屈になるなよ。たしかに貴様はナルミやナツメと比べれば最弱だが、だからといって最弱というわけではない」


「なんだその支離滅裂な矛盾言動は」


「弱いと弱いはイコールにならないということだ」


「……、……全くわからん」


「……もういい。とにかく貴様は多少傲慢に気を持っていればいいのだ。貴様にとってはそれが最善だ」


 いいようにはぐらかされた気がして、レンは問い詰めたい衝動に駆られたが、今はそんなことをやっている場合ではないだろうと思い直す。


「……で。今回の出現の理由だけど、お前も予期してなかった感じだったな。たしか、俺の知らない時に戦ってたやつらは、お前が手引きしてたんだったよな?」


「うむ。我ながら素晴らしい誘引だった」


「そこで調子に乗ったのが事の発端なんだがな……何回も掘り返したところで意味はないか。とりあえずまとめると、あのマラリスは自分からこっち側に来たってことで間違いはないな?」


「わたしの見立てでもそうだ。というか、それ以外でこちら側に来る要因なんてないだろ。だが、それはそれで不可思議なことが……」


 レンは状況整理のために本棚から自由ノートを取り出して、シャーペンを片手に「不可思議なこと?」と聞く。


「そう。不可思議……よりは不合理が正解なのか。おいレン、わたしは天界のことをどのように説明した?」


「えっと……完璧で完全。それ以外を許さない、みたいな感じの」


「概ね正解だ。さて、ではわたしはどういう境遇の末にここに存在しているのか」


「そりゃ、疎まれるのが逆に鬱陶しくなってそれを脱却するために……あ」


 レンは何か気づいたように、五十音の先頭の一文字を喉をついて出した。


「その通り。わたしはあちらにいるのが嫌になって、『全てを振り切って』ここまで来た。もちろんこれは向こうにとってはありえない、ありえてはいけないことだ。世界の外に出るなんてことは」


「だけど」


 その先のセリフを予測したように、レンがあとを引き継いだ。


「第二のありえないが、ありえている。それがマラリス=エガーデンであり、それが一番解せない一件ってわけか」


 ヴィンフォースに誘いをかけられた、それならばまだ理屈は通る。実際、ヴィンフォースと応戦した部隊は異常を正すために、そういう正当な理由を持ってこちら側に来たわけなのだから。

 しかし、今回の場合その理屈は通らない。向こうは確実に自分の意思で、ここまで足を運んでいる。完全まと完璧である世界に存在しているものならば決してありえないことなのに、だ。


(あの一件のおかげで、向こう側に色々と不具合が起こっているのか……?)


 もちろん、天界にいたものとして、堕天使はあの部隊がマラリスの管轄にあることは知っていた。

 だが、自分のしもべたちがやられた、『たったそれだけの理由で』こっちに来るということは、おそらくないだろうと思っていた。否、確信していた。

 天界のやつらは、全員が全員、そういうやつだからだ。

 やられてしまった? そうか、しかしそこでくたばってしまうなど完璧でなかったのだから全ては自己責任だ――それくらいは余裕で言いのける種類なのである。


(……あるいは、ほのめかされそそのかされた、とか)


 そんなことをいっても憶測だけで思考を進めるほど空虚なことはない。ヴィンフォースは進展しかけていると見せかけ空転気味だった考えを切り捨てた。


「代わりに一つ、言えることもある。今回やつは天界を半ば裏切るようなことをしている、誰も連れておらず、単独の可能性が限りなく高い」


「それは、確定だろうな。もし連れてたら初手から全勢力で襲いかかってくるだろ。その点でいえば、俺たちはツイていたのかもしれない」


 不幸中の幸い。まさに、その言葉通りの状況だった。

 ヴィンフォースの頭にはそれとは別に、悪運というワードが浮かんでいた。

 見放されているくせに見放されていない。そんな、矛盾だらけの論理。上手くことが運びそうなところで妨害を受け、弱っているところにダメ押しの一撃。何もかもが想定外のことなのに、裏を返してみると、最終的にはなんとかなっている。そこまでたどり着くのに必要のないはずだった犠牲を払ったというだけで。

 茨の道、だが行こうと思えば傷こそつくもののゴールまでたどり着ける、そんな嫌らしい道筋たらしめているのが、果たして悪運と言わずなんと言うのか。


「……そもそも運というもの自体嫌いなのだが」


「なんだ?」


「いや、気にするな独り言だ。ともかくも、単独であるならばわたしたちには――この表現は正しくないな――レンたちには、勝機が存在するということだ」


 この言い換えには、今回自分は使いものにならないということを暗に指していた。それはヴィンフォース自身が痛いほどわかっている。

 わかっているからこそ割り切るべきだというのが、彼女の流儀だ。


「いささか決定打に欠ける気がしなくもないが、おそらく三人でかかれば難しくない相手のはずだ」


「……おう」


「どうした、いきなり勢いが弱くなったが」


「……俺、結局あんまというかむしろ全く役に立ってない気がする」


「なんだ貴様、弱気か弱音か。だからそういうことを気にするなよ、元人間。どうせ貴様のことだ、一刻も早くわたしと対等にならなければ、だとかそんなことを思っているんだろう。無理だ。そんな一朝一夕でどうにかなる問題ではない。そもそも、スタートが人間なのだから仕方のない事だろう」


 慰めではなく、淡々と事実を述べているようだった。

 しかし、レンは『もし』を考えずにはいられない。


「けどな、もうちょい俺が成長するのが早かったら、今回こんなことにはならなかったかもしれない」


 くよくよ言い続けるレンに、さすがの堕天使も少し語調を強める。


「だからそういう仮定の話をやめろよ。腹が立ってくる。この際だから言うが、『これはわたしの問題だ』。そしてそれ以外ではない。レン、履き違えるなよ。貴様は好き好んで偶然にもわたしの事情に首を突っ込んでいるわけなのだから、そんな訳知り顔をされても困る」


 その通りだった。

 図星を突かれたレンは、ぐうと押し黙る。

 あまりに親しげにしていたので失念していたが、事実はそうなのだ。

 死にかけのところを冗談半分で契約をし、助けた。そこまではたしかに偶然で不可避な異常だった。

 だが、どうだろう。レンに引き返す道は多く残されていたではないか。

 例えば契約を破棄することができると知らされた時。

 例えば彼女の境遇について一通り話を聞き終わった時。

 例えばこの世界の天使、加玖ナルミに殺されかけた時。

 彼が異常の路線を辞退する機会は往々にして点在していた。

 それを、この中二病は、そのような異常に自ら進んで首を突っ込み続けていたのだ。

 普通ならば場違いこの上ない。

 そんな場所に、彼は踏み入れているのだ。


「でもな」


 それでも。

 牙琉レンという人間もどきは。

 そのことについて一切後悔をしないし、どんな結果が待ち受けていたとしても決して懲りない。

 世界が反転しても、彼は首を突っ込み続けるだろう。

 それが彼の『望むもの』だから。


「もう俺にとっては他人事じゃあないんだよ。既に、そんな問題は通り越してる。これはお前の問題なのかもしれない、でも同時に、俺の問題でもあるんだ。お前にとっては迷惑なのかもしれないが、俺は貫き続ける。何せそれが今の俺の――」


 正面からヴィンフォースを見つめ、芯のある声で、言い切る。



「――たった一つの、目的なんだからな」



「…………、」


 最初に通り過ぎたのは、何がこの少年をここまで妄信的にしているのか、という興味。思えばこの少年は、ヴィンフォースの血を取り入れて人間でなくなる前から、人間離れしていた感性を持っていた。

 彼は狂っているのか。それが彼の通常なのか。

 なぜ、ここまで執着したがる?

 だがその疑問も瞬時に霧散する。

 零れたのは笑み。力の入らない影響で表情筋は動かなかったが、心の中では確実に、ヴィンフォースは満面に笑んでいたことだろう。

 果たして彼女は気づいているだろうか。それが信頼できる仲間ができたという証拠だと言うことを。


「……いい心意気だなレン。感心した。よかろう、これから大いに巻き込んでやろうじゃないか。途中下車したいと言われても知らないからな」


「そんなこと言われなくても、最初からそのつもりだっての」


 レンはシニカルに笑んで答えた。


「まあ、そんなことを言うだろうとは思っていたさ」


 ふう、と呆れ混じりの嘆息をして。


「……今日はここまでにしないか。実を言うと、わたしはかなり疲れている。身体も動かせない状態なのにしゃべりすぎた。続きはまた明日にしよう」


 時刻はまだ四時にも差し掛かってはいなかったが、ヴィンフォース的には今からでも休養を取りたいところなのだろう。


「わかった。まだ聞くべきことはあるけど、明日にしておこう。でも――これだけは聞いておきたいんだが、今日のうちにもう一度マラリスなるものが襲撃に来る、なんて奇想天外な展開はありえるか?」


 そう、相手の動向が掴めない分、可能な範囲で万全を期しておくべきなのだ。

 しかし、対するヴィンフォースの答えは単純だった。


「ないな。おそらく可能性があるとすれば明後日あたりだろうか」


 妙に断定的だった。


「なんでそんなことが予測できる?」


「簡単なことだよ。完璧を追求するやつは、念を押すんだ。当てずっぽうみたいに何度もしつこくは来ない。それに、やつにはわたしのハッタリ――軽く本気を出したことが、わたしの状態を知らない向こうには効いていることだろうしな」


「……やっぱお前すげえな」


 あれは小康状態だったのにまどろっこしくなったからではなく、絶対的な力で退け、それを見せつけることによって立て直しに時間をかけさせる、そしてこちらの時間も確保するという周到な策の上に誕生した無茶だったのだ。まったく、堕天使の余念のない先見の明には頭が下がらない。


「今さらか。まあよかったよ、本音を言っても貴様がついてきてくれるようで。今回ばかりはわたしだけだと詰んでいた。まさか、他人を頼る羽目になるとは思わなかったがな」


 なんだか誇らしい気分になって、レンは続く言葉が口をついて出る。


「任せとけ」


「……ところで」


 と、ヴィンフォースは話題を区切るようにして言った。


「どうした?」


「……棒菓子をくれ」


「…………、」


 また何か重要な話をするのかと思いきやのこれである。レンは言葉を失ってぼうっとヴィンフォースを見つめていた。


「え、今?」


「それ以外に何があるんだ」


「いや、動けないんだから無理に食わなくても」


「貴様が食わせろ」


 どうやら、自分の身体が不自由であっても定時の食事は大事なようだ。

 全くわけがわからなかったが、きっとヴィンフォースは彼女なりに色々あるのだろう、とレンは納得することにして「少し待ってろ」と部屋の出口へ向かった。


「……ふむ」


 それを耳で捉えたヴィンフォースは、一言呟いた。


 ヴィンフォース御用達の棒菓子は、かなり多数のストックがしてあるのでまもなく見つかった。


「つか、あの状況で食べれんのか?」


 たしか毎度の食事では三本程度食べていたのだったか、とヴィンフォースの世にも奇妙な食事慣習を思い出して今回は何本取っていくべきか、と悩む。


「まあ、無難に三本持っていくか。少ないって言われたらまたここに来なきゃいけないし。多かったら俺が食べればいいだろ」


 我ながら合理的な思慮、とレンが一人悦に浸っていると、


「それ持ってったらヴィンさんに怒られちゃうよ」


 と、リビングのソファからこちらを振り返ってルンがそんなことを言った。


「大丈夫だ。これヴィンが食べるもんだから」


「え?」


 変な聞き返し方をされた。


「うん?」


「帰って来たのはドアの開閉音でわかったんだけど、本当に二人で入ってきてた?」


「まあ、そうだけど」


 そういえば直接部屋まで向かったのでヴィンフォースをおぶっているところは目撃されていないことを考えながらレンは頷いた。


「ふうん、それならいいけど……」


 聞き足りなさそうな顔で、けれどもルンはそれ以上何も聞かずソファに座り直し視線は手もとのスマートフォンへと戻った。

 腑に落ちないところはあったが、別に大したことではないのだろうと判断すると、レンは部屋に戻る。


「……ほら、持ってきたぞ」


「……ああご苦労」


 一時休憩でもしていたのか、薄く目を閉じていたヴィンフォースが目を開けてレンの姿を捉える。


「……では、それを口に入れてくれ」


「…………、」


 レンは三本の菓子をポイッとヴィンフォースの腹に投げ捨てた。少し、急すぎる要求に思考が混濁してしまっているようだ。


「わたしは今身体さえ動かせんのだが」


「……ああ、俺がやるってこと?」


「タイムラグが著しいな」


「でもさ、食わせるっつっても口にぶち込めばいい、なんてことはないだろ? そもそもお前しゃべることこそできてはいるけど、ほとんど顎動いてないし咀嚼も不可能なんじゃ?」


「まどろっこしい。貴様は黙ってわたしの口にぶち込めばいいのだ」


「…………いやあやっぱり俺心の底から看病イベントなんて望んでないんだなあ」


 ボソリ、とそんな愚痴にも似たことを呟いて。


「わかったよ。食べさせればいいんだろ」


「というか貴様が無関心すぎて今さらながら気づいてしまったのだが貴様、今わたしの身体を自由にできるまたとない絶好なチャンスに巡り会ってるよな。うわあわたしが寝ている間にまさぐられでもしたら大変だn――」


 茶化すように言うヴィンフォースのセリフの途中で、レンはピリピリと包装を破っていた棒菓子の一本をその口に突っ込む。


「ようしそこまで軽口が叩けるのなら十全だ。この分ならすぐに治りそうだな。あと言っとくとお前にそういう欲は湧かない。いや、俺が例外ってわけじゃなくて全般的にだ」


 完璧すぎる存在は、そういった対象から自ずと除外されていくものである。

 ヴィンフォースが口にくわえた菓子は、どういう原理か少しずつ彼女の口内に入っていった。全て入ってなお咀嚼しないということは、まさか丸呑みでもしているのだろうか?

 そんなことを考えつつ。レンは残りの二本も同様にして食べさせた。


「では休息を取るからわたしは寝るとする。また明日な」


 言うが早いか、ヴィンフォースは瞳を閉じて穏やかな寝息を立て始めた。

 それを横目で見つつ、決して邪な気持ちが微塵も湧かなかったことにそれみろと思いながら、レンは回転椅子に座った。

 ヴィンフォースが言うことが正しければ、次あのマラリスと相見えるのは明後日から先ということになる。


「明後日か……つまり明日が正念場ってことだな」


 レンは一人言葉を発しながら、机上のノートに今回の状況と、さらに整理するという意義も込めて天界の解説などを書き連ねていった。

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