決着……? 壱
「ふむ、こんなもんでござるか?」
屋敷に侵入してきた賊を全て返り討ちにした狐幻丸はパンパンと両手を叩くと、気絶したままの賊の首根っこを掴んで引きずる。
(なかなか厄介でござったな──)
無論、ソレは賊の強さに対しての事ではない。
(殺さないように捕らえるというのは)
賊の強さはこの前の虫男と大差無く、油断は禁物とは言え……はっきり言って相手にはならなかった。
狐幻丸が少し本気を出せば三人とも文字通り瞬殺できただろう。
だが、戦いが始まる前に月夜に口をすっぱくして、
「絶対に殺すな」
と言われてしまったのだ。
敵を生かしたまま捕らえるのは殺すよりも遥かに難しい。
相手がこちらを殺そうと躍起になっているのであれば、尚の事である。
遡ること数時間前──
「こちらを殺そうとしている相手に、わざわざ慈悲をくれてやる必要があるのでござるか?」
殺すなと言われた狐幻丸は月夜にそう尋ねたが、その瞬間、月夜は狐幻丸の胸ぐらを掴み、底冷えのする声で狐幻丸の耳元で囁く……
「以前にも言ったと思うが……現代の日本において殺人を犯すという事は重罪なんだ。ソレが例え正当な防衛行動だったとしても、ならば仕方無い──などと簡単に認められる話でも無いのだよ、社会的にも世間的にも」
「しかし拙者なら──」
言い終える前に、月夜の追撃が入る。
「言っておくが、バレなければ良いなんて思うんじゃないぞ? それではお前は……いや、お前を雇っている私もだな……私達を殺そうとしている者達と同類と言うことになってしまうだろう? お前は私を犯罪者のボスにでもするつもりか?」
「い、いや、そんなことは──」
慌てて否定しようとするも、月夜の追撃は止まらない。
「それに何よりだ……自分の家で殺人なんて有ってみろ……私は人が死んだ家でソレ以後も変わらずに安穏と暮らせる程に図太い神経は持ち合わせてはいないのだよ。例えば廊下で、寝室で、居間で……通る度に、寝る度に、食事の度に、ああ、此処に遺体が、血飛沫が……等と、思い出してしまってはとても気が休まる訳が無いではないか。そうは思わないか? 狐 幻 丸 ?」
「う、うむ……そう……やも知れぬな……承知した……」
まるで歴戦の武将の如き有無を言わせぬ迫力に、狐幻丸はそれ以上意見するのは得策ではないと悟り、折れた。
「ただ……そうだな」
月夜はコホンと咳払いをして一旦仕切り直すと、
「ああは言ったものの、もし本当に死にそうになったら……まあ、構わない」
許可した。
「……承知」
殺しは罪。
そんな事は言われずとも常識である。
だからと言って自分が殺されるかもしれないという時にまで律儀に守って、それで本当に殺されてしまうのは……言い方は悪いが、馬鹿としか言いようが無い。
少なくとも月夜は自分の命がかかっている状況ならば(できるできないは別として)相手の命を奪う事も厭わない。
今が正にその命がかかってる時なのではないかと狐幻丸は思うのだが、月夜がこうまで狐幻丸に自重を求めるのは、偏に狐幻丸の強さが圧倒的だからである。
狐幻丸の能力は月夜にも未だに底が見えないが、前の虫男との戦いや麻昼の件から鑑みて、戦闘力においても洞察力においても、自分等の常識では計り知れないものであると確信していた。
油断して尚、児戯。
それが月夜が感じた殺し屋と狐幻丸との戦力差であった。
いかに殺し屋が相手とはいえ、その力を存分に発揮すれば過剰防衛どころではない、文字通り相手に何もさせずに完殺せしめるだろう。
それは最早虐殺に他ならない。
故に、狐幻丸には絶対に殺すなと命じた。
そんな人間に護られている以上、今の月夜は命の危機に晒されているとは到底言えなかったし……
いや、本当の理由はそんな理屈などではない。
結局、月夜は狐幻丸にそんな事はさせたくはなかったのだ。
「コレをどうぞ」
敵の迎撃の為に準備を始めた狐幻丸の前に、雛が箱を差し出した。
「?」
ソレは木で出来た箱で、大きさは縦横高さ共に約一メートル弱程の立方体だった。
「お!?」
受け取ってみた狐幻丸は先ずその意外な重さに面食らう。
そしてその手触り……木の角は潰れて丸みを帯びており、とても滑らかになっていることから、かなり古い物だと推測できる。
そのままだと両手が塞がっているので開けることができないので、狐幻丸は一旦床に箱を置く……と、ガチャン! と金属がぶつかり合う音が聞こえた。
「……コレは一体……?」
皆目見当がつかず、狐幻丸は箱を開けてみる。
月夜も知らなかったらしく、狐幻丸の後ろから中を覗きに来た。
「え……コレは!?」
「なんと!?」
月夜と狐幻丸は同時に声を上げる。
「いや…………………………何?」
「むう……何でござる?」
解らなかった。




