格の違い 弐
そんな阿綺の動揺を感じ取った狐幻丸はある確信に至る。
「どうやら……『五行』は知らぬようでござるな」
「五……行……?」
狐幻丸が使う術『火具鎚』は『五行』と呼ばれる秘術の中の一つである。
『木』『火』『土』『金』『水』
その五つから成るソレ等の術は通常の忍術とは全く異なる性質を持ち、道具を介さずに己が身一つで超常的な現象を引き起こすことができる……現代で言うならば(できる者がいるかはさておき)超能力に近い術である。
修行すれば誰もが使えるという訳でもなく、ごく限られた血脈にのみ受け継がれる秘伝中の秘伝である。
が、だからといってその存在を知らないのかと問われれば……答えは否である。
むしろ、希少であればあるほど、持たざる者はその本質を探ろうとする。
敵対する者として、最大限に警戒し、嫉妬し、羨望し、渇望する。
五行の血族を巡って里どうしが戦を繰り広げるのも珍しい話ではなかった。
しかし、持たざる者の血が交われば異能の力は薄まっていく。
ある時代においては異能の術で溢れた忍の世界だったが、代を重ねて拡がりに拡がった混血ではまともに五行の術を行使できる者は稀となっていく。
狐幻丸の時代では既に純血という者は幻と言える存在であった。
その時代から五百年余……忍自体が絶滅危惧種となったこの時代ならば『五行』という概念そのものが消えていてもなんら不思議ではない。
「さて……せっかく会えた忍とあらば聞きたい事は山と有るが、敵である以上、いつまでも語らっている訳にもいかんでござるな」
「ちぃ!」
狐幻丸が戦闘態勢に入ったのを感じ取った阿綺は未だ自分の影に刺さっていたクナイに天穴針を投げつけて弾き飛ばす……と、影縛りが解除された。
「ふむ、解き方も知っているでござるな」
影縛りを解かれた方の狐幻丸はウンウンと頷く。
解かれた事に対する焦りや憤りは全く見受けられない。
むしろ「この程度はできて当然……よくできました」と言わんばかりである。
「……馬鹿にしやがって!」
だが、そう言えるだけの実力差が有るのだということを阿綺は思い知っている。
先程の術が幻術でなくて何だというのだ!? 五行なんて聞いた事も無い。
いや、幻術でさえ阿綺には使えない……衆の上忍にだって使えるかどうかだ。
(ソレをコイツは事も無げに……)
勝つことは不可能に近い。
佳苗を仕留めるのも難しい。
しかし逃げることも厳しい。
月夜を仕留めるのは……もう想像すらできない。
八方塞がりとは正にこの事だ。
阿綺にできることと言えば……足掻く事だけだった。
足掻いて足掻いて……
(隙を作って逃げる!)
阿綺の命を賭けた足掻きが始まる!
◇
二人の間に静寂が流れた。
阿綺は張り詰めた様子で狐幻丸の僅かな動きも逃すまいと眼を凝らし、構えたまま微動だにしない。
対する狐幻丸は非常に落ち着いた様子で構えることもなく、自然体のまま立っている。
そしてあろうことか、眼を閉じた。
(随分と久しく感じるでござるな……)
狐幻丸がこの時代に来てからまだ一月程度しか経ってはいない。
にもかかわらず、狐幻丸は既にこの空気に懐かしささえ覚えていた。
心臓の鼓動さえ聞こえてきそうな静寂。
肌を刺すようなひりりとした殺意。
次の瞬間にはどちらかが冷たい骸へと変わりかねない無常感。
(帰ってきた……でござるな)
此処こそが、この生死を賭けた戦場こそが狐幻丸の居場所。
なればこそ……狐幻丸のこの落ち着きにも納得がいくというものだ。
「ふ……」
あの時代とは比べようもないほど平和と言える現代に来てなお、戦いからは離れられないという事実に、狐幻丸はため息と共に、諦めにも似た笑みを漏らす。
「余裕こいてんじゃねぇぇ!」
そんな狐幻丸の感傷など知る由もない阿綺はソレを嘲笑と受け取った。
天穴針を射ちながら、狐幻丸に突っ込んでいく。
(ただ逃げるだけじゃコイツからは逃げられねぇ!攻めるんだ!コイツが舐めてるうちに攻めて攻めて……隙を自分で作る!)
無数の針が狐幻丸に襲いかかる……が、
(コイツなら余裕で避けるんだろうが……その先を狙う!)
阿綺は狐幻丸が避ける事を予測し、一拍遅らせて狐幻丸の周囲全てに降御雨を振らせるべく、天穴針を握った。
(さて……未来ある若者の道を閉ざすのは気が引けるが……)
大して歳変わらないだろ! というツッコミが何処からか聞こえてきそうではあるが、狐幻丸からしたら阿綺は五百年後に生まれてきた忍……阿綺に限らず、現代の人間全てが狐幻丸にとっては若者に当たるのだろう。
(月夜殿を脅かす敵を見過ごす訳にはいかぬでござる……許せ)
月夜には散々に止められてはいるが、本物の忍が相手であるならば今までの自称殺し屋達とは訳が違う。
阿綺の背後にどれ程の忍がいるのかも判らない。
(数は減らせる時に減らさねば……な)
狐幻丸は阿綺を殺す事を決めた。




