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前編

というわけで、思いついたお話をまた。

前作も同じオチを見たことがあるとか頂いたので、きっと何番煎じか分からない感じだとはおもいますけど。お付き合い頂ければ幸いです。

 ほぅ、とシャリル・ララリエル元公爵令嬢、現トゥラバス男爵夫人は悩まし気に息を吐きだした。

 目の前であられもない姿を披露する友人に心を痛めているのだ。

 憂いを帯びた眼差(まなざ)しをそっとその友人から外して、天を仰いで女神に祈る。


(その・・・お疲れだとは存じているのですけれど。(わたくし)、どうしたらいいのでしょうか、女神様。)


 目の前の友人、アシェリー王妃は飲み終えたティーカップを、ダンッ!とテーブルに荒々しく叩きつけ、にゅっと伸ばした御手でスコーンを鷲掴みにして口へと運んでいた。

 メイド達が噂していた、酒場で呑んだくれている下町の平民のおっさんとかいう存在を思い起こしてしまいそうだ。


 有り体に言うなら、アシェリー王妃は非常にヤサグレていらっしゃったのだ。


 悲し気に眉を寄せたシャリルは、黙って彼女のティーカップに新しい紅茶を注いだ。

 アシェリーはそれをぐぃっと一息に飲み干す。

 それから、「ぷはーっ。」と大きく息を吐きだした。


(先に人払いをしておいて、本当に良かったですわね。)


 今、この部屋にはシャリルとアシェリーの二人の姿しかない。

 急に訪れて来た時点で、ただならぬ様子だったアシェリーにシャリルが気を利かせて、メイド達を含め全員を部屋の外へと追いやっておいたからだ。


(あの時の判断は、今思っても英断でした。・・・本当に、こんな姿他人には見せられませんもの。)


 彼女の王妃としての威厳に関わってしまう。

 それに、女性としても、シャリルはそれを避けてあげたかった。


 シャリルの心配を他所(よそ)に、一息ついたアシェリーがガンガン!と机を叩く。


「だからっ、私のせいじゃないもんっ! 判る? 判るよね、シャリルっ!

 あの馬鹿旦那(ロクデナシ)共のせいでっ・・・ぁあっ、お母さんそんな子じゃないのっ! 違うのっ!お願いわかって!! 私の可愛い子供達っ!」


 突っ伏して叫ぶアシェリーに微笑んだまま、シャリルは彼女の為に新しい紅茶を注ぐ。

 手に掛かる重さにポットが空になった事を理解して、先に紅茶を淹れて適度に冷ましておいたポットと手早く交換する。

 余りに乱暴な飲み方を続ける友人に対するシャリルなりの気遣いだ。


(・・・本当に、どうしましょうかしら。)


「うぉぉぉんっ!」と今度は勇ましく泣き始めたアシェリーに、シャリルはもう一度小さくため息を吐いて天を仰いだ。



 ◇◇◇


 アシェリー・ロバル・エルティラ・メセルガ・ララリエル・アンラクス・エ・ラ・ハルティア・リガレス王妃殿下は、転生者だった。

 やたら長くなった名前から察する事も出来るだろうが、彼女は前世の知識をフル活用して、この乙女ゲー「夜に花咲く鳥籠に」の世界において、無事逆ハーエンドを”ざまぁ”されずに達成する事が出来た猛者でもある。


 エンディングから10年を経て、三男五女の子宝にも恵まれた彼女は、つい先日9人目のお子様を授かりエンドロールで語られたように子宝にも恵まれ、攻略キャラであった夫達の深い愛情を一身に受けた、誰もが羨む幸せな生活を送っていた。

 その充実した生活は、彼女の夫達の活力にもなり、帝国との絆まで深めたリガレス王国は目下、花咲く様な反映を誇っている。

 乙女の夢の全てを叶えたと言っても過言ではない成功だと、世間では噂されている程だ。


 そんなアシェリー王妃様は、現在ツカツカと足音も高らかに王宮の廊下を歩いていらっしゃった。


(っとに、あの馬鹿旦那(ロクデナシ)共ーーーーっ!! もーこーなったら、家出よ! 家出っ! 私ちょっと、実家に帰らせて頂きますっっ!!)


 アシェリーは口で、「ぷんぷんっ!」とか言っちゃうほどに怒っていた。

 前を通りがかったメイド達が、サッと彼女の為に道をあける。

 理由は大体知っていたのだ、メイド達も。むしろ憐れみを込めた表情で、アシェリーを見送っている。

 中にはハンカチを取り出して、「がんばって、王妃様っ。」とか声をかける者までいた。

 声援まで受けて、アシェリーの顔が耳まで真っ赤に染まる。

 彼女は足早に横を通り抜けて、城の駐車場へと急いだ。


(あーーーもーーーーーっっ! 恥ずかしいっ! えぇい、これもあの馬鹿旦那(ロクデナシ)共のせいだわっ、うがーっっ!!)


 アシェリーがこんなに怒っているのにも理由(わけ)がある。


 アシェリー、前世名綿引優菜(わたびきゆうな)は転生前は一般的な家庭に生まれたごく普通の女子大生だった。

 それに自分が、お腹を痛めて死ぬかと思いながら産んだ子達は、どの子も普通に可愛かった。

 だからアシェリーは、きゃいきゃいと笑う赤ん坊を見て、前世のお母さんみたいに愛情いっぱい注いで育てるんだ、と心に決めていた。


 この世界、貴族社会では余程の経済的事情でも無い限り、その行動は大変珍しく、アシェリーの行動は世話役としてつけられた乳母やメイド達を非常に驚かせた。

 前世のお母さん達と違い、王妃であるアシェリーは家事をする必要も、子作りに影響があるからと政務に顔を出す必要もなかった。

 そこで時間の有り余る彼女は、自ら子供達のオシメを取り換え、母乳を与え、あやしたりした。

 天気の良い日には、子供達を引き連れてお庭でピクニックだってやった。昼間は、旦那様そっちのけで、子供達に公平に、そして惜しみなく愛情を注いだのだ。


 それは8人目を産んだ後でも変わることなく、アシェリー付きの乳母やメイド達は彼女の姿を温かく見守ってくれる日々が続いた。


 ところが、旦那様である攻略キャラ達はそれが面白くなかったらしい。

 初めの数年は、「愛情深い良い行いだ。」と協力してくれていた彼らも、人数が増えるにつれ段々と子供達とアシェリーの間に割って入ってくるようになってきた。


 子供達と遊んでいると側に(はべ)って愛を囁き始める、とか。

 偶に、子供達と一緒に寝ようと部屋に行けば、旦那達が待っていて朝までお相手する事になる、とか。

 翌朝、ヘロヘロの状態で子供達に出会い、『お母様、昨日は一緒に寝てくれるって言ったのに。』とか悲しそうに言われた時には、洒落にならない罪悪感と怒りでアシェリーの胸は一杯になったものだ。

 他にも数え上げればキリがない。


 まぁ、当初はアシェリーもそんな旦那達の行動をある程度は容認していた。

「あーもぅ、ヤキモチとか仕方ないにゃぁ。」と、顔をだらしなく緩めた事もある。

 嫉妬するイケメンとか、彼女の好物なのだ。


 ただ、最近はソレが度を越してきていた。

 馬鹿旦那(ロクデナシ)共は、常に一人か二人はアシェリーにひっついてくる。

 結託してローテーションでも組んでいるのかしらないが、何処にでもついてくるのだ。

 それだけではない。

 子供達の目の前で、体をまさぐりだしたり、キスをせがんできたり、時にはそれ以上のコトを要求してきやがりだしていた。

 拒絶するとより燃え上がるのか、より激しくなる始末だ。

 馬鹿旦那(ロクデナシ)共の行為に耐えて顔を赤くしたアシュリーを心配する子供達に、優越感満載の眼差しまで向け始めて、お前はほんとに父親か、と怒鳴りたい。


(『大丈夫、バレない様に我慢して。』じゃねぇぇぇ! 馬鹿かっ! ミレルに『ママ、大丈夫? お熱あるの?』とか尋ねられた時は死ぬかと思ったわ!!

 何が、『ああ、少し心配だね。パパがお部屋に連れて行こう。』だっ! 死ねっ!!)


 アシェリーは「うがーっ!」と吠えた。

 尚、ミレルは5番目に生まれたお子さんで、本名ミレルディアと言う。

 アンラクス侯爵家待望の長子で、可愛らしく優しい男の子だ。

 父親である攻略キャラの様に、人に羞恥プレイを強要するような、陰険で冷徹な腹黒眼鏡にはならないで欲しいと、アシェリーお母さんは願っている。




 と、そんな心情をシャリルに語りつつ、アシェリーはクダを巻いていた。

 アシェリーの現在位置は、王都内にあるトゥラバス男爵邸の一室だ。


 実家ではないと?

 アシェリーのご実家のバートン男爵家は、村を三つばかり治めているだけのあまり裕福ではない方に分類される貴族家だ。シャリルのご実家のように、ポンと屋敷を一軒購入したり与えたりできるようなお家ではない。年始年末のパーティで、必要に迫られて止まる宿代ですら大変なのだ。

 アシェリーが王妃になった時に、王から王都に家を与えると言われた時も、維持費が辛いので無理ですとオブラートに包んで断っていた。


 なので、数年前よりマブダチになったとアシェリーが思っているシャリルのお家へ帰る事にしたのだ。

 シャリルには実に迷惑なコトだろう。


「・・・はぁ、皆様その、とても個性豊かでいらっしゃいましたからね。」

「そーなのよー! いや、判ってたんだけどさ? もーちょっと、こぅねぇ? あるじゃない?! 父親としてとか、大人としてとか!」


 吼えるアシェリーに、シャリルは困り顔だ。

 何と答えて良いのかわからない。

 第一、貴族でもそんな破廉恥なコトに耽る話等、聞いたこともない。

 シャリルの愛しの旦那様の世話を昔から務めているというメイドが、『そろそろこういった趣向などいかがです?』と渡してきた薄い趣味本ですら、そんな過激なコトは書いてなかった。

 その内容ですら、実践したら旦那様に、『すまないね、アレはちょっと、その色々と拗らせていてね? 君に迷惑をかけたようだ。』と優しく諭されたくらいだ。


「ええと、そうですわね・・・愛が深いというのも大変ですわ。」

「深いってレベルじゃないよーーっ! 重すぎるんじゃぁあああああ!!」


 無難だと投げた答えは、より深く何かを抉ってしまったらしい。

 シャリルは泣きたくなった。

 アシェリーがティーカップを持ったまま両手を天に突き上げて、また吼えている。

 幸い、中身は空で、彼女が紅茶を被る事はなかった。


「だいったい、妊娠初期にヤラかしてこようとするんじゃねぇぇ! 安定期に入るまでは耐えろよ! 馬鹿旦那(ロクデナシ)共っ! お腹の赤ちゃんに響くでしょーがっ!」

「ああ・・・ええと。」

「それに、この世界! 手も口も顔も簡単には洗えないだぞっ! 控えろ! 馬鹿ーーっ!!」

「・・・・・・。」


 あの方々は一体何をなさっているんでしょうね、とかシャリルは遠い目をした。


「サティにお鼻摘まんで、『ママ、臭い。』とか言われた時の私のショックが判るかっ、阿保ーーっ!!」


「うわぁぁんっ!」と突っ伏してアシェリーは机を叩く。

 ちなみに、サティは六番目のお子さんの愛称で、サティサウアというロバル子爵家の長女になる。

 最近よくお喋り出来るようになって、大奥様は大喜びらしい。


 シャリルの頬が引き攣った。

 旦那様にアレと呼ばれるメイドのおかげで、無駄に知識だけはあるのだ。地味にいくつか実践もして成果もあがっている。


「それは、その・・・あの方々も相変わらずでいらっしゃいますのね?」 


 学生時代からお変りがまったくないようで、とシャリルは苦笑いを浮かべる。


 学園でも彼らは、廊下で突然壁ドンして彼女の首筋にキス痕を残したり、教室の真ん中で愛を叫び出して濃厚なキスを周囲に見せつけたりと、過激な愛情表現を頻繁にしていた。

『これでお前は俺のモノだ。』と周囲に聞える様に告げる姿は、当時の女生徒達にも人気がありシャリルも良く耳にした。

 下級貴族の娘達なんか、率先して『なんでそんな事までご存知なのかしら?』と疑問に思う様な事まで詳しく教えてくれたりしていた。


(あの方々、独占欲の塊みたいな方達ばかりでしたものね・・・。)


 自分の、とは言い切れない子も混じっているが、自分達の子にまで嫉妬する程とは、流石にシャリルも思っていなかった。

 多分アシェリーも同じだろう。


「もーっ、ちゃんと愛してるって言ってるのに! てか、ほぼ毎夜、体で表現してんでしょーがっ! 昼間くらい子供達に譲りなさいよーーーっっ!!」


 何度目か分からない叫び声をあげるアシェリーに何とも言えない表情を帰しつつ、「おや?」とシャリルは首を傾げた。


(あらでも・・・そこまで分別無く行動される方々でしたかしら? アシュリーさんに嫌われる事などお望みでは無いでしょうに。)


 考えてもわからないので、シャリルはもぐもぐと茶菓子を口に詰め込んでいるアシェリーに尋ねてみた。


「アシェリーさん、少しお尋ねしても?

 最近と仰っていましたけど、具体的にはどれくらいの時期からその、その様に乱れた態度を皆さまお取りになられたのですか?」

「んー・・・、ラウラが産まれた後くらいだから。 大体2年くらい前?」


 ラウラとは第7子で、ラウラディース・ララリエル侯爵長女の愛称だ。

 待望の後継者に、シャリルも実家に盛大にお祝いを送った記憶がある。生まれなければ、シャリルの子が持っていかれる所だったので、トゥラバス家も大変喜んだのだ。


(・・・幼子ですか? あの方々は。まぁ、ライバルが常にいるのですから、成長なさいと言われても難しいかもしれませんわね。)


 シャリルはどっと疲れた気がする。

 要するに、彼らは子供達ばかりに愛情を注いでいると、アシェリーに不安を覚えたのだ。

 もしかしたら自分達はいらないと言われてしまうんじゃないかと、単に怯えていただけだ。

 多分、子供が一巡してそれぞれ自分の分身のような者が出来た事に、より強く焦りを感じた彼らは学生時代のロマンスに満ちた記憶を思い出し、そのまま実行に移したのだろう。


(それでも、自分の子供達までライバル視するなんて・・・まったく、愛情の質の違いなど理解出来るでしょうに。)


 危うくソレの一人と結婚させられる所だったシャリルは、茶菓子を頬張るアシェリーに深い同情を寄せた。彼女の旦那の一人に、自分の実の弟がいることは、もはや忘れたい。


 実際には、それ以外にも次の子を授かるのに家の格を持ち出さないという、彼らの中に暗黙のルールが築かれた為に激化したとかもあったりするのだが。

 残念ながら育ちの良いシャリルにも、栗鼠の様なほっぺになった面白顔のアシェリーにもわからない事だった。


「そう、ラウラ! 思い出した!

 シャリル、あんたのお家! お母さんもちょっとオカシイと思ったけど、弟もオカシイわよ?!」

「は? 一体何の事ですの?」


 ガバリと顔を起こしたアシェリーからの謎の中傷に、シャリルは戸惑う。

 だた、母がちょっとアレなのには、ほんの少しだけ同意していたりもする。


「お母さんの方はまぁ、おいといて・・・弟!

 あの子、ラウラをお風呂に入れてたら、いきなり乱入してきて『体洗うの僕も手伝ってあげる。』とか言いながら私の体しか洗おうとしないんだけどっ?!」

「・・・・・・あの?」

「魔法でお湯を操作して、私の邪魔した挙句にラウラ放置で襲い掛かってくることないでしょ?! 普通ーーっ! なんで、私の体にお湯の蛇みたいなの絡みつけるのよっ! お風呂ってのは、ラウラをぷかぷかお湯の上に浮かべる事じゃありませんっ!!」


 弟の特殊な趣味を暴露される姉の身にもなってほしい。

 シャリルは気力が一気に抜け落ちた気がした。


「あの、アシェリーさん? それは弟の趣味ですわよ?

 ララリエル公爵家にも、我がトゥラバン男爵家にも、そのような不埒な習慣などございませんわ。」

「嘘。・・・あの子、ララリエルの伝統だって言ってた。」

「弟には後で、ちょっとお手紙差し上げますわね。兎に角! ございませんわっ、そんなはしたない風習んてっ!」


 疑いの眼差しを向けてくるアシェリーに紅茶を注ぎつつ、シャリルはきっぱりと言い切った。


(あの子には、キツイお仕置きが必要ですわね。 家名に泥を塗るとは、お母さまにもお願いしておきましょう。)


 世相から少しだけズレている母ならばきっと喜んでやってくれるでしょう、とシャリルは弟の哀れな末路に・・・うん、何も祈らなかった。

 愛しい旦那様の耳にでもこの事が入ったら、どんな目で見られてしまう事か。

 むしろ泣くがいい。

 くらいの勢いで、シャリルは弟の不幸を願う。


(あぁでも、気になった旦那様に要求されてしまったら・・・それはそれで、新しい弟か妹が産まれてあの子達も喜ぶかもしれませんわね。)


 突然体をくねらせ始めたシャリルを、アシェリーは気の毒そうな目で生温かく眺めた。


「あーうん、やっぱりあんたの一族どっかオカシイと思う。」

「失礼ですわねっ?! そんな事仰るならお茶会はお開きという事にいたしますわよ?」

「まって、ごめんっ! 聞いて、お願い聞いてほしいの! とゆか、出来たらアドバイスプリーズっ!!」


 お茶セットを手に席を立とうとするシャリルにアシェリーは縋り付く。

 腕だけではなく、体ごと抱き着いて懇願する彼女に呆れた顔を見せ、シャリルはため息を吐きつつも席に座り直した。


(何というか、やはりここ数年でだいぶお疲れの様ですわよね。無理もありませんけど。)


 最近は彼女が幼く見えて仕方ないシャリルである。

 毎年ほぼ休みなく子を産んでいるのだ。

 子育ても乳母とメイドの助けがあるといえど、あの旦那様達をあしらいつつ、子供達にあれだけ愛情を注いて疲れない訳がない。


(いえ、彼女のことですから。あの困りものの旦那様達にも精一杯の愛情を差し出していそうですわ。)


 小さく縮こまるように紅茶を啜るアシェリーを、シャリルは優しく見つめた。


「それで、一体何にアドバイスを指しあげればよろしいのですか?」


 シェリルの言葉を聞いて、アシェリーの顔が喜びに綻ぶ。

 アシェリーはグッと身を乗り出してきた。


「あのね!」


 と、そこまで言ってアシェリーの顔が急に曇る。

 スッとシャリルから顔を逸らして、アシェリーが絞り出す様に呟いた。


「・・・うん、あのね。一昨日ね。

 娘達、メレウェルとルゥリシアがね・・・、『お母様、不潔っ。』て・・・私、嫌われちゃったよぉ。どーしよう、どーしたら良いかなぁ。」

 

 メレウェルは第1子でこの国、リガレス王国の第一王女となる娘だ。ルゥリシアは第2子で、隣国リガレス帝国の姫として見られている。

 10歳と9歳という、二人とも多感なお年頃の娘達だった。 


(まさか、直接見せたり・・・いえ、あの子達の目の前で始めたとかでしょうか? フォロー出来る気が(まった)くいたしませんわ。)


 とはいえ、しょんぼりと項垂れるアシェリーをそのままにも出来ず。

 とりあえずは原因を尋ねる事にした。


「それだけでは、その、なんとも。原因に何かお心当たりはありませんの?」

「・・・あの馬鹿旦那(ロクデナシ)共。」

「はぁ。」


 ぼそりと呟いたアシェリーは、ガンッ!とテーブルを叩いた。


「だから、あの馬鹿旦那(ロクデナシ)共が原因なのぉっ!

 あの子達に『どうしてお母様には7人もお父様がいらっしゃるの?』って尋ねられても、言葉を濁して誤魔化してたのに! よりにもよって、あの馬鹿旦那(ロクデナシ)共がっ!


『我らは皆、妻に心を奪われた虜囚なのだ。 全てを捨ててでも彼女に微笑みかけて貰いたいと願ってしまったからに決まっている。』


 とか、ドヤ顔で事細かに話してくれたの!

 そりゃ間違ってないわよ?! 確かに略奪愛でしたっ! でも、言い方ってあるじゃないーーっ!」


 フォローは無理かしら、と冷や汗を垂らすシャリルにアシェリーはまだ叫ぶ。


「それからっ、あの馬鹿旦那(ロクデナシ)共ってば、メレとルゥの前でやたらと体くっつけてくるしっ! 普通真っ最中に、『探してたから。』とか連れてくるっ?!

 只でさえあの子達の視線が厳しかったのに! 一昨日から顔も見てくれなくなっちゃったんだからぁぁああああ!!」


 ジャストタイミングで旦那二人と事後になった所を見られたと、アシェリーは突っ伏す。

 テーブルを叩き割る勢いで、ガツンガツン、ティーカップを叩きつけていた。

 無理もない。

 シャリルは同情を禁じえなかった。


(本当に、何してらっしゃるんですか? 学生や宮廷貴族共と同じ様に自分の子供達まで陥れるとは、やりすぎですわ。第一、アシェリーさんも怒るに決まってるじゃありませんの、本末転倒でしてよ。)


 相手の絶好調を最悪に。

 宮廷貴族の権力闘争における基本の考えである。


 シャリルは怒りを覚えた。

 馬鹿がお互いマウントを取り合うだけならまだしも、ちゃんと彼らの願望に応えて愛を捧げているアシェリーから、母の立場を奪おうと画策する性根は頂けない。

 同じく2児の母でもあるシャリルに、それは見過ごす事などできなかった。

 お灸を据えてやる必要がある。


 シャリルは立ち上がり、泣き伏すアシェリーの頭を優しく撫で始めた。


「ひぐっ・・・ぅっく、昨日だって、昨日だって。

 皆と遊ぼうとしたら、メレとルゥがつれていっちゃって・・・お母さんだって、お母さんだって子供の前でそんな事シたくないんだよぉっ!」


「うゎぁぁんっ!」とアシェリーは再び大声で泣きだす。

 シャリルは痛ましそうに目を伏せながら、優しく、優しくアシェリーを撫で続けた。

 


 


前編はここまで。

後編に続きます。

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