第十二話 ヤンキーとオタクとロックンロール
そして、待ちに待った運命の文化祭当日。
俺達は生徒会長に見つからない様に、メインステージである大ホールで自分の出番を待った。こっそりと他のバンドや吹奏楽部の演奏や演劇部や他クラスの劇を見るのは、思った以上に緊張した。
文化祭だけあって、色んな部や同好会が出演する。他のバンドを悪く言うつもりはないが、周りが学生だらけなのでそれ程自分達と実力に差がある様には思えない。技術的にはリンタや武士彦……というより、俺以外のメンバーは勝っているかもしれない。セミプロが混じっているので、当たり前と言えば当たり前だな。
だが、やはり初ライブという事や、失敗出来ないという重圧からか、どうしても緊張してしまった。
それでも時間は流れて、とうとう俺達の出番となった。
俺達はそれぞれ今日の為に用意されたという衣装に身を包み、幕の下りた舞台に上がる。
リンタはチェックのシャツをジーパンにインさせてバンダナという、旧キモオタファッション。
武士彦は侍の衣装というか、着物の和装。
早乙女はこのまま西洋の舞踏会に行けるのではないかと思ってしまうような、フリフリのドレス。
天霧はシンプルな赤のドレスだが、黒い髪が映えてとても似合っている。
そして、俺は執事服だが、キッチリとした服をワザと着くずした不良執事らしい。
統一感が全くないが、リンタが言うにはこれも演出の一部らしく、一目でこれから出し物があると分かる衣装の方がいいらしい。
そんな慣れない衣装を着ながら、ステージの幕が下りているので音を立てない様に、ガチガチになりながらも舞台に立つ。バンドメンバーの顔を見ると、皆も少しは緊張しているのに、それと同時にアイツらの顔からは、それでも何かに期待するようにワクワクしているのが伝わってきた。
普段はオロオロしたり、ブヒブヒ言ったり、「萌え~」とか言っている奴らなのに、正直それがとても頼もしく思えた。
嫌というほど見慣れたバンドメンバー達のそんな表情を見て、俺は何か吹っ切れた様な気がして、ニヤリと笑う。
笑えれば、後はもうこっちのものだ。
緊張し、手が震え、視界の狭まった自分はもういない。そうはっきりと実感できた。ギターをチェックする手も、立ち位置へ向かう足も、迷いがなく踏み出せる。
そうだ、昨日天霧と話したばかりだったな。
――これから始まるのは楽しい音楽の時間だ。
準備が完了し、舞台袖の協力者に合図を送る。それを見た協力者は、悪戯小僧の様にニヤリと笑い、舞台袖を降りて行った。
そして、幕が上がる。
――さぁ、楽しいライブの始まりだ。
*****
あのクソ生徒会長は、安心していたのだろう。何事もなく文化祭は終了し、厄介事は一週間前の出来事で片付いたと思っていたのだろう。
しかし、その思惑は外される。それは、一度は馬鹿にして、見下した者たち……つまり、俺達の手によって。
他のプログラムは終わり、全校生徒が集まれるこの大ホールに集まり、生徒会長の閉幕の挨拶で文化祭がつつがなく終わりを迎えるとも思われた……その時、下りていたステージの幕が上がり、壇上に現れる楽器を担いだ俺達。
そして、あらかじめ話を通していたこともあり、しっかりと音響も照明もスタッフの手配もばっちりだ。
「な、なぜだ?」
そして、知らないのは壇上で挨拶している生徒会長と、閉幕の挨拶を静かに聞いていた生徒達や父兄だ。俺は文化祭の終わりの挨拶をしていた間抜け面を晒した生徒会長と目が合い、奴の顔を見ながらニヤリと笑い、目の前にあるマイクに向かって大声で叫ぶ。
「残念だったな!クソ生徒会長!祭りはまだ終わってねぇぞぉ!!おいお前らぁ!まだまだ遊び足りねぇだろ?遊びたい奴はかかってこいよ!!」
俺の言葉が終わった瞬間。スティックのカウントとドラムの早乙女の「ワン、ツゥ」と叫ぶ声がし、一斉に各々の楽器を掻き鳴らし、リンタがマイクに向かって叫ぶ様に歌う。
初めから攻撃的な曲ではあるが、一発目からアニソンだ。
流石はキモオタの集まりだ。イントロを挟まずに、いきなり盛り上がるサビから始まり、常にアップテンポの曲。しかし、これはただのアニソンではない。
この曲は|誰もが一度は聞いた事がある《・・・・・・・・・・・・・》アニソンなのだから。
~~~~~
リンタが曲を決める時と、ゲリラライブを成功させるための演出について語っていたことが、頭の中を過る。
『いいかい秋津氏?こんな言い方はしたくないけど、全校生徒を大ホールに集めて、僕たちが完璧な演奏をしたからといっても全ての人が認めてくれる訳じゃないし、僕たちの演奏を聞いてくれる訳じゃないんだ。そこでどうすればいいかだけど、重要になるのは曲選びだったり、曲順だったり色々とあるけど……要は演出だね』
『……そうなのか?』
『そう演出はとても大事だお。演奏は勿論大事だけど、証明も衣装もライブ前に流れるSEも、全てはライブを盛り上げる為には必要な装置でもあるんだお。言葉は悪いけど、その装置を使って、ある程度こちらの意志でお客さんを操ってやればいいんだ』
『……なんかえぐいな』
『いや、これは必要な事だお?興味のない生徒を我々のお客さんにしなければならないからね。そして、僕たちはアニソンを中心としたバンドだ。普通なら敬遠されるかもしれないけど、実はこれはライブではとても強みになるんだお』
『ん?なんでだ?アニソンなんてオタク以外興味ねぇだろ?』
『違うんだなぁ~。それはね、日本人なら幼い頃に「アニメ」を必ずと言っていい確率で見るんだよ。不良の秋津氏も小さい頃は見てたでしょ?「ドラゴソボール」然り「トラえもん」然り「ジプリ映画」然り、ね?』
『おいおい。つー事は、一曲目ってのは……』
『そう、一曲目は「ジプリ映画の主題歌」で……しかも、攻撃的な「メロコアアレンジ」だお』
~~~~~
いきなり始まった俺達の演奏に何事かと戸惑う生徒たち。
しかし、その中には戸惑わずに「うおぉぉぉ!」と叫びながら、ステージ前にやってくる生徒たちもいる。これは予めこの計画を知っていたリンタたちの友達であり、協力してくれたオタクの生徒たちだ。俺達の演奏を心待ちにしていた連中でもあるし……言い方は悪いが、サクラともいえる。
だが、前に来る生徒はサクラだけではない。曲調は全く違うのに、どこかで聞いた事のある曲が演奏されているのだ。戸惑いながらも少しは興味が出てくる。
お祭り好きな奴、この曲を知っている奴、お調子者、ノリのいい奴、騒ぎ足りない奴ら、そんな連中はこの流れに逆らわず、直ぐに流れに乗り前に来る。
他にも、その生徒たちに釣られるように、他の生徒も手をつないで来る者や、嫌々ながらも引っ張られてくる者、両手を上げて叫びながら走る者、右手で行こうぜとクイクイっとジェスチャーする者、そんな生徒が次々に前にやってくる。
それだけでなく、曲が進むにつれて、初めは棒立ちだった生徒も、腕を組んで壁にもたれていた生徒も、肩を揺らしたり、リズムを取ったりと、徐々に興味を示してくれる。
ライブの前では分からなかったが、演奏が始まってから急に視界が広くなった様に感じる。
ステージ以外は暗いのに、スポットライトの当たる舞台の上からは、客の表情までよく見える。その客の顔が笑っている、楽しんでいる、それだけで俺の頬が緩み、演奏に力が入る。
――生徒が集まる間も演奏は続き、照明が曲に合わせた演出をして、音楽が人を魅了する。
そして、密封された空間にこれでもかと人が集まり、音楽が大音量で鳴り響き、熱狂した観客の空気がこの場を支配すれば――この会場はライブハウスと変わる。
ロックやパンクのバンドのライブハウスに行った人なら分かるかもしれないが、あそこは日常の中の非日常であり、現実ではあるが現実ではなく……そう、言い方を変えれば一種の『異世界』でもある。
隔離された空間で、心を揺さぶる刺激的な音楽、声を荒げ騒ぐ客に、音に乗って好き勝手に踊り狂う客。いつの間にか客も自分もテンションは天井知らずに上がり、観に来た客は年も性別も関係なく、皆同じものを愛する同士であり、仲間だ。勇気を出して話しかければ、直ぐに仲良くなれるだろう。ライブ中にこけたら金髪の厳つい兄ちゃんが引っ張って助けてくれる事だってある。その時はどんなに怖くても、しっかり笑顔で「ありがとう!」と大声で叫ぶんだ。
そんな異空間のライブハウスは大きな声で叫ぼうが、テンションが上がって肩を組んで一緒に歌おうが、意味もなくグルグル回ろうが、飛び跳ねようが何の問題はなく、ライブハウスの注意事項とマナーさえ守れば、なんなら愛を叫んだっていい。きっと、隣の奴もそのバンドへの愛を共に叫んでくれるだろう。
そして、ライブ特有のコール&レスポンス。バンドによってその形は異なるが、ライブハウスに来た観客はバンドメンバーの「騒げ」や「飛べ」などの煽りに忠実に反応してしまう。
その指示で飛び跳ねるのが楽しくてしょうがなく、その一体感が嬉しくなってしまい、己が心のままに拳を高く掲げ、指を天へと伸ばし声の限りに叫び、騒げるのが嬉しくて楽しくて体力の続く限り飛んでしまう。
体力が尽きても「まだまだイケんだろぉ!?」とヴォーカルに言われれば、限界を超えて拳を突き上げて「うおおぉぉ!!」叫んでしまう。
きっと、何も知らない人が迷い込めば、そこは新手の宗教か何かと間違えてしまう事もあるだろう。そんなおかしくて意味の分からない場所だ。
しかし、怖がることはない。ライブハウスはそんな意味の分からない所で、最高の俺達の『遊び場』でもあるんだ。
そして、今日は『学園祭』であり、しかも、これは文化祭が終わり、本来はある筈のない幻のボーナスステージであり、力の限り騒いで楽しんだ者勝ちの日常の中の非日常。
――そんな現実世界と乖離した条件を揃ったことにより、会場の空気は変わり、ここがそんな異空間に変わったと肌で感じる。
今、俺達が演奏している曲を知らない奴もいるだろう。空気だけで騒いでいる者もいるだろう。でも、それでいい。それでも良いんだ。ノッた者の勝ち、騒いだ者の勝ちの文字通りのバカ騒ぎだ。
そして、そんな時こそコール&レスポンス。再びサビの部分になると、客が本当にのってくれるのが分かる。
俺が演奏の合間に右手クイクイと動かし客を煽ると、面白いほどに統制の取れた掛け声が返ってくるし、拳を突き上げると各々が好きなように拳を上げる。そして、それがたまらなく嬉しくなり、楽しくなり、騒いでいた奴を指さし頷くと、その辺りの生徒のテンションが更に上がり、只々叫ぶ。
変な相乗効果もあったものだ。
それを見たメンバーは、盛り上がる所で、手を上げ、拳を天に掲げ、叫ぶ。
ジャンプをしたり、手を叩いたり、手を挙げたりして生徒を煽る。それに乗る生徒を見て、更に演奏に力が入る。自分の全部を出し切るように歌い、ギターを掻き鳴らす。
歓声が沸き、演奏が面白いほど楽しい。少し熱い照明が心地よく、歓声が更に俺達に力をくれる。
武士彦は無駄の様に見える大きなストロークをしてから前に出て、観客にアピールし、ギターソロで客を沸かす。
すると、天霧が武士彦の横に並び、エレキヴァイオリンでギターソロをハモり出す。
それを見て、観客が笑顔で両手を上げ叫ぶ。なんて言っているかは、演奏の音にかき消されて聞こえないが、それでも楽しんでいる事だけは分かる。
観客の前で演奏する事がこんなにも楽しいのかと思いながらも、その気持ちを込めてギターを弾く。
もっと、もっと一緒に歌おう、叫ぼう、遊ぼうと思いを込めて――俺はギターを掻き鳴らした。
*****
何曲も弾き歌い暴れまわると、最後の曲になった。
アイツらを見ながら、今日までの事を振り返る。楽しかった。そう、楽しかったんだ。
最初はこんなクソみたいなメンツだと思っていたのに、今はもう……仲間だ。
同好会に入って今までの生活は、間違いなく楽しかったんだ。
『はははっ!楽しんでますか!?』
『うぉぉぉおおお!!』
リンタが最後の曲の前にMCで場を繋ぐ。そして、俺は弾いていたギターを天霧に渡す。
「ほれ」
「は、はひっ」
「ははっ」
天霧はわたわたしながら俺のギターを受け取り、天霧の瞳が俺を下から見上げる。
短い付き合いだが天霧の事は、少しは理解しているつもりだ。この顔から察するに、何やら言いたいことがあるようだ。
「ん?どうした?」
「秋津さん?楽しいですか?」
「ッ!?…………ああ、そうだな。たぶん人生で一番」
天霧の言葉に一瞬驚いたが、素直に今思った事を短く答える事が出来た。
そして、俺は天霧の返事を聞かずに、マイクをスタンドから外してステージの真ん中に行く。
『秋津氏!やっと来たね!』
「ああ」
俺はステージから生徒――いや、俺達の観客を見下ろす。
どいつもこいつも楽しそうに笑っている。それを見ると俺も自然と頬が緩むのが分かる。
「お前らぁ!今の気分はどうだ?最高か?」
『うおおぉぉ!!』
「最後の曲は俺達のオリジナルの曲だ!お前らぁ!知らない曲だって騒げるよな!?」
俺の声に「うおぉぉ!!」だの「当たり前だぁ!!」や「なめんなよぉおお!!」などと野次にも似たレスポンスだ。
「ははっ!それなら最後まで一緒に遊ぼうぜ!ラストソング!『灯』!」
~~~~~
リンタが俺をヴォーカルにする時に言っていた。
『こういう言い方は良くはないのかもしれないけど、世間一般で言うところ、秋津氏が歌う歌は飛びぬけて上手くはないお。だけど、僕たちの中で誰がこの曲を歌うかと言われたら、秋津氏しかいないだろうね。それは声が良いからなんだな。秋津氏の歌を一言で表すのならば【心に届く歌】だ』
『心に届く歌?』
『そう。これは馬鹿にしている訳ではなく、客観的な事実として受け取ってほしいんだけどね。心の中をそのまま描いたような、恥ずかしくなるような青臭い真っ直ぐな気持ちの綴られた歌詞。秋津氏の声は、その歌声は――そんな真っ直ぐな心が歌声となり、それが曲となる。真っ直ぐな心だからこそ、真っ直ぐな歌声だから人々との魂を揺さぶり、心を揺り動かし、震わせる――そんな歌声なんだ。だから、その声を持っているのは、その気持ちを持っているのは、誇っていい事なんだお』
『……なんか褒められているんだか、分からねぇな』
『ふひっ、かなり褒めてるお、秋津氏。大丈夫。キミなら誰よりも観客を魅了し、心を動かせる』
~~~~~
楽しかった思いを込めて、最後に皆で作ったオリジナルの曲を歌う。
ライブだからといって変わらない。この曲は何度も練習し、何度も部室で演奏した曲だ。
早乙女のシンバルのカウントに耳を傾け、リンタ達はバンドメンバーと呼吸を合わせ、一斉に曲を奏でる。観客の心を掴む為に、自分達の気持ちを高める為の、皆の心に火をつける『灯』となる様に想いを込めて叫ぶように歌う。
初めは小さくても、心に火が点いたのならば、その火は燻ぶりやがて燃え上がる。
心に火を灯し、体に熱を与え、最後は魂を燃やし尽くす。
全てが燃え尽きるまで、面白おかしく踊り続けるアップテンポな曲だ。
そんな曲だからだろうか、何度も練習した曲だからだろうか、俺の体も燃え上がるように熱くなる。
俺達で精一杯考えた格好良いリフのイントロから始まり、その音に反応して、うるさいくらいに「うおぉぉおおおお!!」と叫ぶ歓喜の声が耳に入る。
俺はその光景に満足しニヤリと笑い歌い出し、ブリッジミュートをふんだんに使ったAメロを聞き、少し我慢をするように荒々しくならない様なストロークのBメロを、感情を込めて歌う。
そして、そこまで溜めていたモノを全て爆発させる様なサビ。
全てを吐き出すように大声で叫ぶようにサビを歌うと、観客が拳を天に掲げ叫び、別の観客は人差し指で天を指差し叫ぶ。
俺もそれと共に右手を上げ、サビの歌詞である「心に火を灯せ!」と叫ぶと、観客もそれに答えてくれる。
二番に行く前の間奏で、後ろに居る観客は体に火が灯り、熱を帯び始めたのか、リズムを取りながら体を揺らす。俺はそいつらを指差し「まだまだいけるだろ?」と指を、クイクイと曲げて煽ってやる。
すると、そいつらは「俺達はこんなもんじゃねぇ」とばかりに、暴れ、モッシュをし始める。その光景に満足し頷き、俺もそいつらに負けない様に大声で叫ぶ。
サビに再び入ると、ライブに行った事がある奴らが混じっているのか、そいつらは肩車して両手を広げて叫び、観客の上を泳ぐようにダイブする。
その光景に頬が緩み俺も飛び跳ね、歌う。
二番が終わり、曲の間奏となる所で俺が観客を煽っていると、武士彦が一歩前に出てギターソロを弾く。何度も弾いて体が覚えているのか、頭を振りながらも完璧なソロを弾き、手を上げる。
その演奏に観客が湧き、間奏が終わりかける。
終わりかけるその時に、後ろを向くとリンタ達がニヤリ笑って頷く。
最後のサビに入る瞬間にブレイクがあり、その歌い出しに合わせ俺達は一斉に飛ぶ。ドラムの早乙女は振り上げた両腕を振り下ろし、ベースのリンタは俺と共に飛び、武士彦はギターを抱え飛び降りると共に投げ捨てる様に掻き鳴らし、天霧も恥ずかしそうにそれでも嬉しそうに飛ぶ。
誰もがやるライブパフォーマンスだ。だからこそ、それと同時に観客も叫び、踊り、飛び、ダイブする。
その一体感が嬉しくて、楽しくて、いつもより声が出る。
そして、歌っていると、叫んでいると、胸が苦しくなった。楽しく騒いでいる生徒を見ると何かが込み上げてくる。
生まれて初めてこんなにも努力したからなのか、その達成感なのか、自分が泣きそうになっていることが分かった。
照明のせいではなく、生徒たちが作ったその景色は、キラキラに輝いていて、嬉しくて楽しくて、それでも泣きたくなる様な、とても綺麗な風景だった。
その光景を見ながら、俺達は笑顔のまま終奏を弾き終える。
歌が終わり少しの余韻があって、その後爆発が起きたかの様な歓声を聞きながら、俺達は舞台から降りた。
*****
とても熱くて綺麗で楽しいライブだった。そう思ってステージ横に腰掛ける。すると、観客席から声が聞こえる。
『アンコール!アンコール!アンコール!アンコール!』
それは来るとは思わなかったものであり、俺達を、俺達の演奏を求め呼ぶ声だ。
俺は下を向いて『アンコール』と俺達を呼ぶその声に耳を傾ける。きっと、これが最後の止めだったのだろう。
「ははっ、キモオタの集まりの僕たちがアンコールだって、ふひっ」
「まぁ、わたくしの演奏であれば当然ですわ!」
「フフフ、これは勿論行くでござるよ!」
「い、行きましょう!……あ、秋津さん?……え?涙?」
「え?……え、ああ……」
天霧に言われて頬に手を当てると、俺の目からは涙が零れていた。
どうやら俺は泣いていたらしい。あんなに楽しかったライブの後なのに、もう一度その場所に呼ばれているのに、ステージに戻ればキラキラに輝く楽しい時間がまた訪れるのに、俺の両目からは何故だか涙が溢れてきた。
「……あ、秋津さん」
「……秋津氏、天霧氏。先に行ってるお!」
「早くしなさいよ!」
「お先でござる!」
『うおおぉぉぉ!!』
『わぁあああ!!』
リンタたちが両手を上げてステージに戻ると、アンコールの声が歓声に変わる。
「あーいや……別に悲しい訳じゃねぇんだ……ただな……」
「……はい」
俺は残った天霧に対して、言い訳のような言葉を絞り出す。天霧はいつものように必要以上な事は何も言わずに、ただ黙って俺を見ている。
「そう……ただな……初めてだったんだ……」
こんなに何かに一生懸命にやったのは、打ち込んだのは本当に生まれて初めてだった。
誰かと一緒に必死に何かをやったことも初めてだった。
そして、こんなにも誰かに認められ、求められるのは初めてだった。
そう思うと、それを思い出すと、色んな感情が混じりあってごちゃごちゃになって、目から次々に涙が溢れてきたんだろう。
「つーか、汗だよ……汗」
でもこれは汗という事にしておく。だってそうだろ?ヤンキーがこんな風に泣かねぇだろ?不良は強がってなんぼだ。人の前で涙なんか流さない。
嫌がっていた『不良』っていう事をここに来て使うとは、何だか本当に俺の心の中はぐちゃぐちゃだ。自分でも意味が分からない程に心が落ち着かない。
「……貸せ」
「ふぇっ?」
「……もう、大丈夫だ」
俺は天霧が持っていたタオルを奪い取り、涙を拭う様に顔に押し当てる。
当然ながらタオルからは天霧の香りがする。何故だかとても落ち着く匂いだ。荒れ狂った心が落ち着いていくのが分かる。
「で、でも……」
「大丈夫だ!お前も行けっ!」
先に行けと大きな声で胸の内の色んな感情を吐き出すかの様に怒鳴り、気分を落ち着かせる。
「はい……待っていますよ?」
「……ああ……ありがとな」
そして、天霧は何度もこちらを見ながらステージに戻る。
なんというか天霧には世話になりっぱなしだ。昨日もそうだし、夏の頃だってそうだ。本当はアイツだって自分の事で一杯一杯なのに、あいつはこんな俺を心配して……本当に優しい奴だな。
自分の中の感情に向き合おうとしているのに、一人になってそんな事を思ってしまう。
あんなに優しい奴が……いや、奴らが俺の側にいるんだ。俺は本当に恵まれている。
『どうやら秋津殿は皆さんの声が足りないと言いたいようですな。やれやれ、困ったお方ですなぁ』
すると、ステージではリンタがマイクを持ち、俺の登場までの時間を稼ぐ為か観客を煽っている。
『秋津ー出てこーい!』
『アンコール!』
『秋津さーん!』
「……ふぅ…………俺はもう一人じゃない…………俺はもう……幸せだ………………幸せなんだ……」
普段なら斜に構え聞き流すその声を、その言葉を、今回は捻くれた俺にも素直に受け取る事が出来た。
不良時代の俺は、人にとって『あたりまえのモノ』を持っていなかった。努力しても俺にはもう手に入らないものだと思っていた。だから、それが気に食わなかった。持っている奴らを羨んだ。当然のような顔で持っている奴を妬んだ。今となっては恥ずかしいが、俺は本当にそれに憧れ、恋焦がれていたのだろう。だが、俺はもう手に入れていたんだ。アイツらから貰ったんだ。
――そう、だから、俺は……アイツらに……。
「うしっ!……行くかッ!」
そして、俺は鳴り止まない『秋津コール』の声に導かれて、再びあの大好きで大っ嫌いなキモオタ達の待つ舞台へと足を踏み入れた。
リンタからマイクを奪い取り、観客を大声で煽る。
「おらぁぁあ!!お前らまだまだ遊びたんねぇんだろぉぉおお!?」
『うおおぉぉ!!』
「ぶっ倒れるまで遊びつくすぞぉぉおお!!」
『うぉぉぉおおお!!』
やる曲は決まっている。俺の心に光をくれた。色々と気付かせてくれた。俺の人生に明かりを灯してくれた。キラキラと輝く場所に連れてきてくれたこの曲だ。
マイクを握り、観客達を指さし、叫ぶ。
「行くぞぉ!クソ野郎どもぉ!お前ら全員かかってこいやぁぁああ!!」
『うぉぉぉおおおおおお!!』
「力の限り叫べ!歌え!『灯』!!」
――そして、俺はこの大ホールにいる全ての人に感謝し、このキラキラと輝く黄金の時間に身を委ねた。
*****
夢中になって大声で叫んだ。思いの丈を全て吐き出した。気が付いた時には、いつの間にか曲は終わっていた。
全てを出し切ったのに、それでもまだこの場所に立っていたい、遊び足りないという子供の様な気持ちを胸に抱いたまま「ありがとう」とその一言だけ告げて、鳴りやまぬ拍手と歓声を背に俺達は舞台を降りた。
名残惜しかったが、楽しいお祭りはこれで終わりだ。
ステージから降りて倒れる様に壁にもたれて、借りたままの天霧のタオルを頭にかぶりライブの事を振りかえる。
必死だった。何度も練習したけど、本番の舞台では緊張のせいか細かいミスもあった。それでも、楽しかった。興奮した。
本当に最高のライブだった。
だが、それだけではない言葉では表せない何かがあった。
確かにそこにあった。
自分の胸に溢れる何かがあった。
今までの生活では手に入れることの出来ないモノがそこにはあったんだ。
そうだ。俺は……いや、俺達は手にしたんだ。
自分の力で、自分達の力で。
人にとっては、ちっぽけかもしれないが、そこにあるこの気持ちを、言葉では言い表せない確かな想いを手にしたんだ。
キラキラに輝く俺達だけの黄金を手にしたんだ。
――こうして、俺の最初の冒険は幕を下ろした。




