白い影 漆
(可能なのか!? そんな事がっ!)
残念ながら可能である。
実際に目の前で行われたのだから。
だが、信じたくないというのも無理からぬ事だろう。
何せ銃は鉄で出来ている。
ここに落ちているクナイも何の変哲もない鉄の楔だろう。
さて、鉄の塊に鉄の楔を刺せと言われて……「分かった」と、二つ返事で返せるだろうか?
仮にハンマーで楔を打ち付けたとしても、楔は鉄の塊に一センチとて刺さらないだろう。
良くて双方が数ミリひしゃげる程度……何なら楔の方が被害は大きくなる筈だ。
しかし、今目の前で起きたことはどうだ?
銃口と言う、比較的刺さり易い部分であったとしても、半ばまで食い込むなんて……
これが銃口にクナイを宛がってハンマーで打ち込んでいくと言うのなら、グゥウェンにも可能かもしれない。
しかし、あの白い獣はソレを数メートル離れた距離から投げて行ったのだ。
(本当に化け物なんじゃないだろうな!?)
いや、人間だとしても、十分に『化け物』と呼んでも差し支えない部類に入るだろう。
(……どうする……?)
相手が人間ならばまだやりようがあるが、グゥウェンは化け物退治などしたことは無いのだ。
おまけに銃はオシャカになってしまったので、武器はナイフのみ。
(外の奴らを呼ぶか?)
グゥウェンは通信機をチラリと見る。
(いや、無駄だな。あいつらはそもそも戦闘要員じゃない)
組織に属しているからとて、その全てが殺し屋という訳ではない。
適材適所。
諜報、隠蔽等を専門としている者もいるのだ。
ソレでも最低限の戦闘は行えるし、一般人よりかは遥かに戦えるが……カイルやエバンスよりも大分劣る。
この化け物相手では足手まといにしかなるまい。
それに、彼らを呼んだところで、此処に来るまでに何分かかるか……五分はかからないにしても二、三分はかかるに違いない。
それだけの時間、この化け物が大人しくしているとは思えなかった。
(やはり俺が一人でやるしかない)
ちなみに、撤退という選択肢はグゥウェンの中には無かった。
ここで退いたとしても、ターゲットを前にしておきながらただの(?)護衛一人に尻尾巻いて逃げ帰ったとなれば、グゥウェンの組織での居場所は無いも同然だ。
グゥウェンはナイフを構えた。
(勝つしかない!)
覚悟を決め、グゥウェンは白い獣を見据えた。
白い獣はグゥウェンが考えている間……と言っても一秒にも満たないが、その間、仕掛けては来なかった。
(妙だな……)
別に考えている間も隙を作ったつもりは無いが、それでも一流の殺し屋ならば仕掛けてきてもおかしくはないのだが……あるいはそこをカウンターで! とも考えていただけに、些か拍子抜けしてしまった。
(さっきのクナイ投げには驚かされたが……積極的には攻めてこない、カウンタースタイルなのか?)
だとすれば、相性はあまり良いとは言えない。グゥウェンもどちらかと言えばカウンタースタイルだからだ。
しかしこのまま睨みあっていても埒が開かない。
グゥウェンにしてみれば、時間が経てば経つほど周囲の家や電気会社に気づかれて不利になる。
と言うか、既に限界は近い。
(一気に決めるしかない!!)
グゥウェンは白い獣の一挙手一投足を逃さぬように眼を見開き、感覚を研ぎ澄ませ、摺り足で距離を詰めていく。
ジリ……ジリ……
一気に……と言っても、自分のスタイルを捨てて馬鹿正直に突っ込んで行って斬りかかるわけではない。
いつでもカウンターをとれる体勢を維持したままジワジワ距離を詰めてプレッシャーを与えていく。
堪えきれなくなって手を出してくればカウンターをとれるし、そのまま自分の距離まで詰められればソレはソレで相手に何もさせずに圧倒すれば良い。
(例え化け物だろうと、不意を付かれなければ……!)
グゥウェンにはそれだけの自信が有った。
ジリ……ジリ……
(それにしても……)
と、グゥウェンは眼を細める。
(この白は思いの外やりにくいな)
最初は奇異に映った白い装束。
しかし、こうしてじっと見続けていると妙な眩惑効果が有ることに気づく。
例えば、薄暗い部屋。
そのまま見る分には普通に部屋全体を見通せるだろうが、そんな中で一点の光──スマホでも良い。
その明るい画面をじっと見ていると、やがて周囲が完全に真っ暗に見えてくる。
更にはその光だけが浮いて見えてくる事がある。
ソレと同じ現象がグゥウェンの眼にも起きていた。
通路も何も見えない、真っ暗な空間に白い獣だけが浮いている。
途端に、グゥウェンは自分が立っている場所が何処なのか、本当に廊下なのか、自信が無くなってくる。
(くそっ……惑わされるな! 奴はまだ何もしていないぞ!)
錯覚だと気づいてはいても、距離感が掴めなくなる。
グゥウェンは一瞬だけ、無意識に白い獣から眼を逸らした。




