1話:運命のエンカウント
「凍結まで5時間……」
最初に永久凍結を通知された時は動揺していたが、しばらく経つと妙に冷静になり、そしていざ最終日を迎えると寂寥感の中で名残惜しさが浮いたり沈んだりしていた。
「それでこっちの俺ともサヨナラか」
この世界で苦楽を共にしてきた自分のアバターを軽く見まわした後、目の前にメニュー画面を開き、<アバターメニュー>から改めて全体を眺めてみる。
装備のせいで黒ずくめになってはいるが、こっちの俺も顔を含めて体自体はリアルとそう変わらない。
キャラメイクについてはリアルの顔をゲームデザインに落とし込んだものを使う「すっぴん派」と、理想の顔に作り上げた「メイク派」が存在しているが、それで言うと俺はすっぴん派になる。
というかどうせ主観で見えないんだから作り甲斐もないし、早くプレイしたくてそのままにしただけだった。
アバターメニューを開いたついでにステータス画面を開く。
<レベル:78>
<HP:生命力> 582/582
<ST:持久力> 178/178
<MP:魔力> 83/83
<SP:精神力> 132/132
賛否を分けた4つのゲージ(個人的には全然有り)が先頭に並び、下へスクロールすると他の能力値が表れる。
<筋力:53>
<技量:24>
<知力:15>
<意志:67>
<幸運:17>
<防御:18>
<速力:30>
初期値の10から始まって、ボーナスポイントを割り振った基礎数値群が並んでいる。
こう見るとパラディンに間違われそうな数値だ。
ステータス画面のスクロールを止めて左へフリックすると、大きなすごろくを上から見下ろした様な画面、いわゆる<スキルツリー>へと切り替わる。
スキルツリーは円形で、最初はその中央からスタート。
レベルアップ時に取得できるもう一つのポイント、<スキルポイント>を使って自分の取得したいスキルや基礎数値を目指してマスを進めていく。
この<マリッジ・エッジ>ではレベルアップで貰える<ボーナスポイント>と、このスキルツリーのマスによる<スキルボーナス>。基本的にこの2つのアプローチから基礎数値を上げていき、自分の理想のキャラを作ることになる。
理想……のキャラ。
「……」
駄目だ。
メニューを手で払い、閉じる。
これ以上アバター情報を見てたら名残惜しさでどうにかなってしまいそうだった。
「はぁ……」
気分を切り替えようとテーブルのお冷を飲んだところで思い出す。
自分が酒場に居たことと、来た理由の両方を。
「……よし」
右の拳と左の掌を打ち合わせて気持ちを切り替える。
軋む椅子から立ち上がり、壁に掛けていた愛用のハンマーを掴んで中央カウンター近くのクエストボードへ向かう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【tips:ステータス】
『基礎数値とその効果』
<筋力>
→主に近接武器を扱うために要求されます。近接攻撃に関係します。
<技量>
→主に射撃武器や一部の近接武器を扱うために要求されます。有効攻撃に関係します。
<知力>
→主に魔法武器や一部の射撃武器を扱うために要求されます。魔法の効果に関係します。
<意志>
→主に信仰武器や一部の格闘武器を扱うために要求されます。誓約の効果に関係します。
<幸運>
→ラッキークリティカルの発生確率や状態異常の発生確率に関係します。
<防御>
→ダメージを受ける殆どの場合にその数値を軽減してくれますが、毒などによるスリップダメージには適用されません。状態異常の耐性に関係します。
<速力>
→移動速度や攻撃速度、身のこなしに関係します。移動速度、攻撃速度はそれぞれ装備重量と武器重量に対する筋力の値で上限が決まっています。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「これが最後のクエストか」
轍の銀貨亭でクエストを受注したあと、銀貨亭とは別の行きつけの酒場で食事を済ませてから特製弁当を引っ提げて約20分。討伐目標を探して深い森の中を走り続けている。
気分を切り替えたつもりでなんとかクエストの討伐依頼モンスターの生息地域である<幽玄山麓>まで走ってきたが、思ったより心は晴れていなかった。
今までも婚活ポイント不足での一時凍結はあったが、最終凍結勧告をされたのは初めての経験。これまでの凍結と違って、流石に心に余裕はない。
「なんだよ、最終凍結とか……」
俺が何をしたって言うんだ。
いや、何もしなかったから凍結されるんだけどさ。
「世知辛えよなぁ。色々」
最初は婚活MMOなんて馬鹿じゃないかと思っていたが、友人から戦闘システムの制作者が俺が崇拝する<車折廉助>さんだと聞かされて、試しに始めてから1年。俺の休日はこの世界だった。
夢中でフィールドの魔物やダンジョンに挑み、ただひたすらにこの世界での生活と戦闘を楽しんでいたのが最初の凍結前。
目を閉じれば今でも思い出せる。あの頃はたった今、突然目の前に現れたこのミノタウロスを倒すのにも時間とアイテムを大量に使わされたりもした。
「ブウウウウゥ……?」
道の脇に広がる深い森から木々を割いて出てきた巨体はミノタウロス。その身の丈は角の先まで入れれば4メートル程。そして高いというよりデカいと思わせるほどの筋骨隆々な体格。手に持つ得物はその丈に迫るサイズの両刃戦斧。
そのミノタウロスは俺の姿を見るなり空を仰いで息を吸い、この深い森を震わせるほどの雄叫びを上げる。
「ブウウウウウモオオオオオオオ!」
「──<閃拳>」
「モウッ……!?」
相手の発見モーションの間に距離を詰め、命中時に一定時間まで移動速度が上がる格闘スキル<閃拳>を鳩尾に放ってミノタウロスを怯ませる。
そしてくの字に曲がって下がってきた上体へ向けて跳躍。立派な両角を掴み、飛びついた勢いを失う前に足を振り上げて倒立の姿勢へ。
「じゃあな」
そのまま勢いよく右の踵を振り下ろし、ミノタウロスの後頭部に叩き落す――!
ドゴォン!という鈍い衝撃と共にミノタウロスは顔から地面へと沈み、その上に遅れて着地。
……こいつも今では移動速度を上げるスキルを撃つための的みたいなものか。
戦闘不能になった証でもある<アイテム結晶>がミノタウロスの背中に生えるのを確認。回し蹴りでそれを適当に砕くと、インベントリにアイテムデータが収納される。
中身は毛皮と……お、角か。
それだけ確認すると<閃拳>による移動速度アップのバフが切れない内に走り出す。
「というか、パートナー持ちは一日に5個ワープアイテム貰えるってのもどうなのよ」
走る速度は上がったが胸の中の靄は置き去りには出来てないようで、愚痴は尽きない。
こんな頭脳的な方法を取らずともゲーム内でお互いをパートナーに設定したプレイヤー同士は毎日色々な恩恵を受けられ、冒険を有利に進められる。
はっきり言って羨ましい。
最初の凍結から復帰した後、凍結されないための対策とその色々な恩恵を受けるために婚活の真似事をしてみようと奔走したのが2回目の凍結の前までだった。
「元気にしてるかなぁ。あいつら」
同じように婚活ポイントの取得に頭を抱えていた人物達との思い出を浮かべながら、討伐目標を探してひた走る。
眼前を白刃が閃く。
「ッー!」
無感情の反射神経。恐怖によるストレスの一時的な沸騰。そして経験と理性とでその感情を押さえ込む。
そうやって相手の横薙ぎを仰け反って回避した姿勢から、上半身の筋肉を無理矢理使って手に持った剣を振るう。
相手の両足を切り捨てる軌道で振るった剣はバックステップで回避されるが、剣に振られる形で姿勢を戻し、同時に相手に距離を取らせることに成功する。
「……ふぅ!」
食いしばっていた口を開き、息を吐く。
冷や汗が背中を流れていくこっちに対して、相手は動きどころか呼吸も乱していない。
「やっぱり私にはまだキツかったかな……」
白い甲冑に身を包んだ相手の動作に注視しながら、焦点は合わせずにその背後の巨体にも気を配る。白い騎士の相手だけでも追いついていないのに、さらにこの騎士は白竜を連れているのだから。
このクエスト名は<純白の一対>。クリア報告の極めて少ない依頼であると同時に、酒場にあるクエスト掲示板に稀にしか貼られないレアクエストでもある。
基本的にレアクエストは報酬が美味しかったり特別だったりする上に、日に受注出来る人数に限りがある。だから当然取り合いになるのだが、このクエストは別次元の強さだと知れ渡っていて挑戦者が極端に少ない。
普通のクエストであれば敵が強いだけで挑戦する冒険者が大きく減ることはないのだが、討伐タイプのレアクエストは失敗した時点でクエストが強制的に破棄されてしまうのだ。
「でも、せっかく受注できたレアクエストなんだから、やっぱり挑戦しなきゃ……!」
気合いを入れ直して柄を握る手に力を込める。
「<マジックソード>」
剣に純粋な魔力をエンチャントし、準備完了。
そして私に戦意が戻ったのを察したのか、今度は騎士の後方から竜が火球を吐いてくる。
基本的に竜の魔物のアルゴリズムと動きは大ざっぱで、挙動を見る目と動く体さえあれば相手取り易い種類の敵。
けれどそれは相手が一体であればの話。
円周を描くように騎士と竜から直線距離を変えずに横へと走り、こっちの身長より大きな火球を避ける。
そうやってブレスを回避したところで、鋭く踏み込んでくるのが白騎士の役目なのだ。
「っはあ!」
キィン!
相手の右側から振り抜かれてくる剣をこちらも剣で受け、力で押し負けることを利用して反転から斬り返す。
「これで!」
片足を軸にした回転で振り返ると同時に、渾身の一撃を打ち込む。
ガキィン!
しかし響かせたのは剣の交わる音。
「ダメ!?」
そのまま白騎士は剣を滑らせながら距離を詰め、鍔迫り合いから当て身による崩しをしてくる。
咄嗟に力を抜いて後ろへと下がるが、それさえ読んでいたかのように、目で追うのもギリギリなほどの連続突き放ってくる。
「くうううううぅ!」
見えた突きは回避、遅れたら剣で流す。
自分では冷静に対処してるつもりだが、半分ほども相手の攻撃を捌けてはいない。
3度相手の剣が突き出されれば、傷口は2つ。
続けて5発出されれば、飛び散る鮮血は3つ。
でも、いくら当たっても焦ってはいけない。
受けた傷は仕方ない。でも諦めても、今より受ける傷を増やしてもダメ。
出来るならば光明を、それが無理でもせめて現状を維持。
焦るな、冷静に。
自分を落ち着けている間に白騎士から放たれた首を狙った一撃を剣で弾く。が、相手の剣にあまり手応えはなく、素直に軌道が横へと流れる。
「へ?」
そしてそこから体を回転させて、さっきの私と全く同じカウンターを放ってくる。
「っくう!」
すぐさま剣を垂直に構えて受けようとするが重心が乗らずに手だけで受けてしまい、私の剣は弾き飛ばされて遠くの地面へと刺さる。
すぐさま飛び退いて相手の間合いから離れる。
完全にしてやられてる。けど、まだ致命傷じゃない。
大丈夫、まだ大丈夫。
インベントリを開き、スペアの剣を取り出して正眼に構える。
焦らなければ、実力を維持出来ていれば戦える。
「──でもっ!」
瞬間、自分で自分に驚く。
「……え?」
口が、体が先に弱音を吐いたようだった
「――あ」
そしてその決定的な隙に白騎士は、渾身の横薙ぎを放っていた。
反射が遅れ、理性は放心。
それでも経験だけが剣を体に沿わせて防御の姿勢をとっていた。
予想よりも強い強い一撃が剣ごと体を打ち据え、私を水平に吹き飛ばす。
数秒の間、声すら漏らせずに足が地に着かないまま飛ばされ、背中が木にぶつかったところで特大の呻きが漏れた。
「がっ、はあっ!」
体は悲鳴をあげるが、もがくことも立ち上がることも出来そうにない。
この事態になっても私自身は冷静に自分の状況を判断出来ているのに、体は全く言うことを聞きそうにない。
どんなに足に力を込めても立ち上がれそうにもない。
どうやら心と体はとっくに乖離していたらしい。
「……ああ、なんだ」
つまり最初からどんなに自分の全力を出せていても、この騎士にすら勝てなかったんだ。
実力が、足りてなかったんだ。
「……はは」
そこで全身から力が抜ける。
白竜の放った火球が迫ってきている今、やっと体と意見が合ったようだった。
「あーあ。結局、目標達成出来なかったなぁ」
こんなことなら多少頑張って一緒に戦ってくれるパートナーだけでも作っておくんだった。
そんなことを考えながら目を閉じようとしたとき、そのウィンドウ表字音は聞こえた。
<ユーザー:ジェーノがパーティー参加を希望しています>
巨大な火球を背景に表示された文章を読み終わる前に、声が届く。
「受諾しろっ!」
「はい!?」
あまりに近くから響く声に驚き、反射的に指が<受諾>を押す。
「っしゃあおらあああああああああああああ!」
その瞬間、大きなハンマーがフルスイングで火球を打ち返していた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【tips:ステータス】
『スキルツリーとそのボーナス』
<スキルツリー>の中心にあるマスが開始点となっていて、そこから好きな方向へとマスを進めて基礎数値へのボーナス、スキルを獲得していくことができます。
開始点を基準として各方向に、一定の傾向に沿ったマスが配置されています。
書き留めていたもののほぼ原文です。
どのタイミングで行間を挟むものなのか分かっていないので、原文に雰囲気で行間を足しています。
読みづらかったら申し訳ないです。
2018 4/12
文章の修正。ステータス数値等の追加。【tips】の追加を行いました。