2-2.反動とミッション
「なにい?」
ベッドの上で、レンはそんな素っ頓狂な声を上げた。
宣言通りに、レンの自室内。
そのベッドに並んで寝転がりながら、レンとヴィンフォースは話していた。
(ルンのやつ、なんで急によそよそしくなって部屋にこもったんだ?)
レンはナツメたちを見送った時から様子がおかしくなった妹のことを疑問に思いながら、ヴィンフォースの話を聞いていた。
そしてヴィンフォースの話はヴィンフォースの話で、結構な衝撃をレンに与えていた。
「待ってくれ、いったん整理させてもらう」
レンはベッドから這い出て、勉強机の回転する椅子に座ると、そのまま自分で回転し始めた。
数回回転してレンの三半規管が限界に近づき始めたところで動きを止め、ヴィンフォースに向き直る。
「なにい?」
……第一声と同じだった。
それから、ヴィンフォースが口走ったその事実を、そっくりそのままコピーしてペーストする。
「『ぶっちゃけ死にそう』って……冗談も大概にしとけよ」
「……。本当の事なのだがな」
「つってもさ……」
と、嘘を疑うレンの脳裏に断片的な情報がチラリと垣間見える。
そういえば、最近のヴィンフォースは力が抜けて、元気溌剌の真反対を行っていた気がする。
先ほどの、脱力しただるそうな動き然り。言うこともやることも、何もかも身が入っていなかった。
まさか、本当に死が近づいているのではあるまいか。
「お前……」
「大丈夫だ。少なくとも、レンの思うようなことにはなっていない」
横向きの体勢のまま、ヴィンフォースはトロンとした目をレンに向ける。よく考えてみれば、最近のヴィンフォースは表現するとするならば、熱があるようである。
もっとも、原因はちゃちな細菌ごときではないのだろうが。
「……わたしがこうなったのは他でもない。少し、調子に乗りすぎただけだ」
ふうふう、と妙に艶めかしい吐息をつきながら、ヴィンフォースは状況を説明する。
「先日、レンがナルミと戦ったな」
「ああ、うん、そうだけど」
「その時、わたしも天界の天使相手に戦闘を行っていたのだ」
「ふうん、なるほど……え?」
ナルミが張った結界のおかげか、そういった戦いの気配は感じられていなかった。そして同時並行でそんなことが行われていたこともレンはまだヴィンフォースから聞いていなかったのだった。
「おいおい、もう実行に移してたのか」
慎重派だと思っていた堕天使がかなりの大胆派だったことに驚きを覚えてレンは堕天使に言う。
「今回は雑魚だったから問題はなかった。問題だったのは……わたしだな」
「ずいぶん意味深だが……何かやらかしたのか?」
「ああ。とはいえ、影響はわたしにしか及ばんが。責任管理はしっかりしている。そこは安心してくれていい。さて、どこから話すべきか……」
そう思案するヴィンフォースを注意深く確認すると、漂白してしまったような白い頬にほんのり赤みがかっていた。ますます、熱という表現がふさわしくなっている。
「魔術、というのは前も話したし理解しているな?」
「うん。十分熟知してる」
「現象ではなく概念を取り扱うわたしの魔術だが、実は種類によってランクがある。複雑でかつ強力、そうなればなるほどランクが上がっていくわけだ」
「なるほど。……ちなみに、どんなふうにわけられるんだ?」
既知のゲームや物語の世界の情報で補填を終えると、レンはなんとなく尋ねてみる。
「下から、簡潔、重合、複合、起源、超越、究極。大まかにわければこんなところだ」
末期の中二病患者レンは次々と出てくる横文字の連なりに心の高鳴りを実感した。
「レンに施した『フライ』は簡潔に属するな」
「ふうん」
自分が使っているのが最弱の魔術だったことにガッカリしたが、逆にも考えてみればまだまだ強力な魔術は上に残っているわけである。そうすると、自分はもっと強くなれるのではないか。
それに希望を感じて思わずにへらと笑いが出そうになったが、表情に出るぎりぎりのところで抑える。そんな笑い方をしたら変質者認定である。そもそもレンという存在自体が変質者という仮説もある意味正しいように思えるが。
「レンが質問してくれたおかげでちょうどよく説明も終わったな。……言わずとも知れていると思うが、わたしは簡潔から究極までの魔術を不自由なく使えるわけだ」
「……おう」
こうして基準のようなものを置かれると、いかにヴィンフォースが突出した才能を持っているのかがわかる。
たしかにこいつの余裕そうな態度は自信過剰ではないのかもしれない、とレンは思った。
「そこで、だ。もちろん戦闘になったのだからわたしも当然魔術を行使するわけだ」
「むしろそっちで戦うのがメインみたいなところがあるもんな」
「うむ。正直に言うと、敵はだいたい百くらいの大所帯でな。わたしは対個人用ではなく、対集団用の魔術を使った」
「そうかそうか。全体攻撃とかいいもの持ってるなお前」
「……さっきからレンがなんのことを言っているのかはわからんが、まあいいだろう」
レンを推し量るような目で眺めて言いながら、ヴィンフォースは重たそうに身体を起こしベッドに腰かけた。
「……………………だ」
振り絞ってはっきりと断言するのかと思いきや、思いっきり小声で話した。
「なんて?」
「実は、使ってしまったのだ」
「なにを」
「究極級を」
「…………、」
レンは今までの会話を繋げるので数秒のラグを要した。
「つまり、ヴィンは最上級で最強級の魔術を行使して敵を蹂躙し殲滅したってわけか。大幅なオーバーキルのようにも思えるが、問題はそこじゃないか。でも、それがどうしたっていうんだ?」
「魔術のクラスは高いほど複雑になり強力にもなる。そしてそれに比例して増加するのが、負担だ」
「たしかに、そういう制約がなかったら誰もが必殺技を連発できるしな」
ヴィンフォースは頷いた。
頭痛でもするのだろうか、片手を側頭部に当てながら、白状した。
「その究極級の魔術を使ったことでわたしのリソースがほとんど根こそぎ持っていかれた」
彼女の『暗黒世界』はそれほどまでに強力で、それほどまでに負担が大きいのだった。
「……あー」
レンは腑に落ちたような、落ちなかったような微妙な心地を味わった。
今までの情報から推測混じりに今のヴィンフォースの現状を看破してみる。
「つまり……ヴィンはそのせいで魔力、マナとか正式な呼び方はわからないがそこらへんのエネルギーをほとんど使ってしまった。今お前が死にそうとかほざき出したのは、最近元気がなさげだったのは、力の使いすぎによる反動、と言ったところか」
「そうだ。やはり話がわかっていいなレンは」
ヴィンフォースは微笑した。
レンはそれに、心配そうな表情で返した。
「ってことは、お前今戦えないんじゃ?」
「……そうだが」
「え、どうするんだよ」
「エネルギーは時間が経てば復活する。だからレンは心配をしなくともいい」
「心配しなくていいんならなんで俺にこんなこと言ったんだよ?」
「…………、」
ヴィンフォースはだんまりを決め込んだ。その表情にはどこか言い出しにくいというような気まずげな雰囲気が出ていた。
そう、自身のプライドと戦っているかのような。
「なんかあるんなら言えよ。ここの連携不足で失敗でもしたら本末転倒だぞ」
このレンの言い分に、ヴィンフォースは少し吹っ切れたようだった。
屈辱に身を震わせながら、それでもしっかりと、もじもじして小声で言った。
今回、レンは耳を澄ませていたので聞き漏らしなく聞くことができた。
「……力が戻るまでの一定期間、わたしを、守ってほしい……」
という、向かうところ敵なしと思われた堕天使の願いを。
傲岸不遜の態度を取ってきたヴィンフォースは、てっきり笑われて馬鹿にされるとばかり思っていたが、全くそんなことはなかった。
無二の相棒は「やれやれ」といった調子でヴィンフォースに近づき、肩に手を置いてただ一言、こう言ったのだ。
「最初からそう言えってんだよ」
「…………、……ふ」
レンのその反応は理解不能であり、そしてまた最高に心地よかった。
こうしてヴィンフォースを認め、寄り添い、信頼しているのはどこを見てもレンが初めてだった。
初めてであり唯一。
そんな存在がいることに、ヴィンフォースは自然と口が綻んだのだった。
「まったく、しかしお前はいつも話を難しったらしく話すところがあるよな。今みたいにたった一言で済むことをさ」
「……そうだな。一つも取りこぼしのないように伝えようと心がけてしまうからかもしれない」
「本当にな」
レンはヴィンフォースの隣に腰かけ、そう呟くと、部屋の中を沈黙が支配した。
ものすごく、気まずかった。少なくともレンにとっては。
(どことなく、説教くさかったか? 思ったことを言っただけだけど、あの性格のヴィンだ、ガラスのハートに傷をつけたかもしれん)
自分の放ったセリフを振り返ってみて少し後悔する。人間関係の円滑化には多少はキツイことを言った方がいいがしかし、程度が過ぎたりタイミングが早いとむしろひび割れてしまう。と、人間関係なんて構築したことなんかない知ったかぶりの少年レンはそうだろうと根拠なく確信していた。
そうとは言っても、発した言葉が元に戻ることなどないし、やり直しなど効かないのだからそれは後悔であり後悔でしかないのである。
「……あ」
何かないかと気を紛らわすのも兼ねてあたりを見回していたレンは、その視界に文字盤と針で構成されているアナログなものを捉えた。
「もう、こんな時間じゃないか」
静寂を切り裂くように声を出し、顎でアナログな時計を指す。その時計は、長針も短針も、どちらも真上を示している。今日が終わり、今日が始まる時間だ。
「たしかに、いつの間にか時間が経っていたな」
「今日のところは寝ようぜ」
「……夜伽か?」
「…………、」
ここは普通ツッコミを入れるべきなのだろうが、ヴィンフォースは満更冗談でもないふうである。それ以前にそういえば夜伽はどんな意味だったか、と一人首を捻るレンだった。
「お、図星か。そうかそうか。そこまで添い寝がしたいのか。なら来るんだな」
なんて言ってヴィンフォースはベッドに横になり、どこか誘うようにして片手でカバーを上げた。
「…………、」
ここにきて牙琉レン、無駄知識の詰まった頭から夜伽の意味を抜き出した。
たしか、夜の密会……というかぶっちゃければエロ方面のことをするみたいなことだった気がする。本来の意味とは違うかもしれないが。
「……はあ」
やはりと言うべきか、そこまで思い至ってレンが行ったのはため息の一つを吹かす、ということだった。
「前も言ったけど、俺はそういう欲求は持ち合わせてないんだ。残念ながら。だからヴィンはこれまで通りリビングで寝てこいよ」
本気で無比までの美貌を持つ、完全無欠な美少女であり、それでいて美少女とも形容しがたい堕天使に添い寝を誘われるなど一生どころか何生に一度もないシチュエーションを目の当たりにしているにも関わらずのこの言動。
やはりレンには性欲どころか煩悩そのものが切除されてしまっているようだ、とヴィンフォースは結論づける。
ヴィンフォースがそのままベッドの中にいると、業を煮やしたのかレンが力ずくで追い出し、自分が中に入った。
「そんなことをしなくてもいいだろう。いいじゃないか一緒の寝床で寝るくらい」
唇を尖らせるヴィンフォースに、レンは細い目を向ける。
「なんなんだよ、急に色気づきやがって。お前、ただ俺をからかおうとしてるだけだろ」
「そんなことはない。相棒とスキンシップを取ってやろうと思ってみただけだ」
「ああそうかよ。結構だ。じゃあまた明日」
そう言って、レンはぷいと壁の方へと寝返りを打ってしまった。
さすがにこれで諦めてくれるだろうと高を括っていたレンだったが、今夜はそうではなかった。
もぞもぞと、背中のあたりに誰かが蠢いている感じがして、かと思えばぴとっと弾力性のある温かいものが背筋に触れる。
考えるまでもなく出る結論に、レンは振り返りもせず呆れたような声を出す。
「……今日はやけにしつこいな。お前らしくもない」
「……の方が、……から」
「あん?」
「こうしている方が、安心できるからだ」
「おいおい待て待て。たったそれだけの理由で? お前が?」
たしかに大半の力を使ってしまったということは言っていたが、安心できるからという理由だけでこうなっているとは、レンには到底思えなかった。
それを読み取ったのか、ヴィンフォースは「わかった、白状する。隠し事はなしにしよう」と観念したようなセリフを口にした。
「……こうしてレンと触れ合っていると、身体の火照りやだるさが自然、治まるのだ」
「ふーん……」
もしかしたら自分に血を分け与えたり、果てには翼を分け与えたりしたのが原因なのかもしれない、とレンは現実に即した判断をすると、それなら無理やり跳ね除けてやる必要だってないだろう、と結論を出す。
「それにしても貴様……とことん普通な体つきをしているな。わたしにとっては抱きとめやすくて大歓迎だが」
「ほっとけ」
何の気もなしに失礼なことを言い放ちやがった堕天使にレンは投げやりに応じ、今度こそ睡眠へ移行すべく瞳を閉じた。




