真の敵 参
「そ、そんなのあなたの憶測でしょ!? 何の証拠にもならないわよ!」
ガタッ! と佳苗は立ち上がり、テーブルを叩く。
「状況証拠と言うのも立派な証拠では有りますし、起訴もできますが……確かにコレでは弱いかもしれませんね」
ふむ、と月夜は考える素振りを見せつつ、紅茶を口にする。
一息ついて安堵する佳苗だったが、すぐに月夜が口を開く。
「ところで……佳苗さんは、何故私達を上げてくれたのですか?」
「……………………………………はぁ!?」
佳苗は月夜が何を言っているのか理解ができなかった。
「訪ねてきたのは貴女達でしょ!?」
「ええ、まあ……そうなんですが、今日はたまたま起きていたとはいえ、深夜の二時ですよ? 非常識ですよね? 普通なら翌朝出直してもらうとかしません?」
「解ってて来たんでしょう!? それに襲撃犯の黒幕が判ったって、緊急事態だったでしょ!?」
月夜が言わんとしていることが理解できず、佳苗は苛立つ。
しかし、そこで佳苗は気づいた。
満足げな月夜の表情に。
「……な、何よ……?」
「いえ、まあ、実のところ……私達を上げた時点で決まりだったんですが、一応確認を……ね」
そう言って、月夜はテーブルの上にコトリと機械を置いた。
「ボイス……レコーダー!?」
「はい、このお屋敷に来た時から録音していました」
佳苗は困惑する。
上げた時点で決まり? 何を言った!? 佳苗は自分の言葉を反芻するも、何も思い当たらない。
「私達は『黒幕が判明した』と言いましたが……そもそも何の黒幕ですか?」
「何のって……」
襲撃犯のに決まっている。
ソレの何がおかしいのか……未だに佳苗は気づかない。
そこで月夜はレコーダーを弄って音声を再生する。
『何か言ったら?……襲撃犯が判ったんじゃなくて?』
この部屋に入ってからの佳苗の最初の台詞だ。
「佳苗さん……貴女は何故、私達が襲撃された事を知っていたのですか?」
「そんなの…………」
「ちなみに、私も兄上も襲撃された事は誰にも言っていません。知っているのは高嶺と雛、それに狐幻丸くらいなんですよ」
────あ
佳苗はようやく気づいた。
いや、だが……
「ま、麻昼から聞いたのよ! あの子も襲われたんだから!」
「へぇ……麻昼は襲われたんですか?」
陽向は初めて聞きましたと嘯く。
いや、実際に聞いたのは初めてなのだ。
何せ、陽向達が病院に行った時には麻昼は(仮だが)既に死んでいた。
狐幻丸によって眼を覚ました麻昼だが、自分に何があったのかは判らなかった。
陽向達は自分等が襲われたからこそ麻昼も襲われたのではと推測していたにすぎない。
「眼を覚ました麻昼とは二言三言は話しましたが、実は俺達も襲われた……なんて余計に負担になるような事は言いませんよ」
「う……く……」
もう喋れば喋るほどボロが出てくる。
「そして、自覚は有ると思いますが……佳苗さんが私達から聞いたという事も有り得ませんよね?」
何せ、佳苗にとっては月夜も陽向も目の上のコブでしかない。
更に、二人とも頭の回転が早く、口も達者なので、下手に嫌味でも言おうものなら倍になって返されてしまうのだ。
二人もまた、佳苗に疎まれているということは理解しているので、こちらから話しかけるということも無い。
「では一体誰から聞いたのでしょう?」
月夜は佳苗の返事を待つ……が、佳苗は何も応えない……答えられない。
♪──────────────
その時、部屋に電子音が鳴り響いた。
「!?」
その音に誰よりも反応を示したのは佳苗だった。
その視線から、電子音は電話の呼び出し音であると月夜と陽向は気づく。
音数の少ない呼び出し音ではあったが、綺麗な曲だった。恐らくはクラシックの名曲の一つなのだろう、と月夜は思った。
このまましばらく聴いているのも悪くはないが、
「……出ないので?」
月夜は佳苗を促した。
「っ!」
相手の予想がついているだけに、苦々しい表情を浮かべる佳苗だったが、音は鳴り止まず、このまま出ないという訳にもいかない。
佳苗はゆっくりと……切れれば良い……という願いを込めてゆっくりと受話器に手を伸ばす。
だが、そんな願いも虚しく、佳苗の手は受話器に辿り着き、上げる事ができてしまった。
ちなみに、この場の誰も知らない事だが、曲の名は『革命のエチュード』。
奇しくも、革命が失敗し、故郷が陥落したとの報を受けて作曲されたとされる曲だった。
「…………もしもし」
佳苗の声には生気が無かった。
このタイミングでのこの仕打ち……最早公開処刑と言っても過言では無い。




