真の敵 漆
(仕掛ける!)
そう思い、リウォが一歩踏み込んだと同時、白い獣は掌を前に出し、
「辞めましょう」
静止を促した。
「あ? な……ん……っ!?」
何とか踏み留まったリウォだったが、最初、何を言われたのか一瞬理解ができなかった。
(コイツの実力ならば俺程度の奴など相手にもなるまい……)
ソレはつまり、
「倒す価値も無い……って訳か……」
リウォのプライドを酷く傷つけた。
が、白い獣は首を振る。
「そうではありません。見た所、貴方は依頼人に嵌められたのでは? であれば、貴方にはこれ以上私の主人を狙う理由も無い筈……違いますか?」
確かに、仕事を遂行したとしても、報酬は支払われまい。
報酬も無しに何の罪も無い家族を皆殺しにしたとあっては、流儀も何も無いただの快楽殺人鬼だ。
こんな仕事を生業とする悪党にも超えてはならない……超えたくない一線が有る。
「……良いだろう、退こう」
リウォはナイフを納めた。
「ありがとうございます」
礼を言われてしまった。
「やめろ、報酬が無くなったから辞めただけだ。そいつ等の介入が無ければ戦っていた」
「ええ……ですから、貴方とは戦わずに済むと思ったのです」
「あ?」
戦うと言っているのに何故、話が通じると思ったのか。
「私と対峙した時、貴方からは覚悟を感じました。ただの殺人鬼には覚悟も、そもそも戦う等という概念も無い。貴方には何かしらの矜持が有るのでしょう。悪ではあっても、冷酷非道の外道畜生ではない……違いますか?」
「……………………………………」
まず、殺しを生業としている時点で人の道を外れている……と、自覚していたリウォだったが、ソレをこうまで理解を示されると、自分の感覚がおかしいのかと疑念さえ湧いてくる。
だが、この白い獣が自分達のような普通の殺し屋とは違う存在であると思えば……その発言にも合点が行ってしまう。
そして、そんな存在に多少なりとも認めてもらえたという事に、リウォはほんの少しだけ──自分にまだそんな感情が残っていたのか──誇らしいと思ってしまった。
「フン……」
その場を後にしようとしたリウォに、背中から声がかけられる。
「願わくば、その矜持が間違った方へと向かわぬ事を……さもなくば、貴方は再び『白狐』と間見える事となるでしょう」
白狐……ソレが白い獣の名前か。
リウォはその名を胸に刻むと、振り返る事なく屋敷を出た。
◇
「……アレから十年……か」
話し終えたリウォ──ボスはぼーっと虚空を仰ぐ。
「俺は……また間違えたみたいだな」
「ボス……?」
いつの間にか仲間が増え、部下が増え、この組織を立ち上げて数年。
組織の維持、拡大に躍起になり、名を売ることに、面子を守ることに固執していた。
己の矜持を忘れていた訳ではないが、ソレに背く仕事も仕方無いと目を瞑っていたのも事実だ。
「あの時、俺は自分の信念から外れた仕事をやろうとしていた……そして奴が現れた。そして今回の仕事もそうだ」
跡目相続の果てにライバルを蹴落とそうと……亡きものにしようとする依頼は少なくない。
しかし大抵の場合、相手も他の組織……或いは殺し屋を雇っての抗争となるものだ。
が、今回はどうだ?
相手は子供であり、権力もなければ背後に組織も有りはしない。
ましてや、一人は相続する意思も無いときた。
普通に考えればあまりにも一方的な展開となる事は明白である。
「……だから奴が現れた」
白狐。
「し、しかし、十年前で……しかもソイツは女だったんですよね!? 今回の奴は……」
「ああ、中身は別人だろう……だが、そんな事は関係無い。あの時奴は白狐が現れると言ったんだ。そして俺は間違え、実際に白狐が現れた」
「いくらなんでも偶然じゃ……」
よもや白狐の組織なんてものが在って、自分達の組織を四六時中監視して、意に背いた依頼を受けたと判断したら白狐を差し向ける……等と言う訳でもあるまい。
「ああ、偶然だ……偶然だが、そうとは思いたくないんだよ……俺が」
「ボス……」
運命だ何だと言われても、ソレを定義するモノが存在する訳ではない。
結局の所、本人がどう感じるか……だけだ。
そしてボスはコレを運命と信じた。
「終いだな」
ボスは「フ……」と笑った。
ソレは長年仕えてきた長髪幹部も初めて見る、憑き物が落ちた様な晴れ晴れとした顔だった。
「あの……終いって!?」
ヤンはオロオロと聞いてしまう。
「あぁ!? 終いっつったら終いだろうが。この組織は今日で終わりだ!」
いつもの様な威厳の有る落ち着いた話し方ではない。
何と言うか……陽気なオヤジ?
「「え───────────────!?」」
長髪幹部とヤンは同時に叫ぶ。
「そ、そんな……じゃあ俺等はどうすりゃ……」
元々真っ当な社会に馴染めず、堕ちてきた連中ばかりだ。
組織が無くなったら……
「決まってんだろ、付いて来い!」
「え?」
「そうだな……取り敢えず、タヒチにでも行ってしばらく休んだら、何か始めるか!」
「ボ……ボスゥ!」
数日後、白狐という謎の殺し屋によって有名な殺し屋組織が壊滅したという噂が裏社会を席巻した。
そして数年後、妙に厳つい従業員達ばかりが働くアイスクリーム屋が世間を賑わせる事となるが、それはまた別のお話……




