13話:婚パチ☆ジョイント ―ネズミの部屋:前編―
「おーい、そっち行ったぞー」
「了解ー」
ジェーノからの合図に辺りを見回すと、目標の鍵ネズミ(仮称)を発見する。
「とりゃ!」
手に持っていたハンマーを振るうが、鍵ネズミは直ぐに近くに積んであった木箱の隙間に入り込む。
「あーもう!」
フルスイングして木箱を吹き飛ばすと、鍵ネズミはまた次の障害物を目指して走り出す。
「逃がさない!えーと……<縮地>!」
前傾姿勢から進行方向に向けて飛び進む。
おお、これはすごい!
みるみる鍵ネズミとの距離が縮んで行く。
「エーティス!姿勢下げすぎだ!足をもっと前に踏み出さないと!」
「え?」
ジェーノの注意が届くより先に、私の中で危険信号が響く。
確かに狙い通り鍵ネズミとの差は一瞬で埋まったけれど、そのまま鍵ネズミとの差は広がり始め、地面との距離ばかりが縮まってきていた。
「ちょまっ――ヘブッ!」
そして物凄い勢いでたたらを踏んだ後、顔面から地面に着地。
ズシャー!という音ともに少しの間、床を顔で滑る。
「あちゃー大丈夫か?」
「うう……大丈夫。なんかごめんね。これジェーノの体なのに……」
見事に顔面を擦りおろしてしまった。
「ゲームなんだし、気にしないでくれ」
エーティスが歯を見せて笑う。
自分の見た目のキャラから自分の声で慰められ、何とも言えない気分になる。
「なんでこんなことに……」
私はほんの5分前のことを思い出していた。
「頑なにこの開け方なんだな」
「あと何回開けることになるのかな?」
「じゃあこっからは開ける度に『最後であってくれ』って願いながら開けることにする」
「ふふ、私もそうしようかな」
そんなことを言いながらハートのアイテムによって生成された扉を、やっぱり2人で開けて進む。
そして左右から開いた扉の先はさっきまでの部屋と違って、広々とした空間だった。
「お、今度はかなり広いな。それにハートが無い」
「本当に広いね。あとハートが無い」
とりあえず2人してハートがないことに安堵してから改めて新しい部屋の中を見回すと、そこに広がっていたのは大きな物流倉庫のような空間だった。
「ここだけ今までと製作者が違うカンジだな」
「そうだね。あからさまにさっきまでと雰囲気が違う気はする」
そのせいかどうかは分からないけど、オブジェクトが多い気がする。
ざっと見ただけで――。
乱雑に積み上げられた木箱の山。
不規則に並べられたフェンス。
錆び付いた20ft金属コンテナ。
これらの障害物がいくつか配置されていた。
「さて、こんだけ広くてモノがあるんだ、どう出てくる?」
ジェーノは膝の筋を伸ばしながらウキウキとしている。
「モノ探しとかじゃなくてバトルがいいね?」
わざとらしくジェーノに振ってみる。
「ああ、そうだと嬉しい」
本当にバトル好きだなぁ。
もちろん、肩を回してる私も含めて。
「ん?」
「どうかした?」
ジェーノの声に顔を向けると、何かに目を凝らしていた。
その目線を追ってみるとこの部屋の中央、一番高く積まれている木箱の上に光る何かを見つけられた。
いや、違った。
その光る何かは木箱の上じゃなく、木箱の上の、ネズミの上にあった。
「ネズミと……」
「鍵?」
私が呟くと同時にそのネズミは木箱の山の向こう側へと消える。
「あっ。……行っちゃった」
鍵を持っていたことからして、恐らくあのネズミを倒すなり捕まえる必要があるらしい。
「なるほど、追いかけっこか」
「バトルじゃなかったね?」
わざとらしくジェーノに振ってみる。
「そうだけど、さっきよりは全然楽しそうだ」
ジェーノは歯を見せて笑う。
「そうだね」
「さてと、とりあえず俺は右から回り込んでみる」
「私は左かな?」
お互いに自分の進む方を指さして頷き合うと、移動を開始する。
「さぁ、どこに行ったかな」
索敵に影響が出ない程度に小走りをしながら進んでいると、入り口からは見えなかった木箱の山の裏側部分が見えてきた。
まずは木箱の山の裏側、さっきの鍵ネスミが降りて行った方を見上げてみる。
「居ない、か」
そのまま上から下へさらっと視線を流したけれど、特に動体は見つからない。
「そっちはどうー?」
反対側に居るはずのジェーノに声をかける、
「こっちにもいないな。もっと奥に行ったのかもしれーん」
ジェーノの方からも姿は見えなかったらしい。
もっと奥、か。
「なら……」
障害物の多い部屋の中、視界を確保するなら高い場所。
さっきまで鍵ネズミが居た木箱の山へ向けて跳躍。
近くの箱の上に着地すると、届く高さの内からなるべく安定した足場を選んで更に飛ぶ。
こうしてみるとこの部屋は縦にも広いなぁ。
ぱっと見で15mくらいはありそう。
そのまま5、6回跳躍を繰り返したところで頂上が見えてくる。あと1回飛べば到着だろうか。
そんなことを考えて最後のジャンプをした時、てっぺんの木箱の向こう側から私の視界の中にジェーノが飛び上がってきた。
「「え!?」」
思わず声が出るほど驚いたけど、どうやら驚いているのは同じだということがジェーノからも聞こえた声と表情から伝わってくる。
「わ、わ、わ!止まれなっ――!」
空中で自分の体の軌道制御が出来るはずもなく、このままだと頂上の木箱の上で衝突するコース。
衝撃に備えて思わず目を閉じた瞬間、その声が聞こえた。
「<不動の構え>」
「――い!?」
ぶつかると思っていた私の体に伝わってきたのは、強く受け止められた感覚。
そしてそのまま重心の中央へ抱き寄せられたまま1回転したような遠心力を感じた後、ようやく体が止まって目を開くことができた。
「なんとかなったか……」
そこには自分史上最短の距離に異性の顔があった。
「……うん。なんとか……」
この距離になって分かったことは身長が160cm後半ある私でも少し見上げるくらいジェーノの身長が高いということと、思いの外このシチュエーションにときめいている自分だった。
「……」
「しっかし2人揃って考えることは同じだとは。……うん?」
「……!」
バッ!
私の方を向いたジェーノに対して、自分でもよく分からない条件反射で顔をそらしてしまう。
らしくない。らしくないぞ私。
「……あっ!」
「どうした?」
「あれ!」
偶然、顔をそらした先に鍵ネズミを発見する。
ネズミは私達がいる木箱の山から2時の方向にある両面の開いた金属コンテナに入ろうとしていた。
「ナイス!あの中で挟み撃ちだ。エーティスはそのまま正面頼んだ」
「了解。そっちのタイミングに合わせるよ」
言うが早いか、私は下へ向かって飛び降り始め、ジェーノは<縮地>を発動して直接コンテナの向こう側へ飛んでいく。
動き始めたら、妙な雰囲気はもう感じない。
なるべく飛び降りて来た勢いを殺さずにコンテナの入り口へ辿り着くと、鍵ネズミとその向こう側の出口に着地したジェーノが視界に入る。
「行くよ!」
「おうともさ!」
進行方向のジェーノに気づいた鍵ネズミが踵を返そうとするが、振り返ったところで私を発見する。
そして一瞬その動きを止めた隙を突いて、ジェーノのハンマーが振るわれる。
「おらよっと!」
ジェーノの攻撃が直撃した鍵ネズミは「チュー!」という鳴き声と共に頭上に『1』のダメージ表示をする。どうやらまたダメージ固定らしい。
けれど見えたHPバーは5/6まで減少をしていた。
つまりさっきのハートちゃんのように特殊な攻撃をする必要があるわけじゃなく、合計で6回。つまりあと5回ダメージを与えればこの鬼ごっこは終わるようだった。
「エーティス!」
「任せて!」
ジェーノによって飛ばされてきた鍵ネズミを剣で打ち払う。
『1』
「流石!よし、もう一発!」
私が飛ばした鍵ネズミをジェーノが短く持ち直したハンマーで器用に私の方へと打ち返してくる。
『1』
「よっと!」
それをまた剣の腹で打ち返す。
『1』
勢いで始まったコンテナ内部での鍵ネズミの打ち合いだったがHPが6ということもあって、たったあと1度のラリーで終わりだった。
「よし、もう1発!」
けどジェーノがまたハンマーを構えた時に異変は起こった。
されるがままだった鍵ネズミが空中で静止、そして丸くなるモーションをとったのだ。
「ん?」
「え?」
気を抜いていたせいもあって反応が遅れたその瞬間、鍵ネズミは閃光を放つ。
「うおっ!?」
「きゃあ!?」
視界が白で埋まると同時にフルダイブ式ゲーム特有の操作感覚が消える。
ああ、この感覚はこのイベントエリアに入った時と同じカンジだ。
っていうことはどこかエリア移動かな。それともさっきのハートちゃんに続いてネズミまでハメようとしたから運営が怒って何かをする気なのだろうか。
「……ん」
そんなことを考えていると段々と視界が戻ってくる。
予想とは違い、目の前に広がっているのはさっきまでと同じコンテナの中だったけれど、その視界はどこかが変だった。
「ん?」
隙を突いて逃げていく鍵ネズミを追って視線を上げると、そこには私がいた。
「ん?」
目の前の私も私の方を見て怪訝な顔をする。
……目の前の私は私で……それを見てる私も……私で……?
駄目だ。自分で考えててワケが分からなくなってきた。
「なんで俺がいるんだ?」
目の前の私が口を開く。
「……俺?」
……その一人称はもしかして。
「ジェーノ?」
「……エーティス?」
思わず2人で指を指し合う。
……ん?
自分の姿を確認するために腰の剣にかけようとした右手が空を切る。
「あれ……私の剣は?」
「剣?えーと……これか」
「うん、それ」
目の前の私(暫定:ジェーノ)が腰に下げていた私の剣を投げ渡してくれる。
受け取った剣をすぐさま抜刀。そして刀身に自分の姿を映す。
「……え」
そこに映っていた自分に驚きを隠せなかった。
「これ……現実?」
「いや、ゲーム」
剣に映っていた私はエーティスではなく、ジェーノだった。
「おおー。アバターチェンジのおかげでハメ殺しは回避できたな」
これだけでも死ぬほど面倒なプログラムを組んだ甲斐があった。
「この2人、すぐに人の作ったキャラをハメようとする……ていうか少しだけでもこっちの思惑を汲んでくれないかしら……」
なんとか復活した仁科も恨めしそうにモニターを眺める。
そこに映るアダム達は流石に驚いているようだった。
「まぁ。ゲームの思惑そのものに対して逆行するようなヤツら相手にそんなこと言ってもなぁ」
このアバターチェンジだって本来なら相手のキャラを知ることと、アニメや漫画でよくある主人公とヒロインが「入れ替わってる!?」的な展開を狙ったものであって、決してハメ殺し対策に仕込んだわけじゃない。
『これはあれだな……戦隊モノでよくある入れ替わり回だ』
『それ、私も見たことある。確かに実際に入れ替わったらまさしくこんなカンジなのかも」
そしてモチロン特撮の入れ替わり回がしたかったわけでもないぞ、お前ら。
「この2人。特にイヴの方だけど、少女漫画とか読んだことないのかしら」
「さぁな。とりあえずアダムの方は無いんじゃないか?男だし。フカイだし」
そのままモニターに視線を落とすと、2人ともボチボチ仕切り直して追いかけっこを再開するようだった。
『俺は他のゲームで剣を使ってたことあるからそんなに問題ないはずだけど、エーティスは?』
『私、フルダイブのゲームは<マリッジ・エッジ>の前に1つしかやってなかったし、その時も剣だったんだよね……』
『うーん、じゃあ俺がメインであのネズミを追っていくから、無理せずサポートをしてくれ』
『了解。悪いけどその作戦で行かせて』
『気にするなよ。パートナーなんだから』
「あ、今のカップルっぽかった」
「だな」
やっとこのイベントエリアを企画した仁科の苦労が1%くらいは報われた気がした。
『じゃあネズミとの追いかけっこ再開だな』
『ええ!』
なんだかんだでこの2人にとってもこのイベントは良かったのかもしれない。
『待ってろよネズミ、そのキレイな鍵をフッ飛ばしてやる!!』
あと、アダムは少女漫画を読んだことがあるのかもしれない。
この話が思いのほか文字数が多くなってしまったため、婚パチ☆ジョイント関連の章タイトルに変更が行われました。
次で婚パチ☆ジョイント編が終わるかもしれません。




