真の敵 壱
午前二時。
草木も眠る丑三つ時とは言うが……しかし葛城 佳苗は起きていた。
電話を前に、じっと待っている。
依頼をした奴等はあの後、近いうちに決着を着けると言っていた。
そして佳苗が掴んだ情報によると、今日の夕方頃に陽向が月夜の屋敷に行ったとのこと。
目標の二人が一堂に会するなんて久し振りの事……これは千載一遇のチャンスと言えるのではないだろうか。
そう思うのは奴等も同じ筈……そう考えた佳苗は依頼完了の報せを今か今かと待ち構えているのだ。
(まだかしら……そろそろ来てもおかしくは……)
まさか今日は襲撃しなかったのだろうか?
ほとぼりが冷めるまで待つのも理解はできるが、あまり悠長な事も言ってられないのだ。
何せ、自分は疑われている。
証拠は無いとは思うが、それであの二人からの疑いが晴れるとは思えない。
特に月夜に到っては、一度怪しいと思えばもうこちらの話は聞かない。
あのおかしな使用人と言い……徹底的に追求してくる筈だ。
更に、現当主である『桜華 良昭』は齢である事に加え、最近は体調を崩す事が増えてきた。
もし倒れるような事があれば、後継ぎは陽向に決定してしまい、麻昼が継ぐ可能性は無くなると言っても良いだろう。
そうなればオシマイだ。
財産も手に入らないばかりか、今の暮らしも失う……と、コレは佳苗の極端な妄想である。
陽向ならば麻昼達を追い出したりはしないし、何なら高校を卒業した麻昼を自分の会社で雇ってもくれるだろう。
だが、佳苗はそれでは満足できないのだ。
良昭に選ばれ、子供まで生み、麻昼に全てを賭けてきたのは本家に取り入る為じゃない。
(私は……麻昼はストックなんかじゃない!)
これまでの努力が水泡に帰すのだけは堪えられない。
(だから早く……早く!)
──プルル──プルル──
「っ!?!?」
待ちわびた電話ではなく、予想もしていなかった内線のコール音が鳴り、佳苗は椅子から跳ね上がった。
猫が驚くとその場でピョーン! と跳ねる事が有るが、人間も同じなんだなぁ……と、佳苗はバクバクする胸を押さえながらそんな事を思った。
深呼吸をしてから、
「こんな時間に何!?」
努めて冷静に、かつ不機嫌そうに装って応えた。
「お休みの所申し訳ありません、お取り次ぎするか迷ったのですが、急を要するとのことでして」
今日に限っては起きていたが、深夜の二時に訪ねてくるなど非常識極まりない。
「一体誰!?」
不満を隠そうともせず、佳苗は怒鳴る……が、次の瞬間、一気に血の気が引いた。
「こんばんわ、佳苗さん」
月夜、そして陽向だった。
「…………………………………………………………………………」
佳苗はそのままたっぷり二秒固まった。
(何で二人が!? 襲撃は失敗したの!? 無かったの!? いや、落ち着け、私は何も知らない……知らないのよ!)
二人の予想外の登場に動揺したものの、深呼吸をして気を静めると、
「こんな時間にアポも無しに来られても困るのだけれど? さすがに常軌を逸しているとは思わなくて?」
不機嫌さを隠すこと無く、嫌味たっぷりに言ってやった。
これで気分を害して帰ってくれれば儲けもんなのだが、
「ですよねー? 私もそう思います」
月夜はニッコリと笑って肯定した。
(チッ! 嫌みも効きやしない)
月夜の態度からして、迷惑だと解った上での来訪なのだ。
「何の用なのかしら? 私はもう休みたいのだけれども?」
深夜二時に寝るのは当たり前のこと、ソレを邪魔してでも面会したいなんて桜華財閥としての品位を疑われる愚行! さあ帰れ!
佳苗は月夜達の帰宅を願ったが、
「実は黒幕が判明したもので、夜が明け次第警察に行こうと思うのですが……」
「入りなさい」
佳苗は月夜達を招き入れた。
◇
「…………………………………………………………………………」
来客室にカチコチという時計の音だけが響く。
三人共無言のまま、時間だけが過ぎる。
(何なの!? 何か言いなさいよ!)
佳苗は知っている、月夜は馬鹿ではないという事を。
月夜は気がついている筈だ。
佳苗が『自分が疑われているという事に気がついている』という事を。
佳苗にとって月夜達は明確な敵である。
にも関わらず、こうして佳苗に会いに来るとはどういうつもりなのか。
佳苗は気が気でない。
一方の月夜はリラックスした様子で出された紅茶を口にしている。
(いや、待って。そうか……何も掴んではいないのね!? 私が怪しいと判ってはいても、証拠は何一つ無い、だからこうして直接対峙して私の口からボロを出させようとしているのね!?)




