決着……? 肆
「……遅いな」
月夜の屋敷を監視している男──ヤンは、そう独りごちる。
実行班が屋敷に侵入してから既に十分は経つ。
その間、実行班は元より、屋敷の人間も外に出た様子は無い。
成功にしろ失敗にしろ、何も起きないというのは異様な事である。
一度だけ通信は有ったが、それきり何の音沙汰も無く、何の用件だったのかも解らず終いだ。
(こちらから連絡してみるか?)
そう思い、通信機に手を伸ばした矢先、
《──正面玄関、動きあり》
通信が入った。
(動きあり?)
ソレは予想もしていなかった言葉だった。
何せ、今回の実行班の中にはあのグゥウェンがいる。失敗などあり得ない筈だ。
故に、次に入る通信は《任務終了》だと疑ってもいなかった。
(何が有った!?)
ヤンは正面玄関を注視した。
(………………)
閉められていた戸が開いていた。
位置的に、玄関の中までは見えないのがもどかしい。
そこから出てくるのは……
(グゥウェンだろ!?)
スコープを持つ手に力が入る。
じっと待つこと数秒……ソコから出てきたのは、
(!?)
グゥウェンだった。
ただし、玄関の中から投げ捨てられる様に……である。
グゥウェンは糸の切れた操り人形の如く、ダランとしたまま横たわり微動だにしない。
(どういう事だ!? まさか殺され──)
そう思ったと同時に、続けて玄関からカイルとエバンスも投げ捨てられた。
「ぐえ!」
「お……っふ…!」
二人は続けざまにグゥウェンの上に放り投げられる。
そして先に投げられたグゥウェンは一番下になった事で、二人分の体重をモロに受け止める形になり、
「げふぅ!? ……ぐふぅ!?」
苦悶の叫びを上げた。
(あ、生きてはいる……か)
ヤンはほっと胸を撫で下ろした。
(しかし……)
状況は最悪だ。
何せ、今投げ捨てられたのは実行班の三人全員だ。
つまり、失敗したという事である。
(馬鹿な……)
事前に調査した際、桜華家の子供達──特に月夜には手練れの護衛等はいない筈だった。
今日陽向が連れてきた護衛についても、多少腕は立つ程度だと認識しており、グゥウェン達ならば苦戦すらしない筈だった。
唯一、最近月夜の所に来た護衛? の男についてだけは判らないのだが……
(まさか、そいつが……?)
それこそ悪い冗談だ。
諜報員の話によれば、その男は──いや、男という呼び方は相応しくないかもしれない──高校生くらいの少年だと言う。
しかし高校には通っておらず、休日を除けば毎日月夜の送迎をしているらしい。
(妙と言えば妙だが……)
今時、高校に通わない子供などそう珍しいものでもないだろう。
ただ、それにしたって財閥令嬢の護衛というのはどうなんだ? とは思った。
中卒……あるいは中退の子供が就ける職業なんてたかが知れている。
飲食か接客……工場等も考えられるが、やはり護衛は無い。
(せめて警備員くらいならばまだ解るが……)
ソレだって身体ができていない子供には厳しいものがある筈だ。
故に、ヤンはその少年は護衛と言うよりは執事……いや、小姓のようなものだと認識していたのだ……が、
(確か……『こげんまる』とか言ったか?)
結局、諜報員が掴んだ情報はその偽名だけだった。
一応、『狐幻丸』は本名なのだが、ヤン達は偽名だと疑わなかった。
(まず、名字が無い。この国で名字が無い奴などいるわけがない。一応、その名前で調べてはみたらしいが、戸籍も何も無かった。それに『こげんまる』だぞ!? 何なら『こげん』でも良かっただろうに、何故『まる』を付ける!? 戦国時代じゃあるまいし……)
少し論点がずれたが、とにかく狐幻丸などという人物は戸籍上は存在しないのだ。
他にも、諜報員は写真を撮ろうと試みたのだが、何故か一枚も撮れなかったらしい。
曰く、カメラを向けるとその場にはもういなかったり、ここだ! と思った所でシャッターをきっても必ずブレてしまうのだという。
その時は何とも……いや、下手くそ! とさえ思っていたが、それら全てに加えて今のこの状況……ヤンは何かうすら寒いモノを感じた。
存在しない筈の少年……
得られぬ情報……
任務の失敗……
(偶然……か?)
ヤンは息を飲む。
やがて……玄関から出てきたのは……
鬼のような形相の仮面と巨大な鐵の四肢を持つ白い獣だった。
「何だ……ありゃ……!?」
てっきり件の少年が出てくると思っていただけに、その異様はヤンの度肝を抜くには十分だった。
《化け物……》
通信機から他の監視が漏らした声が聞こえてきた。
無論、中身は人間だということは理解している。
だが、グゥウェン達がやられた姿を目の当たりにしているだけに、その姿がハッタリだとは思う者はいない。




