6話:祝勝会と三人
<幽玄山麓>から軽装防具で徒歩35分。ジェーノ式ダッシュで7分と少し。パートナーボーナスのワープ石で一瞬の場所にある酒場。
外観は木造、出入口はスイングドア。外から見た分には正しく『西部劇に出てくる酒場』といった装い。
しかしドアを通過した先の内装は<轍の銀貨亭>や<ハロン>、<磨墨酒場>のような大勢のユーザー達が盛んに出入りする特等酒場とは違い、同じような敷地面積ながら半分ほどの席数しかない店内に、暗めのマンソニアで揃えられた座席と卓が並ぶ落ち着いた雰囲気。
そこがジェーノの行きつけの酒場<ポイズンテイスティング>だった。
「では難関クエスト達成を祝ってー」
「祝ってー」
無事に<純白の一対>を達成したジェーノとエーティスの二人は、この<ポイズンテイスティング>で祝勝会を開いていた。
「「かんぱーい!」」
この店のオリジナルビール<ダウィングライト>がなみなみと注がれている銀のジョッキをぶつけ合い、大きく呷る。
疲れと達成感をアクセントに旨いビールを飲む。そんな二人の姿はとても爽やかで明るいものに見えるのだがー。
一歩離れて見れば二人の居る席はフカイの最奥。
一歩近づいて見れば乾杯はぎこちなく、掌にはジョッキの代わりに結露したかのような手汗。
この二人、乾杯の時点で緊張をしているのだ。
「「ぷはぁ!」」
お互いにいつもより2割増しで喉を潤し、沈黙が生まれないようにジェーノは口を開く。
「あー、えー、とりあえずお疲れさん。あと、ありがとう」
ぎこちなく当たり障りのない切り出し。
「お、お疲れ様。それとありがとうはこっちの台詞だよ」
エーティスは両手を振って否定する。
「あのまま1人で戦ってたら絶対に負けてたし、途中参加してくれて本当に感謝してる」
「目標が一緒だったら丁度良かっただけだよ。それにそんなこと言ったら俺だって1人で戦ってたら分からなかったし」
「ううん。それだけじゃなくて、ジェーノから色々教えてもらった後のあの白騎士との一戦でかなり成長できた実感もあるんだ。この感覚を忘れない内にいくつか戦闘メインのクエストやりたいくらいね」
そう言って剣を振る動作なのか右手をぶんぶんと振るエーティス。
「はは、いいねぇ。俺もまだ暴れたりないけど……今日は、飲んで終わりだな」
ジェーノは久しぶりの達成感と戦闘の興奮を体の内に感じていたが、ジョッキの中のビールと永久凍結の事実とがその熱を冷まさせる。
「……うん、私も。この感覚を活かすのは、次ね」
エーティスは腕を下げて寂しそうに笑うと、ジョッキを傾けてそれを隠す。
フカイ組の二人にしては珍しく気まずくない沈黙が少しの間だけ流れると、エーティスが口を開く。
「私、今日どうしてもあのクエストをクリアしたかったんだ。だから何度も言うようだけどジェーノが来てくれて本当に助かったよ」
「奇遇だな。実は俺も今日こそはクリアしようって思っててさ。で、白竜を探してる間に先に戦ってたエーティスを発見したんだ」
現実でもバーチャルでも自己完結が性に合う二人は相手に気を遣わせることをなんとなく避けて、自分が永久凍結になることを伏せていた。
「へー、なるほどね。でさらに丁度よく私が純白コンビのHPを2割削ってなかったから途中参加出来たと」
このゲームでは討伐目標が同じクエストを持ったユーザーもしくはパーティ同士で、尚且つ両方がクエストごとの途中参加規定内の進行度だと合流をすることができる。
先ほどの<純白の一対>ではエーティスのクエストにジェーノが途中参加したことになる。
「そういうこと。なんか運命的だな」
「ねー、タイミングばっちり……」
「「…………」」
二人は黙って速やかに降ろしたばかりのジョッキを掴むと、微妙に相手から目をそらしながら中身のビールを呷る。
異性苦手な人間同士が妙に意識する発言をして自爆し、お互いに得も言われぬプレッシャーを感じ始めたのだ。
「あ、注文!」
エーティスとの間に流れる沈黙に耐えきれず、間を埋めようとジェーノは店員を呼んだ。
そんなジェーノを見てエーティスは不思議そうな視線を向ける。
「あれ、さっき移動中にこのお店でもフカイ組だって言ってたのに、注文訊きに来てくれるの?」
「ああ、この店だけ特別」
酒場なのに客に対応しないことの方が特別に思われるが、フカイの客は合コングループやカップルより売り上げに繋がりづらいことと、このゲーム内全般の雰囲気がフカイ組に対して排他的なこともあって、ただでさえ忙しい店員は見向きもしてくれないのが普通。
ちなみに二人の前にあるジョッキは店員に注文をとってもらった訳ではなく、ウェルカムドリンク兼入場料のようなものであり、席に着いたら料金を引き換えに自動生成される。
そして言葉通り一人の女性店員が手を挙げているジェーノに気付くと、パタパタと近づいてくる。
「お待たせー」
女性店員の名前はローニア。クセのついたボブにスレンダーながらも女性らしい部分には控え目な丸みのあるボディライン。Yシャツの上からジャンパースカートのような胸元を強調する黒ベスト。そして下は他の店員の履いているスカートとは違い、スキニーなパンツルックで腰元にオリーブ色のエプロンをしている。
「難関クエストに行った割には早かったけど、負けたの?」
「いいや、完全勝利だ」
「マジか。じゃあ目標達成?」
「そういうことだな」
ジェーノがそう言ってジョッキを上げてみせるとローニアは「おー」と言って拍手代わりにオーダー帳を叩く。
「だから予告通り祝勝会にな」
「毎度どうも。けど弁当持っていく時には勝つこと前提で話してなかった気がするけど」
ローニアは歯を見せてニシシとしたり顔を見せる。
「いいんだよ、勝ったんだし」
そう言ってジェーノはローニアと同じように笑う。
「さて、注文は?」
ローニアがオーダー帳を軽く叩く。彼女の仕切り直しの合図だ。
「そうだった。えーと、じゃあオールダー・チキンのレッグと、串焼きをおまかせで10本くらい。あとアスパラ揚げ」
「はいよー、了解ー」
ローニアはさらさらと注文を書き上げていく。
「エーティスはどうする?」
「あー、えっとじゃあ私は揚げだし豆腐と……奮発してグレート・キンキの一夜干しの炙りで。えーと後はー……」
「あ、さっきの焼き鳥はエーティスの分も入ってるんだけど、大丈夫だったか?」
「あー、レバーはダメだけど他は何でも美味しく頂きます。レバーはダメだけど」
「レバー嫌われてるな。俺も好んでは食べないけど」
「とりあえず、以上で。……あれ?」
エーティスがメニューから顔を上げてローニアの方を見ると、そのローニアは口を半開きにしてフリーズしていた。
「ん?おーい店員さーん。ローニアー。生きてるかー」
ジェーノが目の前で手を振るとローニアは正気を取り戻す。
「っは!え、えーと、揚げだし豆腐とキンキの一夜干しデスネ?」
「なんで急にこてこてのカタコト――」
「はい!ご注文承りマシター!」
そしてジェーノのつっこみが言い終わるより先にローニアはバックヤードへと走り去っていった。
「女の子拾ってきてるじゃんかあああああああああああああああ!!!」
そんなローニアの叫びは厨房の設備能力<防音>によって掻き消されるのであっった。
一日挟んでなんとか投稿出来ました。
週末にストックできればいいなと思います。