プロローグ:その男、戦闘バカにつき
「……どうすっかなぁ」
太陽も空高く、抜ける青空とその青を引き立たせるために点々と浮かぶ白雲。
街の人々は明るく行き交い、至る所で笑顔を浮かべている。
そんな何気ない幸せが流れていく風景の中で一際目につき、昼夜を問わず活気と談笑が溢れる場所、それがこの世界の<酒場>だった。
ところがそんな明るい世界そのものに対して場違いとも思える青年の思い詰めた独り言は、その酒場から発せられていた。
この酒場<轍の銀貨亭>は、店外にまで会話が伸びるほど賑やかな客が集まるテラス席。そしてテラス席ほどの活気はないものの、独特の密を漂わせている店内席。主にこの2つのスペースから成っていて、店内と店外、利用する客の性質は違うが両方とも多くの人物と会話に溢れている。
しかしそんな酒場の最奥は、この世界の対極の様な場所だった。
テラス席を過ぎた先にある大きな銀貨の飾られた店内への入り口から、中央の円形カウンターを挟んでその真逆の位置にある店の奥。
その場所こそ、この世界そのものと真逆の空間であり、場違いなはずである青年のボヤきが違和感無く響く場所。
人はそこを<フカイ>と呼んでいた。
「……どうすっかなぁ」
入り口にある大きな銀貨が目印の<轍の銀貨亭>はこの街で一番規模が大きく、最も人の出入りが多い酒場として利用客に認知されていた。
暗めの照明に照らされた店内と使い込まれた椅子や机からは独特の味わいと訪れた人の多さを感じられ、人気店の風格を漂わせている――が、<フカイ>の領域となっている奥の席ではそうはいかない。
元より明るくない照明の光はほとんど届かないため薄暗く、その中で並べられている座席には趣ではなく劣化や摩耗といった言葉が似合う。
そんなフカイの中でも一番奥にある卓の席に座っていた青年が独り言の発信源だった。
青年の名前はジェーノ。
彼は椅子に座ってから約2時間、今に至るまで何の注文もせずに呻いている。
いくら座る人間が限られるフカイの席とはいえ酒場としては迷惑この上ないが、彼にはそれだけの悩みがあった。
彼はじきにこの世界に居られなくなってしまうのだ。
ジェーノは特に悪事を働いた経験も無く、この酒場で喧嘩の仲裁をしたことや、魔物に襲われているパーティの助太刀に入ったことも一回や二回ではない。そんな比較的善人と言える人物である彼が何故世界から爪弾きされるのか。
それは彼の持つ意志が世界と逆行しているからである。
たとえ彼が善人であろうと。
たとえこの酒場にいる殆どの客より強い戦士であろうと。
そして誰よりこの世界での生活を楽しんでいようと。
二度の一時的消失を越えようと。
彼は今日で三度目の消失。
完全な消失の運命に飲み込まれる――。
そうー、彼はこのフルダイブ婚活MMO<マリッジ・エッジ>において、結婚願望を欠片も持っていないのだから。
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【tips:俗称】
『フカイ』
→「フカイ」「フカイ組」と呼ばれる存在。主に一時的なパートナー不在ではなく長期的なパートナー不在者、それも積極的に作ろうとしないユーザーのことを指す。
酒場においては利益率の低さやイメージダウンに繋がる事から、(程度の違いはあれど)ぞんざいに扱われる。
趣味でわずかに書き溜めていたものを少しづつ投稿していきます。
ストックが少なく、継ぎ足し継ぎ足しになっていくので、溜めていた割にはすぐに更新が遅くなると思います。(投稿用に話数で区切るとしたら4~5話辺りで枯渇するかと)
2018 4/12
細かい文章の修正。新たに【tips】の挿入を行いました。ゲームのローディング画面のようなものだとお考え下さい。